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たとえるならば

挿絵(By みてみん)


――彼の話。








 26日の22時。

 約束の上映会の待ち合わせでは、意外な面子がいた。黒河が連れてきた男に見覚えがあった。


「お久しぶりです、間宮さん。自分、冬馬絋也と言います」


 ずいぶんしっかりとした口取りで挨拶をしてきたこの男こそ、亜子に気がある例の男だ。その横にいる黒河をちらりと一瞥すると、ばつが悪そうに会釈される。


「ああ、一回会ったことあるね。久し振り」


 余裕があるように微笑んで冬馬に挨拶を返す。亜子を盗み見ると、彼女は冬馬がいることに純粋に驚いているようだった。そこに喜ばしそうな感情が見て取ることが出来ず、少なからず安心する。


「すいません、いきなり来ちゃって」

「いや?構わないよ」


 文面だけであれば普通だったかもしれないが、冬馬にも、それから俺も、緊張と警戒が内在している。どこか険悪な空気が漂っていると言われても否定はできなかった。かと言って、俺はこの男をどうしようと言うつもりもない。もちろん亜子を渡すつもりはないし、亜子がこの男を選ぶようなことはさせない。だが、重要なのは、俺をこの男に認めさせることにある。


(……その方法はおいおい考えていくか)


 今は、亜子の心を縫い止めることが先決だ。

 映画を観る席は指定席になっていて、四人横並びだった。俺、亜子、冬馬、黒河、と並び、冬馬はやはり亜子に惹かれているようで、それを俺に隠す気もないらしい。それはそれでわかりやすいので構わない。

 デートに映画を選んだのは、嘘偽りなく俺も映画を好きだからであり、亜子もまたそうだから。アクションからコメディまで、古今東西も問わずジャンルで映画を好き嫌いすることはない。俺も亜子も、数を見てきたというわけでも詳しくもなかったけれど、これから二人で一緒にたくさん観ていけたらいい。付き合って、結婚して、子供を育てて、その後も……時間はいっぱいある。


 間にわずかな休憩を挟んで続けて二作映画を観終えると、やや長い休憩が入る。映画を観ているだけだが、ずっと同じ体勢というのは皆疲れてくるらしい。

 亜子も黒河と一緒に席を立ったので、俺もトイレくらい行っておこうかな、と立ち上がったところで、声をかけられた。


「あの」


 冬馬が、遠慮がちにこちらを窺ってる。


「どうしたの?」

「いや、これだけは間宮さんに言っておこうと思って」


 冬馬は真剣な表情をしていた。


「俺、入野のことが好きなんです。ずっと、大学受かった時から」


 もしやとは思ったが、宣言されるとは思わなかった。

 愚直なまでに曲がることなく、ぶつかってくる。そこに邪心などは無さそうだ。俺とは、違う生き物だ。


「だから……俺、納得行くまで入野を諦めたくないっていうか」


 いつの日かこんな時がくるんじゃないかと思ってはいたが、まったく、やはり亜子は面倒そうな男を惹き付ける。


「じゃあ、恋敵ってやつかな」


 言葉に敵意が潜まないよう気を付ける。

 この男もたぶん、俺と意図は同じだ。喧嘩をするつもりで今の宣言をしたわけではないのだろう。


「いつか冬馬君とは語り合ってみたいね、亜子ちゃんの可愛いところ」


 なるべく人好きのするよう振る舞った。冬馬と仲良くするのはマイナスではない、そんな打算も頭にあった。


「あ、あの、自分のことは呼び捨てしてください」

「そう?」

「はい、それから……本当に今度、メシでも行きませんか?」


 思いがけない誘い。

 冬馬がどんなつもりなのかは掴みきれないが、その目は真剣そのもので俺を見据えている。

「そうだね。男同士も楽しそうだ」


 亜子のことを抜きにすれば、俺はこの男を嫌いではないかも知れない。そんな予感を感じながら、その場を後にした。




 シアターを出ようとした時、黒河とばったり出くわす。その横には亜子はいなかった。


「あ、間宮先輩……!」

「亜子ちゃんは?」

「売店見てくるって言ってました」


 そうか、なら亜子を探してみようかな、と思っているうちに、黒河が慌てて頭を下げた。


「先輩、本当すみませんでした……私は別にお邪魔しようと思ったわけじゃなく!」


 なんのことか本当に一瞬わからなかったが、すぐに冬馬のことだと思い当たった。黒河の様子を見れば、うっかり口を滑らせていてもたってもいられなくなった冬馬を断りきれなくなった、と言うところか。


「いや、別にいいよ?冬馬君、イイコだね」


 亜子と二人きりではない以上、デートとは言っても親密になれる気ではいない。むしろ、今冬馬と顔見知りになれたメリットの方が大きいかも知れない。


「あいつ、バカでヘタレなんですが、根は真っ直ぐでお人好しのところとかあって……」


 すごい言い様だったが、黒河の言いたいこともわかる。つまり、あの男は『イイヤツ』なんだろう。俺が冬馬を嫌わないよう、友人として黒河が庇いたくなる気持ちは想像に難くない。


「大丈夫大丈夫。今、冬馬君に宣戦布告されてきたところだから」

「えっ!?言っちゃったんですか!?」


 黒河は目を見開あたあと、逡巡するようにぱちくりと瞬きを繰り返す。


「言ってくれて、話しやすくなったかな」

「いや~~~…………」


 何も言えないようで、黒河は言葉を濁しながらそれ以上のコメントはしなかった。黒河はどの程度まで亜子へ干渉し、状況を把握しているのだろう。冬馬のこともあるし、黒河の存在を軽視することはできない。


「冬馬君は手強そうだから、マリちゃんには俺の味方でいてもらわないと。ね?」


 ぽん、と黒河の肩を叩いてから、じゃね、と歩き出す。

 これからどうしていくのが正解か、答えを導きだしていかなくてはならない。一歩間違えれば、またあの日を繰り返す。いつ足を踏み外してそのまま死ぬかも知れぬ薄氷を歩いている。誤算もミスも俺には許されない。


「あの、私、本当に本当に、間宮先輩のこと、尊敬してて味方ですから!絶対に!」


 後ろからそう声をかけられ、少し振り向いて手を振った。黒河の内心は知れないが、わざわざそう宣言すると言うことは、裏切られることは無さそうだ。




 トイレを済まして、まだ少し時間があることを確認すると、亜子と少しくらい話せないかと姿を探す。席に戻っていればいいが、と思いながら、周りに気を散らせながらロビーを歩く。

 雑談をしている連れだった男女や家族の姿、喫煙所で煙草をふかす人々、それに売店に並ぶ長蛇の列。

 ふと、目が留まった。亜子と冬馬が二人で並んでいる。

 二人は何かを話し、冬馬の問いに亜子が売店の上にあるメニューを見ながら答えてる。

 その姿を見て、不安や焦りと、根拠のない慢心が入り交じった。傍目から見れば、二人が恋人同士でもおかしくないかもしれない。でも、亜子は隠し事もできなければ好意を裏切ることもできない。だから、きっと、俺が先に亜子へ想いを告げている以上、亜子は冬馬の好意を素直に受け取ることはできないはずだ。きっと……きっと。

 穴が開かないばかりに二人を見ていると、亜子が列を横切ろうとする人のカバンに押される。そのまま亜子は冬馬へ倒れ込み、冬馬はそれを受け止める。

 冬馬の腕におさまった亜子は、謝って離れようとしたようだ。その一瞬、冬馬と目が合い、それから冬馬を突き飛ばした。

 突き飛ばしたのはほとんど無意識のうちだったらしく、ハッと気付いた亜子は青い顔をしながら謝っている。でも、冬馬が何を言っても亜子は謝るのを止めない。


(ああ……!)


 無感情に一連のことを見ていたけれど、体中が熱くなるのを感じた。


(どうしよう……!)


 俺は高揚して、口許を押さえて、映画館の中へ入った。

 今見た場面で、はっきりと読み取ってしまった。亜子の中に潜んでいた、傷跡を。


 あの瞬間、偶然亜子を抱き締めた冬馬が何を思ったのかは、同じ男であればわかる。もう少しでもこのままでいたいと下心が出ても仕方ないだろう。

 それを察知した亜子は、最初は何でもないようにしてたのに態度が急変した。まるで何かを思い出したかのように、冬馬を、男を、拒絶した。

 これは冬馬への怒りでも、亜子への焦燥でもない。

 ずっと俺が忘れられない、亜子をまさぐったあの日の感触が、亜子にも残っていたなんて!亜子は、俺のことを……今屋のことを、忘れていない。忘れられないんだ!

 亜子に俺が刻み込まれていることを思うと、たまらなくなった。高笑いをしたいほど愉快だ。そして、亜子を愛する方法は幾重にもあることをようやく悟ることができた。




 空がやっと明るくなり始めた頃、亜子と俺は並んで歩いていた。上映会も終わり、亜子を送りながら今日の映画の話をする。

 何を言っても亜子は力無くどこか言葉が上滑りして、目を合わせようともしない。あの冬馬を突き飛ばした件から、亜子の様子はこうだ。今、亜子の中を俺の影が蝕んでいるのだろう。

 亜子は今何を考えているのか、俺に隠しているつもりなのかもしれない。中学生の頃から亜子は変わらない。だから、俺は敢えて気付かないふりをして何かを亜子に尋ねることもしなかった。亜子が触れられたくないというものを無理矢理抉じ開けることはしない。

 そのまま、俺たちは亜子のアパートの下まで着いてしまった。雨上がりの黒いアスファルトが日の光に晒され、寒くて新しい空気が路地に吹き込む。亜子のことは気になるが、ここまで送り届けたら退散するしかない。


「じゃあ、また。良いお年を、になっちゃうかな?またメールするから」


 手を振ってその場を後にしようとすると、呼び止められた。


「間宮さん」


 意を決したように、亜子が顔を上げる。もしや、と思う。亜子が俺に胸のうちを打ち明けてくれるのだろうか。


「今までありがとうございました。今日で、間宮さんに甘えるのを止めることにします」


 亜子は数秒もしないうちにまたうつむいてしまった。……まさか、そちら側に転ぶとは。亜子はやっぱり亜子だ。絶対に俺には甘えてくれない。あの件が何かしら亜子に作用しているのだろうけど、それがどうして俺との別れに繋がるというのか。


「……何かあった?」


 もちろん、はいそうですか、と亜子の言葉を受け入れるつもりはない。なるべく優しい声音を選んでうつむいた亜子へ声をかける。


「ずっと元気なかったね」


 わかってあげられる男でなければ亜子はずっと隠したきりにしようとするようだ。亜子の目の前に引き返し、見透かしていたようなことを言うと、亜子は体を強張らせ、そして首を横に振った。


「……私、ダメなんです。間宮さんに優しくしてもらえるような人間じゃなかった。

 だから、お別れするべきだと思いました。わがまま言ってすみません。ありがとう、ございました。」


 やっとのことのように亜子は言葉を振り絞っていた。

 過去を思い出して、自分を卑下して俺に遠慮しようというのか。それとも、男性不信に陥っていてそれをはっきり自覚したのか。どちらにせよ、亜子が俺から離れようとするには弱い理由だ。逃がさない。


「亜子ちゃん」


 うつむいたままの亜子の肩に手を置く。

「泣きそうな顔になってる」


 顔を上げて俺を見てほしかったけど、亜子はまるで石になってしまったかのように動かない。


「……こわいの?」


 まるで怯えた小動物のようだ。そう指摘すると、亜子は小さく俺の言葉を反芻した。


「こわい……?」


 それは肯定してるも当然の響きだった。


「こわいことは人に話さなきゃいけないよ。克服できない。」


 なだめるように、亜子の頭を撫でる。亜子を甘やかしたい。蜂蜜と砂糖に浸けて、俺の側を離れないようにしたい。でも、亜子は頷いてはくれなかった。


「……亜子ちゃんは強情だ」


 亜子の中にまだ居る俺の影を引きずり出さなきゃ。亜子を傷付けるのは俺で、その傷を舐めるのも俺だよ。


「今日、なにかあったんだね?」


 一つずつ紐解く必要を感じて、亜子から話をしやすいように問う。何も今すぐ傷に触れようと言うつもりはない。


「……昔のことを、思い……出したんです」

「昔の、こと?」


 そうだと思った。確信が持てて、嬉しくなる。


「…………」


 また、亜子は黙ってしまう。

 なぜ、亜子は俺に何も言ってくれないんだろう。それだけはわからない。俺にまだ足りないところがあるのだろうか。


「……ちょっと、あって。ほんとう、それだけ、です」


 精一杯、亜子は俺を拒絶する。これ以上入ってはいけないという線を引く。その内側で、震えるように怯えてる。手は伸ばして、亜子を抱き寄せたい。


「ひどいことをされたんだね」

「え?」

「亜子ちゃんが今こんなにこわがってるのは、誰かに傷付けられたからだ」


 少々乱暴でも、俺は知っていることをまるで予言かのように口にする。何も知らないはずの、楽天家の間宮が言い当てたことに、亜子は顔を上げた。亜子はかわいい。


「毒を飲まされない限り、心は蝕まれない」


 ここまで他人を拒絶するのは、他人を拒絶する理由があるからだ。つまり、過去、どこかの誰かに傷付けられたから。そこまでは、何も事情を知らない人間でも察することはできる。

 察しの良い俺は、亜子の傷を探し当ててしまう。それから、その傷口を亜子に見せ付ける。この傷は、誰につけられたの?って。


「俺は許せないな、亜子ちゃんをこんなに傷付けたやつを」


 亜子、思い出してよ。こんなひどいことをした今屋を。俺を。そして君の中の俺を憎しみで縛り付けて。離さないでいて。


「………………」


 亜子は何も言わず、ただ佇んでいた。あの日の眼だ。憎しみの眼差し。あの日の俺は、その眼が怖かった。突き放されてしまうのが、怖かった。でも、いまや違う。突き放された後からすれば、その眼さえ、憎しみさえ、亜子から与えられる比類なきものだ。


「そいつにも毒を飲ませてやれればいいのにね」


 声を細めて、囁く。亜子を傷付けるのは俺で、その傷を舐めるのも俺で、俺を傷付けるのも亜子だよ。


「だって、許せない。亜子ちゃんが今もこんなに怯えているのに」


 亜子と目が合う。人間を唆す悪魔にでもなった気分だ。

 亜子を包み込むように愛する間宮で一生添い遂げるのもいいだろう。亜子を絡めとるように愛する今屋で一生まとわりつくのも悪くない。


「……なんてね」


 にっこりと、いつものように笑った。亜子は呆然と俺を見ていた。


「俺は亜子ちゃんとお別れする気はないよ。こんなに悲しそうな顔をする亜子ちゃんを放ってはおけない」


 いつもの間宮を演じると、少しばかり亜子の緊張が解けたようだ。その顔を覗きこもうとすると、亜子は小さく首を横に振った。愛おしくて、亜子の髪へ手を伸ばした。黒くて艶やかな髪。右手で掬って、キスをする。愛と忠誠を誓おう。俺は君のしもべだ。


「世界がどんなに残酷であろうとも、俺のことはこわがらないで。俺は君のことが、好きだから。」


 君が、俺を見つけてくれたその時から、この愛は決まっていたんだ。




 年末はあっという間に過ぎ、年を越えて、なんの因果か年始早々冬馬と会うこととなった。


「すいません、呼び出しちゃって」

「いや、家からここまでそんな遠くないし」


 冬馬から声をかけられ、連れられたのは亜子の大学近くのどこか煤けたもんじゃ屋だった。壁には手書きのメニューと昭和のキャンペーンガールのビールの広告ポスターが貼ってある。油と酒と煙草が染み付いたような店内の居心地は、悪くない。


「そういや入野と同じ駅でしたよね」

「そうそう。たまたまね」


 話しながら、店のおばちゃんが持ってきた水とおしぼりを受け取る。


「じゃ、俺の方が遠出っす。」

「ん?遠いところから通ってるの?」

「和光市からです」

「って言うと……どうやって来てるの?」

「副都心線の直通に乗って渋谷に出ますね」

「へえ~。そういえば東横線直通もなかったっけ?」

「ありますけど本数が少なくて。まあ大抵池袋にさっさと出ちゃった方が早かったりするんスけど」

「池袋は埼玉県民の拠点だからねえ」


 どうでもいいことを一通り話し終えると、メニューを見て思い思いに注文する。

 年の近い男同士サシでこうやって食事に出るなんて、考えてみればあまりない。間宮というキャラクターを演じるために社交的には振舞っているが、そもそも俺は人付き合いは良い方でもない。流れで大学の付き合いから呼ばれても何かと断るようにしていたし、瀬下とのアレは、まあ、特殊な例だ。

 こうやってめずらしく呼び出しに応じたのは、冬馬に興味があるからだ。この男が俺になんの話があるというのか、気になるところだ。


「酒とか飲まないんすか」

「俺?」

「二十歳ですよね。俺らの一個上だから。今度成人式ですよね」


 言われてみて気が付いた。そう言えば成人式目前だ。

 当然、式に同窓会にも行くつもりはない。そこになんの意味も見出だせないから。亜子は行くのだろうか。亜子の振袖姿はさぞかし可愛いだろう。それは是非見てみたい。でも、あの狭い市の成人式では会わなくても良い輩とも顔を合わせなくてはならなくなるかもしれない、それだけが気がかりだ。


「そういえばそうだ。忘れてたよ、成人式」

「なんすか、それ。結構重要だと思うんですけど、成人式。実家帰ったりとかはしないんですか」


 笑いながら冬馬はおばちゃんが持ってきた豚玉をかき混ぜる。


「いや、ちょっとめんどいし」


 実家……と呼ぶのに相応しいかはわからないが、母親はすぐ近くに住んでいる。俺が一人暮らししているという話を聞いて、冬馬は俺がどこからか上京したと思い込んでいるらしい。それで別に構わないし、不要な嘘もつくつもりはないから、すぐに話を変えた。


「別に特別酒が好きなわけでもないし」

「えっ意外っす。めっちゃ飲みそうなのに」

「えっこんな清純派なのに?」


 酒飲みだと思われるのは、十中八九この浮ついた見た目のせいだろうけれども。軽そうに見えたり遊んでそうに見えたり不良に見えたり、狙い通りといえばそうかもしれないが、不本意であることも事実。ゆくゆくまたのイメチェンを考えよう。


「えっ?清純派すか?」

「なんでそんな疑わしい目をしてこっち見るの」

「いやあ~、だって間宮さん遊びなれてそうだな……って。悪そうなやつダイタイトモダチ、みたいな」

「随分偏ったイメージみたいだけど、むしろ友達自体少ないけどね?」

「間宮さん寂しい子だったんすか」


 冬馬と二人、なんて、どんな険悪なことになるかと思えば、冬馬は何も飾らず気負わず、ただの男友達のように話してくる。俺も何も偽らず尖らず話せるから気が楽だ。


「……いや、本当のところ、間宮さんが嫌なヤツだったらなー、って思います」

「?それ、どういうこと?」


 鉄板の上で手際よくお好み焼きを焼く冬馬は、チラリと俺を見て屈託無く笑う。


「嫌なヤツだったら嫌いになれるし、もっとわかりやすくケンカも売れるし」

「つまり……今は嫌いじゃないし、わかりにくくケンカを売ってる、と」

「ははは!そうそう、そうです。ケンカは売ってます」


 どうも掴めない男だ。敵意は感じないが、随分意識はされているらしい。


「俺、入野のこと、合格発表の日に見かけて、覚えてるんです。今思えば一目惚れだったのかな、って思うんですけど。

 入野も俺も一人で発表見に来てて、たまたま同じようなタイミングで校門抜けて、合格発表の番号見て。やった、あった!って、俺はすぐ掲示板から離れようとしたんですが、入野は随分長い間掲示板を見詰めてて動かなくて。あの子落ちちゃったのかな、とぼんやり思ったくらいだぅたんですが、その横顔がすごく印象深くて。大学の授業で見かけた時、本当に嬉しかった」


 そこまで話して、冬馬は焼き上がった豚玉にソースとマヨネーズと鰹節と青のりをかけた。俺にも切り分けて、鉄板の火を弱めた。


「一目惚れって信じてなかったんですけど、あんまりバカにできないっていうか。あの時は入野のこと一つも知らなかったのに、授業で会うようになってから入野のこと一つ一つ好きになってくんです。真剣に授業聞いてる姿とか、バイト頑張ってるところとか、全力で生きてる感じとか。俺も大概バカだから、入野の好きなところ一つ見つけるたびに運命のような気がして」


 豚玉は美味かった。すかさずおばちゃんが焼きそばを持ってくる。この焼きそばは鉄板で焼くようになっている。


「……なんか、急に語り出しちゃいましたけど」

「いいよ、聞きたい話だった」


 少し照れだす冬馬に、俺は焼きそばの野菜を鉄板にぶちまけた。


「つまり、俺、勝ち目無くても入野のこと諦めたくないんです。一人で突っ走る入野を、ほっとくのがなんかイヤで」


 鉄板からは熱そうな音とソースの香りが立つ。


「勝ち目がないって、決まってるわけじゃないだろうに。内心俺も焦ってるよ。俺は亜子ちゃんとはあんまり会えないしね」


 正直半分、嘘半分を並べ立て、冬馬の亜子の話に乗っかる。亜子をこの男に渡すつもりはないが、冬馬の存在が邪魔なのは事実。


「いや!俺が間宮さんに勝てる要素なんてどこにもなくて……間宮さんイケメンだし、すごく話しやすいし、優しいし、しかも東大だし、爽やかだし、入野から見れば俺より間宮さんの方が頼りになるだろうし」


 この男は……本気で言っているのだろうか。俺を褒めて何になるというのか。おだててるという感じもしないし、だとしたら冬馬は相当なお人好しだ。黒河もそう評していたかもしれない。どんな風に出し抜いてどんな風に蹴落とすか考えていたのに、拍子抜けする。


「正直間宮さんなら入野を任せてもいいのかもしれないな、なんて思うんですけど……でも、やっぱり、俺諦めませんよ。納得いくまで」


 冬馬の、この真っ直ぐさは、俺にはないものだ。それが恐ろしく脅威に思えた。


「うん、そのケンカ買うよ。って言っても、俺も冬馬くんも同じスタートラインにいるだけだけどね。亜子ちゃんは手強いよ」


 そう言いながら、焼きそばを冬馬と俺の皿に盛る。


「ですよね……隙だらけに見えるのに、絶対に心を開こうとしないから」

「冬馬くんもそう感じるんだ」

「そりゃあ、まあ」


 亜子の行動範囲なんかは把握してるし、家での様子も知ってはいるけれど、外での会話や誰と会ってるかまではわからない。他人から見た亜子がどんな姿だったなんて、あまり意識したことなかった。冬馬は冬馬なりの捉え方があったのだろう。少し妬ける。


「……間宮さんはどうなんですか。入野のこと」

「ん?」


 俺は箸を止めて烏龍茶を飲んだ。


「いや、その……入野のこと、聞きたいなって」

「…………」


 そう問われ、亜子のことを語り始めればきりがなくなるだろう。亜子は全部だから。亜子こそが俺だから。


「冬馬くんと似てるかな。ほとんど一目惚れだったし、それから目が離せなくなった」


 中学校の、あの教室。あの席に座る亜子。彼女に恋をしたことによって、ろくでもなかった世界が拓けた。


「亜子ちゃんは、弱いのに強がるんだよ。本当は怖いのに立ち向かうんだ。それが……俺には、たまらなく愛しくて。亜子ちゃんには上手く伝えられないけどね」


 シンパシーかなにかで亜子にこの愛しさが伝わればいいのに。誰にも負けないほど亜子をこんなにも想っているのに。


「……なんか、間宮さんって、俺が思っていたよりずっと、こう……必死というか。もっと器用に生きてるように見えた」


 焼きそばをつつきながら、冬馬は意外そうに言った。冬馬の言葉は間違っていないかもしれない。こんな遠回りな方法ではなくて、きっともっと上手なやり方があっただろう。


「そう思うなら、亜子ちゃんを譲ってくれてもいいよ?」

「いや、それはナシで」


 きっぱりと断られ、冬馬と二人で笑う。

 それからは、もんじゃをつつきながら他愛もない話をした。黒河のことや、大学の授業の取り方、互いのバイトの話からバイト先で起こった事なんかを笑いながら話す。今までも同級生や周りの男たちとは上手くやっていた方だが、冬馬がイイヤツで話しやすいのは間違いなかった。俺もこの男を嫌いたくない。


 今度はラーメン食べに行こう、と言う話になって、その日は解散することになった。


「じゃあ、また。紘也」


 名字ではなく名前を呼ぶと、紘也はにへら、と破顔して手を振った。

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