侵入者
―PM13:00 同海域 DCGやまと後部甲板―
「よ~し、ずいぶんウケはいったぜ」
カズが自信満々にいった。
漫才を終えた俺達は結構な手ごたえを感じていた。
観客はラストに向かうにつれてどんどんと爆笑の渦に巻き込まれ、最終的には拍手喝采状態でした。
……いけるな。これはトップもらえるかもしれない。
結果的にこの漫才大会自体は大成功に終わり、これを見ていった観客はどれに投票するかの議論に没頭していた。
友達同士や家族同士など、それぞれで熟考しているようだった。
なお、これの投票結果の開票は1時間後の予定です。
はてさて、結果はどうなってることやらなぁ……。
「よし、じゃあ俺は艦長の護衛に付くからあとは」
「あいよ。1時間後な」
「う~っす」
そういってカズはこの場にとどまる。
実はこの後さらに、時間がまだ余ってるので艦長直々のあいさつが行なわれ、同時に本艦やまとに関する簡単な解説も行なわれる。
まあ、いわば艦長直々に出る講演会みたいなもの。
これも事前に予定されていたことなので、観客はほとんどはここに残って艦長を待ちます。
……まあ、それでも抜ける人はいます。それらの人の大抵は漫才目的だろうな。
どれ、その後俺は暇なので適当にぶらぶらするとしましょうか。
「……と、やまとはどうなって……、ん?」
ふと、俺は観客の脇を見る。
そこには……、
「し……ッ、島に……ッ、おいてかれて……しまった……ッ!」
やまとが腹抱えて笑ってた。そして甲板に倒れていた。
時々右手で甲板をバンバン叩いている。
抱腹絶倒間違いなしとかいったらこのザマである。
……そのうち笑い死ぬな。こいつ。
「……何してんだお前」
「こうかいだけに……ッ、後悔ってか……ッ!」
「もうええわ」
少しすると、やっと笑い終えたのか起き上がってきた。
それでも、まだ涙目になりつつ口を押さえて笑いかけている。
「す……すいません……ッ、笑いが……、笑いの渦がが……ッ!」
「ウケタのはまあ素直にうれしいんだが……、お前いくらなんでも笑いの沸点低すぎね?」
「昔からよく言われました……ッ、ブフッ……!」
「はぁ……、もうわかったからとりあえず落ち着け」
さすがにここまでウケるとは思わなかったが、まあこれはこれで素直にうれしい限りではあります。
「はぁ……、はぁ……、し、死ぬ……、これは死ぬ……ッ!」
「たかが漫才で死ぬなよおい」
「たかが漫才、されど漫才とはまさにこのことですよ大樹さん」
「知るかい」
こいつの漫才の認識はどうなっているのか。
実に気になるところである。
「とりあえずこの後は何もなくて暇だしなぁ~……、適当に見て回るか?」
「私も暇ですしお供しますよ」
「ん。……でも、」
「?」
「……会話は極力低い声でいくんでよろしく」
「オフコース」
今これだっていくらか低い声で周りに悟られないように最新に注意を払いつつの会話です。
暇つぶし中の会話は一向に構いませんが、やまとは他人に見えないので傍から見れば俺が一人で多き声で独り言言ってるいろんな意味で痛々しい人に見えるのです。
……それだけはマジ勘弁。マジで。
そんなこんなで、適当にぶらぶらし始める。
以後、やまととの会話はめっちゃ小声になります。
……しかし、なぜかその必要もないのにやまとも小声になりました。
声聞こえないから別に良いってのに。
「次の訓練展示いつからでしたっけ?」
「あと30分。……シーホークの編隊飛行と救助訓練だったはずだ」
「シーホークのですか。……じゃあ私たち暇ですね」
「ですな」
「主砲とかCIWSの試運転展示なら私の出番なんですがね……」
「だからといってあんなにすばやく動かし過ぎなくても良いだろ。いくら乗員から操作任されたからって」
「えへへ……、少し張り切っちゃいましたかね?」
「おかげで一般客が度肝抜いたよ」
実は午前の部であった主砲や艦橋前にあるCIWS試運転の展示のとき、乗員から「主砲とかの試運転展示のとき任せてみたら?」的なことを言われたので、艦長も「まあいいんでない?」的なことをいってまさかの許可を得たので試しに任せてみたら……。
……初の一般客を乗せての体験航海ではしゃいじゃったんだろう。いくらなんでも動かしすぎた。
まあ、そもそもそこらへんまで勝手に動かせんのかってところに驚いたが、主砲の仰角結構な頻度で動かしたり、左右への回転がひどくすばやかったりと。
それはそれでこれの高性能さの説明になるし別に良いんだけど、いくらなんでも動かしすぎ……。
まあ、本気出したらここまでできるんだぜっていう意思表示にはなるが。
なお、観客からは結構歓声上がった模様。
「またやって良いですかあれ」
「たぶんOKでるだろうけどもう少し自重してくれよ……?」
「そのときの私の気分しだいですね」
「おいおい……」
またあれやったら観客がまた……。
……大歓声上げるね。特にその道のオタクとかはね。うん。
「……まあ、それで後々故障とかされても困るからな? 程度は考えてくれよ?」
「わかってますって。……ちなみに、午後にもありましたよね? 主砲試運転展示」
「ああ。……今度は前部にある2基一斉作動だっけか」
午前のときは1基だけを使ったけど、今度は2基一斉にです。
同時に使ってもこれだけやれますよ、ってのを伝えるためだとかどうとか。
「なるほど。つまりまたはっちゃけても……」
「だから自重をしてくれとさっきからあれほど……」
と、ふと艦橋部の甲板上の通路を通っていたときだった。
ここは艦橋が立っているところで、甲板脇にまでその艦橋の建物があるので、甲板の脇は通路となっていて暗くなっています。
もちろん、所々には照明はあるけど、それでも暗い。
そこを前甲板の方向へ歩いていると……、
「……、?」
目の前にいる一人の男に目がいった。
ずいぶん分厚いパーカーを着ている。
暗くてよく見えないが、たぶん肌色のだと思う。
そして、頭には藍色の帽子を深振りした状態でかぶっている。
別に行動自体は問題ない。
違和感も“ほとんど”ない。
だが……、
「? どうしたんですか?」
「いや……、今あそこに男の人いるだろ?」
「え? ……あー、いますね」
「……なんであんな分厚い服着てるんだ?」
「え?」
いくらここが沖合いの海で陸と比べても寒いとはいえ、ここは日本南方の九州だぞ?
しかも今季節は夏真っ盛り。
いくらなんでも重ね着しすぎじゃねえか?
「ここが寒いからじゃないですか? 一応沖合いですし」
「でもこれくらいの寒さであんな厚着とかどんだけ寒がりなんだ? それに……、帽子も深振りしすぎだ」
「あれは単に風を受けて飛ばされないようにと……」
「なんならなんで最初からかぶってるんだよ。むしろ余計に暑苦しいし、かぶるより持ったほうがいいだろ」
「うーん……確かに……」
「……」
そうしているうちに、男は近く似合った開放されているハッチから艦内に入っていった。
それも、〝大層周りを確認して〟。
……なんか怪しいな。
俺の直感が言ってるわ。あいつ怪しいって。
人間の直感ってこういうときに限って敏感になるんだよな。
「……怪しいな。ちょっと追ってみるか」
「え!? だ、ダメですよ! もしごく普通の一般客だったらどうするんですか?」
「そんときはそんときだ。偶然通る通路が同じですねえへへとか言ってやれ」
「えー……。そ、そんなこといわれても……」
そういいつつもとりあえずハッチの前。
男はまだ見える位置だ。相変わらず周囲を確認している。
……ダメだ。怪しさ大爆発だな。むしろ目立つというのに。
「とにかくいくでよ」
「あ、ちょ、ちょっと!」
やまとの静止は聞かず、俺は艦内に入って男を追跡する。
男は下に降りていく。そっちはたしか機関制御室に食堂、そして会議室とかがあったはず。
一般客が見学できるのはこれらだけだ。後はトイレとかを開放しているぐらい。
……だが、
「……どうやら一般開放のところが目的じゃなさそうだな」
男を追って階段を下りていったら、そこは機関制御室や食堂とかがある階ではない。
さらに下の階。でもそこはトイレとかしかなく、しかもその男が行ってるのはその方向じゃない。
……どこに行くつもりだ?
「この先って確か立ち入り禁止ですよね……? 一体どうするつもりでしょうか?」
やまともさすがに不審に思い始めたらしい。
人間の勘も馬鹿にできないってこった。
さらに追いかけて、俺は右にしか曲がれない曲がり角の影で止まる。
というか、その先は事故現場とかでよく見る立ち入り禁止の黄色いテープが張られていて、右にしかいけないようになっている。
ぶっちゃけ一本通路化である。
男はそこを右に曲がった。そこから少し覗き込んだ。
そこをさらにいくと今度は右にしかいけない。左側は例の黄色いテープが張られており、その前には勝手に誰か立ち入らないように乗員が立っていた。
「ここを右に曲がると折り返しだな……」
そこを右に曲がったらまた前甲板のほうに逆戻りになるはずだ。
それならそれでいいんだが……、
「……? 乗員に話しかけた?」
どうやらそっちが目的でないらしい。
乗員のほうに声をかけ……、
「……、ッ!?」
と、どうやら話しかけるつもりじゃなかったみたいだ。
即行で後ろに回りこんでその乗員の後ろの首筋を手の側面で思いっきり叩いた。
その乗員はいきなりのことにわけがわからないまま倒れた。
たぶん気絶したに違いない。
男はそのままテープを乗り越えてその先に走っていった。
「た、倒された!?」
「まずい! 不法侵入者だったか!」
男はやっぱり不審者の類だったのか。
俺とやまとはすぐに倒れた乗員の元に向かう。
容態を確認すると、脈はまだある。
大丈夫。やっぱり気絶しただけらしい。
「やまと、さっきの男の特徴は記憶したな?」
「は、はい!」
「今すぐ追ってくれ。……いや、いったん艦に戻ってそこから探したほうが手っ取り早いか。方法は任せる」
「わ、わかりました! 即行で見つけます!」
そういってすぐい青白い光を出して消えた。
後者の方法を選択したようだ。
とりあえず、あの男の捜索は任せて……、
「白井さん!? 大丈夫ですか、白井さん!」
声をかけるが、やっぱり返事はない。
ダメだ。結構深い気絶に陥ってやがる。
仕方ない。無線機を使って応援を……、
「……ッ!? 壊れてる!?」
明らかに物理的に壊されたらしい。
無線機が少しへこんで使えなくなっていた。
クソッ、まさかあいつ無線機までついでに壊していったってのか……?
ダメだ。これじゃ応援を呼べない!
“大樹さん! いました!”
すると、どうやら宣言どおり即行で例の男を見つけたらしい。
やまとの声が俺の耳に響く。
「ッ! いたか! どこにいる!?」
“そこのテープをまたいで2つほど先にあるT字を左です! その先にいます!”
「2つ目のT字を左……、ッ! まて、そこって確か……!」
“はい。……あの男の狙いは……”
“この艦の、艦長室です!”
「艦長室!?」
艦長室は日本の国防関係の機密データがいっぱいあったはずだ。
当たり前だが、俺達一般乗員だって、許可なく入ることは硬く禁じられているほどだ。
そこを狙うって事はつまり……、
「……ヤバイ、不味いことになった!」
その乗員を傍から見えないように適当に隠して、俺はテープをまたいで全速力で艦長室に向かった。
もちろん今の俺は艦長からの許可は得ていないが、もう緊急事態なんだからそんなことはいってられない。
法律で言うとこの超法規的活動みたいなやつだ。
……この場合の正確な事象名を俺は知らないんだがな。
「この先が艦長室だったはず……」
俺は通路を左に曲がって艦長室に向かう。
すると……、
「ッ! あいてる……!」
開けっ放しの艦長室の扉が視界に入った。
どうやら、狙いは間違いなかったらしい。
「よし、さっさと引きずりださねえと……」
俺は腰のポケットから護身用のハンドガンを取り出す。
陸海空軍共通の武器である9mm拳銃。俺は護身用として隠し持っている。
俺は艦長室の前に来た。
陰に隠れてタイミングを見計らう。
「よし……、そろそろ」
と、中に突入しようとしたときだった。
“ッ! 待ってください”
「? なんだ? どうした?」
やまとが一瞬止めた。
“大樹さんの存在に気づいたようです。男が動きました。隠れています。艦長さんのデスクの前。……拳銃とかは持っていません。しかし、手に何か小さいものを……”
「小さいもの? なんだそれは?」
“えっと……、ッ! カッターナイフです! 気をつけてください。 おそらくあれで攻撃するつもりです”
「チッ、近接殺傷用か……」
カッターナイフか。切りかかるつもりか?
甘いことを。こっちは拳銃つきなんだよ。
「オーケー。忠告感謝するぜ。……今からいく」
“了解。……お気をつけて”
「あいよ」
周りから艦魂が見守ってるんだ。神のご加護よ。
そして、俺はひとつ深呼吸して中に突入する。
電気をつけていないのでやっぱり暗い。
中を一見しても、やっぱり誰もいなかった。
……だが、
「……おい、いるのはわかってるんだぞ?」
一瞬艦長のデスクのほうでガタッと物音がした。
極力小さかったが、残念ながら俺の声以外聞こえないこのシーンとした状況ではそれでも十分響くわけでして。
「デスクの前に隠れてんだろ? さっさとでて来い。ここは立ち入り禁止だ」
男は出てこない。あくまで無視を貫き通すようだな。
……強情なやつめ。無駄なことだ。
「さっさとでてこないと通報すっぞ? もう逃げ場はねんだ。さっさと観念しな!」
少し威圧を加えて言う。
……すると、男は案の定デスクのほうから出てきた。
両手を挙げている。右手には確かにカッターナイフがあった。
100円ショップとかで変えそうなごく普通の市販の製品だろうか。
「やっとでてきたか……。悪いが、ここは立ち入り禁止なんだわ。ましてやここ艦長室だしな。なので、申し訳ないけどあんたを不法侵入者として連行する。文句はないな?」
「……」
「弁明の一つなら聞いてやるぞ? 何が言いたい?」
……ドスルー安定か。仕方ないな。
「……はぁ、さいですか。まあいいや。じゃあお前を連行する。まずそのカッターナイフを床に置こうか」
男は言われるままに右腕を下ろし始めた。
よしよし、いい子だ。さっさと床においてくれればあとは……、
「……、ヘッ」
「?」
と思ったのもつかの間。
男はいきなりカッターナイフを投げてきた。
刃先は見事に俺の顔の目の前。
コイツッ! 最後の最後までッ!
「うわッ、あぶねッ!」
距離が近かった関係もあって即行で俺の目の前にカッターナイフが迫ってきたが、寸分の差でよける。
俺の顔の目の前をカッターナイフがものすごい速さで通り過ぎ、後ろにあった壁に突き刺さる。
この野郎ッ! いきなり何を……、
“大樹さん危ない!”
「え!?」
しかし、その隙を突かれた。
「ッ! ぐはぁッ!」
男はカッターナイフをよけるのに注意がそれたところを狙って、いっきに回し蹴りを食らわせてきた。
その足は見事に俺の腹をぶち当たり、向かって右回転でけられたため俺はそのまま左側に、艦長室の入り口の反対側のほうに蹴り飛ばされた。
「グッ……! クソがぁ……!」
“だ、大丈夫ですか大樹さん!”
「日本男児がこの程度でへこたれるか……!」
悪いが俺とて一応は軍人だ。
格闘術の一つや二つ、訓練生時代に嫌ってほど叩き込まれたんでね!
「おもしれぇ……。そっちがその気なら相手になってやる!」
その瞬間、男はまた襲い掛かる。
その手にはカッターナイフ。
壁に刺さったやつ取ってきな?
だがそうはいかねないぜ!
「甘いわッ!」
俺は突っ込んできた男を華麗に交わし、代わりに回し蹴りを入れる。
見事にわき腹にヒットした。男は倒れないがならもうろたえる。
根性のあるやつだ。気に入った。
……即行で終わらせてやる。
俺は男からの攻撃を執拗にかわしまくった。
そして、途中途中でけりなりみぞおちに腹パンなりを喰らわせる。
男の攻撃が徐々にもろくなってくる。
もう限界か。
まったく、もう少し骨のあるやつと思っていたがな。
……まあいい、俺だって長引かせたくないし、即行で終わらせる。
男が突っ込んできた。
それを交わし、とどめの蹴りを……、と、
「ッ!」
それだけで終わらせてくれなかった。
相手は交わした後を読んでいた。
そのさきには男のこぶし。
それは、見事に俺の頭の右側の額にぶち当たった。
「がぁっ!?」
俺はそのままぶっ飛ばされ、最初飛ばされた方向にある壁に頭からぶつかる。
「ぐ……、クソ……ッ!」
クソッ……、油断した。まだ相手は諦めてなかったみたいだった。
頭をヒットされ、そして頭から壁にぶちあっただけに、この二重コンボのおかげで脳へのダメージがひどくなった。
意識が朦朧とする。
かすかにだが、頭から血が出ているのもわかった。
顔の肌を何か液体が流れているのを感じ取ったからだ。
血だろうな。たぶん、あいつが殴った額から流れてるんだと思う。
男は途中落としたカッターナイフを持った。
そして、ゆっくりと俺の下に来る。
「(ダメだ……、よけたくてもよけれねぇ……)」
脳がダメージを受けて意識が朦朧としている以上、おれ自身の体がいうことをきいてくれなかった。
この場でたつことすらできない。
その間にも、男は近づく。
“大樹さん! 早く! 早く逃げて!”
やまともこうやってさっきから叫んでる。
……けど、
「……したかったらとっくにやってるよチクショウが……ッ!」
もう体が中々動かない。
今すぐ動かせない。
……ダメだ。これ以上は……、
「……クソッ……!」
男が俺のすぐ近くに立った。
自分自身も相当なダメージを受けつつも、顔を僅かにニヤリとさせ、カッターナイフを持っている右手を、腕ごと上に上げる。
俺を刺し殺す気か……、クソがッ。
“大樹さん! 早く! 早く!!”
「くっ……」
したくてもできないのが人間なんだよ……。
もうダメだ……これ以上動けない……。
「……フッ」
男がかすかに笑った。
勝利を悟ったか。……事実、勝負は決したようなものか。
……俺もここまでか。短い人生だったわ。
「……」
俺は男を見上げた。
右手を大きく振り上げている。手にはカッターナイフ。
まさに、俺に止めをささんとする状態だった。
「……これまでか……ッ!」
俺は自らの最後を悟った。
その瞬間、俺の意思を見取ったかのようにその腕が振り下ろされる。
俺は目を瞑った。
俺もここで死ぬのか。
そう……、
覚悟したときだった。
「やめてぇぇぇぇえええええええ!!!!!!」
とんでもなく甲高い叫び声がした。
……と思ったら、
「……?」
……一向に激痛の感触がどこにも来ない。
カッターナイフはもう振り折らされてるはず。
なんだ? 痛みも感じずに逝ったのか俺は?
そう思って見上げたとき……、
「……、ええッ!?」
目の前の光景に俺は驚愕せざるを得なかった。
やまとが、その男の背後から今まさに振り下ろされつつあったその右手をつかんでとめていた。
俺だけじゃない。
その男も驚いてたし、そしてほかの誰でもない……、
「……え、あれ!? つかめてる!?」
当の本人までびっくりしていた。
……いや、そんなことを言ってる暇じゃない。
「……どうやら天国はまだ人員募集してないみたいだな!」
最後の最後、力を振り絞って俺は男の腹にタックルした。
やまとがその直前に避けていたこともあり、向こうが巻き込まれることなく、男はもろにタックルを喰らった。
それでもまだ倒れない。
……クソッ、
「さっさと倒れろよくそがぁぁぁああ!!!」
俺はそう叫びながら両手を使って、左手で男の右手首を、右手で襟をつかんで、右足で向こうの左足を引っ掛けてバランスを崩しつつ、おもいっきり、懇親の力をこめて背負い投げをした。
そして、ドシンッというドでかい音とともに、その男は背中から床に倒された。
「はぁ……はぁ……、はぁ……」
男は起き上がらなかった。
いや、動きすらしなかった。
目が白目向いてるあたり、気絶してるなこりゃ。
「こ……、これで終わりか……?」
再度確認。男は起き上がらない。
それを確認して、ようやく俺はその場にヘタリと力なく倒れこんだ。
意識は保っているが、これ以上体を動かせる状況じゃないわ……。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……。何とか」
「で、でも頭から血が……。い、今手当てを!」
「ここで治療器具ないだろ……。大丈夫だって。ちょっと血が出ただけだ」
「で、でも……」
「それよりさ」
「?」
「……なんで、あれ触れたんだ? 一般人には見えないからさわりすら出来ないだろ?」
「……」
やまとも黙り込んでしまった。
俺みたいに艦魂が見える対象しか触れないはずだ。
あいつが艦魂見えるわけでもないし、それならすでに存在ばれてるはずだし。
だとしたら、あれは一体……、
「わ、わかりません……、でも、」
「?」
「……気が付いたら体が動いてました。死んでほしくなかったんです……。大樹さんが……、私の目の前で……ッ!」
思わず涙目になっていた。
思いが先行したということか。
……まったく、
「……ったく、」
「? ……ッ!」
俺は左手を隣でへたりと座っているやまとの頭に乗せた。
思わず向こうも驚愕の表情です。
「……思いって、こういうとき奇跡起こすんだな……、現実って恐ろしいな」
「……」
「……やまと、」
「?」
「……ありがとな。助けてくれて」
「……御礼されることはしてません」
「してるから言ってるだろうが」
どの口が言ってるんでしょうねまったく。
「とりあえず、艦長たちに伝えないと。……今無線機持ってないしな……」
今俺の手元に無線機ないんだよな……。
仕方ない。
「やまと、艦長のデスクの上に無線機ない? あの人予備でいくつか持ってたはずだけど……」
「探してきます」
そういって立ち上がったやまとは、艦長のデスクの上を見回し、すぐに何かを取ってきた。
「これ使えません? 艦内で乗員に配布されてるのと同じですけど」
「……お、これはいけそうだ。貸してくれ」
俺はやまとから無線機を受け取る。
予備のやつだ。これなら繋がる。
えっと……とりあえず今暇そうなのは……、
「……航海長にも伝えとこう」
そして無線を開くと航海長に繋がる。
事情を説明すると、向こうは大層驚いた様子だった。
地味に長くなるのでここは割愛するが、とにかく艦長に知らせて、あと副長にも念のため来てもらうことになった。
無線をきると、俺は適当な場所に置く。
「後は向こうが来るのを待つのみか……」
「そうですね……。あの、本当に傷のほう……」
「心配性だなお前も。だから大丈夫だって」
「うう……。そうは言っても心配は心配で……」
「……そこまで心配するあたり、なにか恋バナ的な展開想像するな」
「え!? あ、いや、別にそういう……」
「わかってるって。冗談だよ」
「……もう一回腹パンしたほうがいいですかね?」
「すいません勘弁してください」
そんな会話をしつつも、俺はふと視線を移す。
そこには、さっきから気絶して横たわっている例の男の姿があった。
「……結局、こいつ何者なんだろうな?」
「う~ん……、ただの愉快犯かなんかでしょうか?」
「愉快犯でここまでいくかなぁ~……?」
「……まあ、詳しいことは艦長さんたちがきてからにしましょう」
「……それもそうだな」
俺達がここで考えても始まらないか。
……どれ、
とりあえず、艦長たちが来るのを待つとしますか…………




