紫爵三守神将
式部は驚いた様に動かなくなった。太一が鏡をテレビの上に戻し、なんとなくテレビを点けたからだ。
「どうしたの?」
太一の問いにも驚いた表情のまま、式部はテレビに釘付けだった。
「この箱、何ですか?……人が中に……」
暫くの後、式部は震える声で呟く。当然貧乏学生には、ブラウン管の古い小型だったが、式部にはウルトラスーパーグレート級の驚きの様だった。
「テレビの事?」
「てれび……この中にいったい何人おるのでしょうか?」
式部は驚愕の表情だった、その真剣な顔が可笑しくて太一は頬が緩む。この小さな老婆は鏡から出て来て、紫式部と名乗る。源氏物語、最古の恋愛小説、読んだ事は無いがなんとなく知ってる。
太一はまたこの小さな老婆がどういう人で、どういう目的で来たなんてどうでもいいと思った。こんな、安らかな気分にさせてくれるなら……と。
暫くは驚いた顔でテレビに釘付けになっていた式部だったが、太一が和室に布団をひくとチョコんと正座した。そして本当にすまなそうに太一を見上げ、言葉を濁した。
「太一殿……」
「何、どうしたの?」
「実に申し訳ないのですが……」
その式部の情けない顔に、太一は襖にもたれて笑った。
「言ってよ、もうあんまり驚かないから」
「ワラワ以外には、付き人が居るのです」
「何ですと!」
太一は声を裏返した。
「申し訳ありません」
布団の上で深々と頭を下げる式部に、太一の気持ちは安らいだ。
「でも、ばあちゃんと相部屋になるよ」
「あい」
式部は嬉しそうに顔を上げた。
「で、どこなの?」
辺りを見回し、太一は微笑んだ。
「そちらに……」
台所を指した式部の視線の先に、三つの物体があった。目を凝らすまでもなく、テーブルの上には青い? DVDのジャケット大のミドリ亀、その下には耳だけ黒くて体は白いまだ子犬らしい柴犬、窓の所にはヒヨ子? みたいな赤い鳥がいた。
「亀に鳥に犬……まあ、いっか。飼ってる人もいるし」
下の階の老夫婦を思い出し太一は溜息をつく。人を想像してたので、その溜息は長く尾を引いた。
「よろしいのですか?」
目を輝かせ、式部は本当に嬉しそうな顔になった。
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「まだ子犬なのかなぁ?」
安心感か、太一もつられて嬉しそうな顔になると、犬の傍に行き撫ぜ廻した。本当は犬が大好きで、亀や鳥も好きだったから。
「犬じゃない。オイラは妖狼神、蒐羅」
小さな牙を光らせ、その犬は太一を睨む。その声はボーイソプラノだが、落ち着きに包まれたいた。
「へっ?……」
目を点にした太一に、次の言葉が押し寄せる。
「我は烈亀神、臥召羅」
青い亀が後ろ脚だけで立つ、野太い声には威厳がまとう。
「ガメラって、あのガメラ?」
太一の思考はコンガラがっていた。”何で喋るのよ”って言葉が輪唱みたいに脳裏に響き渡る。
「アタシは狂鷹神、摩姫羅」
赤いヒヨ子も窓際で羽ばたき、声はとても可愛かった。
「何、なんだ?……」
目を見開き、式部に振り向いた太一の声は震えた。
「紫爵三守神将です」
小さな声で式部は言った、その声はとてもすまなそうだった。
「我らは姫様を守りし三守神将、何時でも御側に控えし者」
臥召羅は後ろ脚で立ったまま、漆黒の目で太一を見据えた。
「安心しなよ、アンタに迷惑はかけないから」
テーブルの下では 蒐羅が尻尾を振った。
「別にいいじゃん、アタシは可愛くて大人しいしさ」
広げた翼から星の煌めきみたいな光を放ち、摩姫羅は明るく言う。
「どうかお願い致します、太一殿」
また式部は深々と礼をした。
「そりゃあ、まぁ」
元々動物は嫌いじゃないし、式部を含めた三人? にも何故か好感にも似た感覚があり太一は首を縦に振った……よく考えれば、喋るだけで人畜無害そうだし……。
「ありがとうございます」
式部の嬉しそうな顔は、太一のココロに嬉しいを充満させた。
「ばあちゃん、姫様だったんだ」
太一の言葉に、臥召羅が何か言おうとしたが蒐羅が制した。
「そうだよ、アタシでも敵わないくらい綺麗なお姫様だったんだよ」
胸を張った摩姫羅が、太一の肩に止まった。
「そうなんだ」
確かに老人の姿ではあったが、式部はその端々に美しさの面影を佇ませていた。
「今はただの老婆です」
少し照れたみたいに式部は頬を赤らめた。
そろそろ寝ようという事になり、蒐羅と臥召羅は式部の部屋に行ったが、摩姫羅だけは太一のベッドのヘッドボードにとまっていた。
「なんだよ、向こうに行かないのか?」
「アタシはここのほうがいい」
少し首を傾げ、摩姫羅は言う。
「そうか」
別にいいかと太一は布団を被った、何時もより布団が軽く感じられた。幼い頃に両親を亡くし、兄弟や親戚の無い孤独な太一にとって初めての経験だった。施設では多くの仲間に囲まれていたが、孤独はいつも隣りにあった。
それは血であり縁であり、どうしても埋められない深い溝として存在していた。式部とその付き人? には縁も所縁も無いが不思議と太一のココロに優しく触れた。
その感覚が同居を承諾した事と関係があるのか、自分でも分からずにいたが決して不快ではなく、むしろワクワクするような楽しい気分に包まれ眠りに落ちた。