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●みっつめ ―吸血遊戯―



一火とカレンが、ジェシカの侵入試験をクリアしてから五日が過ぎた。



「足をもっとばたつかせて……あーいや、足は曲げないようにしろな」


あれからも、一火達は毎日プールに通いカレンのカナヅチ克服を目指している。

そもそものトラウマの原因を思い出し、またそれが前世の死因ではなかったと分かった為だろうか、カレンはこの数日でめざましく成長していた。


水に全身が浸かっても大丈夫だし、ビート板を掴んだ状態とはいえちゃんと泳げるようになったのだ。カナヅチ克服の未来が見えなかった以前と比べたら、かなりの差だろう。


(この分なら、あと少しで大丈夫そうだな)


プールサイドに座る一火はそんな事を考えながら、ビート板を使って泳ぐカレンを眺めていた。




「あ、ねぇねぇー。キミたちー」


その日の帰り。一火達は、見知らぬ悪魔に突然話しかけられた。悪魔は妙に馴れ馴れしい口調で近寄ってきて、


「キミたちがー、ジェシカさんの侵入試験をクリアした人たちだよねえ?」


「あ、ああ……そうだけど。なんだよ、お前」


実年齢は知らないが、悪魔の背格好は一火達とさして変わらない。身長は男子高校生平均だった一火より僅かに低い程度で、声質は中性的だが少年に近く。そのため男性かと思われたが、ひとつ判断に迷う部分が見られた。――悪魔が、女性の服を着ていたからだ。


その目は開いているのか閉じているのかよく分からず、糸目のように見える。よって、あまり性別判断の材料にならない。

骨格はどちらかというと男性っぽい気がするが……。



「ああごめんねえ。ボクはトーリっていうんだぁ、よろしくねー」


ニコニコと笑っているこの悪魔は、どうやらトーリというらしい。ボク、という一人称からやはり男性なのだろうか?


「なあ、お前……」


「キミたち、吸血鬼のイアンくんを知ってるよねー?」


あえなく遮られ、一火は聞くタイミングを見失う。

後頭部で束ねた赤い髪――カレンのそれより少し暗めの赤だ――を揺らしながら、トーリは首を傾げる。顎に人差し指を当てて聞くその動作は女性っぽく、一火はさらに混乱した。


「知ってますけど……あなたはイアンの知り合いですか?」


「うん。ともだちだよー! だからねえ、ちょっと頼まれて欲しいんだー」


「ちょっと待て! 『だから』で繋がんねぇぞそれ!」


「えー? だってキミたちはイアンくんのともだちでしょー! だったらボクのともだちでもあるんだよー?」


「な、なんですかその理屈……」


納得できない一火達は渋ったが、トーリもどうやら退く気は全くないらしい。ニコニコ笑顔を崩さぬまま、言葉を連ねてくる。



「簡単なことだよー。いいでしょー?」


「いや、だったら自分で済ませろよ!」


「これはあ、ボク自身がやったら意味ないことなんだよー。だからお願いー!」


「意味のないこと……?」


「うん。そうだよー」


どうやらトーリの頼みとは、イアンへ渡したいものがあるのだが、それを代わりに届けてくれという事らしい。

さらに、それはサプライズプレゼントのため、贈り主がトーリであるという事を伏せて欲しいとも言い含めてきた。


「ねー? だからこれ、おねがーい。テキトーに『女の子が渡して欲しいって言ってきて……』って言えば、イアンくんも普通に受け取ってくれるはずだからさぁ。ね、ね?」


「……あーもう。仕方ねぇな。分かったよ」渡して欲しいという、包装された赤い小さな箱を一火は仕方なしに受け取る。トーリの勢いに根負けしたのと、ここまで食い下がってくるという事は何か大切なプレゼントなのだろう、と思ったからだ。


「ほんとー!? わーい、ありがとー!」


一火の承諾に、トーリは感激したのか手を叩いて喜ぶ。黒い尻尾もそれに呼応してか、楽しげに揺れた。



「じゃあよろしくねえ! ぜったいすぐに渡してねぇー!」


そして、トーリはそう言い残し。いずこかへと飛び去っていった。



「……なんだったんでしょうか、あの人」


トーリを茫然と見送った一火達は、しばし顔を見合わせていた。




「イアン、入っていいですか?」


「あ、カレン。どうぞ」


イアンは自室でくつろいでいたらしい。カップを手に、紅茶を飲んでいた。

珍しくルビエとは一緒におらず、聞けばどうやら朝からずっと出かけているとの事。詳しい居場所はイアンも知らないと言った。



「二人とも、お疲れ様。この紅茶、人間界のものなんだよ。一緒に飲まない?」


「ああ、ありがとう……と、その前に」


一火はイアンに、トーリから預かっていた箱を差し出す。


「……? これは?」


受け取った箱を訝しげに見つめるイアンは、当然ながらなにも心あたりがない様子だ。そんな彼に、カレンはトーリの名を伏せて事情を説明する。



「ここに帰ってくる時に預かったんです。イアンに渡してくれって」


「へえ、……誰が?」


「えぇっと、女の子……です」


多分、きっと、恐らく、そうだろうとカレンは判断した。自分でも『女の子が渡したと言えば受け取ってくれる』と言っていたし、うん、きっとそうだ。



「――お、女の子!?」


微妙に歯切れが悪いカレンの言葉だったが、しかしイアンは気付かなかったらしい。女の子という単語に過剰なほどに食いついた。


「まさか人づてに贈りものをくれるような、控えめな女の子がこの魔界にいるなんて……しかも僕なんかにくれるとか……何だか感激しちゃったよ……」


「お、おい……泣くなよ……気持ちは分かるけど」


――微妙に涙ぐんでいるのが、今までどれだけ苦労していたかを容易に想像させる。


確かに一火も経験上、この魔界で控えめな女性になど会ったことがなかった為に密かに同意していたが。


(……でもなあ)


しかし同時に、トーリはその言葉に該当しないなと考えていた。トーリに関する事はすべて口止めされていた為、なにも言わなかったが。



「あ、二人とも見てよ。チョコだよチョコ! うわぁ……僕、もしかしたら今更モテ期が来たのかなあ……えへへ」


箱の中に入っていたのは、ちょうど手のひらに収まる大きさのハート型チョコレートだった。

それを見たイアンは浮かれたように笑い、「ああどうしよう。今食べた方がいいかな、でもなー」と呟く。本当に嬉しいのだろう、幸せそうなオーラが滲み出ていると一火達は感じた。


「もう、イアン。嬉しいのはよく分かりましたけど、そんなにはしゃいでるのをルビエに見られたら『浮気』とか言われちゃいますよ?」


「うっ……た、確かに」


「はっ? 浮気? ……お前達ってそういう関係だったのかよ!?」


「あ、あんまり大きな声で言わないで! 恥ずかしいからっ!」


驚きのあまり大声を上げた一火に、イアンは慌てて制止する。そして、顔を朱に染めながら「……気が付いたら、なんだかそんな感じになってたんだよ……」と呟いた。「あんまり詮索しないでね」とも。



「と、とにかく! そうだね、ルビエに見られたら最悪ボッシュウされちゃうかも……よし、今すぐ食べよう! うん!


――いただきますっ!」


気恥ずかしさが残っているのか、未だ赤みの残った顔でイアンは宣言する。そうしてその勢いのまま、(イアンからすれば)どこかの女の子から貰ったチョコレートにかぶりついた。



――すると。




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