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鏡色のデスティニー  作者: 真壁真菜
11/30

会敵

「太一! 下がれ!」


 急に摩姫羅が声を上げる、その鋭い視線の先には一人の男がいた。覇気の無い蒼白い顔と、ヨレヨレの黒いスーツが昼間の繁華街に浮いていた。しかも、何時の間にか周囲に人影はなく違う世界の様な感じだった。


「どうした摩姫羅? 普通のオジサンだよ。顔色悪いけど」


「そんなはずは無いんですが」


 呆れた様に呟く太一だったが、綾子も男に鋭い視線を送る。


「怪畏かもしれないぜ」


「確認します!」


 摩姫羅の呟きに反目が打って出る。反目の行動は的確だった、普通の人には見えない式の攻撃で相手の素性も予測出来る。振り下ろされる錫杖を男は簡単に避けると、身を翻して後方に跳んだ。


「見えてるみたいだな」


「そのようですね」


 腕組みしたまま見据える摩姫羅の横で綾子も頷く、蚊帳の外の太一が呟いた。


「何だよ、はーちゃんの事なのか?」


「普通の人間には式は見えない、あんたは招杜羅のおかげで見えてるんだよ」


 為気交じりの摩姫羅の説明で、やっと状況を把握出来た太一だった。


「なんだ、そうなの」


 初めから見えてた反目が、普通の少女に感じていた太一は改めて反目を見た。可愛らしさの他に、なんとなく寂しさみたいな雰囲気をずっと感じてたから。


「綾子様、気配が増えています」


 綾子の傍に戻り、反目が報告する。


「気を付けろ、囲まれてる」


 摩姫羅が変化して、隼鷹に手を掛けた。何時の間にか同じ様な黒いスーツの怪畏達が、周囲を取り囲んでいた。


「人のまま怪畏になるなんて……」


 囲む怪畏の異様さに、綾子は震える。


「大丈夫。摩姫羅と、はーちゃんが付いてるから……でも、他の人達が見当たらない……」


 そっと傍に寄って呟いた太一の横顔に、綾子はドキリとする。その心音が周囲まで聞こえていそうで、慌てて周囲を見回し、状況を説明した。


「多分、彼らの結界の中に取り込まれたんですね」


「えっ……取り込まれたって……出られるの?」


 急に怖くなった太一は思わず綾子の手を握るが、赤面した綾子は心臓が破裂しそうになり、思わず声を裏返した。


「あっ、はっい。大丈夫だと思います……今、結界破りの術式を……」


「何だい何だい、太一ぃ~アタシのことも心配しろよ」


 隼鷹を肩でトントンしながら、摩姫羅が目を細めた。


「摩姫羅! 後ろ!」


「フンッ」


 摩姫羅の後ろから怪畏が襲い掛るが、振り向きもしないで隼鷹の柄で倒した。しかし男は口元から血を流しながらも立ち上がる。


「厄介だぜ全く、実態のある怪畏を倒すのは!」


「何がだよぉ?」


 吐き捨てた摩姫羅に、太一の声が裏返る。


「実態の無い怪畏は、は術式で倒せるんだけどね」


「殴ったり蹴ったりがか?」


「ちゃんと手足に術を掛けていたさ、蒐羅だって爪や牙に掛けて攻撃してたんだ」


「ふーん」


「それだけかいっ?」


 太一の分かって無いような仕草に、摩姫羅が目を吊り上げて突っ込む。


「だからぁ、実態があれば何がまずいんだよ?」


「普通、実態が出来るのは、かなりの時間と喰った怪畏の数が必要なんだ。百年やそこらの話じゃない、それに……」


 摩姫羅は言葉を濁す。


「それに?」


「実体化した怪畏は、簡単には倒せない。体のどこかにある”霊核”を一撃で破壊しないといけないんだ」


「どこかって?」


「分からないよ、怪畏によって違うんだから」


 初めて聞く摩姫羅の真剣な声に太一は息を飲み、迫り来る実態を伴う怪畏に今更ながら恐怖を覚えた。


「摩姫羅様、道を切り開きます!」


 錫杖をプロペラみたいに振り回し、反目が先行する。怪畏が弾き飛ばされ突破口が開かれた。


「綾子様!」


 道の反対側に車を止めた生天目が叫ぶ。


「鉄の車! 乗ってみたかったんだ」


 さっきまでの緊迫した顔なんてどこかに置いて、摩姫羅の目はハート型になる。


「綾ちゃん! 行くぞ」


 嬉しそうに車に向かう摩姫羅の後を、太一が綾子の手を取って走る。握られた手が太一の温もりを感じ、綾子は頬を染めた。


 車に乗り込むと、生天目が直ぐに発進しようとするが太一が叫ぶ。


「まだっ! はーちゃんが!」


「反目は大丈夫です!」


「そんなことない!」


 生天目の制止を振り切り、太一が戦う反目の元に走った。


_______________________



「全く……」


 呆れ顔の摩姫羅が後を追った。太一の背中は綾子にまた不思議な感覚をもたらせ、息が苦しくて、胸のドキドキが収まらなかった。


「はーちゃん!」


 背後から襲いかかる怪畏に、太一は体当たりして地面に転がった。


「太一、様……」


 駆け寄った反目が、太一を抱き起こすと額から血が滲んでいた。


「太一でいいよ、それより大丈夫かい?」


「はい……太一」


 自分の事より、反目を心配してくれる太一の笑顔はとても眩しかった。二人の周囲に群がる怪畏を摩姫羅が隼鷹で一閃すると、疾風が怪畏を吹き飛ばす。隼鷹は光の烈風を放ち、取り囲んでいた怪畏は遠巻きに後退した。


「今のうちだ」


 その隙に太一達は車に走った。褒めてもらいたくて、摩姫羅はイジイジと隼鷹で地面に文字を書く。


「何やってんだ、行くぞ摩姫羅!」


「太一ぃ~アタシは?」


「ありがと、摩姫羅」


「ふにぃ~」


 ふて腐れる摩姫羅の頭をグシャグシャと撫ぜると、摩姫羅は満面の笑顔になった。そんな様子はまた、綾子を複雑な気持ちに陥れる。何故自分がこんな気持ちになるのか? どうして胸が苦しいのか分からず、ただ肩を震わせた。



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