└気のせいです。多分、きっと。
「――あぁ…いてぇ」
長い間拘束されていたせいか、身体の節々が軋んでいるようだった。
立ち上がるのにもかなり時間を要した一火は、それで…と三人に目をやる。
「名前、まだちゃんと聞いてなかったよな」
自分を随分と痛めつけてくれた悪魔の名前は度々上がっていたが、まあそれは置いておく。
「ボクは吸血鬼のイアン。よろしく」
「悪魔のルビエだよぉ、よろしくね〜」
二人が快く名前を教えてくれる。一火は記憶するように何度かイアン、ルビエを呼び、やがて頷いた。
「イアン。吸血鬼って、やっぱり人間の血を飲むのか?」
「別に人間じゃなくてもいいんだよ。例えば天使でも……」
ふっとイアンが笑みを深める。意味ありげなそれに、一火はびくりと肩を震わせた。
「…なーんてね。大丈夫だよ、ボク男の人の血は飲まないんだ。すっごく不味いから」
「あ、そう…」
すっごく不味い、にかなりの力が籠もっている。実際に体験した事があるのだろう…。
「前に罰ゲームで男の人の血飲まされて、逆に脱血症状起こして倒れちゃったもんねぇ」
「あの時は死ぬかと思ったよ…」
とほほ、と溜め息を吐いたイアン。それをルビエは愉快そうに笑っていた。
「で、お前は…」
一火は残った少女に話しかける。少女はまだ信用していないと言いたげな顔をしていたが、やがて口を開いた。
「…カレン、です。…いいですか、絶対に私の望みを叶えて下さい!
もし途中で逃げたら、………」
「……ってそこで黙るな!」
「うふふ、楽しみにしていて下さいね」
「おい、何でオレが逃げる前提なんだよっ!」
カレンは一火の反応を楽しむようにくすくすと笑って。
「それじゃあ、一応言っておきます。
…これからよろしくお願いしますね」
「…!」
――不覚にも、その時のカレンの笑顔に、一火は見惚れた。
さっきまで殴られたり罵られたり散々な扱いを受けたというのに、現金な話である。
(いやいや、でもな…)
再び一火は、だってこんな経験今までに無かったのだから仕方がないだろうと思い直す。
女の子と普通に話せて、さらに怖がられるどころか温かな笑みを向けられるなんて、免疫がないのだ。
「あ、あぁ……よろしく」
だから別に、これはこの少女…カレンに限った話ではない。
胸の奥で渦巻く気恥ずかしさを隠すように、頬の熱は殴られたせいだと無理矢理納得して…一火はカレンの言葉に応えたのであった。
→つづく。