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『やまと』 ~戦乙女との現代戦争奮戦記~  作者: Sky Aviation
第6章 ~『好朋友作戦』発動! 台湾の反撃を援護せよ!~
89/168

〔F:Mission 19〕水中の駆け引きと決断 2/2

―TST:PM19:45 同海域 同深度 SSそうりゅう司令室―






「……そろそろくるぞ」


 私はディスプレイ上に表示されたデジタル時計の時刻を見てそういった。


 現在時刻午後PM19:45。

 敵潜水艦との我慢比べを始めて約2時間が経過した。

 外はすっかり夜であろう。漆黒の黒い夜があたりを支配しているはずだ。

 だが、この海の底も中々暗い。

 周りは漆黒の闇。その中で、約2時間も敵潜水艦に挟まれつつ我慢比べをしている。

 私はもとより、乗員もこの見事なまでに維持された極限状態に相当堪えてきている。

 さっきから緊張のあまり汗をかきすぎた者達が左右の服の袖で額の汗をかいたり、または手で煽ったりして汗を冷やしていた。

 それだけでなく、この極限の状態そのものが私たちに大きなストレスと緊張を与えている。

 私も潜水艦乗りサブマリナーになって長いが、これほど緊迫した状況を体験するのは初めてだった。


 だが、そろそろのはずだった。


 私たちみたいになっているのは敵とて同じはず。


 ……もうそろそろ、その時間のはずだった。


「我慢比べを始めて早2時間……、そろそろ、後ろが動いてもいいはずなのですが……」


 副長もそういった。


 そうだ。もうそろそろのはずだ。


 そろそろ……、敵が動く。


「ああ……。もう長くはないはずだ。各員、もう少しの辛抱だ。耐えろ」


 そう励ますが、私も私で結構限界が近づいていた。

 これまでずっと潜水していた上、休む暇もない警戒任務。

 ストレスも結構蓄積されてしまっていた。


 こっちもこっちで結構堪えている。


「(……頼む。そろそろきてくれ……)」


 私はそう心の中で願った。



 ……と、まさにそのときだった。



「……ッ! 艦長、後方よりメインタンク排水音、敵潜B、浮上開始!」


「ッ! きたか!」


 きた。このときを待っていた。


 思ったとおりだ。やはり敵潜Bは長時間潜航可能な原潜でもなければAIP搭載艦でもない。

 ゆえに長期潜航は無理だと思ったが、やっぱりそうだったか。


 空気を取り入れるために、夜になるのを見越して浮上を始めたようだな。


 よし、これで後方からの脅威は一時的になくなる。


「敵潜Bが浮上したと同時にこちらも動く。機関始動準備。こちらの指示と同時にすぐに動かせるようにしておけ」


「了解」


 ちなみに、ここで別に攻撃してもいいのだが、やはり音紋などの目標のデータがないと狙いは中々定まらない。

 もし攻撃する場合は即行で確実にしとめなければならないが、この状況ではそれは望めないだろう。

 1発撃って機関始動を煽ってからさらにそれを目標データとし攻撃する、という手もあるが、それだと少し時間がかかるため今回はパスだ。


 とにかく、今はここを離脱して我々にとって有利な状況を作るほかはない。


「敵潜B、さらに浮上。……30、……20、……10、浮上します」


 その瞬間海面に敵潜が浮上する音が聞こえる。

 一応ヘッドセットは私もつけていた。その音をしっかりこの耳で確認する。

 波をかき分けつつ敵潜は浮上した。


 今だ。やるぞ。


「機関始動。ベント開け。下げ舵20、面舵65度。最大戦速で急速潜航」


「了解。機関最大、ベント開放、下げ舵20、面舵65度で急速潜航」


「きゅーそくせんこー」


 2時間という長い時を経て、やっと艦はその身を動かす。

 機関をすぐに始動させると、即行で深度を下げつつ面舵で全速で離脱して行く。


「……ッ!」


 少しして、敵もこちらの動きに気づいたようだった。

 前方にいた敵潜Aは急いで機関を始動させ、そのまま反転してこちらに近づいてきていた。

 さらに元々後方にいた敵潜Bも動こうとしているみたいだが、やはりまだ空気取り入れがすんでいないようだ。

 やはり、思ったとおりだな。敵潜Bは空気取り入れを最優先させたようだ。

 となると、最初の我々の目標は敵潜Aになるだろう。


 ……そして、焦って機関を始動させたのが運の尽きだな。

 そのまま待機していて、我々の機関音のみを聞いていればよかったものを。


 だが、これも私の読みどおりだ。


 敵潜Aは何とかこっちに追いつき、魚雷の発射準備をしているの違いない。


 ……だが、


「……悪いな。先手は取らせてもらう」


 こっちとてやるとなればどんな手段を使ってでも生き残らねばならんのでな。


 ……こっちもこっちで、


「(……すでに準備していてよかったわ)」


 というわけで、私はさらに手をうつ。


「1番、2番、18式魚雷に音紋入力、及び両発射管注水。すべて4秒で済ませろ」


「了解」


 すでに1番、2番魚雷発射管に魚雷を装填していた。

 いつもどおり、最新型の18式魚雷。後方の敵潜Aの音紋を入力して直ちに発射する。

 敵潜Aは最初から攻撃は敵潜Bに任せていたのだろう。

 魚雷発射がこない。装填に時間がかかっている。


 これは本命ではない。ほとんど牽制目的だ。

 だが、当たったら当たってでいい。むしろラッキーと見させていただく。


「1番、2番準備完了。18式、いつでもいけます!」


 きたな。

 向こうはまだ打ってこない。いける。


 悪いが、先手は打たせてもらう。


「よし、先手必勝だ。1番、2番、発射ファイヤ!」


「了解。1番、2番、目標補足シュート発射ファイヤ!」


 艦首1番、2番魚雷発射管から計2発の18式魚雷が勢いよく放たれた。

 その魚雷は一気に反転し、わが艦の横を通り過ぎてそのまま敵潜Aに向かっていった。


 その間に、


「ベント閉鎖。下げ舵戻せ。深度を維持し、さらに30秒後に面舵をとれ」


「この深度で面舵ですか? 一体なぜ?」


「地形を見てみたまえ。この先には……」


「? ……ッ! か、壁……?」


 ディスプレイを見た副長が言った。

 そこには、ソナーの反射音や今までの海底地形図のデータを下に近辺の海底地形を3DCGで再現したものが移っているが、それによれば、このさき右側には少し横に長く、少し壁のような形をしている海底山があった。

 これも、台湾海峡がとてつもなく複雑な地形をしているゆえでのことで、このような形の海底山もあながち不思議なものではない。

 だからこそ、私はわざわざここを狙ったのだ。

 そこなら、身を隠すことができる。まずそこにかくれ、機関を止めた後に敵潜をおびき出す。

 出来ればこのうち敵潜Aをしとめていければベストだが……、


「……ッ! 爆発音が聞こえます。魚雷、2発です」


「命中か?」


「いえ……、敵潜の音紋はまだ健在です。少し前に敵潜Aからデコイが発射されましたので、それにつられたかと思います」


「チッ……、回避されたか。今から攻撃するのはちとまずいな」


 さすがの最新型の18式でも、デコイにだまされることはあるということか。

 今からまた攻撃するのもマズイ。おそらく、敵からの攻撃が先になるだろう。


 ここは……、


「3番、4番に音響発信デコイ装填。本艦の音紋をインプットし、敵潜の攻撃に備え」


「了解」


 ここは防御優先だ。

 まもなく我々は壁を盾にしてなりを潜める。あんまり無茶はするべきではない。


 ……後は、


「……敵潜Bの動きは?」


「今さっき動き出しました。メインタンク注水音を確認。機関全速でこちらに向かってきます」


「フッ、今さらか。だがもう遅い」


 今さら動いたところで、そこからはまだこっちは射程外だ。

 射程内に入るころには、我々は壁に身を隠しているころだ。


 悪いが、ここはまだ我々のターンだ。


「……ッ! 敵潜A、魚雷発射。キャブノイズ2、音響です。こちらに接近中」


「きたな。3番、4番、デコイ発射。擬似音響を撒き散らせ」


「了解。3番、4番、デコイ発射ファイヤ


 さらに2門の魚雷発射管からデコイを発射。

 最初の18式と同じコースで反転していったデコイは、本艦の音紋を周囲に撒き散らし、こちらの本物の音紋をかき消しつつ、自分の音紋を敵魚雷に本物だと勘違いさせた。


 デコイが敵魚雷に向かっている間に、


「よし、いまだ。面舵一杯」


「面舵一杯」


 最大戦速の中、右側に見える海底の地形で自然に出来た壁に滑り込む。


 ……ために、


「機関停止。アンカー下ろせ」


「え!? こ、ここでアンカー!?」


「そうだ。今すぐ下ろせ」


「は、はい! 機関停止! アンカー下ろせ!」


 機関をすぐに停止させた後、艦首からアンカー、停泊時に艦を固定させるために使う錨を海底に投げ込む。

 面舵をしているが、機関停止に伴いその速度は急速に低下していった。

 だが、まだ慣性の法則のおかげで、その勢いはまだ残っていた。

 海底が近かったこともあって、アンカーはすぐに海底の地盤を捉えた。


「ゆれるぞ。何かにつかまれ」


 その瞬間、一瞬ガクンッと大きく揺れた後、そのままそのアンカーが突き刺さったところを中心に艦首がアンカー側を向き始め、同時に大きく横周りした。

 アンカーは艦首と繋がっているため、そっちがアンカーに近くなる形、つまり、自然と艦首がアンカー側を向くということだ。

 艦首をアンカー側に向けたまま、面舵の勢いをそのままに横滑りした艦は、ついでにそのままさらに深度をある程度下げた後、海底着底寸前というところで止まりつつうまい具合にそのまま壁の陰に滑り込んだ。

 そしてちょうどいいタイミングで面舵最大戦速の勢いがなくなり、壁を目の前にしたところでとまった。


 うまい具合に右回りに“ドリフト”ささったわけである。


 さらに、


「敵魚雷、1発デコイを回避して接近中!」


「まずい、このままでは……」


 副長をはじめ、周りの乗員に緊張が走るが……、


「……いや、大丈夫だ」


「え?」


 その瞬間だった。


「……ッ! て、敵魚雷爆発! め、目の前の壁に、ぶち当たった模様です!」


「なッ!?」


「フッ……、思ったとおりだ」


 これも、すべて計算済みだ。

 こっちは機関を途中で止めたため、敵魚雷は途中で見失った音紋を探すのを諦め、自分からソナーを打って直接捜索に乗り出すはずだ。

 そのとき、当然本艦を捕捉するだろうが、そのときに先ほどの一連の動作ですばやく壁に滑り込んだため、敵魚雷はこの目の前の壁を回避するということを考えずにただただこっちの未来予測値点に突っ込むはずだ。

 だが、こっちは壁に入り込むということは、敵魚雷から見れば、そのまま未来予測値点にいけば途中で壁が立ちふさがる。

 目の前に突然現れた壁を回避するまもなく、敵魚雷はそれに突っ込んでしまうだろう。


 そして、現にそのとおりのことが起こった。


 自然に出来た海底山の壁を、文字通り盾にすることで魚雷を回避したのだ。


 しかも、こっちは機関を止めたため、音紋がとれず追加の攻撃が出来ない。


 こっちは回避に成功してベストの位置につき、さらに敵はこっちを見失ってさらに勝手に予測付けてこっちに誘い込まれる。



 ……これぞまさに、




「(……計画通りだ)」



 私は思わず顔をニヤリッとさせる。


 ここまではうまくいった。敵潜2隻はそのままこの目の前にある壁を目指している。

 向こうでもこの地形を把握しているはずだが、やはり大まかにしか把握していないらしい。

 あくまで、こっちのいる方向を目指している。目の前に、自然の壁があるとも知らずに。


「敵潜2隻、こちらの位置を見失った模様です。そのままの進路で微速航行。追加の攻撃もありません」


「よし……、何とか巻いたな」


「あの……」


「?」


 すると、副長が汗を拭きながら私に聞いてきた。


「……これ、すべて艦長の策略で?」


「まあな。最初にこの地形を見て、いけると踏んだんだ」


「はは……、とんでもないことを考える」


「まあまあ。うまくいったからいいじゃないか」


 そういってなだめるも、実は本心うまくいかなかったらどうしようとか考えていたりする。

 でもまあ、実際これしか方法なかったし、実際うまくいったからよしとしようではないか。


「……澤口、敵潜の動きは?」


「2隻ともこのまま“一直線に”向かってきています。うち後方にいる敵潜Bは少し遅れて敵潜Aの後を追従中。……でもこれ、どっちもへたすれば壁にぶち当たるコースですが……」


「なに、敵さんだってわかってるはずだ。これを乗り越えてくるに違いない」


「となると、こっちも相当面倒なことに……」


「わかっている。だが、この壁がすべての意味を成す。この壁を、最大限使わせてもらおう」


 そういうと、一瞬ディスプレイを見て敵潜の位置確認。


 本艦と敵潜の位置はそこそこ離れている。

 対する敵潜2隻は壁を挟んで向こう側にいるが、そのままこっちに向かってきていた。

 距離も、微速であるとはいえどんどんと近くなっている。


 ……さて、時間をかけたくないし、そろそろ我々のターンと行こうか。


「この後の行動に邪魔だ。アンカーはここで捨てろ。艦首から切り離せ」


「しかし、その場合その音を拾われてしまう可能性が」


「安心しろ。目の前は壁だ。それが音をかき消してくれるはずだ」


「壁が……」


 アンカーを捨てるときの音も、別段大きくはない。

 というのも、海底に近いからそう大きく音はならない。

 それに、どっち道たった音も、目の前にある山がかき消してくれるだろう。


 まさに、防音壁である。


 すぐに行動に移された。

 艦首からアンカーが切り離され、身が一瞬軽くなる。

 これですぐに行動に移せるようになる。


 さらに、


「メインタンクブロー。敵に悟られないように慎重いやれ。焦るなよ。いくら時間をかけてもかまわない」


「了解」


「同時に、全門に18式を装填。1番~4番には敵潜Aの音紋をインプットしろ」


「了解。18式準備。1番~4番目標敵潜A」


「諸元入力開始。1番~4番目標敵潜A」


 ほんの少しずつ浮上を開始する。

 静音浮上。メインタンクから少しずつ水を押し出し、代わりに空気を入れる。

 同時に全部の魚雷発射管に18式を装填し、いつでも攻撃できる態勢を整えた。

 デコイは装填しない。デコイを装填する分のがもったいないからな。

 この後の行動を考えると、そっちを一々装填するより、18式を装填したほうがいざというときの迅速性も高い。


 艦は少しずつ浮上していった。

 壁から少し身を乗り出す。

 すると、壁の向こうにほんの少し敵潜Aが見える位置に付いた。

 敵潜Aはこっちの動きに気づいていないらしい。そのままいけば、ここからは壁の死角に入り込むコースだ。

 だが、途中でまたそれを避けて浮上してくる可能性がある。


 ……もちろん、そんなことはさせない。


 浮く暇もなく、我々は手をうたせてもらう。


「敵潜A捕捉。すでに射程内」


「魚雷1番~4番、いけるか?」


「大丈夫です。諸元入力完了、いつでもいけます」


「よし。……では、やるとしよう。1番~4番発射管注水! 出来次第18式発射! ここからは……」





「私たちのターンだ!」





「了解! 1番~4番発射管注水! 出来次第発射!」


 発射はすぐに行なわれた。

 今までのお返しとばかりに4発の18式魚雷を発射。壁のすぐ上を飛び越えて、敵潜Aに突っ込んでいった。

 敵潜Aもすぐに気づいた。

 やはり、動きからしてこちらの動きを完全に見失っていたようだ。

 直ちに取り舵回避に入る。

 だが、いきなりの不意を突かれた上、最初の倍の4発を打ち込まれた敵潜Aにとって、すべてを回避するのは結構な至難の業だった。


 18式魚雷4発はしっかりと敵潜Aに向かっていった。


 そっちの命中を確認する前に、さらに手を打つ。


「微速前進。下げ舵5度で目の前の海底山の山頂と同深度になれ」


「了解。機関微速前進。前方の海底山山頂と同深度に行きます」


 こうやって海底山山頂と同深度になるのもちゃんと意味がある。

 それは後々明らかになる、とでも言っておこう。今は説明している暇はないのでな。


 ……すると、


「敵潜Aから爆発音。2つ聞こえます」


「命中か?」


「はい。最初の2発はデコイで回避されましたが、残りの2発は回避が間に合わず命中。破壊音から察するに、艦首魚雷室と、後は船体横っ腹中央にぶち当たったものかと」


「魚雷室と船体中央か……、長くはもつまい」


 そんなところに2発もぶち当たったらもう浮いていくことはできないだろう。

 後に、敵潜Aこと遠征13号沈没の報告を受けるが、それは今は省かせてもらう。


 まずは1隻だ。だが、もう1隻も確実にしとめる。


「敵潜B、浮上してきます。壁を乗り越えてくる模様です」


「よし、機関停止。下げ舵戻せ。5番、6番に18式準備」


 また艦をその場で止めた。

 これで、この艦の目の前は例の壁こと海底山の山頂。

 敵潜Bの位置から見るに、目の前から出てくるに違いない。それも、海底山山頂をギリギリ掠めながら。


 ……だが、




 どうやら、敵は乗り越える前に手を打って出てきたようだった。




「……ッ! 敵潜Bから魚雷発射管注水音! 魚雷発射態勢に移行!」


 どうやら、撃つ気のようだな。

 少し思ったより早いが、なに、問題はない。


「まずい、艦長、直ちにデコイを」


 副長が進言するが、私はそれを否定する。


「いや、5番、6番魚雷発射用意。発射管注水」


「ッ! ……なるほど、先に撃つ気ですな。確かに、こちらのほうが発射準備は早くすみ見ましたし、先に敵潜Bに攻撃を仕掛けて……」


「いや、目標は前方の海底山の山頂だ」


「え?」


 この18式魚雷は、残念ながら敵潜めがけて撃つ気ではない。


 他の方法に使う。どっちにしろ、今さら撃ったってタイミング的には敵も攻撃するには違いないしな。


 どっちにしろ攻撃される。なら……、


「……ッ! 敵潜B、魚雷発射! キャブノイズ2!」


 やはりきたな。早い。

 ディスプレイを見てすばやく確認する。

 魚雷の位置。ここから撃ったときの敵魚雷の通過ポイント。相互速度。距離、タイミング……。


 ……よし、いける!


「5番、6番、目の前の壁の山頂に座標指定! 18式発射!」


「了解。5番、6番目の前に壁の山頂にぶち当てます」


「座標指定。目標補足シュート発射ファイヤ!」


 艦首5番、6番からさらに魚雷を発射。

 敵潜には向かわず、敵魚雷にも向かわず、ただただ目の前にある壁という名の海底山の山頂めがけて突っ込んでいった。

 同時に、そこは敵魚雷が通過するであろう航路の進路上でもあったのだ。


 さらに、私は指示を出す。


「18式が弾着するまえに敵潜Bの航行状況を記録しろ。航行速度、進路、深度すべてだ」


「了解」


 敵潜Bは未だにこの壁を乗り越えるべく微速で航行している。

 敵魚雷が通過して少し後になることには間違いない。

 そして、向こうはその壁の山頂から身を乗り出せば、見事に我々と目と目をあわせ対面することになる。


 ……そして、私はそれを狙っていたのだ。


「敵潜Bの航行状況記録完了しました。データにだします」


「よし、間に合った」


 と、ちょうどそのタイミングだった。


 5番、6番から放たれた18式魚雷が、目の前の壁の山頂にぶち当たった。

 ヘッドセッドからその時の爆発音と、その壁の巻き上げられた大小の地盤が爆発付近を漂う音がノイズとして聞こえてきた。

 今頃辺り一帯はその爆発で巻き上がった砂や大小固柔の地盤の破片が待っていることだろう。


 そして、そこは、敵魚雷の通過地点でもあったのだ。


 敵魚雷が、その今まさに18式が命中し爆発したばかりの壁の山頂を通ろうとしたときだった。


「……ッ! き、消えた!?」


 一人の乗員がディスプレイを思わず言った。


 ディスプレイ上から、今まさにその爆発地点を通ろうとした敵魚雷2発の反応が消えた。

 まだノイズや爆発の影響が収まっていないときであった。


「……どうやら、うまく破片に巻き込まれてくれたようだな」


「破片……? ッ!」


 すると、どうやら副長が真相を悟ったらしい。つぶやくように言った。


「そうか……、今の魚雷は、潜水艦攻撃用に磁気信管でセットされているはず。だから今の爆発による地盤の破片にぶち当てて回避を……!」


 その言葉に、周りの乗員もやっと納得したようだ。


 そのとおり。すべては副長の言ったとおりで、そして、これはすべて私の計算どおり、私の立てた策略だった。


 今言ったように、敵潜の放った魚雷は潜水艦撃沈用に磁気信管セット、つまり、何かに当たったらそれが何であろうと即行で爆発する使用になっているはずだ。

 もちろん、それは敵味方潜水艦に限らない。とにかく“なにか固いものにぶち当たったら”そこでその魚雷は目標と認識して爆発するのだ。

 私はそれを使った。

 このそうりゅうの船体にぶち当てられたくないのなら、ほかのにぶち当たってもらえばいい。

 最初の2発の魚雷で地盤をぶっ壊したとき、地盤は大小大量の破片となって付近に巻き上がる。

 そこに当たれば、ほぼ高確率で魚雷は破片のどれかにぶち当たる。

 おまけに爆発時のノイズで一時的にこっちの音紋がわからないため、余計目の前にある固形物体を目標と勘違いする。

 それで爆発すればこっちのものだ。


 これで、こっちには敵魚雷は来ない。

 見事、回避に成功するというわけだ。


 ……だが、




 私はこれで終わらない。



 さらに、先を見ている。



「しかもこのノイズで本艦を見失っているため追加の攻撃が出来ない。この目の前のノイズや、あと待っている破片が収まらない限り今の二の舞になる」


「そういうことだ……。だからこそ、私はわざわざこの海底山の山頂を攻撃させたのだ。これでおわかりかね?」


「はは……、なるほど、そういうことでしたか」


「しかしまあ、ネタ晴らししてみれば結構先を読んでますね。艦長そんな策略家でしたっけ?」


 一人の乗員からいくらか苦笑い気味で言われる。

 いろいろと常識外れのやり方に戸惑っているためだろう。


 ……私はそれに対して「はは……」と苦笑いしながらいった。


「……本当はこれ、とある潜水艦アニメから一部とったものなのだがな」


「え?」


「……一度やってみたかったのだよ。ああいう反則的な戦法をな」


 あの海自の原潜が離反していろいろやらかすやつだ。

 あの戦法は当時潜水艦乗りになりたての私は思いっきりはまったが、同時にその戦法は全然予測できないものばかりだった。

 キャラ説明でも天才的な、といわれるだけある。


 これはそのアニメで出てた、主人公の同僚がやった戦術を少しお借りしたものだ。


「……でも、俺達独立国家になったりしませんよね?」


 と、ほかの乗員が少し笑いながら言った。


 ……ははは、何を言っているかこやつは。


「まさか、独立して一体何をするんだ。核廃絶でも訴えるのか?」


「こんな世の中でそれやっても現実的でないですよ」


「違いないな。安心しろ。そんなことする勇気は残念ながら私は持ち合わせていない」


 あってもする気はないが。


「……で、そろそろ目の前の問題に戻ろうか。敵潜Bの状況は?」


 それに答えたのはもちろん澤口君だ。


「ノイズがひどくてよく聞こえませんが……、というか、やっぱりこのノイズが晴れないと状況がわかりません」


「ふむ……、やはりそうか」


「どうします? ノイズが晴れなければ敵の状況がわかりませんし、それに攻撃も出来ません」


「晴れてから攻撃ってなると向こうも同じ個と考えるでしょうし、わざわざ最初の2発回避したメリットがない……」


 と、口々に考えをもらすが、もちろんそれも想定済みだ。


 わざわざこんな大胆なことをして、それを考えていないほど私も間抜けではない。


「わかっている。ノイズが晴れなければ敵の情報がわからないのは確かだ。……だから、私は魚雷が壁に弾着する前に敵潜Bの航行状況を記録させたんだ」


「……ッ! ということは?」


「ああ」







「……“偏差射撃”というやつだよ。副長」







 偏差射撃。

 戦闘機同士の空中戦などで、敵の進路方向めがけて撃つことをそういう。

 第二次大戦時のドイツ空軍エースである“ハンス・ヨアヒム・マルセイユ”はこの偏差射撃が大の得意分野で、それを駆使した戦闘で計158機の敵戦闘機を撃ち落し見事エースに上り詰めたほか、「黄色の14」の異名を持つまでにいたった。


 今回はその偏差射撃を使う。


「1番、2番の18式魚雷に、敵潜Bがさっきと同じ状況で航行すると仮定した未来予測地点をインプットしろ。後、敵潜Bの音紋も入力。発射後は音紋捜索のために自立誘導させろ」


「了解。1番、2番に目標未来位置に対する諸元を入力。発射後は自動音響誘導とします」


 作業はすぐに完了した。

 2発の魚雷にデータが贈られると同時に、1番、2番の発射管を開放。

 このとき、まだノイズが晴れておらず、ソナーも聞きにくい状況だった。


 だから、この発射管注水音も、敵には探知されにくいはずだ。


 そして、こうやってわざわざ山頂の深度と同深度に位置を取ったのも、敵潜Bがそのまま山頂ギリギリを通ってもらうため。

 そうすれば、こっちが偏差射撃した16式も当たりやすくなる。



 すべては、私の計算に基づいたものだった。



「1番、2番、18式準備完了」


「前方のノイズ、まもなく晴れます」


「敵潜Bの位置は?」


「まだわかりません」


「ということは向こうもこっちがわからない……。よし、いけるな」


 今撃てば、ちょうどノイズが晴れたころにそのノイズ源を通り過ぎる。

 そうすれば、後は

 私は確信を持って、すぐに指示を出した。


「1番、2番、発射ファイヤ!」


「了解。1番、2番、目標補足シュート発射ファイヤ!」


 艦首から新たな刺客を放つ。

 放たれた18式はそのままノイズ源に突っ込んでいった。

 このころになるとノイズも大分晴れる。砂煙とかはまだ舞っているだろうが、破片はもうすでに地盤に落ちたはずだ。今なら魚雷を撃っても問題なく通れる。


 私は、これが最後の刺客の派遣になることを願った。


「18式2発、まもなくノイズ源を通過。……ッ! ノイズ晴れました。通過します」


 その瞬間、ディスプレイ上でもそれが確認できた。

 ノイズが立っていたところをこちらが放った2発の18式が通過する。

 一応ちゃんと狙っていたとはいえ、ちょうどナイスなタイミングでノイズも晴れてくれた。


 18式の反応はある。破片には何とか巻き込まれずにすんだようだった。


 すると、魚雷の存在に気づいたのか。敵潜Bに動きがあった。


「……ッ! 敵潜B、魚雷に気づきました。機関増速、面舵で回避しています」


「もう遅い。魚雷との距離はもう500をきった。この距離ではデコイを撃つ暇もない。もう……」








「……貴様の運命は、決した」








 その瞬間、ディスプレイ上で敵潜Bと放った刺客である2発の18式とが重なった。

 魚雷の反応が消え、代わりに敵潜Bを示すアイコンが点滅を繰り返す。


「敵潜Bから爆発音。2発です」


「命中だな?」


「はい。同時に、船体破壊音が聞こえます。……2発とも機関室に命中したようです。……あ、今、大きな爆発音が聞こえました。機関室引火の誘爆です」


「こんな海中で誘爆か……。もう決まったな」


 機関室に当たったこと自体すでに不運だが、これによって誘爆したとなれば、もうここから逃れるすべはないな。

 ディスプレイ上からも敵潜Bの反応が消えた。


「……船体圧壊音……。遠征14号、轟沈します……」


「……終わったか」


 長きに渡った対潜水艦戦闘に、とりあえずの終止符が打たれた。


 敵潜2隻に挟まれるというピンチに陥ったが、こうして何とか危機を脱することができてなによりだ。

 むしろ、こうして敵潜2隻を沈めることが出来たのは大きい。これが台湾での戦局に、味方側に有利に働くことができればいいのだが……。


「……何とか終わりましたな」


 副長もすっかりぐっしょりとかいてしまった汗を必死に拭いている。

 他の乗員もいたようなものだ。長い緊張状態からとりあえずは解放され、一安心したといったところだろう。

 もちろん、私も似たようなものだ。かぶっていた帽子を取ってそれを団扇代わりに必死に扇いで風を顔に当てる。

 後で乗員に頼んでタオルでももってきてもらおう。それも大量に。


「……よし、では警戒に戻ろう。機関微速。上げ舵5」


「了解。機関微速、上げ舵5」


 そして、艦は再び動き出した。

 先ほどまであった騒音はすっかり収まり、漆黒の静けさを取り戻した海中を静かに航行する。

 この下には、先ほどまであった命が沈んでいることだろう。

 ……そう考えるとなんとも胸が締め付けられる思いがするが、それでも、これが戦争なのだ。

 こうでもしなければ我々がやられる。今さらなことではあるが、これが戦場では一番重要なのだ。

 特に潜水艦はそうだ。一つのミスで即行で海の底だ。


 ……これが、我々のやり方であり、私の、戦場での決意なのだ。


 敵には悪いが、海の底から自分達の味方の無事でも祈っていてくれ。


「……しかしまあ、」


「?」


 さっきから汗を拭くのに躍起になっていた副長が、少し声を明るくしていった。


「……今回は艦長の奇策に助けられましたな。お見事であります」


「ふ……、なに、これしか方法がなかっただけだ」


 まあ、中には「もっと他にあっただろ」といわれそうなものだが。

 でもまあ、あの時はこれしか思いつかなかったのだから仕方がない。


「でも、艦長もその先を考えるタイプですよね。お子さん確かそういう奇策タイプだって聞きましたが?」


 そう口を挟んだのは澤口君だ。


「長男の大樹か?」


「ええ、その方です。……彼も、そんな感じだっておっしゃってた記憶がありますが」


「まあ、確かに言ったことはあるな」


 あいつは一体どこからあんな柔軟な発想ができるのか。


 あいつがああいう頭の回転が速い一面を出したのは、そう最近のことではなかった。

 昔から推理小説とか戦記ものにはまっていたあいつは、そこでいろんな発想に富んだ知識を入れまくったのだろう。

 大体小学生辺りからいろんな場面でそれを発揮しては周りから注目された。

 部活でも策略家として知られている。あ、ちなみにあいつは元バトミントン所属だが、部員人数の関係上たまにサッカーも掛け持ちしていた。後、これは小学の時の話。


 今ではすっかりそれも冴えていて、配属先のほうでもそれを遺憾なく発揮していたと聞く。というか、いわゆる風の噂というやつで聞いたのでは、その乗っていた艦が新型の追尾魚雷攻撃を受けて避けれそうにないと悟ったとき、あいつが発案した奇策のおかげで回避に成功したとかどうとかあったのだが、これは本当なのか?

 真実はわからんが、もし本当だとすればあいつは戦場でもそんなヤバイことを考えるのか……。

 まだ新人だというのに一体その発想の柔軟さはなんなのか。どういう発想の内容なのかは知らんが内容如何によってはわりと真面目にその発想がどこから出てくるのか聞いてみたほうがいいかもしれない。

 親だからとかそういうのは関係ない。これは自分が生き残るための参考だ。一々プライド云々は言ってられんのだよ。


「ま、それも今までの訓練の成果だ。君も、しっかりソナーにいそしんでくれたまえ」


「了解です」


「ちなみに、今現在ソナーの反応は?」


「今のところ新たな反応はありませんが……、海底地形が複雑で乱反射してますね……。どれがどれやら……」


「そこはまさに君の実力の見せ所というやつだ。できるか?」


 そういうと、彼はフッと軽く鼻で笑っていった。


「……訓練ならもっと厳しい条件突きつけられてますよ」


「うむ。……頼もしい。しっかり頼むぞ」


「お任せを」


 そういって彼はまたソナーに耳を傾ける。

 ……彼の聴音技術はピカイチだ。私もしっかりそれを理解しているし、彼の能力に一目置いている。


 まかせても問題ないだろう。というか、今まで普通に任せてはいたのだが。


「……というか」


「?」


 すると、今度は一人の乗員が口を開く。


「……考えてみたら、これ沈んだ敵潜の上通るんですね。もしかしたら、それの亡霊がこっちに乗り移ったりとか……」


「ちぃ、気味悪いこと言うなよ……、俺それ系の話嫌いなんだからさ」


 という乗員同士の会話だった。

 亡霊か。まあ、もしかしたらあるかもしれんが……。


 ……でもまあ、


「……あんまり期待せんほうがいいぞ。そういうのは、大抵は人間の脳の錯覚とか見間違いとかって相場が決まってるからな」


「そういうもんですかね?」


「少なくとも、私はそう考える」


「はぁ……、あ、じゃあ艦長は艦魂とかって信じないタイプか……」


「艦魂?」


 例の親父がいっていた奴か。

 アレも似たようなもんだろう。結局はあれも幽霊とかの類。そしてそれは何かの見間違いに終始して拍子抜けして終わりのパターンだ。


 私は軽くため息をつきつつ言った。


「あれも同じだろう。結局は幽霊を脳が錯覚しただけに過ぎない」


「幽霊って……」


「……艦長、今ここに本人がいたらマジでビンタされてるところですよ?」


「何でビンタなんだ」


「だって、艦魂って例外なく女の子らしいですから」


「女の子ねぇ……」


 艦が昔から女子で例えられるゆえんかな。


「……でも、それ以外何があるんだ。艦魂といっても、結局は普通の人間には見えないイレギュラーな存在であることに変わりはないだろう。それいあれだろ? そうりゅうの艦魂って言ったら前世の『蒼龍』の艦魂と同じだとしたら、それこそそいつは幽霊というか亡霊……」


 ……と、




 最後まで言う前だった。











“いや誰が亡霊よあんた!”


「……え?」












 突然声がした。

 女の声。間違いない。


 はっきり聞こえた。


 聞き間違えはなかった。


「……今の声誰だ?」


「さあ……?」


「……言っときますけど、俺じゃないっすよ?」


「お前男だろうが……。今のは明らかに女の声だ」


 そういって周りを見渡す。


 だが、そこには残念ながらむさくるしいようなそうでないような男性しかいなかった。

 女の姿なんてこれっぽっちもない。

 そもそも、この艦内には女性は乗ってないはずなのだが……。


「……誰もしゃべってないよな?」


「ええ……」


「……なにやら不気味だな……」


 こうなると何か取り付いていると見てもいいのか……? あんまり幽霊とかそういうオカルトは私は信じないタイプだが、こればっかりは……。


「……まさか、本当に幽霊が出たとか?」


「まさか……」


 ……と、思いたい。


 私はもう一度あたりを見回す。

 確かに、ここには男しかいない。

 むさくるしいようなそうでないような男しかいない。


 ……女の姿なんて、これっぽっちもない。


「……というか、これ前にも聴いたことがあったような……」


 と、ふと副長が言った。


 前にねぇ……。女性の声なんて全然聞いた覚えが……、ッ!


「あ……、そういえば、いつぞやのBLS-40海域でもこの声……」


 そうつぶやいた私の声に、乗員は反応した。


「そ、そうですよ! あのときにもこの声が……!」


「そういえばそうだな……、あの声と確かに似てる」


「似てるってか、考えてみればそっくりだよ……。これはどういうことだ……?」


 乗員の間でも懸念が広がった。

 確かに、あの時聞こえた声とまったく同じだ。

 女の子の声。音質も、声の口調も、まったくそっくりだった。


 ……まさか、あれと同一の声か?

 だが、これの声の正体は一体……。


「……うーん、」








「……本当に幽霊でも出たのか?」


“いやだから誰が幽霊よ!”


「……まただ……」












 私たちは思わずその場で大きくため息をついた…………

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