無様でも請い続けるよ
傍観者の話
いつもの居酒屋で、俺は管を巻いていた。世の中は本当に思い通りにはいかない。ちょっといいかなと思った女の子がSNS恋愛マスターだったり、近所の行きつけの牛丼屋が潰れたり……本当に上手くいかない。
「俺を裏切らないのはビールだけだ……」
「……それ発泡酒だけど」
「!!……俺の味方はもうカレーだけだ……」
思いがけないツッコミが入ったため、軌道修正する。カレーは本当に偉い。レトルトも本格インドカレーもココイチのカレーも、おしなべて美味い。どれも甲乙つけがたく、どれもが尊い。
「ふーん」
「……ちょっとは興味持てよ!」
携帯をいじりながらどうでも良さそうな返事をする悠人に、俺はすかさず愛ある相槌を求めた。
「それで、そのSNSキラーとはどうなったの?」
「よりによって一番深い傷口選ぶ?」
触れられたくない話題までピンポイントに遡る悠人には、どんなに望んだとしても愛など無いのかもしれない。
「え?でもさあ、割り切ればいいじゃん。笑顔の八重歯がぐっときたんでしょ?」
「俺は清純で可愛らしくて守ってあげたいあの子が好きだったの!」
言ってて涙が出そうになる。そう、俺が恋したあの子は幻だったのだ……。
「童貞みたいなことを……」
「童貞じゃねえわ!」
失礼なことを言うやつだ。これでも一応傷付いているのだから少しぐらいいたわってくれてもいいのに。
「はー恋がしたい」
机に突っ伏したついでに本音が漏れる。小さくてふわふわしてるものに癒されたい。この際恋人でなくてもいいかもしれない。猫カフェとかで済むかもしれない。
「……亜子ちゃんとはどうなの?」
澄ました顔してる悠人へ近況を尋ねる。あの事故から半年が経ち、あの直後に更に深い仲になったという二人の様子を最近は全然聞いてない。
「別れた?」
「は?」
軽い気持ちで言ってみたら、すごい形相で睨まれた。悠人君、こわい。
「婚約したところだよ。亜子とは」
「…………はっ?婚約?」
考えていた以上の答えが返ってきた。婚約ってなんだ、婚約って。
「あと一年、俺が大学卒業したら結婚しよう。っていう約束」
悠人は冷静だった。一方俺はテンパる。
「一年後に結婚?はっ?結婚?」
こいつ20そこそこで婚約・結婚ってマジか。っつーか、俺は彼女すらできなくて煩悶してるというのに、一方こいつは結婚かよ。いや、待てよ。亜子ちゃんは確か悠人より学年が一つ下に当たる。ということは、一年後も学生だ。
「ダウト!一年後は亜子ちゃんまだ大学生だろ?一年後の結婚はウソだね」
勝ち誇りながら指摘した。俺を羨ましがらせたかったのが裏目に出たな!
「いや?亜子は学生結婚になるけど」
あっさり否定された。
「何ィ!?」
「本当だったらすぐにでも妊娠させて繋ぎ止めておきたいけど、彼女の家族のことを考えたら、せめて俺に稼ぎがないとね」
今すっごく不穏当な発言が聞こえたような気がする。いや、気のせいか?
「式には呼んであげるよ」
「ぐっ……」
完全に勝ち組である悠人は上から目線だ。しかし、こいつは中学生の頃からの恋を成就させたことになる。嫌われているところから再スタートして、長い片思いや駆け引きを経て、とうとう婚約、結婚か。ただそばで見ていただけの俺でも感慨深いものがある。でも、やっぱり若すぎやしないか?
「婚約はいいけどさ、惚れた腫れただけが結婚じゃないことくらいお前もわかるだろ?」
「………………」
真面目に話す俺が、嫉妬に刈られてこんなこと言っているのではないと悠人もわかったらしい。ちらりと俺を見る。
「若いからなおさら急ぐことない、って向こうのご両親にも言われなかったか?」
恋に暴走する若者を諭すのは大人の仕事。そう思って説教くさいことを言い聞かせるが、悠人は承服するような顔をしていない。
「いや、亜子の親には大賛成してもらったよ。俺がどれだけ彼女のことを愛しているか、よく知ってくれてるしね」
ずいぶん自信たっぷりに言う。確か亜子ちゃんはお母さんと二人暮らしだったか。こいつなら、年上のマダムに気に入られることなんて訳無さそうだ。
「瀬下の言いたいこともわかるよ。そりゃあまわりから見たら、浮かれに浮かれて暴走してるように見えるかも」
否定されて逆上するくらいならまだ子供だと思っていたけど、案外悠人は落ち着いてる。
「でも、亜子と別れるなんてことは考えられないし……亜子と生きていけないから、それから先の人生に意味なんてない。だったら、結婚っていう契約をしておくのが自然でしょう?」
こいつは、好きな子とやっと付き合えたんじゃないのか。それがどうしてこんなにすがりつくように依存しているのか。
「お前ってさ、いつもどこか思い詰めてるよな」
「そう?」
悠人は無自覚らしい。俺からすれば、もっと幸せに生きていいと思うのに。
「ああ。お前の考える最悪の想定は、そうそう起こり得ない。だから、安心してろよ。亜子ちゃんを大切にしてれば、亜子ちゃんもお前を大切にする」
俺の助言に、悠人はぱちくりとまばたきをする。
「なにそれ」
そして笑った。
「思うんだけど」
帰り道、悠人が突然話を切り出した。
「SNSキラーも悪くないよ」
よりにもよってその話を蒸し返すか。
「いや、そんな悲しい慰めは要らない……」
来年結婚するやつに俺の破れた恋をフォローされてもむなしいだけだ。
「俺はその人のこと何も知らないけど、手練手管だけ目について本質見ないのは違うと思うよ」
「…………」
意外と、まともなことを言われた。
「その人も、本当に好きな人を探してるだけかもしれない。それが瀬下かもしれない」
こいつは、こんなに懐の深いことを言えるようなやつだったか?
「……お前、本当に変わったな」
「なにそれ。せっかく後押ししてるのに」
悠人は拗ねるが、笑ってる。
「急にどうしたんだよ、お前」
「別に?瀬下にも春が来たらいいのにと思っただけ」
ひねくれた子供だと思ってた悠人は、いつの間にか他人事も思いやれるイケメンに成長していた。
お節介だとは思う。お節介だとは重々承知してるが、俺は悠人のことを心配してる。
今さら保護者ぶるつもりはなかったが、しかしよそさまのお嬢さんを悠人に預けていいものか、見極めることくらいはしても良いのではないか。ただのデバガメではない。そう、もう一度きちんと亜子ちゃんと話すことが必要だと俺は考えた。
そして今、俺は亜子ちゃんのバイト先に来た。行動は早い方がいい。客として入れば、彼女は店員として迎えてくれる。
「いらっしゃいませ……あれ、瀬下さん?ですよね」
よかった、顔は忘れられていないようだ。
「こんにちは」
「あれ、どうしたんですか?この辺に住んでいらっしゃるんですか?」
「亜子ちゃんに会いに来たんだ」
カウンター越しに不思議そうにする亜子ちゃんへ、俺は堂々と伝えた。すると彼女は『何ゆえ』とでも書いたような顔をする。
「亜子ちゃんと話してみたくて。ここのバイト終わるのって遅い?」
そりゃ彼女からすれば俺なんて正体不明のままだろうから、だいぶ不審な行動に見えるかもしれない。でも、彼女は案外あっさりとしていた。
「あと30分もすれば上がりです。待ってて頂いていいですか?」
嫌がる素振りも見せずに承知してくれる。よかった。ここで壮絶に拒絶された挙げ句に悠人に告げ口などされたら、と思うと恐ろしい予感しかしない。
「うん、じゃあ店内で待ってるよ」
俺はオーダーを済ませて、店内のはしっこを陣取った。
「お待たせしました」
亜子ちゃんが声をかけてくれる。そんなに待ってた感じはしなかったが、時計を見たら確かに30分経っていた。
「ごめんね、急に訪ねて」
「いえ、大丈夫ですよ。あの、ここでもいいですか?良ければもう一杯サービスします」
小さなバッグを席に置いた彼女に、俺が逆らう理由はなかった。
「サービス?いいの?」
「甘いの大丈夫ですか?」
「好き好き」
「ナッツ苦手じゃないですか?」
「大好物」
「よかった。じゃあ、もう少しだけ待ってて下さいね」
柔らかに頷く彼女は可愛かった。そうか、JDか。女子大生か。そんな彼女へ押しかけるなど、俺の年からしたらやや犯罪ちっくだろうか。 彼女の後ろ姿を見送りながら少し虚しい気持ちになる。
「はい、どうぞ」
彼女は生クリームもりもりのキャラメルソースかけのフラペチーノを二つ持ってきた。
「ナッツシロップ入ってますよ。特製です」
生JDに優しくされるなんて、おじさんは……あ、いや、お兄さんは、結構感動してしまった。
「ありがとう。でもこれ、サービスでいいの?」
「もちろん。内緒ですよ」
こんな子が悠人の彼女だということが純粋に羨ましくなってしまった。
「あ、おいしい。何々、こういうトッピングの仕方も頼めるの?」
彼女がくれたものを一口飲むと、あまり味わったことのない味だった。だからと言って奇抜というわけでもなく、ナッツの香ばしさが嬉しい味。
「はい。えーっと、カフェモカナッツシロップ入り生クリーム多めに、キャラメルソースとドライフルーツ追加で、って言えば」
「ほぼ呪文だねえ」
他愛なく会話が続く。亜子ちゃんは見た感じがかなりクールで、大人っぽくて落ち着いて見えるけど、たまに垣間見える年相応っぽさが可愛い。もちろん女の子としてチャーミングではあるけど、やっぱり悠人と同い年なんだな、と思う。
「ご馳走になってまで、悪いね。いきなりの突撃だったし」
「いいえ。びっくりはしましたけど。悠人君にここを聞いたんですか?」
「うん、そうそう」
嘘だ。悠人は絶対に会わせてくれないと思い、自力で亜子ちゃんのバイト先を調べた。たぶん後から悠人にバレれば何かしらの報復が待ってるだろう。それでも俺は確かめたかった。
「俺のこと、悠人からはなんて聞いてる?」
まずは、尋ねたかったことを聞く。
「瀬下さんのことですか?えーと、仕事先の人っていうのは」
やはり、詳しくは話してないらしい。まあ俺と亜子ちゃんが関わることなんてほとんど無いし、必要ないと言えば必要ないかもしれないが、俺と悠人の仲なんだし、もっとグイグイ紹介してくれてもよいのではなかろうか。
「ま、それも間違ってはいないんだけどね。あ、悠人の内定の話聞いた?あれうちなんだよ。昔から彼には特別に手伝ってもらっててさ」
話を切り出すにも、まずは俺の立ち位置を亜子ちゃんに理解してもらわなければならない。警戒されて何も喋ってくれないのでは意味がない。
「つまり……悠人君の先輩や上司に当たるってことですね?」
「そうそう。だから亜子ちゃん俺に気を使っておかないと!未来の旦那さんの上司だよ!」
笑いながらふざけてみると、亜子ちゃんの表情が硬くなる。
「その話……瀬下さんも聞いているんですか」
「うん。そりゃあね、自慢されたからね」
雲行きが怪しいのではないかと思いながら答えた。悠人はやたら嬉しそうに婚約を語っていたのに、彼女はどこか憂いているように見える。
「……本当のところは、瀬下さんは悠人君にとってどんな人なんですか?」
意を決したように、亜子ちゃんは口を開いた。
「ただの仕事関係の人には見えません。わざわざここまで私に会いに来るなんて……」
「……んー、なんて言うのが正解なのかは迷うな」
隠す理由もないから正直に答えるつもりだったが、悠人は本当に亜子ちゃんに俺のことを言ってないのだろうか。
「悠人は嫌がるだろうけど、俺は半分悠人の保護者のつもりでいるよ。最初会ったのは悠人が高校生の頃で、当時から頭は良かったし生意気 だったけど、でもやっぱり俺からしたら子供だった。その頃から仕事の手伝いが始まってね。
そうだ、当時あいつ亜子ちゃんにフラれて半ば自暴自棄になってたみたいだよ」
「……私?」
たった数年前のことだったが、当時のことがもはや懐かしい。
「そうそう。なにもかもどうでもよくて、死ぬのを待ってるだけ、って顔してたからついほっとけなくなって」
「………………」
亜子ちゃんは何も言わなかった。彼女は彼女なりに思い出すことがあるのかもしれない。
「彼は、特殊な環境で育った。ずっとそのままではあまりに、と思ったのもある。だから手を貸してやりたかったんだけど……でも、結局悠人を生き返らせたのは亜子ちゃんだったね。君への恋を思い出して、悠人は今に至る」
ただ事実を話しているだけのつもりだった。悠人がどれほど亜子ちゃんに焦がれていたか多少なりとも証明できれば何かの後押しになるんじゃないかとは思っていたけど、亜子ちゃんはますます難しい顔をしていた。悠人は、亜子ちゃんに昔嫌われていたと言っていたけれど、今もそれを引きずっている部分があるのだろうか。でも、それで婚約なんか了承するはずがない。
「瀬下さんは……悠人君の味方なんですね」
「……そうだね。茶々を入れてやろうって思うくらいには」
気恥ずかしくてつい口が上滑りする。こういう時に悠人ほど簡単に肯定できないのがイケメンとの差なんだろうか。
「悠人君に、瀬下さんみたいな人がいて良かったと思います」
「へ?」
なんだか急に誉められて、俺は間抜けな声を出すしかなかった。
「私はたぶん、本当の意味では悠人君を支えてあげられない」
いつもと変わらないようなポーカーフェイスも、深刻な影を落としている。
「どういうことか、聞いてもいいかな」
踏み込んでいい領域か、俺は慎重に確かめた。亜子ちゃんは俺と目を合わせると、ふっと笑う。
「私は……悠人君のことが本当に好きか、わかりません」
「え……」
聞こえたことが一瞬わからなかった。だって、少なくとも二人は好き合っているのだと思ってた。そうでなくては、悠人のあの笑顔はなんなのだろう。
「でも、君たちは恋人で……婚約したって」
バカみたいな聞き方だったが、でも確めたいこと全てだ。二人の合意がなければ恋人にもなれないし、婚約もできない。
「悠人君が、そう望むから」
「…………!」
わけのわからないものが、ザワッと俺の喉を掠めた。一瞬息が詰まる。
「……亜子ちゃんはいいの?それで」
つまり、現状を亜子ちゃんは望んでいない。そう解釈した俺は亜子ちゃんへ尋ねる。ずっと亜子ちゃんを想っていた一途な悠人のことを考えるとやるせない。でも、彼女も苦しんでいることは、今の様子を見ればわかる。
「いいも悪いもないんです」
カップを持つ彼女の手が震えてる。
「……悠人君は悲しい人で、私がそばにいることを望みました。でも私は……彼を幸せにできるか不幸にしてしまうかわからない」
言葉を切った彼女は、とても苦しそうだった。彼女の中に渦巻くものはなんだろう。悠人への複雑な感情が入り交じっている。でも、その奥底に、悠人への情があるんではないかと願ってしまう。
「だから、どうか、せめて瀬下さんは悠人君の味方でいてあげて下さい」
「………………」
何かをかけ違っているだけじゃないだろうか。だって、悠人の愛情は疑うべくもないし、亜子ちゃんだってこんなに優しい子だ。それで二人が不幸になったとすれば、何がいけなかったというのか。
「……俺は間違いなく悠人の味方だけど、亜子ちゃんの敵にはならないよ」
所詮俺は部外者で、二人の間に立てるような役柄ではないけれど、それでも俺は二人の幸せを願わずにはいられない。
「瀬下さん……」
「何も思い詰めることなんてない」
顔を上げる亜子ちゃんに、笑って見せる。
「何をしてもしなくても毎日は過ぎていく。それでも苦しくなったら、俺に電話して。美味しいカレーでも食べに行こう。カレーは裏切らないから」
過剰な享楽も、深刻な悲愴も、毎日の中で漂って溶けていく。映画や物語じゃないのだから、暮らしは淡々と過ぎていくのだ。人生とは往々にしてそんなもの。カレー一皿が人生の重みと釣り合う時もある。
「……そうですね。カレー食べたくなったら、連絡します」
最後に亜子ちゃんは笑ってくれた。
「どういうつもり?」
タバコを吸わない悠人が喫煙所についてきたと思えば詰問された。
「は、なにが」
思い当たることがなくて、胸ポケットからタバコを出しながら首をひねる。
「なにが、って、なんで一人で亜子に会いに行くわけ?」
「亜子ちゃん?……あー」
言われてやっと思い出した。というのもあれは二週間前の話で、確かに俺から悠人へ報告はしなかったけどとっくに亜子ちゃんが悠人へ話してただろうと思い込んでいた。
「……で、なんで怒ってんの」
亜子ちゃんから時間差で何を聞いたかは知らないが、悠人からの視線には明らかに殺意が込められている。
「いや、怒るでしょ。瀬下が亜子へ会う理由がない」
不機嫌そうに言う悠人の目の前で、箱から取り出したタバコに火をつけた。
「もしかしてそれやきもち?」
「彼女のまわりをうろつく不審な男を邪険にするのって普通だよね?」
質問を質問で突き返してくる。やばい、こいつの目、笑ってない。
「不審な男じゃなくて、頼れる兄貴分の間違いだろ」
「面白くない」
「ウケ狙ってねーから」
しかし亜子ちゃんからどう聞いたと言うのか。別にやらしい目とかしてなかったし、いや、そりゃあ生JDだなとかくらいは思ったけれども。
「……亜子に何を吹き込んだわけ?カレーは裏切らないとか言い出すし、あれ、瀬下の口癖だよね」
「……………」
今ちょっと不覚にも亜子ちゃんにきゅんときてしまった。思ったより素直に俺の話を聞いてくれていたようだ。
「つまりさ、悠人が亜子ちゃんを傷付ければ、すぐにでも亜子ちゃんはカレーに走るよ」
話しながら、少し考える。悠人は、亜子ちゃんの心のうちまでを知っているのだろうか。ここで俺が悠人へ何か言えば変わるのだろうか。
「言われるまでもなく、亜子のことは離したりしない。誰よりも何よりも、俺が一番亜子を愛してるって自信があるから」
不遜な悠人を見て、やはり俺が何を言っても変わることはなさそうな気がした。きっと、今が悠人にとって最善で、それは亜子ちゃんにとっても良い方向へ向かうはず。そう思うことにした。
「答えが出るまで時間がかかるというのは残酷だな」
煙を吐いて、その行方をぼんやり眺めた。
「……どういう意味?」
「大方そういうもんだろ。ハッピーエンドなんて、ずっと先の未来でしか語れない」
タバコをくわえて吸うと、馴染んだニコチンの味が心地よい。
「………………」
悠人は何も言わず頬杖をついて窓の外へ視線を向けていた。
二人がどうなっていくかなんて、誰にもわからない。それはそうだ。未来なんて誰にも予見できない。俺にできることと言えば、亜子ちゃんに言った通り二人の味方で居続けることくらい。
「瀬下ってさ、損するタイプだよね」
喫煙所を出る時に、悠人は俺の肩に肩を当てながら言った。
「カレー以外に裏切らない人が見つかってもいいのに。SNSキラーとかさ」
「え、お前は裏切るのかよ」
「亜子のためならね」
薄情なやつだと思いながら、俺は笑った。まあ、こんなものだろう。不服はない。
ちなみにSNSキラーは、既に三股してた挙げ句夜な夜なつまみ食いを繰り返すと言う真っ黒な生態を持っていた。俺の春は遠い。




