彼女の思い。そして……
―1945年4月7日 PM14:00 坊ノ岬沖―
このとき、この海域では激戦が繰り広げられていた。
……いや、激戦といえば聞こえは良いけど、実際には一方的な戦いだったといえる。
『一億総特攻の魁となっていただきたい』
三上中佐が発したこの言葉に、今まで無駄死にだと反論一点だった伊藤中将もついに首を縦に振った。
しかし、結果は惨憺たるものだった。
作戦にでる第2艦隊は、旗艦である私と、軽巡矢矧、駆逐艦冬月・涼月の第2水雷戦隊、磯風・浜風・雪風からなる第17駆逐隊、朝霜・初霜・霞からなる第21駆逐隊で編制されていた。
少数ながら零戦の護衛は付いていたが、天候不良の関係もあり、昼前には引き返してしまった。
そして、それと入れ替わるように今度はマーチン飛行艇などの偵察機が偵察に到着し、艦隊上空に張り付いていった。
その後もさらにF6Fヘルキャットの捜索隊も加わり、その艦隊の存在はアメリカに筒抜けとなった。
これに対して私は主砲を3回くらい撃ったけど、結局全然あたらなかった。
……そもそもこんな天気で撃っても意味なかったみたい。
そして沖縄に向けて航行中の12時34分、坊ノ岬沖90海里でついに大規模な米軍艦載機の編隊を50km遠方に認めて、決戦の火蓋が切って落とされた。
……でも、そこからははっきり言って『地獄』って言葉がしっくり来るくらいひどかった。
そこからはずっと米軍艦載機のターンで、私のターンはほとんど来なかった。
電探連動で主砲を撃っても、そもそもあれは対空捜索用で射撃用じゃないから、余計に外れてむなしく花火上げて終わりだった。
対する米軍は機上レーダーでも付けてるんだと思う。正確な場所から、かつ多方面から連携的に攻撃してきた。
それに、私たちはなすすべがなかった。
護衛の駆逐艦のみんなもがんばっていたけど、全部を撃ち落すなんて無理。
むしろ何隻かはやられて離脱してしまった。
……無事に戻ってるといいけど、とてつもなく心配だった。
……どれくらい時間がたったか知らないけど、大体14時くらいだったと思う。
私の艦長である有賀幸作大佐がもう最後を悟ったらしくて、艦を北に向けようとしたけど、もうそのとき私は副舵もやられて、操舵不能だった。
はっきり言って、もう私はこれ以上の戦闘どころか、航行することすら難しかった。
でも、乗員は最後まで諦めていなかった。
最後まで機銃に張り付き、迫ってくる敵を血に塗られつつも最後まで弾を放った。
……それでも、それがあたることはほとんどなかった。
それでも、彼らはまだ機銃に張り付いていた。
何があっても、そこから離れなかった。
最後まで、沖縄に向かう意思は捨てていなかった。
……そんなことを知ってはいても、
「……クッ……」
もうこれ以上は耐えれそうになかった。
弾火薬庫の温度上昇の警告ブザーもなり、体すらいろいろと危険な状況にあった。
「……もう、これ以上は……」
そんなことをうめきつつ、左舷の機銃群を見たときだった。
「ッ……!」
それは、一言でたとえれば〝地獄絵図〟だった。
甲板は元の木製の色はなく、どこもかしこも赤い血で塗られていた。
そして、その上は人体が所狭しとあった。
いや、人体だったものはまだ良い。
ほとんどは、言葉に表せないけど〝元〟人体のものばかりだった。
確かに、今まで戦場でいろんな仲間や、人間が死ぬのは見てきた。
……でも、これはいろいろとひどすぎだった。
「……わ、私のせいでみんなが……」
自分では、ある意味ではそれは間違っているとわかっていてもそう心の中で思ってしまった。
今の時代、もう私みたいな戦艦は意味を成さないことはわかっていた。
それは、ほかの艦のみんなからも聞いていた。
もう、私が生まれた時点で戦艦は時代遅れだった。
でも、それでも私はこの大役を任された。
だから、時代遅れでもみんなのために、母国である日本のためにと思った結果がこれ。
……空からの攻撃に、かなうはずもないのに。
そんなときだった。
「……クソッ! 誰か! 弾薬をくれ! 誰かいないか!」
近くの機銃から声がした。
そこには、必至に右肩を抑えつつ、下の甲板のほうに向けて必至に叫んでる兵士がいた。
「……ッ! おい! お前! その持ってる弾薬をくれ!」
甲板で弾薬を運んでいた若い兵士だった。
しかし、彼も彼で全身血みどろ。頭からも出血していた。
それでも、彼は必死に弾薬を運んできた。
……といっても、一弾倉しかなかったけど。
「おい! これだけしかないのか!?」
「もうこれ以上はないんです……。そもそも、弾薬庫がもう高温で出入りできません! これでは危険です!」
「クソ……ッ! ……よし、わかった。お前はもう降りるんだ」
「ッ!?」
「……何をしている。速く降りろといったんだ」
「……で、ですが、まだ敵がいます。私も……」
「バカかてめえは? この空を見ろ」
そういって彼が向いた先には、また新たな米軍機の編隊が迫っていた。
艦爆。艦攻。機銃掃射用の戦闘機部隊。
……より取り見取りだった。
それが、灰色の雲の中から湧き出てくるように迫ってきていた。
「これを全部落とせるわけがねえ……、もうこれ以上は無理なんだ!」
「で、ですが諦めるわけには……ッ!」
「精神論だけでここ突破できるなら武装する必要はねえんだよ!」
そういって彼はその若い兵士の胸倉をつかんだ。
若い兵士はいきなりのことで少し怯えながら彼を見ていた。
「……お前はこれを全部落とせるのか? ……できるわけねえだろ」
「……」
「……確かに、俺達も、そして、誰でもない戦艦大和も、精一杯戦った。……だが、それでも無理だ。これ以上は迎撃できない」
「……で、ですが……」
「俺たちのことはいい。……お前は生きろ。総員退艦命令もでてる。みんなに合流するんだ」
「……」
若い兵士はそれでも、決断をしかねていた。
みんなとまだ、戦いたかったんだろうと思う。
……そこに、
「……新澤……」
「ッ! おい、お前起きるなっていっただろ! まだ傷が……」
新澤という名前を口にした彼は、機銃のすぐそばにあるもたれていた壁から起き上がって出てきた。
しかし、彼も彼で出血がひどかった。
口から吐血もしていた。
……それでも、彼は口にした。
「……お前は、今後の日本の原動力となれ……。ここで死ぬべきじゃない」
「……で、ですがそれでは……」
「わかってる。……俺達はもう無理だ。ここで助かっても、どの道死ぬ。……だが、お前はまだ傷が浅い。ここで脱出すれば生き残れるぞ」
「……」
「……早くしろ……」
「……で、でも」
「つべこべいうな! 早く脱出しろといってるんだ!」
苦しむ中彼は思いっきり叫んだ。
その瞬間、彼は思わず吐血してしまった。
「ッ! おい!」
「グッ……、あ、新澤……」
「……」
うつむいていた。
そして、その目は涙が浮かんでいた。
……でも、少し考え、そして、彼は決断したらしい。
「……未熟な自分を、お許しください」
そういって、彼は2人に向けて敬礼した。
それに、2人も敬礼で返した。
……そのとき、
「ッ!?」
「グア……ッ!?」
近くで爆発が起こった。
爆発の規模からして、ロケット弾だと思う。
「……時間がない。新澤」
「……はい」
「……良い嫁さん持てよ。そして、この戦争のことをしっかり後に伝えてやってくれ。二度と起きないようにな」
「……必ず」
「おう。……、行け」
その一言に押されるように、彼は涙を流しながらその場から思いっきり甲板に飛んで落ちていった。
そしてそこに足から降りてその場に倒れたが、一瞬置いてまた立ち上がって、海に向かって飛び込んでいった。
「……」
私はそれを黙ってみているしかなかった。
彼らは生きるために必死になっていた。
……でも、私はそれを奪おうとしていた。
そんな自分が、無力でしょうがなかった。
「……傷、もう良いのか?」
「大丈夫だ……、まだいける」
「そうか。……良い嫁さん持つだろうぜ、あいつ。あの性格だしな」
「ああ……。その点、お前は最後まで嫁もてなかったな」
「へへ……。……ん?」
そのとき、彼は上を見た。
……というか、
偶然だろうけど、私を見ていた。
「……、え?」
思わず私も声を出してしまった。
隣にいたもう一人の彼も、私のほうを向いた。
……え?
「……私が……、見える?」
……そんなはずない。私が見える人間なんてこの世には……。
でも、彼等の視線の先を見ても何もない。あるとしたら灰色の雲だけ。
……どう考えても、私を見ている。
「……へッ、おもしれえじゃねえか……。大和魂の見せ所だ……」
そういって、彼は機銃の銃座に座った。
そして、もう一人のほうも、弾倉を装填して取れないように押さえていた。
「……ま、まさか……」
私は、その後の行動を察知した。
……この後やることといったら、これしかなかった。
「……や、やめ……」
しかし、その前に彼らは行動に出た。
「……いぃけええ!!」
銃座にまたがった彼が引き金を引いた。
そして、銃口からどんどんと弾が放たれていった。
その先は、今まさにこっちに向かってきている戦闘機。
ロケット弾を装備していた。
それは、機銃をもろともせず、そのまま私に向けて突っ込んでいった。
「あぁたあれえええええええええええ!!!!」
もう私は持たない。
これ以上、私は耐えることができない。
速く脱出しなければ、そのまま私は彼らを巻き込んで沈む。
……それでも、彼らは逃げようとしなかった。
同時に、私は確信した。
彼らに、私は見えている。
私の声が、届くことを確信していた。
「……に……、」
そして、
「にげてぇぇぇえええ!!!」
私は、痛む体を引きずりつつ精一杯の力をこめて叫んだ。
彼らに届いたはず。届いたはずだった。
……しかし、
それと、弾薬が切れるのと、彼らが力尽きるのと、そして、戦闘機がロケット弾を撃つタイミングが、偶然にも同じだった。
「なぁッ!?」
「ッ……!」
「……!」
ロケット弾が近くに弾着した。
その戦闘機は悠々とその上を飛んでいった。
彼らは向かっていた戦闘機を撃ち落すことができなかった。
しかし、彼らはそのまま互いに寄り添いつつ腕を上に突き上げた。
「……大好きだぜ……戦艦大和……。すまねぇ……、お前を、沖縄までつれて……いけなかった……」
「……」
「……だが……最後にお前と戦えてよかったぜ……。へッ……、ありがとよ……」
「……今まで……、ありがとな……、会えるなら……靖国で……、あおう……ぜ……ッ!」
その瞬間、彼等の腕は2本とも、まるでマリオネットの糸が切れた人形のように、力なく崩れ落ちていった。
そして、彼らが二度と声を発し、動くことはなかった。
「……あ……、ああ……ッ!」
「うわぁぁぁぁあああああ!!!」
私はその場で泣き叫んだ。
最後の最後まで、彼らは私のために戦ってくれた。
だけど、私はそれに答えることが出来なかった。
……最後まで、私を頼ってくれたのに……。
しかし、
「ガァッ……! クッ……」
その時間すら、運命は私に与えてくれなかった。
14時10分。
攻撃機から放たれた魚雷が、私の右舷後部に命中した。
それが私に対する止めとなった。
そこから、私は左舷側にどんどんと転覆していった。
20度。30度。50度。
もう復元のしようがなかった。
そして、14時23分。
北緯30度43分17秒 東経128度04分00秒
私は、その身を転覆させ、沈没した。
最後の最後、私に乗っていた乗員が言うには、まだスクリューは動いていたらしい。
でも、私はそれを感じることさえ出来ないほど朽ち果てていた。
最後の最後、私は海面のほうを見た。
「……ッ!」
そこで見たのは、同じく海中に引きづられていく将兵の姿だった。
私の沈没時に巻きも荒れたんだと思う。
もうすでに死んでいる者。まだ生きているもの。死にかけているもの。
様々な人が、私とともに海中に沈もうとしていた。
「(み、みんな……、ごめん……ッ!)」
私は心の中でそう思った。
しかし、もちろん彼らにそれが伝わるはずもない。
でも、ならせめて何かしてやりたかった。
彼らに、せめて海の上に出て生きてもらいたかった。
罪滅ぼしになるかはわからない。でも、それでも、何かしてやりたかった。
……そして、それで私が思いついた方法が……。
「(……ッ! 弾薬庫を爆発させればもしかしたら……!)」
こんな、とんでもない方法だった。
確かに、これなら彼らを思いっきり海面に押し上げることが出来る。
方法としては一番だった。
でも、それだと爆発時の破片でせっかく海面に彼らを傷つけかねないどころか、そもそも元から海面にいる彼らまで傷つけかねなかった。
それでは、はっきり言って本末転倒も良いところだった。
それに、そんなことをしたら私だって持つはずもない。
でも、それでも私は決断した。
これしかない。
これで、少しでも多くの人が助かるなら本望だった。
最後の最後、私は届かないとわかってはいつつも、彼らに向けて強く願った。
「(お願い、お願いだから皆……、私の分まで……ッ!)」
「(精一杯強く生きて!!!)」
その瞬間、私は弾薬庫を爆発させて、誘爆で彼らを海面から押し上げた。
最後の最後、意識が途切れる一瞬で見た限りでは、多くの人たちが爆風に押し上げられて海面からどんどんと飛び出していくのが見えた。
「(……どうか……、皆生きて日本に帰って……)」
そう心のどこかで思いながら、私の意識は途切れた。
その爆発時の煙はすごいものらしくて、なんと遠く離れた鹿児島県からでも見えるほどだった〝らしい〟。
結果的には、その爆発は多くの人を助けたには助けたけど、それと同時に多くの人を殺傷してしまった。
これが良かったのか悪かったのか、私にはわからなかった。
どう思うかは人間の人たちが判断してくれる。
私は、それに任せることにした。
……え? なんで回想みたいに話してるのかって?
……いや、だって……、ねぇ?
「……ん……。……、? あれ?」
私がまた目を覚ましたとき、最初に目に映ったのは空だった。
青い空。そして、少しの雲がある。
あと、ほんの少し肌寒かった。
「……、?」
私は上半身を起き上がらせて、周りを見渡した。
見慣れない光景だった。
地形自体は見たことある。なんとなくだけど、たぶん呉。
でも、なんか違った。
なんとなく、私が記憶している呉より少し未来っぽい雰囲気だった。
……いや、そもそもこの周りの機械とかそこらへんからしてもう私の知ってるような呉じゃないし。
……そして、一番の疑問が、
「……というかなにこれ?」
この私の乗ってる艦だった。
灰色の船体。そして、上にはなにやらアンテナ。
そこに、いろいろと機器っぽのがわんさか乗ってる。
さらにその下では、
「……人?」
どうやらここは艦橋の上のスペースらしくて、そこから下の甲板ではなにやらいろいろと作業をしていた。
あの時はわからなかったけど、どうやらバースに接続してるロープが固定されてるかチェックしてたらしい。
……それと同時に、
「……なに? この人の集まりよう……」
岸壁のほうを見ると、なにやら人が集まっていた。
たくさんいる。しかも、その一部はなにやら紅白幕で囲まれてるスペースがあり、お偉いさんらしい人たちが座っていた。
「……なにこれ?」
そのときの私はわけがわからなかった。
そもそも、そのとき私は一体どういう状況だったのかすらよくわからなかったしね。
『……それでは、』
「?」
すると、アナウンスが聞こえた。
男性の声。なにやらスピーカーらしいところから声が聞こえた。
『……ただいまより、』
『2016年度計画巡洋艦、第2456号艦の命名式、及び、進水式を、挙行いたします』
「……、へ?」
思わず変な声が出てしまった。
……進水式? 命名式?
……え? こんな大それた感じで?
ていうか、2016年?
というかちょっと待って? それどゆこと?
「……ッ! まさか……」
私はもう一度辺りを見回した。
前甲板。なにやら2門の小さな砲と、あとなにか四角いマスみたいなのが大量にある。
相変わらず甲板では作業をする人たちがいた。
「……う、うそでしょ?」
『……それでは、新海和人国防大臣殿より、本艦の命名が行なわれます』
ここまできてやっと、私は大体のことを悟った。
……今まで全然気づきすらしなかった私もアレだけど、
ま、まさか、これって……、
そんな私の意志など関係なく、紅白幕で覆われたスペースでは、お偉いさんらしいスーツ姿の人たちが直立不動で並ぶ中、そこから一人、マイクの前に軽く一礼してやってきた。
結構若い人だった印象がある。
その人が、目の前にある四角いトレイみたいなのを見つつ、マイクに向けて宣言した。
『……本艦を、』
『〝やまと〟と、命名する。2018年5月22日。国防大臣、新海和人』
とたんに、ファンファーレが鳴り響き、岸壁から拍手喝采がとどろいた。
やまと。
そして、2018年。
この言葉を、私は聞き逃さなかった。
この言葉が示す意味を、私は理解するのに少し時間が掛かった。
「……え、」
そして、
「ええええーーーー生き返ったあああーーーー!!????」
私は思わず叫んでしまった。
もちろん、そんなのに振り返る人なんているはずもない。
そう。私はまた生まれた。
未来に、あ、いや、現代に、また軍艦として生まれ変わった。
日本の科学技術の結晶の最新鋭艦である、
日本国防海軍大型イージスミサイル巡洋艦『DCG-190〝やまと〟』として…………
 




