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『やまと』 ~戦乙女との現代戦争奮戦記~  作者: Sky Aviation
第3章 ~表に出てきた動き~
36/168

海底に潜むもの

―7月23日(木) AM11:35 女島沖南西30海里地点深度150m SSそうりゅう司令室―





「……艦長、まもなく例の海域です」


 澤口からの報告にうなずいて返す。


 呉を数日前に出た後、いくつか訓練しつつ、東シナ海での定期哨戒を目的として周辺を航行していたが、そのとき、ある情報が飛び込んできた。


 それが……、


「……このあたりに反応があったのか?」


「はい。海底に設置したサウンドディタクターが送った情報からはここいら辺だと」


「ふむ……」


 ここで言うサウンドディタクターとは、日本語で音響探知機のことで、日本の領海にちりばめられている。

 どこにあるかはもちろん機密だ。

 高精度のパッシブソナーを装備し、日本領海の海底いたるところに設置する。

 そして、それは登録されている、つまり我が国防海軍の潜水艦以外の推進音を掬い取ると、一瞬だけ周りの友軍艦のほうに特定の周波数の通信で伝えられる。

 しかし、通信深度にも限度があるため、海底深度が通信深度の限界を超えた場合、通信可能となる深度に重りを置き、その深度にサウンドディタクターと通信用ビーコンを設置し、それらをワイヤーでつないだ。

 なお、電力はそのサウンドディタクターに備え付けられている小型のスクリューに発電機をつけ、高出力の電力を少しのスクリューの回転で発電できるようになっている。


 これの存在はもちろん外にも内にも秘密である。


「……だが、さっきから全然音紋が取れんな。ほんとにこのエリアからなのか?」


「ええ……。確かにエリアJ2ジュリエット・トゥーL1リーマ・ワンにある複数のサウンドディテクターから捕捉ビーコンを探知したんですが……」


 このエリアにはいくつかのサウンドディテクターがあり、それらのうち何個かが捕捉ビーコンを送ってきた。

 それらを中心に捜索しているが、中々見つからなかった。

 ……尤も、細心の注意を払いつつパッシブソナーのみで捜索しているからだろうが。


「もう少しソナーの感度を上げろ」


「了解」


 パッシブソナーの感度を上げさせた。

 まあ、最初からそうさせればいいのだが、如何せん電気を食うのでな……。

 出来れば節約しておきたい。後々何かあったときのために。


「しかし、次から次へと奇妙な事が起きますな……」


 副長がつぶやくように言った。


「? というと?」


「先日の領空侵犯の件も、途中民間機に突っ込んだのも意味不明です。幸い民間機は無事でしたが……」


「しかも艦長の弟が助けたって言うね」


「……ほんとな」


 テレビのニュースを見させていただいた。

 特集を組んでいたので、そこででていた音声以外一部を加工された無線内容を聞いた。

 片方が私の息子の声だった。

 今まで何度となく聞いてきた我が声の声だ。間違いない。


 なお、びっくりして思わず座っていた食堂のイスから転げ落ちてしまったというのは内緒だ。


「あいつはあいつでやることをやっただけだろう。……しかし、確かに不可解な点が多いな」


「ええ。それに、先週の体験航海の件もあります」


「ああ……。確かにな」


 前の日曜日である。


 体験航海中の艦の中で、スパイらしき男が拘束された。


 しかもそれの艦が……、


「……確か、あれって今度は長男坊の……」


「なんで私の息子ばかり……」


「しかもそれの前は妹の所属する空挺団の中でそいつの仲間らしきやつが……」


「ああ、もう……」


 どうやら我が家にはいろいろと悪霊でも取り付いているようだ。


 長男の大樹はスパイ止めようとしていろいろ重症に近い軽傷を負うし、その下の弟の友樹は空中戦に巻き込まれる。

 そして、長女で家族内で一番下の真美は駐屯地内で不審な男を見つけたと思ったらそいつから暴行を……。


 ……なんでうちの者に限ってこんなのがおこるんだ。


 ちなみに言っとくが、空中戦のもの以外は公式には公表されていない。

真美も者はどうやらスパイだったようだし、それは警察関係者が事情聴取するようだ。

 大樹のほうも同じようなもので、どうやら仲間だったらしい。専用の端末で連絡を取り合いつつ、艦船から海軍関係での機密情報を盗み出そうとしたところを何とかあいつが捕まえたらしい。……頭に怪我を負いつつも。

 あと、なんかその後きたその艦の艦長さんがどうやらブチ切れて、今度はそのスパイらしき男を殴ったとかどうとかきいたが、まあさすがにあれはうそだな。

 さすがにいくらなんでも……、と、思いたい。


 ……というか、


「……考えてみたら、この場合だとこのままだと私にもくるではないか……。勘弁してくれよ」


「誰か雪風当たり付けれてきたほうがいいですな。幸運の方に守ってもらおう(提案)」


「いや、それだと逆にこっち沈んじゃうんじゃね?」


「おい雪風のこと死神とかいうのやめろや」


 そんな会話をしていたときだった。


「……ッ! 艦長、ソナーに反応あり」


「ッ! 来たか」


 ソナーがついに目標を捉えたらしい。


 やはりサウンドディテクターの情報は間違っていなかったようだな。ほんと信頼性高いなあれ。


「どこにいる?」


「本艦下、2時の方向にいます。数1。深度260m。距離8300」


「目標の詳細は?」


「解析中です」


「ふむ……。どれくらいかかる?」


「微弱ですので、大体1分くらいかかるかと……」


「そ、そんなにかかるのか……」


 それほど機関推進音を最低限に抑えて航行しているということか。


 この解析の時間がまどろっこしいな。

 どうせなら、サウンドディテクターに音紋情報のデータを飛ばせるようにできてればな……。

 しかし、水中で送れるデータ量にも限界がある。

 今の技術面やコスト面で考えてもこれが妥当なのだろうか。


 しかしまあ、さっさと解析してしまいたいのだが……、


「……アクティブを打つのはうまくないな」


「もし相手が敵性艦だったら、下手すれば攻撃される恐れが。あんまり得策とは言えないでしょう」


「ぬう……」


 ……仕方ない。少し待つか。


 ……と、


「……ッ! 機関推進音消失」


「とめたのか?」


「そうと思われます。……ダメですね、音が完全に消えました」


「音紋はとったな?」


「大丈夫です。しっかりと」


「よし……」


 音紋さえ取れていればこっちのものだ。

 解析はもう少しかかるが……、


「……よし、音紋分析、完了しました」


「きたか。どこの所属だ?」


「えっと……、ッ! こ、これは……」


「どうした? 結果は?」


 分析していた乗員が驚いたように言った。


「ち……中国のものです。092型。中国の戦略原潜です」


「中国のだと?」


 その場が少しざわついた。

 中国原潜というところではない。それは前々から幾度となくあったことだ。


 問題は……、


「待て。092型は同型艦が今のところ1隻しかなく、それは北海艦隊所属だったはず。こんなところにくるはずがない。それも、前にあったもう1隻は確かSLBM発射試験時に沈んだと聞いたが……」


 元々092型原潜、通称夏型原潜は2隻あった。

 何れも1980年代。そのうち1隻は、搭載時に手間取っていたJL-1という中国国産の潜水艦発射ミサイルの試験のときに事故を起こして沈没したと聞いた。

 詳しいことはわからないが、まさか……、


「確かにあれは事実関係は不透明であったが……、まさか、まだ生きていたということか?」


「となると、あれはその例の事故を起こしたと思われていたもの? それが隠れて東海艦隊に配属されていたとすれば……」


「……なるほど。機密的な事情が絡んでそうだな。とにかく、そうなるとここは中国側の立派な領海侵犯ということだな?」


「……ですな」


「ふむ……」


 中国原潜による領海侵犯か。

 サウンドディテクターがなければわからなかったな。

 まあ、中国に限らず原潜はいくらか騒音がひどいからうまく掬い取ってくれたのだろう。


 ……となると、とりあえずはそれ相応の処置をとらねばならんな。


「……一応警告は出しておこうか。ピンガーを……」


 しかし、



 そのときだった。





「ッ! 目標の中国原潜より、魚雷発射管注水音! 魚雷発射体制に移行した模様!」






「ッ!? な、なんだとッ!?」


 周りがザワッとした。


 クソッ、あいつら、我々をやる気か?

 確かにさっきから航行しっぱなしだったから音紋は使えるだろう。

 だが、まだこっちは何もしてないのだぞ……ッ!?


「か、艦長! このままでは!!」


 副長が焦った口調で言った。

 私もすぐに返す。


「対魚雷戦用意! 魚雷発射管、1番、2番デコイ装填。本艦の音紋をインプットしとけ!」


「了解! 1番2番デコイ装填!」


 すぐに音響発進デコイを装填させる。

 相手が攻撃してくるのは間違いない。だとしたら、明らかに追跡に使うのは本艦のスクリュー音。

 だったら音響を発進するデコイを装填させていつでもいけるように備えるのが常識だ。


 このままではやられる。

 とにかく、いったんここを……、


「ッ! 魚雷推進音探知! キャブノイズ2、こちらに向かって接近中!」


「クッ! もう撃ってきたか!」


 準備が早い。こっちはデコイを装填し終わったばっかだ。


 この野郎、なんで私に限って……ッ!


「発射管開け。1番、2番。デコイ発射。機関最大。面舵いっぱい」


「デコイ発射。機関最大、面舵いっぱい」


「おもーかーじ!」


 すぐに機関がうなりをあげる。

 最大にしても機関の静粛席は抜群だ。

 そうりゅう型の強みだ。だから魚雷もスクリュー音は中々捉えにくい……、はず。


「デコイ弾着……、今」


 デコイが魚雷に当たる時間になる。

 ディスプレイでは本艦を中心に、周りの状況が敵味方潜水艦、魚雷の位置情報をしっかりまとめて表示されている。

 デコイとして発射された本艦の魚雷が敵から発せられた魚雷を捉える。


 ……が、


「……ッ! 敵魚雷健在、まだ1発残ってます!」


「クソッ! 当てたのは1発だけか!」


 まずい。今からデコイを撃っても間に合わない!


「まもなく1000をきります!」


「艦長! 退避を!」


「ッ……!」


 そのとき、私は考えた。


 このまま高速航行しても何れは魚雷にぶち当たる。

 今ここは200mの深さ。まず急速浮上させても間に合わない。

 浮き彫りになった腹に魚雷をまともに受けてしまう。

 どこに当たった手も結局同じだろうが、それでもこれはまずい。

 だが、今さらデコイを撃っても意味はない。

 そもそも、装填してない。


 これは明らかに私の判断ミスだ。念のためにもう2発ほど装填しておけば……。


「(クソッ……、どうすれば……)」


 私は額に汗をかきながらそう思った。

 今まででこれほど汗をかいたのは初めてだった。

 艦長になって早4ヶ月。

 初の艦長でここまで苦しい体験をするとは……ッ!


「艦長! このままでは本艦が!」


「クッ……!」


 ここまでか。この距離ではどう考えても回避は……。


 ……ッ! いや、まて、


「(……相手は本艦の音紋を使っているはず。そして最後は自らソナーを打ってこっちを誘導情報としては優先するから……、ッ! そうか! これだ!)」


 かけるしかない。いずれにしろこのままやられるのならこれしかない。


「澤口、敵魚雷は真正面から来ているか?」


「? いえ、下方向からです。角度は本艦基準でマイナス10度ほど」


「よし、いけるかもしれない……」


「? どういうことですか?」


 澤口が直接聞く。

 しかし、悪いが説明する時間すら惜しい。


「3番、4番に18式魚雷装填! 急げ!」


「ッ!? 今からですか!?」


「待ってください艦長。今さら撃っても間に合わないですよ?」


 副長が言った。


 ……ふむ。君達は少し勘違いしているな?


「安心したまえ。これは別に相手に向けるわけではない」


「え?」


「とにかく装填だ。時間が惜しい」


「は、はい! 3番、4番に18式魚雷装填!」


 火器管制員が言った。


 18式魚雷は今現在我が海軍が運用する最新型の長魚雷であり、89式の後継である。

 前型の89式より誘導性能、対電子戦性能が格段に向上し、今では主力として使われているものである。


 これを3番、4番に装填する。


「3番、4番装填」


「発射管開け。3番、4番、18式魚雷発射! 敵魚雷と相対させろ!」


「そ、相対!?」


「そうだ。早く撃て!」


「りょ、了解! 3番、4番、18式魚雷発射!」


準備完了シュート発射ファイヤ!」


 すぐに2発の魚雷を放つ。

 それはすぐに進路を僅かに変え、敵魚雷と相対するように航行した。

 もちろん、このままいって魚雷をそのままぶつけるわけではない。


 このまま……、


「ピンガー探知。敵潜からではありません。魚雷からです」


 敵魚雷が自立誘導モードに移行した。

 自らアクティブソナーを発信することにより、目標として指定されている敵潜を見つけ出しそちらに向かうようになる。

 ここからは途中までの誘導が有線だろうとなんだろうと、この自ら発信して得た情報が優先される。

 そして……、


 私はこれを待っていた。


 距離的にも理想的だった。


「今だ。魚雷は自爆させろ!」


「え!? じ、自爆!?」


「早くしろ! 今すぐ!」


「は、はい。魚雷自爆させます!」


 平行して少し間隔を置いて並んでいた2発の18式魚雷は、敵魚雷の少し前で自爆した。

 それにより一気に爆発音によるノイズが発生。そして、爆発の影響で海流が乱れ、敵魚雷の航行に支障が生じ、同時にノイズが発生することにより、ソナーの探知能力を極限まで低下させる。

 いや、近さによっては自爆の衝撃で、魚雷先端にあるだろうソナー装置自体にも影響がでてるかもしれない。


 そして、それと同時に、


「上げ舵20度! 機関そのまま! 急速浮上」


「上げ舵20、機関そのまま! 急速浮上!」


 別に海面に出るわけではないが、すぐに艦を上げ舵にする。


 敵魚雷は本艦のいくらか近くで自爆を受けた。

 自爆を受けて航行に師匠が出て航路から少しずれる、ノイズがひどくてソナーが聞かない。

 これに加えて本来いるはずの未来予測地点に目標がいない。


 この3つの要素が相まって、敵魚雷は本艦を完全に見失ったようだった。


「敵魚雷、本艦の真下を通過。そのまま直進航行に移行」


 敵魚雷が、本艦のすぐ下を通り過ぎた。

 最後の最後で捉えはしたが、遅すぎたようだ。

 魚雷の変針が間に合わなかったようだった。

 スクリューのすぐ後ろを通り過ぎたのかもしれない。ディスプレイでも見る限りそんな感じだった。

 そのまま、敵魚雷は本艦を見失った。


「……推進音消失。魚雷、航走能力を失ったようです」


「よし、浮上停止。機関停止。スクリューとめろ」


「了解。浮上停止。機関停止」


 すぐに艦をその場に止めた。

 艦もすぐに反応しその場に止まる。

 舵も戻し、水平になる。


 ……よし、


「……これで相手からはどこにいるかはわからない」


 さっきまではスクリューをぶん回していたが、しかし向こうがアクティブを打っていない以上、パッシブだけではこっちを捉えることはできない。

 音響がないからな。魚雷だって音響がないと目標がわからない。


 さて、では反撃の時間だ。

 お返しは高くつくので覚悟してもらおうか?


「敵潜の位置は?」


「機関推進音を確認していませんから、おそらく同じ位置です。距離は2200」


「近いな。よし……、18式魚雷装填。注水音を聞かれてからが勝負だ。向こうとこっち、どっちが早く魚雷を放てるか」


「ご安心を。こっちが勝ちますから。スピードは自信ありますよ」


「頼むぞ。……5番、6番18式魚雷装填」


 すぐに発射艦が開き魚雷をすばやく装填する。

 18式。さっきと同じだ。


「装填完了。5番、6番、いけます」


「澤口、敵は?」


「今頃気が付きましたぜ。機関推進音を探知」


 さっさと逃げることを優先したか。


 バカめ。決断としては妥当だが、それは同時に自分の首を絞めることになる!


「ありがたい。これで誘導しやすいというものだ。5番、6番、魚雷発射シュート!」


「5番、6番、目標補足シュート発射ファイヤ!」


 魚雷発射管から18式魚雷がまた2本発射される。

 それは下にいる敵潜に向けて一直線に航行。

 しかも、敵潜はいくらか距離が近いことや、相対速度が速いこともあり、弾着する前に敵潜が魚雷の下をとおる。……というか面舵を忘れているな。

 しかし、あまりに下を通り過ぎるのが早い。魚雷が変針を変えきり、後ろからまた追いかけ始めた。


「敵潜、デコイ発射」


 敵潜が欺瞞のためにデコイを放つ。

 ……しかし、ここからだとデコイを打っても目の前にいる推進音と聞き間違えにくくなるという事態に陥る。

 スクリュー音のほうがでかいのは当たり前だし、そもそもスクリューのさらに向こうにあるデコイにだまされるほど魚雷も頭は悪くないのである。

 デコイにはお構い無しだった。当たり前だが、見向きもしない。

 魚雷は、しっかり敵潜の元に向かった。

 ディスプレイでも、必死に逃げる敵潜を後ろから追いかける構図をしっかり把握できた。


 ……決まったな。


「……この対決、勝負ありだな」


 私は勝利を確信した。


 そして、それは慢心やフラグなどではなかったことが、すぐに判明することになる。


「……ッ! 魚雷弾着音。2発です。2発命中」


「よし、あたった!」


 私は静かにガッツポーズした。

 まわりも静かに喜びの声を上げる。


 ……お返しはすんだな。

 我が国の庭に勝手に入った上、我々を無慈悲に攻撃した報いだ。

 悪いが、詫びは天国でしてくれ。


「敵潜は?」


「推進音消失。徐々に沈降していきます……」


「そうか……」


 ……いくら正当防衛とはいえ、一気に多くの命を奪ってしまった……。


 罪悪感がハンパないことこの上ない。いや、まあ悪いのは向こうなのはわかってはいるが。


「……船体、圧壊音……。敵潜、完全にロストしました」


 それに答えるかのように、ディスプレイでも敵潜のアイコンがピーッという電子音とともに消えた。

 一気にその場が静まり返る。

 聞こえるのは、自らの呼吸音と周りの海の音だけだった。


「……終わったか……。相手からすれば失礼に値するかも試練が、礼儀は尽くしておこう。……総員、黙祷」


 私はその場で黙祷をささげた。

 周りもそれに呼応する。

 いくらこれが我々の仕事であるとはいえ、やはり気分が優れないことに変わりはない……。

 平和な現代に慣れてしまったのか、そもそもそんな性分なのか……。


 黙祷をやめ、すぐに次の指示を出した。


「……とりあえず、司令部に報告だ。浮上する。機関、前進半速。上げ舵10度」


「了解。機関始動、前進半速。上げ舵10度。浮上します」


 すぐに艦が動き出す。

 上に向き、前進を再開した艦は、今までどおりの元気な機関音を発して航行していった。

 まるで、さっきまでの戦闘でもものともしなかったように。

 いたって余裕を持っている感じだった。


 ……なぜわかるんだろうな、全く。

 これも親父の影響か。親父め、いるのかいらんのかよくわからん感性植えつけていきやがって。


「……いい気分ではないですな。いくら向こうからの不意打ちだったとはいえ」


「ああ……。罪悪感とは中々消えないものだ」


「ええ……」


 軍人は人を殺すのが仕事だ。

 それ以外で軍人が活躍することはないだろう。

 せいぜい日本の場合なら災害救助派遣とかだろうがな。


「……だが、やらなければやれるのはこちらなのだ。これが現実だ。嫌でもいけいれなければならない」


「現実……、ですか。これが」


「ああ……、現実だ」


 周りの表情が暗くなるのが見えた。


 といっても、その現実が非情で気分の晴れないものばかりなのが実情だ。

 今だってそれは典型的な例だろう。

 人殺しが常日頃から行なわれるのが現実だ。


 たとえそれが、正当防衛であってもだ。


 気分が優れるやつなんていない。いるとしたらそれは政治家くらいだろう。

 それも、アメリカやロシア、中国といった一人の命なんてそれほど重要でないような国の政治家なんてそれは顕著だしな。


 だから私はあそこらへんの国は妙に好きに慣れん。

 第二次大戦の日本への核爆弾投下ですら正当化して子供達に教育するアメリカとか特にだ。


 ……と、愚痴っていても始まらないな。


「まもなく浮上します」


「うむ。浮上したら暗号化してすぐに状況を司令部に報告だ。通信、準備してくれ」


「了解」


「深度20……、10……、浮上」


 その瞬間、波を切る音とともに艦が浮上した。

 上の司令塔が海面上にあらわになる。


「浮上完了」


「通信アンテナ展開。通信開始します」


「了解。……副長」


「?」


「……すまない。少し外の空気を吸ってくる。ここを頼む」


「ッ。……はい、わかりました」


 どうやら私の真意を読んだらしい。

 副長が察したように言った。


 私はそのまま艦橋に上がった。


 ハッチを空けると、少し寒い風とともに、青い空が見えた。


 そして、艦橋に上がってみると、そこには相変わらず波打っている海面が見える。

 眼下に広がる光景は、今まで何度となく見てきた光景だった。

 それに、青い空と白い雲の合わさった光景は、いつ見ても綺麗なものであった、


 しかし、今私の目には、その光景もとても貴重なものに感じる。


 少し間違えば、この光景ですら見れなくなる。

 さっき私たちが沈めたあの敵潜の乗員だって、まさか少し前まで見ていたこれらの光景がもう見れなくなるなんて思いもしなかったはずだ。

 当たり前だった日常が、当たり前でなくなる恐怖。

 はっきりい言えば、自分が死ぬことへの恐怖。そして、人を殺し、その人の人生を奪うことへの恐怖。

 この光景が見れなくなるかもしれないのが、我々軍人だ。

 しかし、どうやら私はその軍人でありながら、それらの危険を犯す覚悟が全然足りなかったらしい。


 戦闘後にこの光景を見て、こうやって貴重だと思ってしまっているところからもそれが伺える。


 いつ死ぬかもわからない。

 潜水艦乗りは特にそうだ。

 これを見ることができるのが当たり前と思っていては大間違いなのだ。

 むしろ、この日常が当たり前と思えるものであるほど、とても貴重なものなのだということを、これで思い知らされた。


 ……私も、まだまだのようだな。


「……生きねばならんな。なんとしても」


 潜水艦乗りとして、これは何としても守らねばならないことだ。

 ましてや、私はこの艦の長である艦長だ。

 この艦の乗員全員の命、そして、なによりこの『そうりゅう』という立派な名前をもらった艦を預かっているのだ。

 このそうりゅうという名前、私は中々気に入っているのだ。

 そうりゅうの元ネタである空母『蒼龍』は、元々は中国の神話に登場する、天の四方の方角を司る神獣の一つ、青竜の別名が元ネタだ。

 神の獣。中々勇猛そうで好きな名前だ。

 まさに、軍艦の名前にぴったりである。


 私は、この艦がすきなのだ。

 そして、乗員も。


 私の覚悟足らずなこの体たらくで、守れるわけがない。

 もう少し、私は覚悟をせねばなと思った。


 軍人として、身の危険を犯す覚悟と、どんなことをしてでも必ず生き残ろうとする覚悟をだ。


『……艦長、通信終了しました』


 すると、副長の声が無線越しに聞こえた。

 どうやら無線通信が完了したようだな。


「そうか。ご苦労。司令部からの返答は?」


『状況は把握した。とりあえず予定通りの行動に戻れ、とのことです』


「了解。艦を潜航させ、所定どおりの行動に戻る。すぐに向かうからまっていてくれ」


『了解』


 通信を切り、すぐにハッチから中にはいる。

 入る直前、私は空と海を見る。

 見慣れた光景。しかし、これhもう当たり前の者などではない。

 だからこそ、目に焼き付けておかねばならないものだ。

 軍人である、私ならなおさらのことである。


 だからこそ、


「……もう一度、この景色をみなければな」


 その決意を胸に、私はハッチから艦内に入る。


 その後、司令室に戻った私は、所定の哨戒行動に戻るため、艦を潜航させた。

 そこから、またいつもどおりの哨戒航行にはいる。








 潜航した後のその海面は、また、いつもどおりの静けさを取り戻していった…………

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