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はじまる

 始業ベルが鳴る10分前に矢野美月やのみづきは自分のクラスである2年3組の教室へ入った。


 美月が教室へ入って来ると、ざわざわ、ざわざわ、と活気づいていた教室内が突如としてし~んと静まり返った。


皆、美月の可愛さに瞳奪われて動けなくなったのだ。


 朝のまばゆい光が美月の透き通るような白い肌をさらに際立たせ、その有無を言わさぬ神々しさを前に誰もが言葉を失ってしまったのだ。


そんな静寂の出迎えを無視するように美月は凛とした姿勢で自分の席へと向かった。


教室中のの視線が美月の一挙手一投足に注がれていく。


 美月の席は、クラスのちょうど中心、真ん中にある。

この中央に位置する席の名は「the end」そう終わりを意味する。

この席に座る者を2年3組は認めない。


いじめ・・・それは集団で一人に対し「悪」を行うことを言う。


主な内容

シカト(存在を無視すること)

暴言(コケおろし、辱め、からかい、主に心を傷つける言動)

暴力(殴りつけ、蹴りつけ、締め上げ、主に肉体を傷つける行為)

カツアゲ(金品強奪)

隠し (対象の持ち物を隠し、勝利の笑みを浮かべる)

汚し (対象の使用物を汚し、清掃を促す)

見せしめ(土下座させそれを写メ、拡散する行為)

脅し (相手を様々な手段で萎縮させ、従わせる)

ネット関係(24H年中無休の嫌がらせ)

など、大まかにあげたがどれも目を背けたくなる悪行の数々だ。


 矢野美月は今、まさに、その「いじめ」を受けている渦中の人だった。


 美月は凛とした姿勢のまま最前列の席に座る丸坊主男子の傍を通過した。

その時、一陣の清々しい春の風が吹いた。


 ふわっと美月の艶やかな黒髪が風にそってなびくと、かすかに香る朝シャンしたての甘いシャンプーの香りが、最前列の席に座る丸坊主男子の鼻孔をくすぐった。


彼は丸坊主のあたまをくしゃくしゃと意味なくかきむしると、ぽっと頬を朱色に染めた。


 なぜ、彼女がそのような「いじめ」にあわなければならないのか?


 彼女が可愛すぎるから?


 そう、矢野美月は可愛い。


 生まれたときから可愛い。


 その可愛さを証明することになるかどうかはわからないけれど・・。

幼稚園で48人の男を振り

小学校で291人の男の初恋の人となった。

そしてその可愛さを決定づけたのは、去年の尾奈おな中入学式でのことだった。


 誰もが下ろしたてのブレザーを着た美月の姿を見た瞬間、生唾を飲みこ込んだ。


そこにはランドセルを背負う「愛らしく可愛らしい少女」から、ブレザーと純情を身に纏う《まと》、「超超超絶美少女」へ変貌を遂げた矢野美月がいた。

当時の尾奈中の男子その数315名。

そのすべての男子の視線は美月へ注がれたのは言うまでもないだろう。


「超超超絶可愛い!!」だった。全ての男子が待ち望んだ「超超超絶可愛い!!」がついに現れた。

 

いるはずなんてない、でもいて欲しい。

出会うわけないだろ?でも出会いたい。

健全な男子なら誰もが夢見る理想の「超超超絶可愛い!!」

それが今、彼らの目の前に「矢野美月」という形で現れたのだ。



尾奈中男子315名、彼らはこの日生まれて初めて希望というものをその眼で見た。

夢見ることさえ叶わない、クソったれなこの日本社会で、彼らは希望を見たのだ。

そうこなくっちゃ神様!これだよこれこそが俺が欲しかった「希望」だ!!

皆、美月の可愛さに瞳奪われ、一瞬で恋に落ちていった。


 不幸だったのは入学式で美月の隣に座った男子だ。

そう、思春期を迎えたばかりの彼に、超超超絶可愛すぎる美月の隣に座るというプレッシャーに耐えられるわけもなく、美月が放つ圧倒的な「超超超絶可愛い!!」を隣で感じ、その「超超超絶可愛い!!」に耐えかねた彼はついに入学式の最中シクシクと泣きだしてしまった。


 その時、事件は起きた。自分の隣でシクシク涙する、ひ弱な男を不憫ふびんに思ったのか美月はブレザーのポケットから何かそっとを取り出すと、彼にそっと差し出した。


 その光景を見つめる315名の男の眼!眼!眼!

 

 びくっ!!彼は不意に美月に差し出されたものを見た。

それは「純白のハンカチーフ」だった。

彼はその「純白のハンカチーフ」をとまどいの表情のまま受け取ると、あふれ出る説明しがたい涙をその「純白のハンカチーフ」で拭った。


 彼は感動した、全身が震えるほどの感動をその時生まれて初めて体験した。

彼は美月を涙で潤んだ瞳で真正面から見据えると、涙声でこう言った。

「センキューベリーマッチ」

美月はくすっと笑うと

「どういたしまして」

と返した。

 二人の間に爽やかな風が吹いた。

そのやり取りはその数351名の尾奈中男子の嫉妬、やっかみ、を買うのに十分すぎるものだった。


 ふざけやがってあの野郎・・。


 彼はその行為があだとなり、一年の時からあのクラスの中央にある「the end」に座る、初代、始まりの人、第一号となったのだ。

というよりも、「the end」を生んだのは彼である。

 

 あの時、シクシク泣かなければ、美月の隣じゃなければ、朝飯にチャーハンを食わなければ、ハンカチを常備しておけば、生まれてこなければ、何を悔いても後の祭りではあるが。



美月は自分の机の上に何か置かれているのに気付いた。

可愛い眉間にかすかな皺が寄る。


何かよからぬことが起きる、行かないほうがいい。


大六感的な理屈では説明しがたい何かが美月に警告を発した。

だが、美月はそれでも歩みを進めた。その確かな足取りから「戦う」という気高い意志が感じられた。


 美月の前の前の席に座るキモロン毛が今にも泣きそうな顔で見つめてくる。

美月はキモロン毛の横を力強く通り過ぎた。

その後ろから、か弱くよわよわしい声で

「何も出来なくてすまねぇ・・」

蚊の鳴くような小さな声でそう言うと、キモロン毛はもう何も見たくない、聞きたくない、と言わんばかりに机の上でうつ伏せとなり耳を両手で塞いだ。


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