嵌められた艦隊
―AM08:50 沖縄那覇市より北北西150海里地点 遼寧機動艦隊旗艦『遼寧』FIC―
「は、派遣艦隊が壊滅……だと……ッ!?」
私は報告、そしてディスプレイ上に表示されたデータを見て呆然とした。
あっけないにもほどがあった。確かにいくらか旧式は混じっていたとはいえ、これほどまでにあっという間に追い返されるとは思ってもいなかった。
6割、いや、7割くらいが撃沈ないし少なくとも大破し、もはや航行すらままならない。
対して、先制攻撃をしたこともあって日本側の損害はゼロ。
中には数発、とんでもない速度を発揮するミサイルもあった。艦対艦ミサイルであんなのは初めてみた。
残存艦は急いで我が方に引き返しつつある。
そして、日本艦隊は速度をこれっぽっちも落とさず、むしろ少し増速している。
時間を稼ぐどころか、むしろ好機とばかりに時間を早めさせてしまう結果となった。
おそらく、私の顔は真っ青となっていることだろう。
周りから見たら、血の気がこれっぽっちも感じられないに違いない。
私だけではない。
ここにいる者、全員がそんな感じの顔であった。
圧倒的過ぎた。いくらなんでも圧倒的過ぎたのだ。
だが、現実だった。これは、紛れもない現実だったのだ。
「し、司令ッ! このままでは、予定より早く日本艦隊が!」
「今すぐ我が艦隊も迎撃に!」
周りの部下も口々にそういった。
……だが、
「……できるならそうしている……」
今わが艦隊はそれでなくても艦隊速度精一杯だ。
旧式艦だって含まれている。そっちは速度がすこぶる遅い。
それらを置いていくわけにもいくまい。野ざらしにしたら何されるかわからん。
かといってそれらを艦隊に入れたら速度を合わせざるを得ない。
それで出している今の速度が限界だ。
これ以上上げるわけにもいかない。
「……敵艦隊の情報を」
「はっ。現在敵艦隊は本艦隊より北西145海里の地点。まもなく、本艦隊の攻撃圏内に入ります」
「損害は……、ないんだな?」
「……はい。敵艦隊は無傷です」
「ふむ……。本土からの航空支援は?」
「まず先遣として、戦闘機部隊を多数送ると返信が来ました。その中には、本艦の補充分も少数ながら含まれていると。まずは艦隊防空に勤めるとのことです」
「そうか……」
本艦の補充分を送ってくれたか。少数なのはまあおそらく全部を一気に用意できなかったということか。
まあ、それでもないよりはマシだ。
……あと、艦隊防空をしてくれるのはありがたいことには違いないんだが、さっさと対艦攻撃部隊を送ってくれと……。
まずは戦闘機ととか、それを先に送ったりしないといけないほど戦力的に切羽詰ってるのか?
まあ、防空をしてくれるだけありがたいか……。
「その戦闘機隊は後何分で到着する?」
「あと10分ほどもあれば本艦隊上空に到着します」
「そうか、わかった。……では、その戦闘機部隊に対して通信。本艦隊の護衛を……」
要請しろ、と、
自らの口を動かそうとしたときであった。
「ッ! チ、沖縄本島警戒部隊よりデータリンク受信! 沖縄本島東方から大艦隊探知!」
「な、なんだとッ!?」
自らの耳を疑った。
沖縄の東方……、しまったッ! あそこは衛星がやられた関係で監視の目が薄くなって……。
そうか……、そういうことか。
私はその瞬間、この今までの流れのすべての真意を悟った。
「(今までの、そう、あの北にいる艦隊と護衛戦闘機はすべて囮……、衛星がやられ監視網が薄くなる、そして北からの“あたかも主力といわんばかりの編制”で組んだ艦隊を送り、そっちにひきつける……)」
そうなれば、我々の沖縄本島自体の防備は薄くなる。
南からこられても、今すぐ対応するなんてことは不可能だ。
ましてや、本艦の空母艦載機は消耗し、本土からの補充を待っている状態。
だが、その補充分が少ないうえ、本土から来たのは防空担当の戦闘機だけ……。
……なんてこった……、奴ら、すべてこれを狙っていたのか?
最初の北方での空中戦でも、異常なまでに本艦の艦載機を狙っていたのも、すべてはこれのため……?
「敵艦隊はッ!?」
「報告によれば、今北方にいる艦隊より大艦隊とのことです。中には、第7艦隊の空母も……」
「第7艦隊の……? と、ということは、あのロナルド・レーガンか……?」
第7艦隊唯一の正規空母であるロナルド・レーガン……。
あれまででている……? ということは……、
「(……米軍も本格的に参戦する……ッ!?)」
確かに、北方の艦隊にもアメリカの艦があったらしいが、詳しい報告はなかった。
それをする担当艦が沈んだのだ。
ほかの艦からの報告も、中々安定しなかった。相当混乱していたに違いない。
ゆえに、私は軽めの援護程度で付いたのだろうと考えたが、どうもそれはとんでもない過小評価だったようだ。
アメリカが本気を出した。
世界最強の第7艦隊が、総出でやってきたのだ。
「ま、マズイ! 今すぐ艦隊を反転ッ! 東方からの艦隊を迎え撃つ!」
「し、しかし今からではとても間に合いません! 報告では、すでに艦隊からは陸上戦力輸送部隊と思われる各種輸送ヘリが飛び立ち、目標地点に向かいつつあると……」
「迎撃には向かっていないのか!?」
「沖縄にある空軍基地は全滅しました。迎撃に上げれるものなんて今は……」
「ッ……! な、なんだと……ッ!?」
そのための空軍基地破壊なのか?
……いや、単に防空網の破壊という狙いのためだろう。一番厄介なのはこれなのだ。
だが、その結果上陸を仕替えてくる敵を迎え撃つことも……。
「い、今どこにいる!?」
「沖縄那覇市より南西50海里地点……、上陸部隊を展開させるまでを考えると、少なめに見積もっても後1時間もありません!」
「なッ!?」
あ、あと1時間だと!?
バカな、それではあまりにも時間がない。
「ど、どうすれば……、今からでは、とても間に合いません!」
「そんなことはわかっている! とにかく、今向かっている戦闘機部隊を向かわせろ! 上陸する輸送ヘリを攻撃し……」
しかし、そのときであった。
「れ、レーダーに反応!」
「なにっ!? ど、どこからだ!? 例の味方の戦闘機部隊か!?」
「いえ……、これは……」
「日本の……、F-2戦闘機ですッ!」
私がその言葉が意味することを理解するのに、さほど時間はかからなかった…………




