銃撃戦
―7月31日(金) TST:PM13:25 澎湖諸島七美郷より南西13海里
台湾海上保安局 南部地区巡防局第13巡防区 第7岸巡総隊 CG-136『雲林』―
「……うん?」
私はレーダーに映ったひとつの光点を見た。
そこには、こっちに向かっている1隻の船である。
これは……、どこの船だ?
「レーダーに反応あり……、これはいったいどこの所属だ?」
「現在解析中です。1時方向から。まっすぐ領海に侵犯しつつあります」
「ここいら辺では……、やっぱり中国か?」
「ですね」
「はぁ……、向こうも暇だなぁ~」
まったく、巷ではオリンピックの話題一色だってのに……。
せめてこの期間くらいはゆっくるさせてくれよ。俺はオリンピックが見たいのだよ野球を。
「どうせいつもどおり近海探索だろ? さっさと追っ払うぞ。こっちはもうすぐ昼飯で交代なんだよ」
こっちはいつもどおりの連日の近海哨戒で疲れてるというのに……。
あんまり長引かせたくはない。
もうこっちにきて領海侵犯するのは確定なんだし、さっさと対処して帰るか……。
「目標船舶確認。数1。我が方に向かって接近中」
双眼鏡で確認する。
大型の船。艦首のほうには1001の文字がある。
これは……、
「(中国海警の1001? だがここいら辺に配備されていないはずじゃ?)」
1001は別名『718型巡視船 』と呼ばれる中国の巡視船で、これは確か今現在1隻しかいなかったはず。
しかも、あれはここいら辺に配属されていない。
なぜこんなところに……?
……しかし、今はそれどころではないな。
「……当該船舶、まもなく領海に入ります」
「了解。警告を開始せよ」
「了解。警告を開始します」
すぐさま警告を開始。
向こうは元々は私たちと同じ言語だし、もう中国のだということはわかっている。
同じ言語でさっさと警告する。
『前方の中国国籍の巡視船に告ぐ! こちらは台湾海上保安局巡視船である! 貴船は我が台湾民主国の領海域に侵犯しようとしている! 直ちに反転し離脱せよ! 繰り返す、貴船は我が国領海に侵犯しつつある! 直ちに離脱せよ!』
さらに、発光信号・旗りゅう信号・発炎筒などでの警告も同時進行で行われる。
しかし、向こうからの返答がない。
こちらの警告を無視して、ずっとこちらに向かってきている。
……そのうちに、
「中国巡視船、領海域に侵犯確認! 船長!」
ついに中国巡視船が領海に入ってくる。
ああくそ、なんでこういやなタイミングでくるんだ!
「仕方ない。警告射撃を実施する。20mm機関砲用意。SN旗掲揚」
「了解。20mm機関砲用意。SN旗を掲揚します」
SN旗は国際信号はたであり、「停船しなければ砲撃する」の意味を持つ。
まず最初はこうやって警告する。
ついでに汽笛でのモールス信号も追加で警告をかける。
「・・・―・。……、・・・―・」
この間にもさらなる無線警告、及び手旗での警告もする。
……しかし、全然動きを見せない。
そのうちに、互いに相手を視界内に捉え、途中で私たちのほうが反転し、該当船舶に同航する形となった。
互いの距離は100m前後と離れていないだろう。
「カメラ回せ。証拠を残すぞ」
「了解。カメラ準備」
「南部地区海巡機関からの返答はまだか?」
「今来ました。手順どおりの対処行動に移れと。近くを航行中の巡視船にも念のため援軍が送られるとのことです」
「わかった。……近くにいるヘリは?」
「近隣空域に『AS-365〝海鳥〟』がいます」
「そいつをこっちにもってこい。 上空から状況を記録させろ」
「了解。……海鳥に通信! 直ちに我が方の海域に来るよう通達、海域情報を送れ!」
「了解!」
周りがあわただしく動く中、向こうの動きは一向に変わらなかった。
困ったな……、全然動く気ないのか向こうは。
「当該船舶反応なし。進路速力変わらず。転進の様子伺えず!」
「船長、そろそろ時期が来たかと」
「ふむ……」
……仕方ないか。手順どおりにせよとのお達しだしな。
やるしかあるまい。おそらく、我が国の海上保安局発足以来の事態となろう。
「……よろしい。これ以上待っても埒が明かない。20mm機関砲による警告射撃を……」
しかし、
そのときである。
「……ッ、なッ!」
乾いた発砲音がした。
この船ではない。
左方、100m前後先の当該船舶からであった。
「は、発砲確認! 本船の左舷近くに弾着!」
「クソッ! 向こうから撃ってきたのか!? ここは我が国の領海なんだぞ!?」
主導権は私たちにあるはずだというのに、なんてことだ!
「カメラ! 今のしっかり撮ったな!?」
「撮りました! ばっちり写ってます!」
「よし、本船の通信機器とつないで、リアルタイムで本部に送れ!」
「了解!」
「船長、反撃を!」
「わかっている。当該船舶からの発砲を確認、正当防衛の条件は整ったと判断する。20mm、発射開始。40mm機関砲準備、出来次第撃て」
「了解。20mm発射開始、40mm準備出来次第発射」
引き金を引くときがきたようだな。
威嚇射撃のときのために準備していた20mm機関砲を、正当防衛射撃のために当該船舶、いや、敵船にむけて発砲した。
数発ずつ、何回か間隔をあけて発射する。
40mmも、しっかり敵船を捉え発砲を開始した。
この『雲林』に載せられている射撃管制用のFCS射撃指揮装置は、日本から譲り受けたものだ。
そもそもこの船は、日本の海上保安庁が保有しているヘリコプター甲板付高速高機能大型巡視船『ひだ型巡視船(PL)』を、日本で台湾への輸出用に作られたものだ。
一部はさらにそのひだ型の改良型である『あつみ型PL』の技術も取り入れられている。
計2隻あり、そのうち1隻がこの『雲林』だ。
外見はあのひだ型と同じ。そして、武装もそれと同等だった。
おまけに、もともとあれがいつぞやの日本で起きた領海侵犯船への銃撃事件に伴い強化されたものであったために、この船も防弾性はすこぶるいい。
当たり所によるところはあるが、いたるところに装甲化されてはいる。
簡単にやられはしないのだよ。ましてや、信頼性第一の日本製だからな。
「我が方の銃撃、敵船舶右舷に命中。一部火災が発生しています」
向こうにあたっていっているらしい。
甲板上の一部で火災が発生しているのが確認できる。
それを消化しようと必死に動き回る乗員の姿も見えた。
「甲板上の乗員に気をつけろ。くれぐれも当てるなよ」
「了解」
さすがに機関砲で人を直接当てるのは気味が悪いからな。
しかし、たぶん大丈夫だろう。
こちらが狙っているのは甲板じゃなくて上部建造物や船舷だし。
すると、
「ッ!」
少し大きな音がする。
被弾か。どこにあたった?
「左舷中央部に被弾確認」
「当たったか。……だが、簡単には通せまい」
悪いな。何度もいうがこれは防弾性は抜群なんだ。
その程度の攻撃で沈んでなど……、
「……ッ!」
いきなり前方で爆発が起こった。
火が見える。これは……、
「前部、40mm機関砲被弾! 火災発生中!」
運が悪いことに一番の主力武器がやられたらしい。
「消火急げ! 20mm、牽制しろ!」
そう指示はするが、そのとおりにうまくいかないのが現実だった。
向こうは兵装1基しかないというのに、見事に弾を当ててくるようになった。
しかも、とんでもないことに甲板上で消火作業をしていた乗員にまで銃撃がたびたび飛んでくる。
このやろう……ッ、あいつらには人道ってもんが……ッ!
「……、グッ!」
また爆発が起こった。
さっきの40mmだ。
弾薬に誘爆してしまったに違いない。
周りにいた乗員が何人か吹き飛ばされた。
「て、敵の攻撃はまだやまんのか!?」
「だめです! 一向に収まりません!」
「クソッ……、ッ!」
するとまた被弾する。
しかも、今度は喫水線の下だ。
「クソッ! あいつら、喫水を狙ってくる気だ!」
狙いはまさにそのとおりだった。
喫水船あたりを狙い、浸水を図っていた。
そして……、
「ッ! こ、今度はどこだ!?」
「機関に貫通しました! 速力低下します!」
「なッ!?」
運悪いことに今度は機関にも命中した。
前後にシフト配置され、被弾時のリスクが軽減されているとしても、やっぱり当たるときは当たる。
速力が低下する。
ダメだ。このままではいい的だ。
「くっ……、これでは埒が明かん……」
私は悩んだ。
いったん退くべきかこのままでいるべきか。
しかし、ここで退いたら向こうの領海侵犯を放置することになる。
それこそ向こうの思う壺であった。
だが、だからといってこのままでは……、
「銃撃来ます!」
「ッ……!」
私は判断をしかねていた。
……だが、
「……ッ!」
今度は違うところで爆発が起こった。
本船ではなかった。
それは、向こうの敵船のほうであった。
「な、何が起こった?」
「これは……、本船の銃撃ではありません!」
「こちらのものではない……、! ということは……」
私は右舷前方を見た。
くるとしたら、向こうからだった。
そして……、
それは、私の視界に入る。
『こちら巡視船『桃園』! 遅れてすまない! ただいまより援護に入る!』
最初こっちにきているといっていた援軍だった。
よかった……間に合った……。
「ま、間に合ったか……」
桃園は本船と同じ日本から譲り受けたひだ型・あつみ型の改良型の巡視船だ。
つまり、本船と同型の船。
武装や防弾性も抜群のあの船だ。いける。
「チャンスだ! 一気に畳み掛けろ!」
残っていた20mm機関砲を使って、私は敵船に向けて銃撃をさせまくった。
2隻目がきたことにより混乱したのだろう。どちらに銃撃を加えればいいかわからなくなったようだった。
『うちの連れが世話になったな! お返しはたっぷりさせてもらうからなぁ!』
向こうの船長の声が無線越しにかすかに聞こえた。
……せめて無線きりなよ。もろ聞こえだおい。
「敵船転舵開始! 逃走を図る模様!」
「有利でなくなったらすぐ逃げ腰か! 腰抜けやろうめ! だったら最初から入ってくるな!」
おかげでこっちとていい迷惑なんだよ!
「そのまま領海の外まで追いたてろ! さっさとご退場願え!」
その後、了解の外に逃げる敵船を追撃していった。
だいぶ領海内に深入りしていたがためにそれは少し時間がかかったが……、
銃撃戦が勃発して30分以上立ったときだった。
敵船はそのまま、領海の外に出て行った。
「敵船、了解からの離脱を確認。そのまま全速力で逃走中」
「了解。……追撃を終了する。反転して帰頭するぞ」
「了解」
そのまま速力を下げ、反転して帰頭の徒につく。
向かって左舷に、さっき援護に来た桃園がくる。
この船も一緒に追撃していたのだ。
『桃園より雲林、大丈夫か? 状況は?』
「雲林より桃園へ、機関に被弾し速力低下。40mm機関砲使用不能。されど、航行に支障はなし」
『了解』
「……もっと早くきてくれればな……」
『こういう救援に来る主人公ってのは遅れてくるってもんだ。勘弁してくれ』
「おいおい……」
そう軽くいえることではないんだがなぁ……。
『とにかく司令部に報告だ。そっちで頼む』
「了解」
とりあえず、司令部に報告せねばな……。
その後は、何の妨害もなく母港に戻ることとなった…………




