〔F:Mission 3〕水中の撤退戦
―AM11:35 沖永良部島北北西185海里 深度200m SSそうりゅう司令室―
「クソッ!」
「なんで我々ばっかりこんな目にあわにゃならねんだッ!?」
このとき、我々は追い詰められていた。
司令部からの突然の撤退命令。
東シナ海にへばりついていた我々は大いに驚いたが、それでも司令部からの命令なので素直に従うことにした。
しかし、ただで撤退する気はない。
ギリギリまでその海域にへばりつき、敵艦隊の詳細を記録することにした。
敵艦隊の音紋は前々からとっていた。水上艦、潜水艦ともに。
それを取ったと同時に、一瞬浮上してそれの内容を報告すると、すぐに潜航してさっさと逃げる。
……が、
いくらなんでも急いでいたのがまずかったらしい。
それによる騒音をとられた。後ろから追尾する潜水艦を2隻確認した。
音紋からして同じ通常動力型潜水艦。おそらくキロ級と思われる。
キロ級とは本来はロシアで作られた通常動力型潜水艦なのだが、これを中国は購入した。
東海艦隊には2隻配備されてるはずなので、おそらくこれがこっちにきていると思われる。
そこから逃げるため、急激なアップダウンを繰り返し、さらにマスカーを放出しかく乱する。
マスカーを使う手もある。
これは潜水艦に搭載されている気泡発生装置であり、船外に高圧空気の気泡を放出し船体を囲むことにより、それによってスクリューの音などを伝わりににくくするためのものだが、まだ奴らは追ってきていた。
「後方から依然として接近中。もうすぐ魚雷発射体制に入ると思われます!」
澤口の報告だ。
こっちをいやらしく付いてくるのは勘弁願いたい。
なんだって我々ばっかりこんな目にあわねばならないんだ……。
「今敵との距離は?」
「約9200m。どんどんと縮まっています」
「クソッ、ここからどうやってやり過ごせと……」
ここいら辺でやり過ごせそうなところなんてないぞ……。
どうしろと? これをどうやってやり過ごせというんだ……。
「敵潜水艦とていつまでも追撃しているわけには行くまい。あんまり深入りしすぎたらこんどは自分達がやられかねないからな」
敵とて我々がやってることがおとりだという可能性も考慮してるだろう。
そして、誘い込まれてることへの疑心間のことも考えれば、そう長く置く不覚にいくことをためらうはず。
もう少しだ……。自艦隊との距離を考えても、もう少し離れれば……。
「ッ! 敵潜、魚雷発射管注水音。発射体制に移行!」
「も、もうかッ!? 早すぎるッ!」
ああクソッ! もう少しだって言うのに!
「魚雷発射管1番~4番にデコイ装填。本艦の音紋入力。発射後反転させろ」
「了解。1番~4番に音響発信デコイ装填。音紋入力。発射後初期機動設定」
一応デコイも反転させて向かってくる敵魚雷に対応させることは出来る。
しかし、どこまで行くかわからない。こっちの音紋をしっかりとっているはずだ。
まず、全部迎撃は無理だろう。
「敵潜、魚雷発射確認。各艦から2発。キャブノイズ4。計4発、真後ろから接近」
「好都合にもおんなじ数か……。デコイ発射。発射後反転して敵魚雷に向けろ」
「了解。魚雷発射管1番~4番、デコイ発射」
艦首から4発のデコイが音響を発しながら飛び出し、すぐに反転。
本艦の左右を通過して後ろから迫り来る敵魚雷に向かっていく。
「敵魚雷なおも直進。……デコイ、弾着10秒前」
ディスプレイ上で表示される敵魚雷とデコイは見事に相対して向かっていた。
互いに正面衝突のコースだ。
……いける。これならいける。
「6……、5……、スタンバイ………、マークインターセプト」
敵魚雷がデコイと重なる
完全に真正面からの衝突コースだ。どう考えてもあれは……、
「……ッ!?」
だが、
消えたのは、デコイだけだった。
「て、敵魚雷健在!? 依然として本艦に向けて航行中!」
「バカなッ!? デコイは不発だったというのか!?」
だが、あのデコイの迎撃コースは完璧だった。
完全に正面衝突コース。
せめてどれか1発くらいあたるだろ?
なのに、全部外れた?
……だが、
澤口が声を震えさせながらいった。
「いえ、不発ではありません。敵魚雷が……、」
「?」
「……敵魚雷が、“勝手に避けました”……」
「……はあぁ!?」
我ながらとんでもない声を発してしまった。
勝手に避ける魚雷?
んなアホな。そんな魚雷聞いたことないぞ!?
「敵魚雷は音紋を頼りにしていたはずだろう? なぜ避けれる!?」
副長もこの焦るようだ。
どういうことだ? まるで意味がわからない!
「とにかく、敵魚雷の航行過程を見るに、確実にデコイが弾着する寸前に避けたことは確かです! デコイはあくまで音紋発信しながら航行するだけで、追尾機能はありませんので避けられたら……」
「クソッ……!」
まずい。それが本当だとしたら、我々は一体どうやってよければいいんだ?
「距離5300! 4発全部きます!」
「クソッ! ……どうやってよければ……ッ!」
副長も思わず頭を抱えて叫んだ。
しかし、まさにそのとおりだ。
勝手に避けてくる魚雷とか、今からどれだけ迎撃体制作っても意味ないじゃないか。
今さら機関をとめたって意味はない。魚雷の進行方向的に考えても、誘導もとの音紋を元に、“真後ろから”突っ込んできている。
この場で止まっても、そのまま直進してこられれば何れ何発か確実に当たる。
そうりゅうは通常動力型潜水艦だ。原潜見たく大型じゃない。
……そうりゅうはどっちかというと大型のほうだが……。
しかし、どっちにしろ1発あたっただけでも致命傷なのに、4発も喰らったらそれこそ一巻の終わり。
マスカ―を使ってもこのざまだ。
「(バブルだけではだめだ……。どれほど効果があるかわからん……)」
マスカーだけで魚雷を回避できるのならこれほど楽なことはない。
絶対何発か逃す。
……どうすればいい?
敵の攻撃は今のだけだろう。
これ以上の追撃はしないはずだ。
現に、さらなる魚雷攻撃をしてこない。
追撃をしてこない理由はさっき言ったとおりのことが大半だと思う。
「(ほかに何か……。もう魚雷を直接迎撃するしかないじゃないか……)」
だが、あんな魚雷を直接迎え撃つとかどうやって……。
……ん?
「(……まて、今魚雷の航行過程って……)」
ディスプレイをまた見る。
魚雷はしっかり付いてきていた。“真後ろから”。
そして、4発ともに……。
……そうか。
「……まだあったぞ……」
これしかない。
真後ろから来ている今がチャンスだった。
時間がない。すぐに行動に移った。
「魚雷全門に18式魚雷装填! 急げ!」
「ッ!? ぎょ、魚雷ですか!?」
「まさか、今から敵潜を攻撃する気で!?」
周りが驚いたように質問攻めだ。
だが、
「説明は後だ! とにかく装填しろ!」
「は、はい! 魚雷発射管1番~6番に18式魚雷装填」
「続いて、マスカー放出量増大。機関最大」
「了解。マスカー効果範囲上げます」
「機関最大。速力増加」
「マスカー展開範囲増大。ソナー感度若干下がります」
マスカーをさらに放出することによって、本艦のソナー感度もさらに下がった。
気泡が本艦からのソナー波も邪魔してしまうのだ。
「ソナー波出力アップ。とにかく敵魚雷の航行過程をリアルタイムで探れ」
「? 敵魚雷をですか?」
「そうだ。……敵魚雷をつぶす」
そう。18式で敵魚雷4発をすべて迎撃する“賭け”に出たのだ。
もちろん、周りの乗員はすぐに驚いた。
副長がさらに言う。
「て、敵魚雷を迎撃って、確かに18式はATTタイプの魚雷でもあり、ATI機能はありますが、でも敵は勝手に回避するのに撃っても意味が……」
ATTとは、対魚雷用魚雷(Anti Torpedo Torped)のことで、その名のとおり魚雷を迎撃する魚雷のこと。
アメリカでの開発を筆頭に、各国で開発が進めたれているものだ。
本艦に載せられている18式もその一つ、というか、その機能も付いているというところだろう。
そしてそれの機能のを担うのがATIであり、対魚雷迎撃(Anti Torpedo Intercept)機能のことである。
高精密なアクティブ・ソナーを用いて、敵魚雷の音紋を捉えそこに向かって突撃する。
俗に言う対空迎撃ミサイルの水中魚雷版と思ってもらえればいい。
しかし、この場でそれを使っても意味はない。
魚雷自身が避けてしまうのだ。追っても避けられたら迎撃のしようがない。
対空での迎撃ミサイルもそんな感じだ。
だが……、
「……私は一言も〝敵魚雷にぶち当てる〟なんていっていないのだが?」
「……え?」
私は最初っからそんなことを考えてはいない。
ほかの事に使う。といっても、前あったことを少し応用する程度だが。
「前に敵潜を沈めたときを覚えているな?」
「え、ええ……、一応」
「あの時、私はわざと自らはなった魚雷を爆発させて、進路を外側にずらすことによって回避をした。そうだな?」
「は、はい。覚えています」
「……それを少し応用する」
「え?」
副長はまだわからないようだった。
まあ、まだ説明が足りないだけか。
「18式装填完了」
「敵魚雷なおも接近中。距離3000」
準備が整った。
では、すぐにやろう。
「18式全門発射。発射後反転。敵魚雷と相対させ……、」
「敵魚雷を中心に“円形を作って”向かわせろ」
「え、円形!?」
「そうだ。円形だ。できるな?」
「は、はい。……魚雷航行過程入力完了。魚雷発射管1番~6番全門斉射」
魚雷発射管からまた魚雷が放たれる。
今度は6門全門斉射。機動はさっきのデコイと同じだが、本艦を通り過ぎると今度は敵魚雷の航行進路を中心に円形に陣形を組んで突っ込み始めた。
今の魚雷ではこれくらいはなんてことはない。18式はそれくらいお手の物であった。
「どういういつもりですか艦長? あのときみたいにいくとは限りませんが……」
副長が不安をこぼしながら言った。
それに即座に答える。
「あくまで私は“迎撃する”といったはずだぞ? 別に針路を変えるとかそれで済ませるつもりはない」
「ッ!? そ、それでは……」
「ああ。……この場で魚雷をぶち壊す」
「えッ!?」
無茶な発想を我ながらするもんだと思った。
だが、これしかないのだ。かけるしかない。
「今敵魚雷は4発ともに密集してるはずだ。向こうから見れば我々は目標の点しては丸くて小さい。それに合わせるためにより命中コースに乗るために航行する針路を少しずらす。結果、魚雷間での距離がとんでもなく短くなり、4発密集しているはずだ」
「た、確かに……」
ディスプレイにでている敵魚雷も、思いっきり密集していた。
3Dモードにしても、深度、航行位置ともに互いの魚雷のアイコンが重なっているくらいだ。一体どれだけ密集してるんだ。
……まあ、向こうから見れば目標の影が小さいこともあるんだろうが。
「前回は敵の魚雷を外に逃がした。……だが今回は逆だ」
「逆?」
「密集しているということは、互いに少しでもずれれば魚雷同士でぶつかって自爆だ。……それを、〝人工的に〟促す」
「……ッ! あ、まさか!」
一人の乗員が思わず言った。
勘のいい奴だ。おそらく、それはあたりだろう。
「……おそらく、そのまさかだな。だから、わざと敵魚雷の針路を中心に円形に陣形を取ったんだ」
「……ッ! ということは……」
副長も察したか。
……いや、ここまで来ると、ほとんどのやつが察したみたいだな。
互いに顔を見合わせて驚いた顔をしている。
「そうだ」
「周りからの魚雷の自爆で起こる海流の圧力で、魚雷同士をわざとぶつける」
「ッ! で、ですが、そんなことが……」
「だから賭けなのだよ。その証拠に、こうやって転舵指示を出していないだろう?」
「……ッ! そうか、わざと敵魚雷にそのまま直進してもらうために……」
「そういうことだ。……もうすぐだ」
説明の合間にも敵魚雷と我が方の魚雷の相対距離が縮まる。
500をきる。どんどんと近づいていった。
互いに針路は変わらない。
「ポイント10秒前」
10秒をきった。
この場に緊張が走る。
「5……、4……、スタンバイ………、ナウ!」
「今だ! 自爆させろ!」
ディスプレイ上で互いの魚雷が重なった。
そのタイミングで、すぐさま魚雷を自爆させる。
ディスプレイ上で表示されている魚雷6発が、自爆を示す赤い×印に変わって点滅した。
すぐに効果が出た。
「爆発音探知。……ッ! 二次爆発探知。敵魚雷です。敵魚雷接触!」
「よし! やったぞ!」
「後は、自爆したのはどれくらいか……」
4発もあったんだ。全部落とせたとは限らない。
敵魚雷が、今の外側からの爆発の圧力で自爆させられたか……。
「澤口、魚雷のスクリュー音は?」
「待ってください。ノイズがひどくてよく聞こえなくて……」
司令室内に緊張が走る。
もし生き残ってたらもうなすすべはない。
距離がとんでもなく近くなっている。今から回避は出来ない。
……が、
……神よ、
「……ッ!」
どうせなら……、
この幸運をもう少し前の私にくれないかね?
「て、敵魚雷スクリュー音反応なし! 全弾迎撃!」
神様よ。一体なんだってこんな変なところで幸運をくれるんだ。
悪運なのか。それとも幸運なのか。
もう一体どっちなのか。わからなくなってきたぞおい。
「よ、よし! 迎撃成功だ!」
副長が歓喜する。
それを横に、私もすぐさま次の指示を出す。
「ノイズにまぎれるぞ。機関急速停止」
「了解。機関急速停止」
この爆発時のノイズにまぎれる。
向こうとて今の爆発音でソナーの感度が低下してるはずだ。
隠れる、というか、音を消すなら今のうち。
機関の反応は早かった。
すぐに回転数が下がり、音が完全に消えるのにさほど時間はかからなかった。
一気に静まり返る艦内。
ここからは一切音を立ててはいけない。ちょっとの音でも感知される恐れがある。
乗員とのやり取りも、いくらか小声だ。
「澤口、敵潜は?」
「速度変わらず。こっちに向かってきています。魚雷発射体制には移行していません。おそらく、先ほどの爆発時のノイズで我々を見失ったものと」
「よし……。このままさっさと帰ってくれ……」
それは、私だけでなく、この場にいた全員の思いだった。
時間が長く感じる。
それは、数分だったかもしれないし、数十分とたったかもしれない。
……そして、
「……ッ! 敵潜、反転を開始しました。艦隊に戻るようです」
どうやら、諦めて帰っていくようだった。
「よ、よし……。乗り切ったぞ……」
その場に思わず安堵感が生まれた。
あまりの緊張感に固まっていた乗員の肩が一気に落ちるものが続出した。
……まあ、私もその一人なのであるが。
「な、なんとか撒きましたな……」
「ああ……。よし、では敵潜の当海域からの離脱を確認し次第、機関始動。前進最微速でとにかくばれないようにここを離脱する」
「了解」
乗員が再び表に向き直り作業を始める。
先ほどの高い緊張感のせいか、すでに疲労の顔をしているものもいた。
さっきから手で額の汗を拭いたり仰いでいる。
……まあ、かく言う私も似たようなものだ。
さっきまでかぶっていた帽子はもう汗でびしょぬれだった。
さっきまでソナー及びオペレーターをしていた澤口も、その顔は汗びっしょりだった。さっさととって汗を簡単に払う。
同時に、私はディスプレイを見た。
そこには、自艦を中心に、広範囲庭たる、地形、海流、敵味方潜水艦、水上艦の情報が映し出されており、さっきまで我々を追撃していた敵潜はそのまま南西に向かっていた。
艦隊のほうに向かっているのだろう。この方位と進撃航路なら今ごろ南西にいたはずだ。
あくまで我々の撃沈というよりは、艦隊に近づかないよう追っ払っただけかもしれない。
現に、あんまり積極的に沈めようとしてこなかった。
まあ、なにはともあれ助かった。
「……後はさっさと呉に戻らねばな……」
そう思って、汗を払い終えた帽子を再びかぶったときだった。
“……ふぅ~、あっぶなかった~”
「……、え?」
何かかすかに声が聞こえた。
女の人の声? しかし、この場に女なんて……。
まさか、女に聞こえただけ?
「副長、何か言ったかね?」
「え? いえ、別に……」
「そ、そうか……」
「なんです? 疲れて幻聴でも聞きましたか?」
「はは。どうやらそうらしいな」
初めての実戦だ。おそらくそれだろうな。
4年前の朝鮮戦争ですら私は出ていないんだ。こんな実戦を経験したがためにでた幻聴だな。
まったく、これでは大樹みたいではないか。
年のせいか、すぐ疲れてしまうな。
「後でお休みになられてください。せめて安全な海域に移ったらでいいので」
「うむ。そうだな。そうさせてもらおう」
まあ、たぶんあれは気のせいかなんかだろう。
私はあまり深く考えないことにした。
どうせ記憶からもすぐ消えるようなどうでもいいことだしな。
「……とりあえず、」
「さっさと呉に帰らねばな……」
その後、我々は何事もなく航行を再開。改めて、一路呉基地に向かい帰頭した…………




