〔E:Mission 5〕台湾南部中台制空戦
―8月13日(水) TST:AM12:53 台南市沿岸上空7,000ft
南京軍区第14航空師団第41航空連隊第3制空戦闘機隊『閃龍隊』―
《隊長、後方に1機です。回避を》
2番機からの報告に、私『燕炎彬』中佐はレーダーを瞬時に確認する。
Su-35のコックピットは完全なグラスコックピットであり、目の前はモニターばかりである。
そのうちの一つを見ると、後方からせまる1機の敵性戦闘機。
……F-16C。台湾の主力戦闘機か。
汎用性に優れる。台湾では制空担当として使われるが……、
……なるほど。相手としては申し分ない。
「(……機動性ならこっちが上だ。なら……)」
私はすぐに右旋回で反転。同時に、下に急降下を開始する。
敵は付いてきた。しかし、すぐにミサイルを撃たないあたり、もうすでに切れていると思われる。
……ミサイルがなくなってもなお引き下がるとは、向こうも必死だ。
だが、引き際を考えなければ今度は自分の命を落とす羽目になることを教えねばならないらしい。
「……さあ、ついてこれるか?」
今度急降下をやめ、逆の左旋回をしつつ急上昇を開始。
相当なGがかかるが、それでも私は耐える。
これくらいなら今までの訓練や戦闘で何度となく受けてきた。
敵も引き下がる。とっさに喰い付いて来た。
……中々やるな。だが、
「なら、これならどうだ?」
今度は機動を少し緩めた代わりにエンジンスロットルを前に倒す。
エンジンの甲高い音を発するのを聞きながら、後ろからの威圧に押される。
機体が増速を開始。HMDに表示されている速度計のメーターがどんどんと下に流れていき、数値もどんどんと上昇した。
出力はすぐにA/B寸前にまで上がった。
少しして、今度はさらに押してA/B飛行に移行する。
ピーンという電子音とともに、エンジン排気口からは赤みがかったピンク色の火炎が噴出し、さらに一気に速度が上がっていく。
若干上昇しつつ、そこそこ急激な機動飛行。
敵もやはり付いてきた。おそらく、A/Bをつけたに違いない。
どうしても私を落としたいたしい。
……その気概は認める。だが、
自分の実力を過信するわけではないが、相手を間違えたな。
「ッ!」
私は今度は思いっきりスロットルを引き、出力を絞った。
幾多もの改修のおかげで完全に解決された加減速レスポンスの向上のおかげで、エンジンはすぐに反応した。
さっきまであったGが一気になくなるとともに、今度は慣性の法則で前に押し倒れるような感覚に襲われる。もちろん、ベルトをして座席に固定されているので前に倒れるなんてことはない。
同時に、私は操縦桿をおもいっきり左に倒し、若干引く。
すると、機体は急速に右旋回しつつ元の進路上から少しずれる。
そこを……、
減速仕切れなかった敵のF-16Cが通りすぎた。
すぐ横だった。F-16Cのするどいエンジン音がキャノピーの中にも響く。
「(よし、もらった)」
私はこれを狙っていた。
向こうは速度を上げすぎたことを今さらながら後悔しているにちがいない。
そう。オーバーシュートだ。
「ミサイル、ロック」
すぐにHMDにミサイルマーカーが表示され、すぐに目の前に出てきたF-16Cを捉えた。
最後の短距離ミサイルであるR-73を準備。
全方位を見渡せる赤外線誘導のミサイル。
短距離ミサイルとして使われ、今では我が国軍でも主力だ。
マーカーは敵を捉えた。
敵は回避のために右への急旋回を開始する。
……が、もう遅い。
「閃龍01、FOX2」
操縦桿を握っている右手の親指でミサイルの発射ボタンを押す。
右主翼のパイロンから、最後のR-73ミサイルが放たれる。
ロケットモーターに点火されたR-73は敵機に向かって音速を超えて飛んでいった。
敵はさらに急激な機動を起こす。フレアも放たれた。
しかし、今さらやったところでその追撃を振り切ることは出来なかった。
R-73は敵に命中した。
エンジンからあたった敵は燃料にも引火したようだ。瞬時に大爆発を起こした。
おそらく、脱出もままならなかったに違いない。
「……閃龍01、スプラッシュワン」
《さすがです隊長。もう敵機は大半がやられました。今撤退をしています》
僚機からの報告だ。
レーダーでも見る限りそのとおりで、生き残った敵機は6割しか残っていない。
もう撤退が始まっていた。
北へ逃げている。
《どうします? 追撃しますか?》
また僚機からだ。
敵は撤退している。やろうと思えば追撃も出来ないことはないが……、
「……得策ではない。こっちも弾薬を消費した。ここは退こう」
《了解》
私もミサイルを全部撃ちつくしているのだ。
このまま戦闘をするわけにはいくまい。
「黄竜、指示をくれ。この後の行動は?」
黄竜とは、我が国空軍が運用している早期警戒管制機である『空警2000(KJ-2000)』のことであり、今現在はここ台湾南部の空域の作戦指揮を担当している。
黄竜という名前はいわばコードネームであるが、元ネタは我が国にて大体伝わる黄金(または黄色)に輝く竜のことだ。
四神と呼ばれる中国神話に登場する点の四方をつかさどる霊獣の中心的存在であり、まさにこの管制機との役目にぴったりである。
返答はすぐに来た。
《こちら黄竜、台湾南部に滞空している全機に告ぐ。敵航空部隊の撤退を確認。今変わりの部隊が向かっている。今現在戦闘に参加した部隊は全機帰頭せよ》
向こうも退くつもりのようだ。
いったん撤退して燃料弾薬を整えた後にまた飛んでくることになるだろう。
「閃龍01、了解。……全機、帰頭する」
機体を反転させ、編隊を組みなおしつつ一路基地に向けた。
その道中、
《……隊長。今回もさすがでした。さすが、我が部隊の隊長です》
《ええ。敵は見事に翻弄されていましたね》
「……褒めくさろうが何も出んぞ」
僚機からだった。
今回、何とか敵機を落としたこともあって僚機からもこのような言葉を承る。
この閃龍隊は、我が国内でも屈指の実力を誇る部隊であり、その隊長であることもあるのだろう。
事実、自分で言うのもなんだが、成績は昔からトップを総取りしてもらった。まあ、ほとんどは偶然だろう。
……まあ、悪い気分はしないがな。
《しかし、長・中距離戦での撃墜数を換算しないでドックファイトのみで数えても、今回ので撃墜数は7機目です。エリートからエースへ昇格ですね》
「撃墜数など興味ない。やれといわれたことをするのが私の仕事だ」
《……相変わらずつれないっすね》
《いつものことだろ》
《ハハッ! ま、確かにそうか!》
そんな感じで笑いが起きる。
君達だってそれなりに落としているくせに……。
「……」
ふと、私は下を見た。
下は市街地だった。位置的に台南市と高雄市の境辺りの市街地に当たると思われる。
そこは今頃我が国の陸軍が進軍しているだろうが、所々から煙が上がっていた。
おそらく、市街地の建屋のものであろう。
「……哀れなものだ」
いくらこれが戦争とはいえ、ここまで行くとなんとも哀れなものを感じる。
民間人の避難が完了していることを祈る。しかし、おそらく完全には無理だろう。
……なんとも、哀れなものだ。
「(……どうやっても救えないか。どうにかしたいものだが……)」
誇りある中国軍人として、せめて民間人が虐殺されるようなことはしたくない。
敵国であるが、旧日本の軍は戦時中といえど沈めた敵艦の救助をしたという話を聞いたことがある。
戦時とはいえ、そのような騎士道精神がなければ、戦争は単なる虐殺へと変わり果てる。
私は、それだけは嫌いだった。
軍人として、戦争はしたくないとは言わない。
だが、戦争という名の〝虐殺〟だけはしたくなかった。
それさえなければ、私は母国のためにこの命をかけるつもりである。
「……なにはともあれ、」
「すべては母国のために、この身をかけなければならない……」
決意を胸に、私は基地に帰頭した…………
・燕炎彬(39)
階級:中佐
所属:南京軍区第14航空師団第41航空連隊第3制空戦闘機隊『閃龍隊』
使用機体:Su-35
TACネーム:天閃
出身:上海市上海
中国空軍エリート部隊『閃龍隊』の隊長である。
若いころから成績はトップクラスを総取りし、将来の金の卵と呼ばれていた。
そして、現在そのとおりに成長し、エリート部隊の隊長を務めるにいたる。
愛機であるSu-35の特性である超絶な機動性を大いに生かした格闘機動戦闘はすべての敵を翻弄する。この戦争での撃墜数はドッグファイトだけでも5機以上であり、文句なしのエースに仲間入りしている。
常に冷静な性格で愛想はあまりないが、その分仲間思いの心優しい一面がある。
それのためか、周りに対するカリスマ性は抜群であり、いざとなったときの戦闘時の連携は隊長を筆頭に抜群なものを発揮している。
本人はこの国の空軍軍人であることに大きな誇りを持っているが、最近顕著になってきた民間人の犠牲を伴わない作戦や行為に不審を持ち始めており、せめて自分だけは騎士道的な意思を曲げないでいこうという気持ちをもっている。
・南京軍区第14航空師団第41航空連隊第3制空戦闘機隊『閃龍隊』
中国空軍内でもトップクラスの実力を集めたエリート集団であり、隊長の燕炎彬少佐を初めとするその部隊員の能力は飛びうけている。
個人での戦闘はもちろん、燕少佐を中心とした連携攻撃も完璧にこなし、台湾制空の任務についてからというもの、様々な場面でその実力を遺憾なく発揮している。




