出会い
昔違うとこで書いていた小説です。
"白世界"
それは、科学よりも魔術が発展した世界。唯の動物でさえ魔術を使い、暮らしている世界である。
そんな白世界のアギス大陸という場所に存在している巨大な"神隠しの森"に、一人の少年がいた。
大きな籠を傍に置き、足元に生えている草を採取している少年の姿は、一般的に考える人間のそれとは異なっている。
黒みがかった赤い瞳の瞳孔は蛇のように長細く、臀部からは先の尖った黒い尻尾が生えていた。それだけでなく、普通は弧を描く耳の形は、先が尖っており細長い。2㎝程伸びた爪は、黒く鋭かった。
現在は隠しているようだが、背中に蝙蝠を思わす羽を生やしている少年は、所謂"魔族"と呼ばれる種族だ。
魔族とは、現在人間と対立し世界で暴挙の限りを尽くしている闇の眷族である。特徴としては、少年のように尻尾と蝙蝠を思わす羽が生えていること。そして、大体の魔族が褐色の肌をしている。
少年は魔族の中では珍しい、雪のように白くきめ細かい肌をしていた。
ザアァァァ、と木々の隙間を強風が通り過ぎていく。男としては長いその黒髪を、少年は片手で押さえつけゆっくりと辺りを見渡した。
「――血の匂い」
人間よりも遥かに発達している五感を持つと言われている魔族だ。勿論嗅覚も優れており、風上から漂ってきた血の匂いを一瞬にして嗅ぎ取ったよう。
一瞬眉を顰めると、地面に置いていた籠を背負い少年は、生い茂る草の中へと姿を消したのだった。
◆
一方その頃。少年のいた場所から少し離れたところに、一人の男が樹を背に座り込んでいた。
腹部を押さえている手は真っ赤な血に染まっており、出血のせいか男の顔色は悪い。噴き出す冷汗が止まらないのか、額から頬を伝い、顎から水滴を落としていた。
半開きにされた口からは、浅く乱れた呼吸音が出ている。
「っ……チッ、最悪だな」
不意に零れた言葉は、現在の状況と、この状況を作りだした己の失態に向けられたものだ。滲み出てくる汗を拭い、これからの対処について思考する男。
どうにかこの最悪な状況を打破できないものか、と考え始めた所。タイミングが悪いのかよいのか、男の垂れ流す血の匂いに誘われ、一体の大型魔獣が木々の隙間から姿を現した。
座り込む男を覆いつくせそうな程の大きさをした、狼型魔獣。牙を剥きだしにしており、口の端からは唾液が止めどなく流れ出している。
血のように真っ赤な瞳は、狂気の色を濃く滲ませ男を凝視していた。
「流石に、やべぇな……ッ」
今にも噛みつかんと構える魔獣の姿に、言葉を零す。
喰われるわけにはいかない、と。
大量に出血したせいか、あまり力の入らぬ身体を起こそうともがく。だがそれは叶わぬことで、同じく力の入らぬ手で、傍に転がった自身の剣を握ることしかできなかった。
握ったはいいのだが、それを持ち上げる力は残されていない。
男は、霞む視界の中、血を蹴り飛び掛かってくる魔獣の姿をぼんやりと捉えていた。
(こんなところで、死――)
一瞬諦めかけ、研ぎ澄まされた魔獣の牙が男の肩を食い破ろうとした刹那、魔獣の動きが止まった。
「キャウゥン!」
不意に、鼻先をぶたれた犬のような情けない声を上げ、魔獣は脱兎の如く木々の間を走り去っていってしまった。
突然のことに驚き、思わずポカンと口を半開きにしてしまったが、男は理由はともあれ食べられなかったことに安心を覚える。
(でも、なぜ……)
完全に理解不能な状況に、男は数回瞬きを繰り返し考えた。そうこうしていると、男が背を預けている樹の陰から、物音が聞こえたかと思うと一人の少年が姿を現した。
それは先程まで草を採取していた少年で、座り込んでいる男を視界に入れるとやんわりと笑みを浮かべた。
「見つけた」
ふわりと花のような笑み。
しかし男は対照的に、絶望の色を濃くした表情を浮かべていた。無邪気な子供のような笑みに、男は心の底から恐怖を感じていた。
「……魔族とか、ないだろ」
口角をひくつかせ、ひきつった笑みが自然と浮かぶ。
男は現在魔族と抗争中にある人間。人間に会えば老若男女構わず殺戮の限りを尽くすのが魔族である、と教えられてきたことを、男は頭の隅で思い出していた。
それが例え、子どもの魔族であっても変わらないという。
魔獣が自身よりも強い存在の気配に怯え、逃げ去ったのにも納得がつく。
乾いた笑い声を零す男。
(ははっ……俺は、こんな子どもに殺されるのか)
完全に諦めモードへ移行した男の脳内は、できれば苦しまない殺戮方法で頼む、と願っていた。
そんな男を余所に、少年は傍で膝をつき、先程草を投げ入れていた籠をおろし中を探り始める。
「ちょっと動かないでね」
にへら、と敵意も殺意も感じられない笑みを男へ向けた少年。籠から取り出した幾種類かの草を、男の腹部の傷へと貼り付ける作業を始めた。
その不可解な行動に男は身を固め、かなりの警戒心を露わにする。しかし、力の入らない身体では抵抗することなど出来る訳もなく、されるがままになるしかなかった。
「ッ……何を、している」
ペタペタと見たことの無い草を自身の傷口へと貼り付けている少年に、霞む始解の中睨みつける男。
少年は男の問いかけに、何を聞いているのか分からないというような表情を浮かべ、こてんと首を傾げた。
「何って……治療だよ。これ、薬草」
傷口へ張られた草、もとい薬草を指さし当たり前だという口調で少年は語る。問いかけの答えを聞いた男は、これまた理解不能だと口を半開きにし、表情を驚愕に染めた。
何故人間を殺す、殺される立場にある魔族が、人間を助けるような行動をしているのか、男には分からなかった。
もしかしたら、唯の聞き間違えなのではないかという気さえしてくる始末である。
「薬草……?」
「うん。だってこの傷、放っておくと人間さん死んじゃうかもしれないからさ」