〔F:Mission 9〕BLS-40海域⇒水面下の反撃
―AM08:30 奄美大島より北西100海里地点深度120m SSそうりゅう司令室―
「……上はもう始まったようだな?」
私はソナー員の澤口君に聞いた。
あの突然の開戦から早5日。
ついに、我々は反撃の狼煙を上げることができる。
たった5日であっても、たかが5日であっても、私にとっては“もう”5日なのである。
それだけ、長く感じられる5日であった。
だが、ここからは私たちのお返しの時間とさせていただこう。
最近いろいろと鬱憤がたまってるんだ。よりにもよってうちの息子娘が一々スパイにぶちのめされるわ、その後になんか不審に侵入した潜水艦追い返そうとしたら逆にピンチになるわ、挙句の果てには海域脱出しようとしただけなのになんか数の有利的なアレで2隻の通常動力型潜水艦から追い回されるわ……。
……この借りは高いからな? 覚悟しとけ中国め。
「はい。対艦攻撃を始めました。今中国艦隊は大慌てでしょう」
澤口君が答えた。
水上艦隊は今敵艦隊を相手にしているころだ。
今我々がいるのはその戦闘海域より少し南西諸島寄り。そこは例のBLS-40海域ラインにあたり、そこは敵潜水艦の監視網が置かれている。
この進攻開始とともに、我々もこれを突破する任を受けていた。
本艦だけではない。
このそうりゅうだけでなく、ほかにもBLS-40海域ラインに満遍なくそうりゅう型が6隻ほど配備されており、後方にさらにおやしお型を5隻配備している。
潜水艦戦力は微妙だが、その単艦での戦闘能力を舐めてもらっては困るな。
一体日本がなぜこんなに対潜能力・潜水艦能力に気を使っていると思っている。
……第二次大戦時に痛い目にあってるからだよ。貴様らには分からんだろうがな。
とにかく、海の上では始まったらしい。
では、そろそろ時間でもあるし、海の下でも始めようか。
「現在捕捉している敵潜の情報は?」
「前方8200に敵潜1確認。音紋は遠征66号に合致。今微速で航行しています」
遠征66号……、例の改キロ級潜水艦か。
ロシアのディーゼル潜。だが、もちろん侮っていいものではないな。
遠征66号だからやっぱり東海艦隊か。まあ、当たり前だな。
「……時間だな」
では、始めようか。
我々の、水面下での反撃の時間だ。
倍返しでは生ぬるい。もうプライスレス……、いや、それはやめておこう。100倍で勘弁してやる。
今 の 私 は 少 々 機 嫌 が 悪 い の だ 。
主 に お 前 ら の せ い だ が な 。
「今 度 こ そ 先制を仕掛ける。総員配置につけ。魚雷戦用意。1番、2番に18式装填」
今まで先制されっぱなしだったからな。今回ばかりは我々が主導権を握らせてもらう。
「了解。魚雷戦用意」
「1番、2番に18式装填。音響ですね?」
「そうだ。18式には前方の遠征66号の音紋を入力。ばれないうちにやるぞ」
敵はまだ気づいていない。そのままの状態で航行しているのが何よりの証拠。
水面上ではいろいろドンパチやっているっていうのに、なんとものんきなものだ……。
始まる前の状態から何にも変わってないあたり、向こうは状況を知らないのか?
こっちは特定方向に対してだけ水上艦から特定の音波発信してもらっているから、その音波の種類で状況をある程度は察することは出来るが、向こうはそれはしていないのか?
……いや、いずれにしろ、今の私たちにはどうでもいいことだな。
「魚雷発射管、1番、2番18式装填完了。目標諸元入力完了」
「発射管制オールグリーン」
「艦長、いつでもいけます」
副長からも一押ししてくれた。
すべての準備は完了だ。
では、借金返済の時間と行こう。
ちょうど私のストレスという貯金も結構たまっているのだ。しっかり君達に返済させていただく。
安心してくれ。ちゃんと利子も用意している。
……まあ、それをうまく受け止めれたそのとき、それは、
君達の死を意味するがな。
「1番、2番発射!」
「1番、2番、目標補足、発射!」
前部の発射管2門から18式魚雷が勢いよく放たれた。
2本の魚雷は前もって指定された目標である遠征66号に向かって一直線に航行。
狙いは正確であった。
「……ッ! 敵潜、動きです。機関音拡大。同時に速度も上がっています」
「接近しているのか?」
「いえ、面舵回頭です。急速回頭。魚雷回避を行なっています」
攻撃より回避を優先したか。まあ、当然だな。
我々もこれを黙って傍観するわけにも行かない。とりあえず……、
「念のためだ。回避された時用に、3番、4番に18式、及び5番、6番に音響発信デコイ装填」
「了解。3番、4番に18式魚雷、5番、5番に音響発信デコイ装填」
念には念をである。
敵潜は必死に回頭していた。ディスプレイ上からでもそれはよくわかった。
急速な面舵回頭。増速も最大限されていた。
……相当必死なのが分かる。
「……ッ! 敵潜、デコイ発射。数2」
デコイが放たれた。
2本。この18式の分だろう。
そのデコイは18式の元に向かった。
この18式は、いつぞやの敵魚雷みたいに勝手に避けたりする芸当は出来ない。
……だが、その代わり、
「……、デコイ通過。かいくぐりました」
そのデコイにだまされにくいほどの判別能力は持っている。
例のあの魚雷は自ら避ける“行動派”なら、こっちの18式はどれが本物かを事前に判断する“頭脳派”だ。
……行動派と頭脳派か。ある意味、中国と日本、性格を見事に表しているな。
「敵潜、回頭間に合いません。弾着まで10秒」
もう敵潜と魚雷の位置は近い。
デコイも間に合わない。
もう完全に回避することは不可能であった。
「ッ! 敵潜、反応薄くなります。バブルが放たれた模様です」
「反射が鈍くなったか?」
バブルとは、つまり船外に高圧空気のバブルを放出し、スクリュー音を周りに伝わりにくくするためのもの。ずっと前に説明したとおりだ。
これなら18式をかいくぐれると思ったか。だが……、
「(……その対策がされていないほど我々は遅れていないのでな……)」
今時の魚雷など、日本に限らずどの国もそんな感じの妨害行為の対策がされているものなのだがな。
そして、案の定それは物ともしなかった。
「……ッ! 魚雷、敵潜に弾着。2本」
「よし……、何とかしとめたぞ」
そういって私は帽子を少し脱いで、額の汗をぬぐった。
周りも小さく喜びの声を揚げた。
隣にいた副長もホッと胸をなでおろしていた。
帽子をかぶりなおすと、また澤口君に聞く。
2本も当たったんだ。そしてこの深度。
……耐えられるわけがあるまい。
「敵潜の状況は?」
「艦体亀裂音、及び破裂音多数。徐々に沈降していきます」
「沈降か……、もう、二度と浮かんでくることはないだろうな」
あっけないものだ。
これが潜水艦同士の戦闘とはいえ、こうもあっけなくやられるものなのか。
……まあ、今まで私が基本敵から攻撃されても逃げ一択状態だったからなのかもしれんが……。
「……艦体、圧壊音……。敵潜、反応消えました」
同時に、ディスプレイ上からも消えた。
一気に静まる海域。
そして、この場。
……さっきまであわただしかったというのに、何度も思うがほんとに時にあっけなく終わるものだ。
「……何とか沈めたな。よし、深度50まで浮上。本土と通信し、状況を確認するとともに作戦行動の指示を受ける。……上げ舵5、深度50。対潜警戒を厳に」
「了解。上げ舵5、深度10。対潜警戒」
私たちはそのままの針路で海面ギリギリまで浮上。
そこから通信ブイを深度数mのところまで上げて、VLF通信ですばやく通信した。
「通信VLFブイ展開完了。準備オーケーです」
「よし。暗号化はすんだな?」
「大丈夫です。いつでも」
「うむ。では、司令部に通信だ。発、潜水艦そうりゅう。宛、国防海軍潜水艦隊司令部」
「サメは沈んだ」
ここで言うサメとは、中国潜水艦のことだ。
敵潜の撃沈を意味する。
司令部からの返信もすぐに来る。
「司令部から返信。……了解。所定の行動に戻れ。以上」
所定の行動か。つまり、作戦通りにやれということだな。
よし、ではさっさと移るか。
「了解した。通信ブイしまえ。同時に下げ舵5、深度150まで潜行し、作戦通りの行動に移る」
「了解。潜航開始。下げ舵5、深度150」
艦は徐々に潜行を開始した。
海面近くにあった艦も、どんどんとその身を深海に沈めていく。
「……とりあえず、最初の壁は突破しましたな……」
「ああ……。だが、油断してはならん。むしろ、ここからが本番だ」
「心得ております」
ここから先はいつ何が起こるかわからない。
本番はここからなのだ。
対潜警戒は常に厳。即座に対応できる状態は整えておく。
「(さて……、後はいつきてもいいように心の準備を……)」
……と、そのときだった。
“……ふぇ~、緊張した~ぁ……”
「……は?」
今何かの声がした。それも、少し大きめ。
女の声。というか、これどっかで聞いたことが……、
「……今誰か大きな声だしたか?」
周りの乗員に聞いた。
もしここにいたものなら、あんまり大きな声は出さないよう注意するつもりだったが……。
「いえ……、自分は言ってませんよ?」
「だが、確かに聞こえたよな?」
「ああ。……今の誰だ?」
周りの乗員にも聞こえていたようだった。
それゆえに少しざわつく。
私はそれをすぐに制止した。
「ああ、しゃべってないならいいんだ。警戒を続けてくれ」
私の声のとおり、すぐにざわつくのをやめて警戒に戻った。
まあ、なんかの周りの音かなんかを聞き間違えたんだろう。
脳内補正でしゃべっているように違いない。
……にしては結構はっきり聞こえたがな。
……でもそれでもなあ……、あの声……、
「……前にどっかで聞いた気がしたのだがなぁ……」
もちろん、そのときの私はそんなことを深く気にしてる余裕はなかった…………




