突然の開戦
―AM9:10 徳之島北西110海里地点 DCGやまと艦橋―
「……もうそろそろ時間か?」
艦橋に上がっていた副長が言った。
それには即行で航海長が答える。
「ええ。中国標準時の話ですよねあれ?」」
「ああ。わざわざ他国の時間に合わせる必要がないし、現にこなかったからな。おそらく、自国のCSTに合わせてくるぞ」
「となると、あと5分もありませんな」
「5分か……」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
今現在時刻午前の9時15分。
朝日がまぶしいです。
西の空が明るく光っています。
普段なら、その朝日はとても気持ちよく感じるものであるはずだった。
しかし、今日ばかりは違った。
起床時間である午前6時になろうというときだった。
いきなり国防省から緊急出撃命令が下る。
その時点では俺達下っ端クルーどころか、艦長ですら理由は聞かされていなかった。
とにかく今すぐ東シナ海に護衛艦とともに向かえと言うものだった。
理由はその道中で知らされた。
俺を含め、その内容に耳を疑わなかったものはいなかった。
「まもなく中国から弾道ミサイルが放たれる」
いきなりのことにあの艦長ですら一瞬思考を停止させられたほどだった。
だが、どうやら事実らしかった。
衛星とのデータリンクで得た画像では、本当に各基地の弾道ミサイルが動き出していることがわかった。
CICに届いた画像を艦橋に提供してもらったが、もうマジモンでした。
あからさまにミサイル上向いてます。ええ、上と言うかこっち見てます。こっちみんな。
もう言葉が出なかった。
あの画像からもうすべてを悟った。
「ああ……、こいつやる気だわ」
もう何かいろいろと諦めた感じになった。いろいろと。
まさか、俺の世代で戦争を体験することになるとはな……。
……で、今俺達は何してるかって言うと、
護衛艦を3隻ほど引き連れて、東シナ海にではっています。
佐世保から全速力で配置に付きました。
ここには本艦やまとのほかに、汎用駆逐艦のあきづきといなづま、そしてふぶきがいます。
『ふぶき』は25DDの『しきなみ型』に少し対空を加えた改良型で、まあさらにいえばあきづき型に対潜能力いっぱい入れたのがこれ。
つまり、『あきづき型(の対空性能)』+『しきなみ型(の対潜性能)』=『ふぶき型』ってこと。
今のところ同型艦はもう1隻『しらゆき』がいて、さらに3番艦の『みゆき』が艤装中。
ふぶきと言ったら旧日本軍の『特I型(吹雪型)駆逐艦』を思い出しますな。
あれは新機軸の装備を大量に取り入れて列強国家をびっくり仰天させたことで有名だけど、これも一応もがみ型で入れられてた新機軸のほかにさらに新型兵装を大量に取り入れてるから、まあある意味名前としてはぴったりかもしれない。
こんな感じのイージス艦1隻に護衛艦3隻の組み合わせの戦隊が何個か作られて、それぞれで東シナ海に展開中です。
「……しかし、緊張するな……、まさかマジの実戦に出くわすとは思わなかったからなぁ」
航海長がつぶやいた。
まったくだ。俺の世代もう平和だろうと思ってたら慢心乙だったよ。
撃ちに来るわけですね。わかります。
「いいか。ここからは訓練ではない。実戦なんだ。いつも以上に気を引き締めろ」
「了解」
副長が威圧かけていった。
こればっかりは威圧かかるのも納得だ。
ここにいるもののほとんどが初の実戦なんだ。5年前の朝鮮戦争に参加したものと言ったら、日本艦隊旗艦だった『いずも』艦長だった織田艦長と、副長が後方支援隊の船務長をしていたってくらいだ。
ほかは若手の者ばっかで、そっちはもちろん俺も含めて実戦経験ないし、中にはベテランいるけど5年前の朝鮮戦争に参加した人なんてほとんどいない。
こういうときこそ経験者は頼りになる。
経験上でも、そして、ここの頼り的にも。
副長がさらに指示を出す。
「新澤少尉、現方位を固定。指示あるまで転舵はするな」
「了解」
ようはそのままの方位で放置しとけってことでしょ。
了解了解。このまま現状維持しときますよ。
「通信、まもなく予定時刻だ。味方艦との所定事項の確認をしろ」
「了解。……こちらBMDT-1旗艦やまと。BMDT-1各艦へ。所定事項を確認する。あきづきは……」
「見張り、味方艦を常に視界に入れておけ。艦隊陣形を……」
艦橋内で大量の指示が飛び交う。
ちなみに、BMDTって言うのは『弾道ミサイル迎撃戦隊(Ballistic Missile Defense Team)』のことで、このうちらみたいなイージス艦1隻に護衛艦3隻で出来る戦隊のことを一応そういってるだけ。
そんで、うちらはその第1戦隊ってこと。
皆、真剣な顔をしていた。
その顔は訓練のときとも違う。
いや、顔、というか、プラス雰囲気、といったところか。
その間、
「……あいつ緊張してるだろうなぁ」
俺はそんなことを考えていた。
あいつってのはまあ大体お察しのとおりやまとのことです。
こいつにとっては〝この艦になってからの〟初の実戦だ。
自分自身での実戦なんて前世の坊ノ岬沖海戦以来で、あれとはまた違う感覚の戦闘となる。
訓練はいっぱいしてきたし、それによる成績も見事なものではあったけど……。
「……大丈夫か? あいつ」
まあ、一応艦と言う名の機械だし、別段人間みたいにヘマ犯したりはしないだろうけど……。
〝……ふぇ~〟
「……なんの声だよそれ」
もはやうめきと言えばいいのかため息と言えばいいのか。
そんな声を誰に向けたわけでもなく言った。
……う~ん、こう見るとやっぱり緊張して……、
〝ど~しよ~……〟
「……へ?」
〝私まだBMD試験してないから当たるかわからないんだけど~……〟
「(そ っ ち か あ あ あ あ あ ! ! !)」
そりゃ確かにBMD試験まだしてないから実際に落としたことありませんけれども。そっちを気にするか。
戦争自体を気にしないのか。
……いやまあ、妥当ではあるが。
〝大丈夫ですって。こんごうさんでも普通に当てれましたから〟
というフォローをするのはあきづきさんか。
もう最近声と艦の組み合わせを覚えてしまったな。これも艦魂が見えるようになったゆえんか。
〝いや、そう入っても経験の差っていうのがあってね……〟
〝いずれにしろ一番頼りになるのは変わりないですよ〟
〝うへ~……、頼りにされると余計に緊張するなぁ~〟
主にそっち方面で緊張するんですねわかります。
〝で、そのための私たちの護衛ですよ。旧式舐めないでくださいよ〟
そこですぐさまあきづきさんがツッコミに走る。……うん、走る。
〝いやいなづま。あなた最近近代化改修させられたでしょ……。なにもらったの?〟
〝新型ソナーと魚雷とFCS-3A〟
〝十分新型化してるじゃん……。対空とかFCS-3Aのおかげで結構上がってるし〟
そう。いなづまさん後付けだけどFCS-3A取り付けてます。
というか、むらさめ型全部に、延命工事も含めて取り付けてるんですけどね。
いわゆる『FRAM』というやつである。
よくそんな予算あったねほんと。まあ、これも最近増えたイージス艦の護衛艦としての能力を持たせるとともに、現代の技術にしっかり適応させるためらしいんですがね。
しかし、皆さん余裕だなぁ……。今から戦争始まるってのに。
いや、いまさらどうこういったって始まらないからある種の開き直りってやつか。
〝ちょっとまった。対空ならこのわた……、コホンッ、ふぶきさんだってね〟
〝いい加減あんた名前呼び諦めなよ。普通に私でいいじゃん〟
〝え~、これのほうが現代の女の子っぽくていいでしょ?〟
〝それ、人によって意見分かれるよ……?〟
これはふぶきさんか。さっき紹介した最新型の汎用駆逐艦な。
どうやらイメチェンに挑戦している模様。
……まあ、一人称が名前呼びだろうが私呼びだろうがどっちでもいいけど。俺的には。
〝皆こんなときに何はなしてるのよ……〟
〝むしろこういうときこそ肩を下ろしてリラックスをですね〟
〝あきづきさんの場合むしろリラックスしすぎと言うか……〟
〝ならここで私がさらなるリラックスを。あ、肩もみましょうか?〟
〝どうやる気なのよ〟
〝わたふぶきさん的にはあんまり硬くなりすぎたらむしろSM-3あたないっておもうな~?〟
〝ち ょ っ と い ろ い ろ キ ャ ラ 混 じ り す ぎ〟
「そのキャラなんかどっかのゲームで見たことあるぞ……?」
どこぞのアイドル育成ゲームででてたキャラの口癖とかそこらへんが入り混じってるな。
……これって平和なのでしょうか。どうなのでしょうか。
まあ、今から起こることは平和とは真逆のことでしょうがね。
「……ま、やまともリラックスしてけ。手順はわかってんだからさ」
〝だからこそ緊張してるんですよ……。あれですよ。今まで脳内トレーニング積んでもいざ本番になったらめっちゃ緊張するライブステージとかそこらへんの……〟
「……あ、ヤバイめっちゃわかる」
高校時代の漫才とか、今まで何度も練習してきたけどいざ舞台に立ったらめっちゃ足ガクブルになったりとかやばかったな~……。
……まあ、
「……でもいざやったらやれるよ。いつもどおりのお前でやればいい」
〝いつもどおりですか……〟
〝そうですよ。新澤さんの言うとおりです。いつもどおりリラックスリラックス〟
〝うーん……。リラックスねぇ……〟
〝そうそう。リラックスリラックス。ほら、いつもみたいに新澤さんと一緒に自然と漫才繰り出すみたいにいつもどおりにですね〟
〝「そ れ は 余 計〟」
まったく、そんな自然と漫才なんて一体どこに……、
……。
「……何度かあるな」
〝心当たりが満載ですね〟
〝ね?〟
今までの経過の中でいろいろと俺がツッコミに回ったことが何度あったことか。
……すると、
「……お、そろそろ9時15分だな」
「お?」
航海長が艦橋に設けられた時計を見て言った。
デジタルの時計の秒が00になり、分の数字が15になったときだった。
それは、突然に起こる。
『……ッ! 目標情報入りました! 吉林省通化基地より、16発のDF-21、山東省莱芺基地より13発のDF-21の発射を確認!』
CICからだった。
ついにそれが放たれた。
……けど、
「……え? 16発に13発?」
俺はその数に驚いた。
えっと……、つまり計29発?
……なにそれ多くね?
一気に打ち上げる弾数にしては多い気がするんですがそれは。
一体そんな数どこに隠してたんだよ。そんなに撃って後々弾道ミサイル足りるのか?
「おいおい……、いくらなんでも一気に打ちすぎじゃないか? こっちはBMDT5個しかないんだぞ……?」
副長が言った。
そう。今この海域にはイージス艦を旗艦としたうちらみたいな部隊が俺達を含めて5個しかありません。
というのも……、
「……こんなときに限ってほかは太平洋にいるんだよなぁ……」
ほかのイージス艦は、在日米軍のアーレイ・バーグ級とかも含めて全部太平洋にではってました。
なんでも、2年に一回行なわれる環太平洋合同演習『Rimpac』の時期と見事に重なって2隻ほどではっていたりするわ、ほかの残っているものでも横須賀にいたり舞鶴にいたりしてこっちに来るのがおくれたりなどで……。
……とにかくいろいろと突発的だったらしくてこっちに来るのが間に合ってません。
「俺達だけでここ守れってか……?」
さすがの航海長も不安に思った。
だが、
『総員、対弾道ミサイル戦用意! これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない!』
すぐに号令がかかる。
そのような不安を持っている時間すらなかった。
〝来たわね……。じゃ、皆護衛よろしくね〟
〝あきづき了解。やっと私の出番ね〟
〝いなづま、了解しました。それじゃ……、監視始めますか〟
〝こちらふぶき、了解です。さ~て、どっからでもきなさい!〟
すぐに準備を整えた俺は、舵を握りながらその会話を聞いた。
艦のほうでも準備を始めたな。
「頼むぞやまと。焦らず落ち着いて。リラックスしてけ」
〝大丈夫です。もうここまできたらやるのみですよ〟
「おうよ。お前の実力見せてやれ」
〝もちろん! ……最新鋭舐めたら痛い目にあいますからね〟
「この場合は主に弾道ミサイルがね」
だが、大丈夫だろう。
日本の最新鋭の技術をふんだんに取り入れて作られたあいつのことだ。
いつもどおりだ。
「(いつもどおりやれば落とせる……。信じてるからな)」
俺は初の実戦を前にして、あいつにむけてそう強く願った…………




