台湾の希望
―8月25日(火) TST:AM06:50 台湾首都台北 大統領官邸地下統合国防情報室―
「なッ!? 日本が援護を!?」
私はこの部屋で一番大きいディスプレイを見つつそう叫んだ。
周りも、そのディスプレイを驚愕の眼差しで凝視していた。
その画面には、日本の首相である麻生さんがいた。
周りは暗い。おそらく、ここと同じような危機管理室の類にいるのだろう。
そこから、ビデオ通話しているに違いない。
「そ、それは本当でありますか!?」
『左様であります。中国に悟られないようにするために、ギリギリまで黙っておかせていただきました。誠に、申し訳ない』
向こうが軽く頭を下げたが、すぐに否定した。
「い、いえ、とんでもない! そのような事情があるだろうことはこっちとしても十分承知しております。頭を下げる必要はありません」
『感謝します。……今回我々は、貴国を援護するため、多数の戦力を送り込みました。詳しくは後ほど詳細をお送りいたします。そちらのほうで戦力をご確認のうえ、そちらの権限で、どうぞ当派戦力を台湾勢力下に置いてご存分にご活用ください』
「わ、我が国の勢力下に!?」
またこの場が大いにざわついた。
てっきり、日本の艦隊は日本が指揮して、我々と共同で動かすことになると思ったのだが、こっちに全部委任するという。
……いいのか? これは相当なリスクを伴う決断だぞ?
「よ、よろしいのですか?」
『かまいません。ご存分にお使いください』
「し、しかし貴国の貴重な戦力をこちらで勝手に動かして……」
隣にいた黄首相が思わず聞いたが、全部言う前に向こうが答えた。
『お気にせずに。一々共同でやるより、そちらで一括して指揮運用したほうがそちらとしてもやりやすいでしょう。少し異例な処置ですが、貴国の全体指揮統制能力は世界で見ても負けず劣らすなのは我々が御承知しております。ご存分にご活用ください』
「ッ……」
そのまま、黄首相はうつむいて握りこぶしに力を入れた。少し泣きそうなのであろう。
……本音、私も似たような心境だ。
「……貴国の援助、本当に感謝する。貴国に、いや、日本の皆さんに迷惑をかけ、本当に申し訳ない」
『何を言っておられるのです。それはこちらのセリフでありましょう』
「え?」
すると、画面越しに写っている麻生首相がフッと一言軽く息をついていった。
『……今まで助けてもらったのは、私たち日本のほうです。今までの貴国、台湾の皆さんの援助はもう数えるのもいやになるほど膨大なものでありました。我々は、それに大いに感謝しているのです。……今回は、それのお返しと考えてもらってかまいません』
「……お返し……、ですか?」
『左様。今までの、借りを返すといったところでしょうか。……我々日本は、助け合いの国です。たとえ見ず知らずの他人であろうとも、時には救いの手を差し出す。それが、日本という国です。……それが、親友に助けの手を差し伸べない手などありますでしょうか? いや……、私の知る限り、そんな愚かな国はございませんな』
「……」
今までの……、お返しだと?
確かに、我々は日本が震災などで窮地に陥ったとき、莫大な援助をさせてもらった。
東日本大震災では、義援金だって最終的には200億にまで上った。
それだけではない。少し前の東京都首都直下地震のことも、今でもまだ記憶に新しい。
それでも、倒壊した一部のビル建て直しに、我が国から送った、これまた200億越えの義援金が活用されていると聞いた。
……それの、お返しだと?
『……皆、貴国のことが大好きなのです。今派遣した部隊の全員が、台湾を助けたいという有志から構成されております。ほとんど、ではありません。“全員”なのです』
「……全員が……」
「わが国を……、思って?」
『そうです。全員です。また、軍だけではありません』
「軍だけではない?」
『そう。……民間からも、多数の支援部隊が台湾の首都に向かっております。正確には……、首都にある台湾桃園国際空港と台北松山空港でしたかな?』
「あ、あそこにですか?」
台湾国内で最大規模を誇る台湾桃園国際空港と、首都内にある軍民共用の台北松山空港。
この二つは今、北方に逃げてきた国民を一時国外に逃がすために必死に航空機の離発着が行なわれている。
しかし、あまりに避難民の数が多く、使用出来る航空機を全部投入させても間に合わない状態だ。
それも、まだまだ大量の人数が残っており、まだしばらくかかる。
……そこに送る? となると……、
「……輸送機でも送ってくれるのですか? それでしたら本当に大助かりなのには違いな……」
しかし、麻生首相はそれを一部否定した。
『輸送機……。まあ、輸送機ですな。“軍用機ではありませんが”』
「え?」
「……どういうことです?」
『詳しくはまた後ほどの報告で。……とにかく、あまり長く通話していると向こうに悟られる可能性もありますのでこの辺で』
「あ、はい。……本当にありがとうございます。貴国の戦力、確かに、一時お預かりいたします。これより、派遣された部隊を一時台湾海軍に編入し、臨時に反撃戦力としてご活用させていただきます」
『お願いします。皆、貴国を助けるためと、士気が高いものばかりがそろっております。貴国のご期待に、最大限答えてくれるでしょう。……では、最後に、』
「?」
麻生首相は少し息を整えた後、まるで宣言するかのように力強く言った。
『……皆さんに宣言するとともに、台湾国民の皆さんにもお伝えください。あなた方は、一人ぼっちではない。何があっても、我々、日本という親友がいることを、どんなときでも心にとどめて置いてください。皆さんが望んだそのとき、我々は、貴国の元に参上するでしょう。……我々親友は、決して、』
『あなた方を、見捨てない。……と』
「ッ……!!」
親友を見捨てない。
その言葉に、これほど涙腺が緩んだことはなかった。
これほど、希望に満ち溢れた言葉はなかった。
助けてくれる。
日本が、救いの手を差し伸べてくれる。
もつべきものは友達であるとは言うが、まさにそのとおりだ。
いや、それ以上だ。
もつべきものは、まさに親友だ。
「……申し訳ない。必ず、台湾を救って見せます! この手で、必ず!」
『期待しております。我々も、ここからしっかりと見守っております。……では、私はこれで。どうか、台湾の皆さんに神のご加護があらんことを』
そういって軽く一礼すると、通信は途切れた。
ディスプレイはモードが自動的に変わり、いつもの戦況を統合させた情報の表示に戻った。
少しの間、沈黙した。
私を含め、無心状態だったに違いない。いろんな意味で。
私は、少しの沈黙の後……、
「……に、」
その沈黙を思いっきり破った。
「……日本が……、」
「……日本が、助けに来てくれたぞ!!!!」
その瞬間、この場が雷鳴と間違えそうなくらいの歓声に包まれた。
全員が全員、喜び叫び、中には涙を流して号泣するもの、そして泣きながら隣の者と抱き合うものまでいた。
皆、同じ気持ちだったのだ。
日本は、やはり親友だった。
唯一無二の、ただ一人の親友だった。
この、すぐそこまで侵攻されているというこの絶望的戦況。
中国の攻勢もひどくなり、今にも戦線は突破されようとしていた、まさに絶望的な戦況のときだった。
この報は、我々にとっては朗報などではすまないだろう。
これは紛れもない、我々台湾を救う、大きな希望の光であった。
「大統領! やりました! 日本が、支援してくれます!」
隣にいた黄首相が泣きながら、しかしそれでも笑みを浮かべながらそういった。
私も、半ば泣きそうになりつつその方を叩いていった。
「ああ……ッ! 日本が来てくれた。我々はまだ負けていない。まだチャンスはあるぞ!」
希望はまだ捨てるべきではない。
神は、そして日本は、まだ我々を見捨てたわけではなかったのだ。
我々は、チャンスを得た。
これを、必ずものにせねばならない。
と、そのときだった。
「……ッ! 大統領! 日本から、投入戦力の詳細が来ました!」
情報幹部からだった。
来たか。案外早かったな。
「よし、すぐにメインディスプレイにだすんだ」
すぐにさっきまで麻生首相とのテレビ通話に使っていた一番大きいメインディスプレイに、その詳細を表示させる。
すると……、
「ッ……!? こ、これは……!?」
私はその内容をみて思わず絶句した。
落胆とかそういうのではない。むしろ逆だ。
「……こ、」
「こんなに送ってきてくれたのか……?」
その援護にくれた戦力が大規模すぎた。
私の予想をはるかの飛び越えていた。
特に海軍戦力は顕著で、どれもこれも最新鋭艦ばっかり。
イージス艦や、多数の揚陸艦もある。
中には米軍のもあるが、おそらく向こうに頭下げて借りてきたのだろうか?
そこまでしてくれるとは……。
……それに、
「……大統領、日本のミサイル巡洋艦の中に……、あれが」
「ああ……。最強の鋼鉄娘のご登場というわけか」
最強の鋼鉄娘。
それは、ほかの何でもない、日本が世界に誇るミサイル巡洋艦『やまと』だった。
今年の3月、あの艦が始めて日台軍事演習に参加したときに、私も拝見させていただいた。
はっきり言おう。あの国はとんでもないものを作ったと思った。
日本が親友であって本当によかったと、あのときほど思い知らされたことはない。
性能が桁違い過ぎる。いろいろと今までの艦船の常識を覆しまくってるあの艦は、まさに世界最強といわれても文句はまったく言えない。
親友の国のものだし、来るとしても味方だろうが、だがもしこれが敵に回ったらと思うと、ほんとに寒気しかしない。
しかし、今回は文句なしの味方だ。我々にとって、これほど心強い味方はいない。
……それに、
「……あと、その下の民間援助……」
「ああ……。彼が言っていたのは、このことだったのか」
確かに、これだけ送ってきてくれるとほんとに助かる。
これなら、国民の国外退避の時間短縮に大きな拍車がかかる。
「ひとまず、空港に伝えておけ」
「了解」
「金国防大臣、すべての部隊にこれを伝えろ」
「はい。ですが、海軍の艦隊には無理です」
「なに? どういうことだ?」
「今、艦隊は今朝から戦闘状態にあり、そのときに展開されたジャミングが全周波数に発せられています。通信も、ここからでは不可能です」
「では、向こうに対する衛星通信は? 日本のものとリンクしていたはずでは?」
確か、『天津神』といったか?
日本独自の偵察衛星で、詳細は不明だが、中々多機能化されていると聞く。
我が国のイージス艦をはじめ、海軍艦艇各艦にもこのリンクを接続させてもらい、宇宙空間からの情報収集ができるようになった。
特に我が国保有のイージス艦2隻にとっては、弾道ミサイル迎撃能力の向上にも一役買っており、これは大いにありがたいものだった。
……だが、
「それが、ジャミングの影響でその衛星通信すら出来ない状況です。ほかの陸空部隊ならかろうじて可能ですが……」
「そうか……。よし、ならとりあえず通信できる陸空には伝えておけ。そして、海軍には仕方ないからそのままだ。おそらく、向こうはびっくらこくだろうがな」
「ちょっとしたサプライズになりますね」
「うむ……」
一通りの指示を終えた私は、目の前を向きなおし改めていった。
その声にすぐに周りも反応し、私のほうを真剣な眼差しで見た。
「諸君! ……我々は、日本から、最後のチャンスを得た。これが、最後のチャンスだ。……絶対に、このチャンスをものにし……、」
「台湾を、奴らの手から取り返すぞ!」
そして、威勢のいい返事が、この部屋の中に大きく響いた…………




