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鏡色のデスティニー  作者: 真壁真菜
17/30

「なぁ、灸鼻。俺達にも出来る事があったんだよなぁ」


 公園の木の上、夢見る様な表情で麟魚が呟く。


「そうさ、でも流石ちゃ香子様。初めて会ったけど、俺たちみたいな妖怪でも、ちゃんと平等に見て下さるっちゃ。俺は死んでも情報を探るちゃ」


 灸鼻と呼ばれた小さな天狗は、背中の羽をパタパタと動かした。麟魚は頷きながら、近くを歩く人間を見詰めた。


「同感だな。それに、あの太一とか言う人間さ……」


「ああ、人間のくせに俺達を心配してたっちゃ」


 腕組みした灸鼻も、人間達の背中を見た。


「人間なんて、俺達のこと気付きもしないし、平気で住み家を壊す。自分勝手で、凶悪でさ、とんでもない奴らだと思ってたけど……灸鼻、お前どう思う?」


「そうっちゃね、少し見直したっちゃ」


 灸鼻は問いに小さく頷いた。


「俺もだ」


 少し笑った麟魚が遠く街並みに、呟いた。


「匂いがするちゃ、怪畏? 違う、倶赦っちゃ!」


 急に立ち上がった灸鼻が、慌てて周囲を見回した。


「あそこだ、身を隠せ!」


 先に見付けた麟魚が灸鼻の頭を押し下げた。


「変ちゃね、あの倶赦の横の男……人間っちゃ」


 耳を大きくした灸鼻が、首を傾げる。


「何と言ってる?」


「訳が分からんちゃ、聞いた事も無い言葉っちゃ……ショウワクセイがどうどかって」


「小学生?」


「あっ、分かれるぞ。どっちを追う?」


 倶赦と人間は分かれ手歩き出した。


「うーん、ワシが倶赦を追う、麟魚は人間を追うっちゃ」


「分かった、気を付けろよ」


「うん、ちゃ」


 二人? は分かれてそれぞれ後を追った。


 文字通り、麟魚は男の直ぐ後をトコトコ尾行して行く。街は初めてではないが、昼間の人間の多さにキョキョロと大きな目を更に見開く。勿論、人間には麟魚は見えないので、何度も踏み潰されそうになりながら、どうにか男が入ったビルの前に立った。


 入るかどうか一瞬迷ったが、近くにいた猫に感付かれ否応無しにビルに入った。普段は山間の池などに住む麟魚にとって、ビルの内部は衝撃に近かった。


「人間が中にもイッパイいるなぁ、いったい何をしてるんだ……」


 立ち止まり周囲を見回した麟魚が呟くが、男の入った部屋に何の躊躇もなく付いて入った。


「やはり、一度に万単位の人間が集まるのは……」


 サングラスの男が、報告の語尾を濁す。


「人間の習性だよ、快楽と興奮は群れる事で昇華する。人は自ら進んで我々に協力しているのだよ」


 報告を受けた家里は、オフィスの大きな机で両肘を付く。


「それでは予定通りに」


 報告した男は小さく一礼すると、鋭い視線の家里が念を押す。


「品物は間違いないんだな」


「確かに老朽化の懸念はありますが、専門家により有効性は確認しております」


「念を入れろ、機会は一度きりだ。次の機会は何百年後が分からんのだからな」


「はっ」


 男が下がると、家里は机の引き出しよりフォトフレームを取りだした。持つ手が微かに震えるが、悪魔の様な笑顔で大きな窓の外に視線を移した。窓の所でじっと見ていた見たいた麟魚は、一瞬目が合って身震いした。


_____________________


妖怪達からの報告は直ぐに集まり始めた。


「麟魚殿より、人のまま倶赦と協同している集団があるとの報告がありました」


 生天目の報告に、広い座敷に集まった一同は一斉に不審の念を抱く……一部を除いて。


「それは確かですか?」


 蓉子は静かな声で、背筋を伸ばす。


「予想外だな。目的の方向が更に混沌としてきた」


 応接台の上、臥召羅は深刻な顔で式部を見る。


「本人達に聞いてみようぜ」


 蒐羅が麟魚と灸鼻を背中に乗せて、部屋に入ってくる。二人? は透明の球体みたいなモノに入っている。


「何だそのシャボンにたいなもんは?」


「こいつ等、臥召羅の結界の中じゃ潰れちゃうからね。オイラの気で保護してるのさ」


 太一の疑問に、蒐羅がウィンクした。


「それでは麟魚殿、見た事をお話し下さい」


 霊力のある阿閦衆は妖怪が見える、蓉子は穏やかに微笑んだ。見て来た事を唾を飛ばし、興奮状態の麟魚が説明するが、皆の頭の上には? のマークが沢山浮かんだ。しかしビルの内部で、白衣の男達が何かを作っていたと言う話しに太一が身を乗り出した。


「どんな形だった? そうだ! 絵を描ける?」


 筆を渡された麟魚は、広い応接台の上で嬉しそうに描いた。皆が息を飲んで見詰めたが、摩姫羅が意地悪そうに言った。


「何だぁ、金魚。ヘタクソで何か全然分かんねぇぞ」


「金魚言うな! 麟魚だ! 確かにこんなの作ってたんだ。あっ、あれと同じのがこのへんに付いてた」


 真っ赤に噴火したが、急に太一の腕を指差す麟魚。


「えっ、これ?」


 太一が腕を上げる、そこにはデジタルの腕時計があった。


「太一さん」


 生天目の目が真剣になる、太一もピンときた。大きな円筒状の物にデジタル時計、現代人の男なら誰でも気付く、それは……爆弾だと。


「麟魚、この辺りにマーク、じゃなかった印っいていうか模様みたいなモノ付いてなかった?」


急に声を出す太一に、腕組みした麟魚が思い付く。


「そうだな……あっ、昔戦場で見た事ある。武士の馬印にあったよ、確か片喰だったかな」


「片喰?」


「家紋です、この様な形」


 太一が生天目に視線を送ると、生天目は大きく紙に書く。その形に、その場の人間達は息を飲んだ。


「そうそう、こんな形だよ」


 麟魚は嬉しそうに笑った。


「太一さん、このマーク」


「ああ、”核”だね」


 青ざめた綾子に太一の震える声が重なる、生天目は大きく一度息を吐くとしっかりした口調で言った。


「形状からも核爆弾と考えて間違いないでしょう」


「カクバクダン? 何だそれ?」


 摩姫羅がポカンと呟き、式部達や魚麟の頭の上に大量の? マークが浮かんだ。


「簡単に言えばね、一度で何万もの人を殺せる道具だよ」


 太一の声は深く沈む、驚いたような顔の式部達は言葉を失った。


「明治の世にも、大筒とか言う火を噴く道具を見ました。一度に何百人もが亡くなっているのを見ました……百年足らずで……人とは――」


 式部の言葉は震え、摩姫羅の目が険しく光った。


「一人一人喰らうより、その方が手っ取り早いからな」


「何万も喰えるのか?」


 太一の疑問に今度は蒐羅が伏せ目がちに答えた。


「ああ、何万でも何十万でもね」


「そうなれば、我らの力ではどうしようも無い」


 臥召羅が声を沈ませて続いた。


「目的の方向は多分そちらでしょう。人間の知恵を使うとは……」


「お婆様、最終的な目的は他にあるとお考えですか?」


 俯き暗い声の蓉子に、静かに綾子が聞く。


「断言は出来ませんが」


「ワラワモそう思います、諾子殿は……」


 蓉子は顔を上げ呟き、言葉を失っていた式部が消えそうな声で賛同したが言葉の最後は緊迫した空間に消えた。


「なんとかするしかない、そんなこと絶対に許されない」


 拳を握り締め、震える太一が自分に言うみたいに言った。


「麟魚殿、そのモノの大きさは?」


「そうだな、これぐらいかな」


 ふいに生天目が聞く、麟魚は体を使って精一杯に表現して見せた。


「間違いありませんか?」


「うん、確かにこのくらいだった。俺、触ってきたから」


「確実ではありませんが、大きさから推定すると冷戦時に開発された携帯用の戦術核クラスだと推測されます」


「生天目さん、麟魚の話だと奴らは何万も一度に殺傷しようとしてるみたいですが、どれだけの威力があるんですか?」


 生天目の説明に、太一は疑問を抱いた。


「詳しくは分かりませんが、一か所に人を集める事が出来れば、何万人でも。それに被爆はその何倍にもなります、続々と犠牲者は続きます」


 その言葉は、太一の背中を氷点下の氷に覆い尽くした。


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