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童話シリーズ

赤ずきんちゃんは生まれ変わって狩人に恋するか、否か

作者: 睦月山

 中学の卒業式。


 その後、わたしは、もうわたしのものではなくなった教室のわたしのものではなくなった席についていた。

 黒板には「卒業おめでとう!」という文字が踊り、南向きの窓の端っこから西日がさしていた。

 誰もいない教室。

 机の上には真っ赤な防災ずきん。


 わずか一年弱しか過ごさなかった校舎には愛着があるとか、離れるのが寂しいとかそういう気持ちは湧いてこなくて。


 ――ああ、結局。何も変わらなかったな……と。


 ただ、やるせない脱力感が身体中に蟠っていた。


 そんな時だった。ふと後方から、


「赤ずきんちゃんは生まれ変わったんだ。だ、だから、鍛栖(かぬす)さんも、だだだいじょ、ぶだ。やりなお、なおせ、るっ!」


 それが鍬園(くわぞの)との初めての会話だった。




 ◇◇◇


「なにそれ、意味分からない」


「わたしもよく分かんない」


 瑠衣の言葉に苦笑いで同意する。


「鍬園との出会いは?」と瑠衣に尋ねられたのは六時間目が終わり、ホームルームまでの休み時間だった。周囲では、授業から解放されたみんなが帰りの支度を始めていた。けれどもわたし達はのんびりと過ごしていた。二人とも帰宅部なので急ぐ理由はないのだ。

 瑠衣の手にはお昼休みに買ってきていたブリックパック、わたしは小さいドーナツを口に運んでいる。糖分補給の間食用に家から持ってきていたのだが、食べる暇がなかったので三時のおやつとなった。


「てか、どもり過ぎでしょ」


「いや、いつも通りじゃない?」


 瑠衣はストロー指先で弄びながら、言う。わたしはドーナツを千切って囗の中に放り込む。

 鍬園は焦ると口が回らなくなって、何が言っているのか理解不能になるのだ。


「それもそっか。そいえば赤ずきんちゃんて?」


「中学んときのあだ名。ほら」


 ぽんぽんと座っている椅子を叩いてみせる。そこには真っ赤な防災ずきん。


「これがないと安心できないんだよねー。わたし、静岡から引っ越してきたからさ。むこうだとヘルメットを机の横に掛けてたんだけど流石にそれは目立つかな……と。ってことで防災ずきん」


「まぁ、高校生にもなって防災ずきんってだけで目立つと思うけどねぇ」


 まぁ、そうかもしれないけどさ。


 小さい時からいつか必ず東海地震は起こるんだぞ! と言われ、脅され、叩き込まれ。その恐怖はなかなか消えないものなのだ。


「でもさ」


 思い出した疑問を口にする。


「赤ずきんちゃんが生まれ変わるってどういうことなんだろ?」


 首を傾げる。


 あの後、鍬園は廊下を五十メートル走並みの速さで駆け抜けていってしまったので、意味はさっぱりだ。ついでに何をしたかったのかもさっぱりだ。


 そもそも中学生時代、鍬園とはただのクラスメイトで話すことすらなかったはず。

 ……いや、教室で人と話すことすら稀だった。中学三年生なんて時期に転校してきたわたしは結局クラスに馴染むことなく、中学を卒業したのだから。

 赤ずきんちゃんというあだ名も、中学生にもなって防災頭巾を持ってきている変わり者。そういう意味の揶揄だった。


 感傷に浸るわたしに気が付いているのか、いないのか。瑠衣はココアを吸い上げ、飲み込むと、


「そんなの、さ。本人に聞いたら?」


 瑠衣の視線をつつ、と辿ると机に沈んでいる鍬園。癖っ毛でびょんびょん跳ねている髪が時たま空調機からの風に揺れていた。

 先ほどの数学の授業が終わった途端にばたん、だ。


「鍬園、数学苦手だからねー」


 鍬園は珍しき文系男子なのである。


「苦手ってねぇ……そういうのはテストで半分とれない人が言うものだと思うけど」


 わたしは最後のドーナツの一欠片を口に含むと、立ち上がって、瑠衣の言葉を背に鍬園の方へ向かった。

 ドーナツを飲み込んでからトントン、と机を叩くが反応無し。不意に視線を感じて振り返るが、皆、支度が終わったのか、友達と話していたり、本を読んでいたりと各々の時間をすごしている。そぅっと一人のクラスメイトが振り返って、わたしがまだ教室を見渡しているのに気がつくと慌てて顔を戻していた。


 なんだそりゃ。わたし、なんかしたかな。


 いつもより心なしか聞き耳を立てているように静かな教室にわたしは首を傾げながらも、再び鍬園に目を向けた。


「おーい」


 ちょんちょん、と肩をつついてみた。これで起きなかったら諦めて、席に戻ろうと思っていた。

 が、鍬園が少し呻いた後、顔を少し上げた。

「あ、起きた」と思ったわたしが鍬園の瞳に前髪の間から写る。鍬園は二、三度瞬きして、意識が覚醒してくると、


「う……」


「う? 鍬園、だいじょぶ……? 起こしてごめん、ちょっと聞きたいことがあってさ……」


「うわ――――っ!!」


「え、なに!? ちょ」


 突如叫びだした鍬園が身体を仰け反らせ、椅子ごとひっくり返りそうになる。慌てて、わたしは手を伸ばした。鍬園の手を掴む。


「危ないなぁ、もう。なにやってんの」


 わたしは鍬園を引き上げ、椅子がきちんと床に脚をつけているのを確認してから手を離すとそう言った。


「は、はい。すみません」


 鍬園はわたしが掴んだ手をじっと見つめ、私の手を見つめ、突如風を切る勢いで後ろを向いた。


「うわ……うわ」


「え、なに」


「な、なんでもねぇ!」


「耳、赤いよ。暖房暑いの?」


「何でもないって」


 はてさて、何が何でもないのか。まぁ、鍬園はたまにこんな風になるので気にしない。


「あのさ、中学校の卒業式の日に赤ずきんちゃんがどうのこうのって言ってたでしょ。あれってどういう意味?」


「……卒業式?」


 ようやく顔をおずおずとこちらに戻した鍬園は首を傾げた。


「そんなこと言ったっけか。大体、俺、『赤ずきんちゃん』って嫌いだし」


 嫌いときたか。


 少し意外だった。

 好きだという答えを予想していたわけではないけど、好きでも嫌いでもないと思っていたからだ。それは決して興味がないという意味ではなく、好き嫌いの目線でみていないと想像していた、ということだ。


 読むというよりも観察。


 感情移入よりも解釈。


 物語を押しのけて不審点を解読。


 シンデレラを探すのにわざわざ靴のサイズで探すのはおかしい、なんて現実的なことを言い出すリアリスト。挙げ句の果てにシンデレラは離婚する、なんてことを言うのだ。

 メルヘンの世界に離婚とか持ち込むな! と叫びたいところだが……納得する部分があったのだから仕方がない。とっても不本意だけど。


 ……おっと。今は関係なかった。


 わたしは余計なことを頭の隅に追いやって、卒業式をぼんやりと思いおこす。


「ふーん。まぁ、そんなものだよね」


 時間にしてみれば恐らく一分間もなかった。一々、覚えていないだろう。わたしもついさっきまで忘れてたし。

 思い出そうとしているのか鍬園は腕を組んで、眉に皺を寄せる。


「うーん。俺、何て言ってたんだ?」


「えっと『赤ずきんも生まれかわったからわたしもきっと大丈夫だ』みたいな」


「生まれ……ああ――っ!」


 皆がビクッととして肩越しにこちらを見る。しかし、鍬園はそんなことは気にせず、目を大きく見開いた。途端、一気に捲くし立てる。


「あの時か! えっ、あ、あれはペローのとか民話伝承のほうじゃなくてだ、だな。グリム童話の方でだな。か、勘違いすりゅなよ」


 ……すりゅなよ?


 まぁ、そこを突っ込むのは可哀そうか。取り敢えず話を続ける。


「グリム童話ってのは分かるけど、ペローって?」


「シャルル・ペロー。この前のシンデレラの時もちらっと話しただろ?」


 ガラスの靴のシンデレラの時か。


 わたしはむむっと頭を回転させて、記憶を探る。


「えっと。ああ、三鳥だっけ」


「『サンドリヨン、または小さなガラスの靴』な」


 ……おしい。


「『赤ずきんちゃん』の文献上最古のものがペローの『小さな赤ずきんちゃん』なんだよ」


 へー。わたしは目をパチクリさせる。

 グリム童話しか聞いたことがなかった。


「民話伝承の方が先にあるんだけど、な。ペローが元としているのもこっちだし」


「ふーん。で? 何がグリム童話の方なの? てか違いがあるの?」


 グリム童話の方は小さい頃に読んでもらったから知っているが、ペローさんとやらは未読だ。勘違いするなも何も、内容が把握できていない。

 わたしがそう言うと、鍬園は何故か気まずそうにした。


「えっと。おばあさんの家に行くまではほぼ一緒だよ。そこで狼に食べられるのも同じ」


「んじゃ、何が違うの?」


 このあとグリム童話の方では確か、猟師が来て狼のお腹を裂いて、赤ずきんちゃんとおばあさんを助け出す。それから石を詰めて、狼はその重みのせいで死んでしまう、みたいな感じだったはず。

 思い出してみるとなかなか残虐だ。子どもに読ませるべきではないと論ずる学者がいるのも納得できなくは……。



「終了」


 一言。

 鍬園の囗から出たものだ。

 わたしは眉をひそめた。


「何が?」


「『小さな赤ずきんちゃん』がだよ。どうしておばあさんの口に大きいか赤ずきんちゃんが聞いて、それはお前を食べるためだって狼が答えて、赤ずきんちゃんが食べられる。以上」


「へ?」


 愕然とした。

 今まさにわたしは鳩が豆鉄砲を食らったような顔だろう。

 あまりの衝撃に口をぽかんと開けてしまったわたしだったが、すぐに気を取り戻した。鍬園とは違うのだ。


「猟師は?」


「出てこない」


「じゃ、じゃあ誰が赤ずきんちゃんをたすけるの!?」


「助からない」


「おばあさんは!?」


「助からないだろうな」


「えー……」


 さっきも残酷だとは思ったが、これは予想外だ。狼は助かったけど、人間助かってないじゃん。


「確か、猟師が登場したのはドイツで初めて作品化したハードヴィヒ・ティークの戯曲『赤ずきんの生と死』で、この時も猟師によって狼は殺されるが赤ずきんとおばあさんは助かってない。二人が助かることになるのはさらに先、グリム童話においてだよ」


「へぇ……。なんか時代を遡っていくにつれて、残酷になるというか、何というか」


「まぁな。そもそも『赤ずきんちゃん』は絶対子ども向けじゃないと俺は信じてるし」


 鍬園は頬杖をついて、苦い顔になった。


「シャルル・ペローの『小さな赤ずきん』は王室のサロン、つまりは貴族の女性のために書かれたものなんだ。だから、わりと下品なネタも喜んで入ってる」


「うーん、でも赤ずきんちゃんが食べられるのは残酷な気はするけど、下品じゃないよね」


「……さっきはあれで終わりって言ったけど、一応続きはあるんだ。続き……というか教訓って書かれてるけど」


 教訓……。

 そこまで露骨に明記されているのも珍しい、ように感じる。

 確かグリム童話の『赤ずきんちゃん』はその後、良い子になった、みたいな描写があった気がする。「親の言うことはよく聞かなくちゃいけないよ」ということか。


 だが、


「な、なんて言うかな。うーん」


「なに?」


 鍬園の口から飛び出したのはわたしの予想とは全くかけ離れたものだった。


「簡単に言っちゃうと……男はみんな狼だから気をつけろ、みたいな」


「へ!?」


「本来の……民話伝承における『赤ずきん』ってのはそんなものなんだよ。残虐さで言うとおばあさんの血と肉をワインと普通の肉だと言って赤ずきんに食べさせたり、下品さで言うと、オオカミを人狼、つまりは人に置き換えている話もあるくらいだ」


「うわ……」


 アウト。子どもに読ませたら絶対に泣く。トラウマものだ。

 うへっと顔を歪めながら、わたしは鍬園の前の席の椅子を引いて、ちょうど真横に鍬園がくるように座った。まだ続きそうな雰囲気だし、足も疲れてきていたのだ。


「そういう描写を全部排除して、子どもの教育話にしたのが、赤ずきんちゃんのグリム童話なんだ」


 わたしが着席したのを確認して、鍬園は続けた。


「でも俺的には民話伝承からグリム童話まで、ある流れがあるように思える」


「それが、生まれ変わったってやつ?」


「そう。お前の赤ずきんってどういうイメージ?」


 唐突な質問。


 どういうイメージかって聞かれても……。


 うーん、と首を捻る。頭に浮かんできたものをどんどん口に出していってみた。


「まず赤色の頭巾でしょ。それからバスケットにエプロンもつけてるよね」


「年齢は?」


「小学校低学年くらいかな? 初めてのお使いみたいなイメージだよね」


「そうそれ」


 鍬園がにっと笑った。


「赤ずきんって幼く見られてるよな」


「え、でも絵本とかでもそうだし」


「それは結局後付けだろ。女の子って言っても男はみんな狼だから気をつけろって忠告される年齢だ。もっと上なはず」


 まぁ、確かに……。

 昔は早婚だったそうだけれど、いくらなんでも小学校低学年――七、八歳に警告することではない。


「でも子どもの教育話なんでしょ? そう考えるのが普通じゃん」


「問題は読み手じゃなくて、作り手。視点を変えてみろよ。作り手――つまりはグリム兄弟がなぜ教育話にしても本来、艶事に関し、残酷な『赤ずきんちゃん』を選んだのか? 意識的ではなく、無意識下での導きがあったのかもしれないぞ」


 なぜ、か。


 ちょうどその時、ホームルームが始まるチャイムがなった。でも、先生まだこないし、もうちょっと。


「んー。赤ずきんを被ってるって子供っぽいじゃん」


「お、いい線いってる」


「え、ほんと?」


 かなり適当に言ったのだが……。

 でも誉められて悪い気はしない。少し胸を張ると途端に鍬園の視線が溺れる勢いで泳ぎ出す。結局、机に緊急上陸。


「そ、そう、だ。えっと赤ずきんな」


 さも、予定していたかのように鍬園はシャーペンを持つと机に何か書きはじめた。

 なんだなんだ、とわたしは腰を浮かして覗きこむ。


 『赤ずきんちゃん』


 綺麗な文字で、そう書いてあった。


「これがなってどわっ!」


「どわ? うーん、童話?」


 覗き込んでいたわたしと鍬園が向き合った瞬間、鍬園が奇声を上げた。距離をとるためか、わたしの肩を押そうと手を置き、火傷したかのように慌てて手を引いた。

 それから、自分の手を見てわなわなと震えている。


「あのさー、さっきもだけど、わたしそんなに汚くないんだけど。わたしは細菌か何かですかー?」


 地味に傷ついたわたしが不満げにそう言うと、吹っ飛びそうなほどぶんぶんと鍬園は首を振った。


「全っ然、そんなことはないっ! むしろ……ってうわ――っ!! 何言ってんの俺! いや、そういう話をしていたわけじゃなくなくて。いや、なくて。なに言ってんだ俺!」


「いや、こっちが訊きたいんだけど」


 一人芝居?


 教室中からも「鍬園が壊れたぞー」「なんだなんだ」「何があったの?」「ほら、あれは屈んだから……」「うちの制服って胸元けっこう開いてるからな」「男子下品ー!」とわらわらと声が上がる。

 下品って……赤ずきんちゃんのこと?

 いやでもあれは文学的なことだから……。


「か、鍛栖! 机、机」


 教室の声に耳を傾けていると、それに覆いかぶさるように鍬園が言う。熱心に耳をすまさねばならない理由もないのでわたしは素直に机へと視線を移した。そこには相変わらず『赤ずきんちゃん』の文字。


「これがなに?」


「何か見えてこないか?」


 何かって言われてもなあ。赤? ずきん?


 わたしかが首を捻っていると鍬園が助け船を出してくれた。


「ほら」


 鍬園が文字の一部を手で隠す。そうすると、


「……赤ちゃん?」


「そういうことだ」


 わたしがそのまま読み上げると、鍬園は満足そうに頷いた。


 というか、そういうことだって勝手に満足しないでもらえます!?

 わたしの心の声、もとい不満げな視線に気がついたのか、鍬園は説明を続ける。


「お前さ、なんで生まれたばかりの子どものことを『赤ちゃん』とか『赤ん坊』って呼ぶか知ってるか?」


「……生まれる時に血がいっぱい出るから……とか?」


「グロくねぇか。赤ずきんからは離れろよってまぁ、血のイメージは近いような遠いような……」


「別にフォローしなくてもいいですよ一だ」


 わたしが拗ねた様子でそう言うと、鍬園は苦笑して首を振る。


「いや、ほんとだって。色々諸説あるけど一つに赤ん坊の肌が赤いからってのがあるんだ。何だっけか……確か肌が薄いから、とか生まれるときに圧迫がどーのこーの、みたいな。とりあえず血の色らしいぜ」


「どーのこーのって……」


 適当すぎない?

 今度はわたしが苦笑する番だった。しかし、鍬園は気にせず続けて、


「ストーリは次々とつけ加えられ、変化していっているのに赤の頭巾を被っているってのだけは不変。そこに何かのメタファー、あるいはメッセージがあるのか疑うのは当然だろ? 頭巾を被り、身体、肌を覆う。赤くみせる。そんなとこから俺はその赤を『赤ちゃん』に結びつけたわけだ」


「へー」


 ここまでは何とか理解できているので、感心して声を上げながら頷いた。


 それにしてもよくもポンポンと言葉が出てくるものだ。するすると出てくる考えはすでに頭の中で組み立てられているのであろうが、衒学的な説明だとも、成果発表だとも感じさせないそれは気負いなく耳に入ってくる。こういうのって学校の先生に向いているのではないか。


「……いい先生になりそう」


「ん、何か言ったか?」


「ううん、大したことじゃない。で、赤ちゃんでしょ」


 何となく気恥ずかしくて、わたしは誤魔化して話を促す。


「はあ……? ま、いいか。この赤ちゃんの考え方だと実は失敗。不十分なんだよ」


「不十分?」


「そ。だってこの由来とかって日本語に関してのことだろ? 当然、西洋じゃ当てはまんねぇ。赤ん坊のことをRed baby なんて呼ばないし」


「む、確かに」


 じゃあ今までの話し合いに無駄だった、ということだろうか。少し頬を膨らませたわたしに鍬園は苦笑した。


「無駄じゃないぞ。赤ん坊ってのは命の始まりを象徴するようなもんだ。さっきお前が言ったみたいに赤は血とか臓器っての色。そこから色彩心理学的には生命を彷彿とさせるんだ」


「生命かあ」


 分からなくもない。

 ハートは赤いし。


「赤ずきんは用は命の象徴を表す赤を纏い、そう呼ばれる存在なんだ」


「で? それが何で生き返るってのに繋がるのっと……」


 不意に教室の扉が開いて、先生が入ってきた。ざわめいていた教室内の空気が慌て出す。それぞれ自分の席に戻ると、号令係の男子がやる気のない声で「きり一つ、きょ一つけー、礼!」と周りを大して気にすることもなく、一息で言った。


「ってねえ。鍬園」


「なんだよ」


「なんだよ、じゃなくて……」


 わたしはいそいそと席に戻ったのだが、なぜか当然のように鍬園が後に付いてきたのだ。前の席――本来ならば瑠衣の席に堂々と座っていた。瑠衣にはちらっと目配せして、了承を得たらしい。瑠衣はため息をつきながらも鍬園の席に腰を落ち着けた。


 ――って、瑠衣も納得しないでよっ!


「大丈夫、大丈夫。どーせ大した連絡もなく、終わるだろ」


「いやでも瑠衣に迷惑かけないでよ」


「大丈夫、ばれな……」


「おい、鍬園! お前、席違うぞ」


 おい。


 わたしは感情を込めて椅子を蹴飛ばす。

 じとっとした視線から逃れるため、鍬園がふっと目を逸らす。


「なんだ、宮島もちがうじゃないか」


 普通に瑠衣に迷惑かけてるし……。


 先生の指摘に対して瑠衣はさらっと、


「鍬園くんが鍛栖さんとどーしてもお話したくてたまらないらしいので席を変わりました」


「はああ!?」


 鍬園が奇声を上げ、耳がキーンッとした。


「べ、べつに! そそそんな、こ、ことはない! よ! ぞ!」


 こっちこそ、そこまで否定されなくても分かってますよーだ。ベー。


 もう知ーらない、と顔を背けたわたしになぜかわたわたし始めた鍬園が果てしなくウザい。


「いや、そうでもないんだって!」


 慌てての弁明も無視だ、無視。ふーんだ。めんどくさい。

 挙動不審に動き回る鍬園。それを眺め、先生はいかにも年長者らしく、しみじみと言った。


「うん、そうか。いいなあ」


 なにがいいんですか、先生。


「チャンスは逃すな。ここぞという時に追い詰めろ。先生もそう教えられたなあ」


「狩?」


 先生って狩猟でもやってたんだっけ?

 聞いたことないけれど。


「まあ、みんな頑張れよ、という話だ。以上、解散」


 それだけ告げると満足感を漂わせ、先生はドアから出ていってしまった。


 自由人……。


 皆一瞬ぼけっとして、ホームルームが終了したことに気が付いた。ようやくのろのろと動き出す。わたしと鍬園も話を再開――しようとしたのだが。

 部活に向かう人も帰る人も一様に鍬園の元にやってきた。そして肩を叩いて教室を出ていく。部下を激励する上司みたいだ。

 ついでに「頑張れよ」とか「凹むな」とか、声を掛けられている。


 鍬園の席に座っていた瑠衣が荷物をとるためにこっちにやってきてわたしに問い掛ける。


「みずきはまだ残るよね」


「え、あ、うん。ごめんね、先帰ってて」


 両手を合わせて謝ると瑠衣は気にしないで、という風に手が振った。それから鍬園で視線を止めると、


「な、なんだよ」


 サムズアップ。


「グットラック。報われなくても男なんだから泣くなよ」


 それだけ言って、身を翻す。


 わたしはドアへと向かう瑠衣と頭を抱える鍬園とを交互に見る。それでもよく意味が分からない。


「え? え? 理解不能なんだけど」


「だろうな……だから頑張れよ、だし」


「ねえ、どうした? 何か辛いことでもあったの?」


「今から、じゃないかなあ」


 鍬園は何故かうなだれて、そう言った。








 閑話休題。


「赤の反対は何色だと思う?」


 どうやら赤ずきんちゃんの続きらしい。


 教室には掃除当番や今日が提出期限の宿題のために残っている人がチラホラ。そんな教室の片隅で、わたしは鍬園の話に耳を傾けていた。


「赤の反対? 青じゃないの?」


「暖色と寒色という点で考えるのなら、な。大多数の人がこれを思い浮かべるだろうけど……。赤の反対色――つまり補色は青緑。最近、光の三原色の一つとされているシアンなんだよ」


 わたしは記憶をほじくり返し、美術の教科書に載っていた補色の欄を思いおこす。

 浮かぶのは色鮮やかな円環。確かにそうだ。


「要は反対なんて何を基準とするかで簡単に変わっていくんだ。その中で赤を生として見た時には反対は何色かっていうと……なんだと思う?」


「生、の反対なら死ってことだよね」


「まあ、そうだな」


 死。そのイメージの、色。


「うーん、白? 白装束とかユリの花とか、だし。あ、幽霊の顔も白いし!」


「なんで幽霊の顔? でも、日本人って感じだな。だけど」


 鍬園は頬杖をつく。


「グリム童話はドイツ、つまりは西洋で作られた話。死が白――まあ、何もないとされるのに対し、西洋では黒。真っ暗ってことさ」


 黒、か……。確かに死神のイメージは黒かも。


 ふむふむと頷く。



 次の瞬間空気が凍った。




「ここで、『ああ、びっくりした! オオカミのお腹の中って、真っ暗なんですもの』」







 ………………。


 ん?



 少し考えて、赤ずきんちゃんのセリフの一つだと分かった。分かったけれど……。


 教室に残っていた人たちがぎょっとした顔でこちらを見ている。


 わたしは慄きつつ、こそっと問いかけた。


「ねえ、鍬園。まさか一言一句覚えてたりしない、よね」


 それだったら流石に引く。ドン引きだ。

 と、いうか今まさに引いている。わたしを含めたクラス中が、だ。放課後だったからまだいいが、これが休み時間だったらどれほど痛い視線が突き刺さっていたことか……。



 しかし――あらゆる人に問いたい。

 赤ずきんちゃんを覚えるまで読み込む男子高校生って異常だよね、と。


「もはやオタクだよ、それ……」


 椅子を若干机から、つまりは前の席から距離をとる。物理的にも精神的にも。心の距離が十くらい離れたと思う。


「え、なんでだよ。知的でカッコいいとかにならないのかよ!」


「知的とは違う」


 即答するわたしに鍬園は驚愕の表情。「うそだ……」とか呟いているけど、嘘でもなんでもないし。


 事情を悟ったらしい周囲から憐れみを含んだ笑みを送られながら鍬園がこちらを向いた。気が動転しているせいか、肩が小刻みに震えていた。けれども平静を装い、背もたれに腕をのせて、椅子に座る。


「つ、続けりゅぞ」


 動転しすぎでしょ。


 皆の生暖かい視線がつらい。


「ええー。この空気の中続けんの?」


「最後まで付き合えよ。あ、あと全部覚えるわけじゃねえからな! 違うから! このセリフが重要なんだよ」


「重要?」


 流石にこれ以上この話題を引きずると可哀そうなので話に乗ってあげた。それにここで止められてしまうのはすっきりしない。


「なんで?」


「赤の反対は?」


 疑問を疑問で返される。出鼻を挫かれたような気持ちだが、こういうときはすでに答えは出ている、ということなのだ。


「黒でしょ」


「その意味は?」


「えっと死」


「な! そういうことだ」


 そして勝手に結論づけてしまうのもいつものこと。でも毎回分からないっていうのも悔しい。

 頭を働かせる。先程鍬園が言ったセリフは確か……。


 ―ーああ、びっくりした! オオカミのお腹の中って、真っ暗なんですもの。


 これは多分、グリム童話の『赤ずきんちゃん』、それの狩人に助けられた後のセリフ。オオカミのお腹の中から飛び出てきて……。


「真っ暗……黒? あっ!」


 わたしは顔を上げて、鍬園を見た。


「オオカミのお腹の中が死ってこと?」


「そういうこと。生き返るためにはまず死ななきゃな。死んで、もう一度生きる。だから生き返るんだからな。要はお腹の中が死の世界ってことだ」


 生の象徴である赤を纏った少女がオオカミの真っ暗なお腹の中――死に取り込まれ、また外へ。


「しかもお腹を開く。そこから生が出てくる。つまり」


 えっとお腹を裂いて、そこから生が出てくる。生まれ、でる。


「……帝王切開?」


「そう。だから生き返るんじゃない。生まれ変わるんだよ」


 ぞくり、と背筋が震えた気がした。


「え、でも帝王切開なんて昔からあったの?」


「ああ。意外と歴史が長いんだ。確かグリム童話の初版が発行されたのが19世紀初期……1812年とかだっけか?」


「……このオタク」


「雑学が豊富なんだよ!」


 違いがわからない。


「とにかく! グリム童話が十九世紀で、帝王切開は……何年って言えばいいのかな。十七世紀かな。1620年」


 もはや突っ込むまい。


「へえ、結構昔だね。日本だと江戸か……」


「だな。でもそれは母体が生きている状態でっている条件付きだ。死んだ体から胎児を助けるために……ってのだったらそれこそ紀元前まで歴史は遡るよ」


「紀元前!?」


 そんなとこまで……。


「そう。まあ、母胎の安全を確保できるようになったのは世十九紀。約二千年の時を必要としたわけだ。十七世紀に発行された赤ずきんちゃんでいう母胎にあたるオオカミが死んだのも当然なのかもしれないな」


 なるほど……。これでオオカミが助かっちゃったら、例え改心したとしても納得いかないのかも。帝王切開は失敗してるんだから。


「話を戻して」


 鍬園が一息つく。


「最初のペローの『小さな赤ずきんちゃん』では教訓をもたらすためにただ死に、ハードヴィヒ・ティークの『赤ずきんちゃんの生と死』で狩人という医師、生まれ変わるための足がかりを得る。そう思うとこのタイトルも納得できるだろ。結局ティークの戯曲の中ではオオカミも死に、おばあさんを死に、赤ずきんも死ぬ。生きているのは狩人だけ。これでなんで『赤ずきんちゃんの生と死』なのかって」


「……いずれ赤ずきんちゃんは生まれ変わるから」


「そういうこと」


 なんというか……。


「ホラーだね」


「そうか?」


 だって生き返る、いや生まれ変わるために何百年単位で物語が語られてるんだよ。怖いでしょ。


「でもこう深く考えちゃうからいけないのかも。今までは怖くなかったし。本当は怖いってよく聞くけどね」


「う一ん、どうなんだろうな。それもひとそれぞれじゃないか。俺は『トルーデさん』を読んだときは衝撃的だったけどな」


「『トルーデさん』?」


 初めて聞いた。おばーさん、みたいな響き。

 名前からはよく衝撃が伝わってこないけれど……。


「文庫本にしてみたら二ページくらいしかない短い話だ。言うことを聞かない我が儘な女の子がいて……」


 なるほど。ここまではよく知った設定だ。


「森にいるっていうトルーデさんっておばあさんのところに親の忠告を聞かずに会いにいってしまうんだ」


 なるほど、なるほど。

 予想がついた。


「そのトルーデさんってのが魔女ってわけか」


 鍬園が頷いた。やっぱり。


 う一ん、でも鍬園が衝撃的って言うんなら……この後はどうなるんだろ。

 女の子のトルーデさんの倒し方がすごい、とか。剣振り回すとか、言いまかして精神的にやっつける、みたいな。


「で、トルーデさんのところにやってきた女の子は途中でみた怖いものについてトルーデさんに尋ねて」


 うんうん。


「トルーデさんの正体に核心に触れた女の子は木の技に変えられて暖炉に放り込まれる」


 うんう…ん……?


「え、まさか」


「終了。ま、親の言うことは聞けっていうことなんだろうな」


「……」


 こわっ! 恐いよ。下手にグロい描写があるより恐いよ。恐怖だよ!!


「話を赤ずきんに戻すぞ」


「う、うん」


 衝撃から立ち上がれないわたしは曖昧な返事を返す。


「ま、俺にあんま好きじゃないけど。むしろ、そこまでの生への執着、人間らしくないか? 割と淡々としている童話へのアクセント的な」


「うん、まあ、そうともとれなくもないけど」


「どっちだよ」


 いつもの慌てふためいている鍬園ほどじゃないよ。


「けどオオカミを母胎と捉えるなら赤ずきんは果たして人間なのか獣なのか……」


「さらに怖くなりそうなこと言わないでよっ!」


「ごめん、ごめん」


 笑う鍬園は全くもって悪いと思っていなさそうだった。睨みつけるも、効果なし。


「まあ、でも死を体験し、新たに生まれ変わってきたわけだから通常よりも高次な存在になったっていうのはあるかもな」


「聖人、みたいな」


「さあ」


 鍬園はあっさりと分からないことを示す。


「俺は死んだことないからな。でも後の話として赤ずきんとおばあさんがオオカミを殺すシーンもあるから、聖人、とは言えない、かなあ。あのシーンも俺が『赤ずきん』が嫌いな要因」


「え!? そんな場面、あったっけ?」


 てっきりオオカミが石をつめられて死んじゃって終わりだと思っていた。わたしが読んだ絵本にはなかった気がするけど……。


「省略されたんだろ。案外そんなもんだよ」


「そんなものかあ」


 一段落。


 両手を上へと伸ばして、胸を張り、息をつく。ストレッチだ。

 なんだか頭がつかれた。脳内の疲れを払おうと軽く頭を振ってみた。


 ふと前を見ると鍬園が余所へ視線をやっていた。意外とよくあることだが、一体どこを見てるんだろう。

 教室を見るともう誰もいない。

 それもそうか……。もうホームルームが終わって随分経っている。

 日は傾き、教室がオレンジ色だ。窓の向こう、グラウンドではサッカー部員が走り回っていた。

 わたしは教室をぐるりと眺め、――ふと視界に何かが映った。黒板に目を向けると、


「がんばれ、おおかみ……?」


 なんだ、それ。


「な、なんだよ。いきなり」


「いやだって書いてあるから」


 黒板の右下を指さす。

 鍬園もオオカミらしきイラストと白いチョークの文字を見つけたようで首を傾げ、


「うっわ! わわわっ!! あいつらっ!」


 いきなり慌て出した。


「え、なに。どういう意味」


「なんでもない! 意味なんてないからな!」


 鍬園は全力ダッシュで黒板に駆け寄って、文字を消し始める。

 仕方がない。

 わたしも立ち上がり、黒板へ向かった。粉っぽい黒板消しで反対側から白い文字をなぞりはじめる。


 しばし、沈黙――。


 わたしは口を開いた。


「……なんかあの時みたいだね」


「あのとき?」


 二人とも、黒板を向いたまま会話する。


「中学の卒業式のあと。って鍬園はあんまり覚えてないんだっけ」


 みんな、誰かと惜しむべき別れをしていて。

 わたしにはそんな人はいなくって。

 だから何となく居づらくて、式場である体育館から逃げ出した。

 でも帰ることも出来なかった。

 それだと本当に中学最後の時が無為なものになってしまう気がしたのだ。

 だから、


「鍬園が話しかけてくれて結構うれしかったんだよ」


 ――ありがとう。


 ずっと言えなかったお礼の言葉。


 それを伝えられてすっきりしたわたしは隣の鍬園を見て、


「ど、どしたの?」


 黒板に頭を預け、ピクリとも動かない。


「いや、は、うん、なんでも、いや」


 故障か? とうとう壊れた?


 しばらくヘルツが合ってないラジオみたいに意味のない言葉を吐いていた鍬園だったが突然ガバッと顔を上げた。

 あまりの勢いにわたしは二、三歩後ろに下がる。


 な、なんだ。


「鍛栖はさ! 『赤ずきんちゃん』の中でオオカミ好きか?」


「嫌いだけど」


「ちくしょうっ!」


「え、な、なに?」


 その場にしゃがみこんでしまった。


 え、でも『赤ずきんちゃん』のオオカミ好きな人っているの?


「じ、じゃあ何が一番好き?」


「うーん……」


 なんかこの話のあとでは赤ずきんちゃんが好きではない。あとは……。


「狩人、かなあ」


「か、狩人?」


 それは意外な回答だったらしく、鍬園はポカンと口を開けて、間抜けな顔をした。


「なんでだ?」


「うーん。赤ずきんちゃんを助けたからかなあ。赤ずきんちゃんも好きだと思うよ。生まれ変わらせてくれたんだもん。刷り込み、的な」


「赤ずきんは獣か……って俺が言ったっけ」


 俯いて、またぶつぶつぶつぶつ言いながら、黒板消しを動かす。最後の白をなぞり、黒板消しをことり、と音をたてて置いた。

 そして再び顔を上げる。顔は夕日のせいか赤く――生命の色に色づいていた。

 大きく息を吸い込んで、


「じ、じゃあ俺は狩人になるぞ!」


 は?


 目をぱちくり。


「え? 高校中退するの? それとも大学いかないってこと?」


「え? は?」


「は? そもそも狩人って現代にある職業なのかな?」


「え?」


「え?」


 二人顔を見合わせて、首を傾げる。

 そのまま数秒――。


 先に視線をずらしたのは鍬園だった。鍬園はため息をついて、


「……いつものこと、いつものこと。でも俺、頑張ったんじゃないかなあ」


 哀愁を漂わせて、遠くを見つめる。


 どうしたのかな?


 しばらくしても動かないので、ほっぽって帰る準備を始めた。机の中から教科書を取り出して、いらないものをロッカーに、持ち帰るのを鞄の中に放り込んだ。それから教室の後ろに掛けていたコートとマフラーを持ってきて身につける。

 それが終わってもまだ鍬園は立ち尽くしたままだった。


「ねえ」


 応答なし。

 鞄を持って鍬園の元へ。


「ねえ!」


「うえっ!?」


 やっと気がついた。


「わたしもう帰るけど」


「あ、ああ。そうだな。こんな時間だしな」


 鍬園は時計を見上げた。

 わたしは鞄を肩にかけ直し、尋ねる。


「鍬園は何か用事あるの?」


「いや、ないけど、俺ももう帰ろう」


 なんだ。


「じゃあ一緒に帰ろうよ」


「へ?」


 なんで疑問で返すの。


 わたしはもう一度繰り返す。


「だから、一緒に帰ろうよ」


「はあっ!?」


 なんでびっくりしてんの。


「いいのか、そんなこと!?」


「そんなことって……」


「だっ、だって年頃の男女ふ、二人が、並んで歩くって……」


「いつの時代の人なの……」


 わたしはため息をついた。なんだかこんなことに押し問答しているのが馬鹿らしくなってくる。


「ああ、もうっ! わたし、帰るからね」


「わ!? おい、待て! 一緒に帰る! 帰るに決まってんだろ!!」


 鍬園は手でわたしを制止させると電光石火の速さで帰り支度を始めた。

 わたしは教室のドアに寄りかかりながら、「まだー?」と声をかける。廊下にはみ出るたびに慌て、変な声を出す鍬園が面白くて何度も繰り返してやった。


「よし、終わった!」


 鍬園が肩に鞄を掛ける。

 と、同時にわたしは教室から飛び出した。


「おっさきーっ!」


「え、おい! 待てっ!」


 続いて鍬園も無機質な廊下へ。

 後ろから足音が響く。


 マフラーを抑えながら振り返ってみると、鍬園の顔はもう赤くなかった。いつも通りに戻っていて、わたしを必死に追いかけてくる。

 スピードを緩めるとすぐに隣にやってきた。

 壊れたロボットのようにカクカクと歩き始めた鍬園にわたしは笑ってしまった。









 生まれ変わった赤ずきんちゃんが狩人に恋心を見出すか。それは今は誰にも分からない。けれどもう少し未来に進めば、分かるかもしれない、そんな物語。






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