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鏡色のデスティニー  作者: 真壁真菜
20/30

協力者

「摩姫羅、変化して」


 公園に着き、周囲に人がいないのを確認すると太一は静かに言った。煌めく閃光、摩姫羅は変化した。藪の瞳孔は開き、開いた口も塞がらない。


「ほら、あそこを見な。あの場所を見付けたのはアイツ等さ」


 光の雫を撒き散らせながら、摩姫羅の指差す先には麟魚を初め多くの妖怪がいた。


「何なんだこれは……」


 流石の藪も声を震わせ、その場にしゃがみ込んだ。


「どうして藪さんにアイツ等が見えるんだ?」


「アタシが見えるように術式をしたのさ」


「そうか、もういいよ。藪さん――」


 太一は摩姫羅を止めると、初めから全てを話した。ベンチで俯き加減に黙って聞いていた藪は、時々チラッと摩姫羅や反目を見た。全てを話し終えると、震える手でタバコを吸い大きく深呼吸すると藪は太一に向き直った。


「とにかく、その怪畏とか言う奴等は大量殺人をやろうとしているんだな?」


「はい」


「その式神。反目だったかな、私にも同じくらいの娘がいた。テロによる爆弾事件で妻と一緒に死んだよ、パーマ掛けたみたいなクセ毛でね、君を見てると思い出すよ」


 初めて聞く藪の力無い声がそっと反目に掛けられる、太一の胸は不思議な痛みに包み込まれた。


「信じて、くれますか?」


「証拠は真実と同義だよ、犯罪は目前にある。阻止すること、それは警官にとって義務であり使命だ。必ず奴等を止める――摩姫羅だったかな、アンタが化け物と戦うのか?」


「ああ」


腕組みした摩姫羅がニヤリと笑った。


「反目も戦います」


「まさか、こんなに小さいんだぞ」


 綾子の言葉に驚く藪は、小さな反目を見詰めた。


「反目も人ではありません、怪畏と戦えるのは同じ力を持つ者だけです」


 凛とした声で呟く綾子は、しっかりとした瞳で見詰める。


「……そうか……人間の方は任せてもらおう」


  少しの沈黙の後、優しく反目を見た藪は力強く言った。


「奴等の動向は妖怪達も協力して探っています、分かり次第連絡します」


 決意の目を向ける太一の肩を、藪はポンと叩いて電話番号を書いたメモを渡した。


「分かった、これが私の連絡先だ」


「気を付けて下さい、人のまま怪畏になってる者も存在します。彼等は人の武器では倒せませんし、外見では識別出来ません」


 もう一度見詰める綾子に、優しく藪は微笑んだ。


「ありがとう、君達も十分に気を付けるんだ」


 立ちあがった藪は、太一の連絡先を聞くと強い足取りで歩いて行った。妖怪達が協力を申し出た時と同じ様に、否、それ以上の熱いモノが太一の内側を流れた。


___________________



 屋敷に戻ると式部が泣きそうな顔で、太一と綾子の無事を心から喜ぶ。本当の祖母みたいな感覚は、疲れた太一の心をそっと癒した。


「蒐羅と臥召羅は?」


 見当たらない二人? を探した太一に少しだけ式部が微笑んだ。


「あい、二人とも諾子殿の動きを探りに行ってます」


「そうなんだ、あの二人ならきっと大丈夫だよね」


 太一は二人が探っている所が簡単に頭に浮かび、頼もしさに自然と頬が緩んだ。座敷に行き早速状況を報告すると、蓉子からの労いの言葉があった。


「ご苦労様です、目的は果たせましたね」


「いいえ、ビルには爆弾はありませんでした」


「見つかりますよ、きっと。それより警察の方に信じてもらえた事が大きな収穫です。人が関係している以上、警察の協力は不可欠ですから」


「ありがとうございます」


 恐縮した太一に、隣の綾子も微笑んだ。


「こちらも御報告があります。儀式の件ですが、その性格上、多くの制約を伴うとの見解があります。例えば自然との関係、洪水や台風、それに地震など災害も儀式を行う上での要素になり得ます。古来よりの天体崇拝も、鍵になるかもしれません。その筋の専門家に問い合わせ、調べてもらっている最中です」


 蓉子の言葉は途中から真剣身を増し、太一は改めて背筋を伸ばした。


 急な連絡は夜食を終えて直ぐにあり、藪が詳しく話しを聞きたいとの事だった。屋敷に来た藪は挨拶もそこそこに、一通り話しを聞いた後に小さく頷いた。


「生天目さんでしたか、もう一度詳しく爆弾について教えて下さい」


 生天目から詳しく説明を聞くと、頷きながら藪は手帳をめくった。


「やはり形状から推測するとSADMの可能性が高いですね、弾頭はW54、破壊力は最低でも半径八百メートルを壊滅させられる。現在は廃棄されてるはずですが、それは米軍の一方的な話しですから」


「実際に作れるのでしょうか?」


 沈む声の生天目に、真っすぐ目を見た藪が低い声で言う。


「SADMが開発されたのは1960年代です。当時のモノを手に入れたか、それを流用したか、新しく造ったのかは分かりませんが、炸薬としてのプルトニウムか濃縮ウランが手に入るなら、現在の技術力では十分可能です」


 ほんの少しだけ残っていた希望的観測は、専門家の前に脆くも崩れた。太一の頭の中に数え切れない程の人々が業火に焼かれる光景がフラッシュバックし、自分で出した途切れる声が他人みたいに聞こえた。


「人が、造ったんです、よね……」


「そうだ、人が人を殺す為に造ったモノだ。神様が造ったあらゆる生物の中で、最悪の失敗が人間なんだよ」


 呪文の様に呟く藪に、式部は優しい笑顔を向けた。


「私は人であり、人ではありません。そしてそのまま幾千幾万の人に触れ合い、千年の時を過ごして参りました。感想を聞かれましたら、私は迷わずお答えします。思いやり、優しさ、そして愛情、数えればキリがない程に人は素晴らしい生き物だと思います」


 まるで母親の様な穏やかで優しい式部に、藪は照れたように赤くなった。


「亡くなったお袋を思い出しました」


「あなたの母上様は、きっとお優しい方だったんでしょう」


 蓉子は自分の息子を見る様な眼で藪を見詰め、更に藪の顔は赤さの輝度を増した。そんな光景が太一に、落ち着きと冷静さを取り戻させる。もう一度落ち着いて頭の中を整理して思い浮かべる、大勢の人々の姿を。


「所で、今日お伺いしたのは、警察の捜査状況についてお知らせする為でもあります。あの会社はつい最近設立されました。驚くべき事に、あの規模の会社で従業員は数百人にも上り、社員募集の会社説明会に出席した者の話によると、宗教色が濃くかなり怪しい雰囲気だったとのことです。輸入業の割に取引実績も少なく、従業員の大量雇用も疑問が残ります」


 また手帳をめくり藪が報告する。


「やはり、目的は怪畏を増やす事なのでしょうか?」


 頭の中で人のまま怪畏になった人を思い浮かべて、太一は寒気がした。


「あの会社が怪畏の総窟なら、当然だろうね。そしてここ得来た理由はもう一つ、本部にはテロの可能性が高いと報告し、人員の増援を要請したが具体的証拠を提出しろと突き返された。現時点の人員では、捜索は困難を極めている」


 深刻な顔の藪が、太一を見詰めた。


「つまり証拠が必要だと?」


 太一には警察組織の仕組みなんて分からないが、証拠が無いなら当然だと肩を落とす。


「多分、時間はあまりない。テロの組織にとって、爆弾を造るのと使うのは同義語なんだ。奴等はいつも追われているからな」


「そうですよね。と、言う事は爆発と儀式はセットだと考えられるから、儀式の時も近いと言う事ですよね。もう一度妖怪達に頼んでみます」


「宜しく頼む。今は時間との戦いだ、如何せん広範囲だからな、網の目が大きすぎて大切な情報を漏らしかねない」


 頭を下げる藪に、太一は自分は何も出来ない事を悔やんだ……力いっぱい拳を握り締めて。


「そんじゃ、アタシも出掛けて来るよ。下っ端ひっ捕まえて吐かせりゃ、話しは簡単だろ」


 変化した摩姫羅が、大きく腕を組む。


「摩姫羅、宛でもあるのかよ?」


「そんなもん無いけど、アタシは太一がそんな顔してるのは見たくないんだ!」


 ポカンと聞く太一に、摩姫羅は叫ぶと彼方に消え去った。太一は唖然と見送ったが、綾子にとって摩姫羅の後ろ姿は切なさが入り混じって見えた。


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