翳りに謳う
――彼女の話。
私は地味で大人しい子供だった。
大人からの言い付けは守るし、目立つようなことは苦手だった。自己主張も下手で、主体性も無かった。例えば何して遊ぼうかとなったら、必ず相手が何をしたいかを聞いてしまう。
なおかつ気も強い方とは言えなかった。のび太がジャイアンにいじめられてしまうシーンを直視できなくて隣の部屋のふすまを少し開けてドラえもんを見てたくらいだ。でも、私はこの性格に特に不便を感じなかったし、治すべきことでもないと思っていたので、大きくなるにつれてそれは助長されていった。
私はお母さんと二人暮らしで、お父さんは私が5才の時に交通事故で亡くなった。何しろ私も小さかったし、お父さんのことはよく思い出せない。でもお父さんに遊んで貰えるのが大好きだったのはおぼろ気に覚えていて、優しい人だったと言うのを遺影の目尻の下がった笑顔で確信する。
お母さんは、女手一つで、とても立派に私を育ててくれた。
今思えばお父さんが亡くなった頃はまだ若かったんだし再婚くらいしても良かっただろうに、お母さんはそんな素振りも見せなかったし、私もお母さんが大変な苦労をしてるなんて考えたことなかった。よく笑う人で、明るくて、娘に甘えるのが上手だった。私は家事が嫌いじゃなかったし、お母さんはすっごく嬉しそうにありがとうって言うから、お手伝いは進んでやった。
母一人子一人で暮らしていて、私には特にやりたいこととか熱中してることなんてなかったし、お母さんだけは私のたった一人の家族で、お母さんを助けて生きていきたいと、自然に考えていた。
平々凡々な毎日が一変したのは、中学三年生になった春。
それまでも私は誰かを冷やかしたりするのが好きではなくて、あの独特の雰囲気が居心地悪くてたまらなかった。だからと言って「やめなよ」なんて言えるわけもないし、他人のために何かができるほど良い子なわけじゃない。私はそんな自分が嫌いだったし、意気地無しだと思った。
そこではじめて、主体性が無いことが罪だと知った。つまり、私には勇気がない。
だけど、その日は違った。クラスメートの葉山さんたちが、友代のくせ毛を囃し立てた。葉山さんというのは、とても可愛くてバレー部のエースでクラスの中心的存在だ。葉山さんたちからすれば、友代へ言ったことは冗談の範疇だったのかもしれない。でも、顔を赤くしてうつむく友代を見たら、黙ったままじゃいけない気がした。
「私はかわいいと思うよ」
友代を慰める以外の他意はなかったつもりだったが、遮るように言ったのがいけなかったのだろうか。その場は睨まれるだけで済んだけど、次の日から教室の様子が変わった。
友代をはじめとした仲の良かった子たちが急にそっけなくなった。あいさつをしても小さな声でしか返してくれず、私がみんなの輪の中に入ろうとしても目を合わせてくれない。最初は思い当たる節がなくて、でもなんかしちゃって怒らせたのかなって焦ったけど、謝っても「そうじゃない」としか言ってくれない。私は友代たちから次第に疎遠になり、休み時間も給食のときも、授業でグループを作らなくてはならない時だって、孤立してしまうようになった。
なんで急に一人ぼっちになってしまったのか、悲しいというより訳がわからなくて戸惑った。
次に、机の中やロッカーに起きっぱなしにしてる教科書がいつの間にか無くなったりビリビリにされてたり、ということが起きた。
これも最初は自分の不注意を疑ったけど、破れ方がそんな感じじゃなくなってきて、ゴミ箱から保健体育の教科書が見つかった時は、誰かにイタズラされてることを確信した。よくわからない卑猥な落書きだらけで、いくらなんでもこんなの悪意がなければできないようなことだ。
そう気が付いた時、やっと私はいじめられていると知った。間抜けな話だ。鈍感な私は、クラスに誰も味方がいなくなったとようやく知った。
「ほら、亜子。どうしたの?最近なかなか起きないわね」
お母さんの声が、まどろみに割り込んでくる。私は仕方なくて目を開けた。いつもの天井。いつもの部屋。寝室となっている和室のカーテンの隙間から、白い光が差し込んでいる。
朝が来てしまった。朝なんて来なくていいのに。ずっと夜のままでいいのに。
「亜子!朝ごはん食べれなくなっちゃうわよ!」
そんなに広くないこのアパートだと、ダイニングからのお母さんの声もよく聞こえる。
「朝ごはん食べないのー?」
「……食べる」
お母さんの何度目かの呼びかけに、私はやっと布団から起き出した。
ハンガーにかかってる制服を一瞥して、胸の奥が重たくなる。着替えたくない。そう思いながらも、タンスからシャツを取り出した。白い長袖が、まるで鉛で編まれたようだ。
部屋の隅に置いた鞄を開けて、押入れの奥から今日使う教科書を取り出す。どれもこれも、ぼろぼろの教科書。お母さんに見つからないようにこうやってこっそり準備する後ろめたさには、いつまで経っても慣れない。
「今日、すごく天気良いと思わない?洗濯のしがいがあるわあ」
納豆をかきまぜながら、お母さんは天気一つで嬉しそうだ。話を聞き流しながら、私は学校へ行くふりしてどこかへ行ってしまおうかなんて、半ば本気で考えていた。私は手早く準備を済ませて、家を出るギリギリの時間を待つ。つけっぱなしのテレビでは、当てにならない占いが映されていた。私の星座は、8位だった。本当にどうだっていい順位。
お母さんは朝から忙しそうだった。お昼前から仕事だから、それまでに家事をなるべく終わらせたいらしい。
「お布団干そっか!」
洗濯物をベランダに干しきったお母さんは、寝室の敷きっぱなしの布団をずるずると引いてベランダの手すりにかけた。
「……私、もう行くよ」
ダイニングのテーブルから立ち上がって、玄関へ向かう。もし、学校に行かないとしたら、私はどこへ行けばいいのだろう。人目のつくところにはいけない。制服姿は目立ってしまうから。
「亜子、いってらっしゃい」
お母さんの笑顔に見送られながら、重たい玄関の扉は大きな音を立てて閉まった。
いつもの朝。いつもの制服。いつもの通学路。何一つ目新しいものはなくて、昨日と変わらない現実。清々しく歩いたからって都合よく何かが変わるなんて有り得ない。
それでも。
それでも、私は学校へ向かう。誰も味方なんていないあそこへ向かう。何に縋り付こうとしているのかは自分でもわからない。あの教室だけが、私の世界のような気がしているからかもしれない。……お母さんの笑顔を、曇らせたくなかったかもしれない。
こんなにも胸が押し潰されそうなのに、町並みの風景は何も変わらなかった。
いじめられる気分は、最悪だ。
靴に給食の千切りのキャベツが盛られてた時、鞄にゴミ箱からのゴミが詰められていた時、「死んでくれ」と願われているような気分になった。それは、一回二回では慣れないほどの痛みを伴った。しばらく身動きが取れなくて、「そんなに言うなら殺してよ」という行き場のない苦しみが私の内側を食い破っていく。
その立ち眩みに耐えても、悲しみは終わらなかった。自分でキャベツやゴミの後片付けをしてる時、ビリビリの教科書をセロハンテープで止めている時、私は人に見下される人間なんだなあ、と実感する。人より劣った人間。人より出来の悪い人間。
情けなくって惨めで恥ずかしくて、自分が大嫌いになる。それから、こんな娘でお母さんに申し訳なくて、心の中で何度も何度もお母さんに謝った。
苦しくて辛くて悔しくて、このままではいられないと思ってたけど、先生に自分がいじめられてるなんて言い出せなかった。
それは、私がいじめられてしまうような人間でそれを自分で解決ができない出来損ないだと言うことを、自分で認めてしまうことになる。そう思い込んでしまっていた私は、毎日毎日死を考えるほど自己嫌悪を繰り返してるのに、そのプライドを捨てられなかった。
もちろん、いじめのことをお母さんなんかに言えるわけがなかった。こんな私であることがお母さんにバレてしまったら、一体どうやって償ったらいいのかわからない。汚れた教科書や持ち物を隠すのが精一杯で、私はいつもびくびくしていた。
助けてくれる人もいなかったし、助けを求めるつもりもなかった。だとすれば、私は一人で耐えるしかなかった。学校も休めない。先生からお母さんに連絡がいってしまったらまずい。
私への嫌がらせは、はじめ誰がやったのかさっぱりわからなかった。書いていた自分の日記を読み返してやっと葉山さんたちとの一件を思い出したくらいだ。
でも、あの可愛らしい葉山さんたちがこんなことするんだろうかと半信半疑でもあったし、私がそう確信したところで葉山さんたちがやったという証拠も無い。葉山さんたちに「止めて」と言ったところで何も変わらないだろう。
もうそこまでいくと、次にどうしたらいいのかなんてわからなくなった。新聞に出ている事件みたいに自殺したらいいのかもしれない、とすら考えた。だって私は人より劣ってて、見下されて、蔑まれる。淘汰される側の人間なんだ。高いところから落ちるのはとても痛いだろうけど、それで全部終わる。
でも、お母さんのことを思い出すとそんなことはできなくなった。
私が居なくなったら、お母さんは洗濯物をタンスに入れなくなっちゃう。美味しいと言ってくれた餃子を食べられなくなっちゃう。それに、酔ったお母さんが仏壇のコップにお酒注ぎすぎちゃうのを誰が止めるって言うの?
そう考えたら考えるほど、私は布団の中で声を押し殺して泣くしかなかった。
でもある日突然、急に楽になった。
やられていることは変わりない。何度だって教科書や上履きで遊ばれた。でも、私が勝手に聞いていた「死んでくれ」という言葉に耳を塞ぐことができるようになった。そうすると、自分の意思で思考停止することができた。
考えるのを止めてしまえば、もう涙をこらえる必要も目眩に耐える必要もない。もちろん、傷付かないわけじゃなくて、まだマシになっただけ。簡単に言ってしまえば、「慣れた」んだと思う。でもやっぱり、いじめられていることを認めてしまうのはとても恐ろしいことだった。
「あっ!今屋君サッカーしてる!」
「えっ!?うそっ!?見る見る!」
昼休みの時間、一人で自分の席で本を開いていると、クラスの女子たちが色めきだす。窓の向こうにある校庭で、クラスメートの男子たちがサッカーを始めたらしい。
私は興味がなかったけれど、彼女たちの黄色い声は本への集中を途切らせた。
「わ~貴重だわ~。今屋君早々にサッカー部辞めちゃったからもうなかなか見られないよね~」
「やっぱりかっこいいよね~彼女いないって聞いたけどほんとかな~」
あっと言う間に窓に張り付くギャラリーができる。その全てが女子たちで、向けられている視線は一人。
今屋悠人、というクラスメートがいる。
彼は頭が良くて学年一位、スポーツも出来てサッカー部のエース、かっこいいし爽やかだし、女の子にすごく人気があった。絵に描いたような人だった。
友代も今屋君が好きだったみたいで、サッカー部の試合を見に連れられることもあったけど私はサッカーすらルールを知らず、よくわからないまま試合は終わってしまった。今屋君がモテるというのは大いに納得できたけど、私にとっては苦手なタイプだった。苦手というより、気後れしてしまうというほうが適切な表現かもしれない。どうにしろ、ただサッカーを始めただけでギャラリーを作るような人気者の今屋君と、地味な私が並ぶことなどほとんどない。その事実に不自由も不満も無かった。
私は一度も窓の外を見ることなく、また本へと集中していった。
今屋君とは二年生になってから同じクラスになり、惜しくも隣のクラスになった友代にはとてもうらやましがられたが、そんなことを言われても私にはどうもこうもなかった。ただ、二学期が終わる前に今屋君は私の名前と顔を覚えたのかあいさつをしてくれるようになった。最初のうちは戸惑って私じゃない人にあいさつをしてるのかと思ったりもしたが、目立たない私なんかにわざわざあいさつしてくれるのが単純に嬉しかった。
きっとお母さんの教育が良かったんだろうね、なんて友代に報告したりしたけど、どんなにうらやましがられても、あいさつするぐらいのクラスメートでしかないし、それ以上仲良くなることもなく今に至る。
そう、仲良くもないのに、今屋君はなぜか今も変わらず私にあいさつをしてくれる。
他のクラスメートは――友代ですら――私と親しくしようとしないのに。そればかりか、何故かある日声をかけられた。
「社会の教科書って、借りれる?」
確か昼休みに、通りがけたまたまと言った様子だった。
まさか私だとは思わなかったけど、今屋君は私を見ていた。
「……え?教科書……?」
疑問符しか思い浮かばない。急に今、社会の教科書?なんで私?考えてみれば、学校でこうやって話しかけられることすら久しぶりだった。気が付けば私はずいぶん長い間一人でいたのだな、と思う。
「マーカー引きそびれたからうつさせて欲しいんだけど……だめかな?」
我に帰って気が付いた。社会の教科書は、ビリビリに破かれてる。人に見せられるようなものじゃない。
顔がカッと赤くなりそうで、私は急いで伏せた。葉山さんたちの声が聞こえた気がした。
「……他の人に頼んだらどうかな」
そもそもなぜ私だったのか。今屋君ならもっと気軽に借りれる友達がたくさんいるはずだ。
「入野さんの教科書は駄目なの?」
私は頷くしかできなかった。
「そっか、残念。でも、ありがとう。無理言ってごめんね」
とても柔和で、とてもいい人だ。力になれなかったことが申し訳ないと思うぐらいに、私は今屋君へ好感を持った。
それから時々、今屋君が話しかけてくれるようになった。
たいてい他愛もない話で、長く話し込んでしまうようなことはなかった。それでも今屋君は私に話しかけることをやめなかった。
今屋君は最近よく放課後に声をかけてくれるようになってきたけれど、それは受験勉強に専念するために部活を辞めたことであわてて教室を出る必要もなくなったためだと言う。まだ他の三年生は部活を続けているから、今屋君はちょっと特殊だ。でも、だからと言って進学校を目指すわけでもないらしい。私も行くつもりの都立高校を志望しているようで、それなら部活続けていればよかったのにな、と私は心の中で思った。
そんなことを少しずつ話すようにはなったけど、やっぱり私は今屋君に気後れしていた。
今屋君がかっこよくて地味な私が近付きがたいから、という理由だけじゃない。今屋君だってクラスの雰囲気に気付いてるはずだ。クラスのみんなが、私を遠ざけようとしている。今屋君は優しいから、そんな私を気にかけてくれているだけ。同情してくれているだけ。
今屋君に「かわいそう」と思われていると考えただけで、情けなくて恥ずかしくなる。私はなんて惨めな生き物なんだろう。
それに、故意なのか偶然なのか、今屋君はたまに私の知られたくないことを尋ねる。失くした教科書のこととか、シャープペンシルのこととか、体操着のこととか。その度にドキッとするけど、私は素直に本当のことを話すことなんてできなかった。
だって、言えない。「惨めな私を助けて」なんて、言えない。
私は今屋君の問いを適当に誤魔化すことしかできなかった。嘘をついているという自覚が、今屋君の目を見る勇気を奪った。
地味で真面目な分、私は頭は良くないけど努力でテストの点数を稼ぐことができた。それでもそう上位でもないところにギリギリしがみついてるくらいだから、本質は本当にバカなんだと思う。五教科の中では英語が一番得意で、その次が国語。数学が一番苦手で、公式を覚えたつもりでも想定外の問題が出ちゃったらもうなにもわからなくなる。
だから、私よりずっと頭の良い今屋君に誘ってもらって一緒に勉強ができるようになったのはとてもありがたかった。でも、単純にラッキーと思うより、罪悪感の方が増す。どう考えても今屋君にとって実になる学習時間だとは思えないし、むしろ私が邪魔してる。
今屋君とは少しずつ仲良くなってきたと思ってるけど、それは他に話す相手の居ない私の錯覚かもしれないし、まず今屋君は私に気を使ってくれているだけなんだから、それ以上でもそれ以下でもない。馴れ馴れしくしたら今屋君には迷惑だ。
でも、今なら友代に協力できるのに、と思った。友代は今屋君のことがずっと好きだって言っていたから、きっと喜んでくれる。三人で勉強するなんて言って、適当に二人きりにしちゃえばいい。私が友代の片思いを手伝えることなんてないと思ってたけど、今ならそれとなく今屋君に友代のことを紹介できる。二人が付き合うようになったら、少し寂しいかもしれないけど、でも友代の一途な気持ちが通じたらそんなに嬉しいことはない。……そこまで考えて、むなしくなってやめた。友代はもう、あいさつすらしてくれない。
いつまで私はクラスのみんなに遠巻きにされるんだろう。中学を卒業すれば友代とも仲直りできるかな。もう教科書を隠されたりするのも慣れたけど、一人ぼっちがこんなにつらいことだなんて私は知らなかった。
友代とは、小学校の頃の塾で一緒だった頃から友達だった。特別なきっかけがあった訳じゃなくて、顔を見たらなんとなく友達になってた。好きなアーティストが一緒とか、観てたドラマが一緒とか、そんなことから私達は仲良くなっていった。一緒の中学になってからは、他の友達も交えていつも一緒にいるようになった。私はあまり上手におしゃべりできる方じゃなかったけど、友代はいつもきちんと話を聞いてくれたし理解を示してくれた。私にとってはとても限られた「なんでも話せる相手」だった。
でも、なんで今こんなことになっちゃってるんだろう。友代たちが私を避ける理由はよくわからなかったけど、そのことに腹を立てることすら私の頭の中から抜け落ちていた。それだけ自己嫌悪に忙しかったし、友代たちに対して感じていたモヤモヤがなんなのかつきとめることすら億劫だった。
でも、傷つくことに「またか」と思うようになってから、私は他人を恨むことを覚えた。
なんで友代たちは知らないふりをするんだろう。私の哀しさを理解してくれないんだろう。一言「大丈夫?」と言ってくれないんだろう。そう考えれば考えるほど、友代たちが憎く思えた。「死んでくれ」の言葉が、友代の声音を真似するようになった。私は友代に苦しめられてるとすら考えるようになり、友代を恨むと自分を否定しないで済んだ。
友代が悪いと思い込むことで私は被害者だと陶酔できたのかもしれない。しばらくはそれでよかったけれど、友代とのなんでもない会話の断片を思い出したりすると、自分の浅ましさを思い知った。
だって友代は友達なのに、私は自分が楽になるために友達を嫌うの?
しばらく天秤は定まらなかった。友代とまた元のように戻りたいという気持ちと、もう戻れないという気持ちが日によってぐらついた。
でも結局、私は友代と友達でありたいと思うようになった。
友代は私のことなんとも思ってなくて面倒になるくらいなら関わり合いになりたくないと考えている。そんな最悪の想定が心の奥底から沸き上がる時もあるけど、私は努めて「そうかも知れないけどそれは仕方がないことで、大事なのは私の気持ちだから」と思うようにした。
ある日、友代にメールをしようと思い至った。直接話しても何も言ってくれないから、最初からメールでの連絡をあきらめていたけど、やってみなければわからない。私は慎重に慎重に言葉を選んでメールを打った。何度も読み直して書き換えたりしたので、文章ができあがるまで一週間くらいかかった。
『長文になっちゃうけどごめん。
前に、私が友代やみんなに、謝ったのは覚えてる?みんなが私に怒ってるのかと思って、理由を聞いたよね。
友代たちは怒ってないって言ってたけど、やっぱり私とはもう仲良くできないってことなのかな。
私は友代を友達だと思ってるけど、友代は私のことをどう思っていますか。
答えづらいなら、メールの返事はいりません。』
友代を責め立てる気はなかったけど、ずるい言い方をした自覚はあった。でも、答えが欲しかった。
自分を言い聞かせるのも限度があって、ちょっとの間自分を納得させることができても、それをまた覆すことは容易いことだから。友代からの本当の答えを聞いて、私はもうあれこれ考えることを止めたかった。
友代からの返信は来なかった。一日待っても、三日待っても。
そういうことならそういうことだと思ってあきらめがつく。友代たちのことはもう忘れよう。恨んだり憎んだりではなくて、思い出にしてしまおう。そう決心がついた矢先、友代からメールの返信が来た。
『そんなことないよ。私は亜子のこと友達だと思ってるよ』
思ったよりも、あっさりした内容だった。私があんなにどろどろと考えていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい。
でもきっと本当ってこんなものなんだろうと納得できた。あれこれと弁明されたりするよりずっとシンプルでリアルでわかりやすい。それに、友代がやっぱり友達だと言ってくれるならそれに越したことはないじゃないか。
そのメールの翌日から、友代たちからの警戒は少し解けたような気がした。それも元通りとはいかなくても、とてもほっとする。まるで今までが冗談かなにかだったかのように、他のクラスメートからも声をかけられるようになった。
最近は、物が無くなったりするのも回数が減ってきて、このまま元通りになるのかもしれない、と期待する。今までがなんだったのかと思うくらい、心が軽くなる。
きっと、今屋君のお陰でもある。今屋君が私のことを気にしてくれているから、他のクラスメートも私を避けなくなってきたんだ。今屋君にはなんて言ったらいいんだろう。今屋君からもらったシャープペンシルはなくなるのが怖くて持ち歩けないくらい大事にしていた。このシャープペンシルのことも兼ねてお礼をしなくちゃと、私は真剣に考えていた。