不審者
―7月19日(日) PM12:30 千葉県習志野駐屯地 第1空挺団食堂―
「……で、結局お前の次男坊の兄さんが落として民間機助けたってわけか」
テレビの報道内容を一通り見終わった隊長が締めるようにそういった。
午前の訓練後、食事をし終わった私たちはそのままテレビに釘付けになった。
一昨日のこと。
下地島から飛び立ったスクランブル機と領空侵犯した中国軍機の間で空中戦が勃発。
結果日本側の圧勝で、最後の最後近くを飛んでた民間機にまで襲い掛かったたところを間一髪撃墜して難を逃れたって言う。
そして案の定というのかなんと言うのか、中国がギャーギャー文句言ってきて謝罪と賠償要求です。
ある意味テンプレ展開ね。ある意味。
本当は昨日あたりからずっと特集組まれてたけど、そのとき私たちは訓練で隊長に散々しごかれた上、当の隊長も訓練しすぎてさすがに疲れてそのままインベットでゴートゥーザネクストディ。
そして、今こうやってやっとテレビを見る機会に恵まれたというわけです。
でも、ほんと向こうも相変わらずね。
領空侵犯までしちゃって。そんでもって挙句の果てには近く飛んでた民間機にまで襲い掛かるとかバカなんじゃないの?
向こうは民間人だし、そもそも非武装よ? 人道云々とかそこらへんの問題から待って余計ややこしくなるじゃないの。
しかも、その民間機助けたのが……、
「これでお前の兄さんも英雄だな。民間機の乗員乗客からすればな」
隊長がそういった。
そう。そのスクランブルに上がった2機のうち片方がまさかの私の兄さんで、といったら空軍言ってる友樹兄さんで間違いなし。
というか、今さっき流れた当時の無線音声を聞いて即行でわかったしね。
……なんという主人公みたいな展開。なんかゲームとかであるわよねこんな感じの。
よくやるわね友樹兄さんも。どれだけ必死だったのか目に浮かぶようだわ。
……まあ、それゆえその民間機からは英雄扱いされてるですけどね。
「やはり新澤が偉大だと兄弟様も偉大ということか」
ほかの隊員も関心を示していた。
……どうやら、一気に私の部隊でも人気者になりそうねこれ。
それゆえにこっちも鼻が高いというやつです。ハイ。
「全くだ。今度彼に求婚のお願いをしにいこう」
……え?
「なに言ってんだお前、そこは俺のポジションだろ」
「アホか。俺が先に求婚をお願いする立場だろ?」
「おまえらこそ何を言ってやがる。ここは俺が新澤をだな……」
「あ ん た ら 何 言 っ て る の ?」
いつもどおりこいつらは変態ね。
全く、私なんかが嫁に務まるかっての。
……え? 高校時代告白されまくったおまえが言うなって? はてさてなんのことやら。
……いや、違うのよ。あれは単にこんな私を気に入ってくれたらしい人たちが勝手にいろいろ申し込んできただけで……。
違うのよ? 別に私向こうと交際してたわけでなくて向こうからいろいろ申し込まれただけなのよ? 違うのよ?
「お前らそういってたらむしろ敬遠されると思うぞ新澤の兄さん達に……」
隊長が少々呆れ顔で言った。
……う~ん、次男の友樹兄さんは引くというかあたふたして中々決断できなくて終わりだろうけど、一番上の長男の大樹兄さんは……。
……うん、あれね。面白がってまずOKしてウケ狙った後にいろいろ聞きだすわね。
割とこういう話は真面目にいくかもしれない。大樹兄さんのことだし。
「敬遠されても何度も行くのが俺のジャスティスですよ隊長」
「韓国では告白1回程度でOKでるほど簡単ではありません! 時には20回以上告白しますぜ!」
「なぜ韓国が出てくるんだ」
「目的のためなら何でもやります。た と え 殺 し て で も」
「おいこら」
「おっとそれは俺に対する宣戦布告かね?」
「よろしい。ならば戦争だ」
「クリーク! クリーク!」
「……もう勝手にやってなさいよ」
やっぱりいろいろと変態なあいつらには付いていけないわ。
まあ、いつも通りっちゃあいつも通りだけどね。
……でも程度ってもんがあってね……。
「おーい誰かー」
「?」
すると食堂で入り口付近で誰かが叫んだ。
見ると、そこにはダンボール箱を2,3個ほど持った羽鳥さんがいた。
……こりゃまた、結構重そうですな。
「すまん、誰か持つの手伝ってくれ。これ俺だけじゃもつのキツイわ」
どうやら援軍をご所望のようね。
振り返ると、変態なほかの隊員はまだ戦争という名のよくわからない口論中だし隊長はそれの相手というかツッコミに疲れてグテーとしてるし……。尤も、さっきまでの訓練での疲れもあるんだろうけど。
……仕方ない。まあ、ここは私の出番ね。
「あ、じゃあ私が行きます」
「ああ、新澤か。すまんな。じゃあこの一番上のやつとって」
言われるがままに3段積んでいたダンボールの一番上を持つ。
おう、結構重いね。これ3段直積みとかよくもてますねこれ。
「おーだいぶ楽になった。悪いな」
「いえいえ、暇なのでこれくらいなら」
「そうか。……で、」
「?」
「……あいつらはなにやってんだ?」
「……あー」
あの変態ども、まだやってたのね。
まったく、いつになったら収まるのよあれ……。
「羽鳥さん!」
「?」
すると一人がこっちを向いて叫んだ。
なによ、聞いてたの?
「新澤に手出したら地獄ですからね!?」
「誰が手だすかぁ!」
何 を 言 い 出 す か と 思 え ば 。
「年下にて出しても意味ないですからね!?」
「俺は変態か!」
「そうやってさりげなく良い関係築いて向こうの機嫌よくさせてあわよくば結婚しようたってそうはさせませんからね!?」
「俺すでに既婚者だし子持ちだよ! もう3歳の男の子だよ!」
何気に家庭もちなのよねこの人。
……一体どうゆう了見で手出すなんて思ってんのかしらね? 浮気よそれ?
私そういう相手をだますのあんまり好きでないんだけど。
目の前にいたらさりげなく羽交い絞めのレベルよ?
……え? あんまりってレベルでない? 気のせいよ気のせい。あくまであんまりってレベルよ。あんまりっていうレベル。
「……無視しましょ無視」
「あ、ああ……、そうだな」
そういってそそくさとその場を離れる。
食堂を離れてもまだ叫び声が聞こえるあたり、まだギャーギャー口論してるわねあいつら……。はぁ……。
「しかし、このダンボールは何です?」
「ああ、倉庫の書斎整理だ。少し余分になったのを部屋移すだけだ」
「へ~。余分なだけでもこんなに……」
つまり本とかを入れまくったわけね。
そりゃこんなに重いわけだわ。
「元々は昔扱われてた機密関係の文書をまとめたものだったんだが、時がたった今じゃ機密もクソもないからな。いらないやつは即行処分だよ」
「ふ~ん……。それにしてもこれだけ溜まってたんですね」
「な。これだけ俺だけで処理してくれっつっても体力ががが」
「はは、お疲れ様です……」
これを一人でですか。援軍要請くれれば即行で行ってあげたのに。
全く、頼まれたからってほんとに自分だけでやるあたり、本当にこの人根っからの真面目ね。
……あいつらも見習いなさいよほんとに。私をとられるかとかどうとかいってないでさ。
「……よし、これでオーケー」
とりあえず適当な倉庫にぶち込んで、あとは明日あたりにでも来る専門の業者さんに任せることになった。
いつ来ても薄暗いわほこりっぽいわでやになっちゃうわね。
さっさとでます。もうこんなところ若い女性がいるところじゃないっての。
「すまんな。手伝わせて」
「いえいえ。私も暇でしたので」
「そうか。……あ、そうだ。何ならあとでジュースでもおごろうか? お礼がてらに」
「え? いや、良いですよ別に。これくらいで」
「遠慮すんなって。スポーツドリンクにするか? おまえいつも飲んでるだろ?」
「う~ん……、どうしようか?」
暇なときはいつも飲んでるのがスポーツドリンク。
これは高校時代からの名残というかなんと言うか、とにかく私の飲み物はこれかお茶かの2択。
でも今お茶の気分じゃないしね……。
「……じゃああとでアクアス買ってくださいアクアス」
「またそれか。ほかのスポーツドリンクは飲まないのか?」
「昔から飲んでたのがあれなので」
「ほ~う……、お気に入りか」
「ええ、まあ」
そんなことを言いつつ倉庫のドアを閉めたときだった。
「……、ん?」
私はふと通路の先を見る。
もちろん、普通なら何もあるはずもない。というか、ここいら辺普段誰も通らないし。
……だけど、
「……誰? あの人?」
私はそこに一人の人影を一瞬確認した。
一瞬、というのも、その人はすぐに向こうに行ってしまって、視界から出て行ってしまったからだ。
でも、その姿はしっかり捉えた。
「? どうした?」
「いえ……、今あそこに人がいた気が……」
私はその先を指差していった。
しかし、羽鳥さんは首をかしげる。
「え? 人なんていたか? そもそもここあんまり人来ないぞ?」
「だからですよ? それにここいろいろ機密関係の資料いっぱいありますから許可なく入ることなんて出来ないはずですよね?」
本来ここいら辺は機密関係の資料とかを保管する部屋が集中していて、普通なら勝手に入ることなんて出来ない。
私たちだってここに来る途中ちゃんとこの通路に入る前にいた警備員の人に許可を得ている。
だから、さっきも言ったようにあんまり人は来ないって言ったわけ。
……でも、どうやって入ったの?
ここ、簡単に入れないわよ?
「気のせいじゃないか? ここに来るやつなんて今現在俺達以外いないんだしさ」
「それはそうですが……」
……だけど、気のせいにしてはなんかはっきり見えた。
自慢じゃないけど。、視力とかには結構な自身あるから我ながら見間違いとかはあんまりしない。
……ダメだわ、怪しすぎるわ。
怪しさ全開だわ。
「……ちょっと見てきます」
「お、おい。あんまりうろついたらまた怒られるぞ?」
「そんときはそんときです。警備云々とかいってりゃ良いんですよ」
「警備っておまえなぁ……」
まあ、彼も彼でそんなことを言いつつ付いてきてはいる。
その人を追いかけていると、また視界に捉える。
どうやら先に言ってるらしい。その先は確か……、
「あの先は今は使われていない倉庫のはず……」
「ええ。なんであんなところにいく必要が?」
あの先の倉庫はもう使われてない空き部屋状態だったはず。
さっきのより埃っぽいわクソ暗いわでもう物置同然の状態だったような……。
「……妙だな。あんなところにいく事情なんてどこにあるんだ? ただの物置だぞ?」
「おかしいですね……。あそこには何もない、行く理由なんてありませんよ?」
「ああ……。怪しいな」
さすがにここまで来ると向こうの怪しさを感じ取ったらしい。
さらに追跡すると、今度はそのさっき言った物置同然の空き部屋化した倉庫に入っていった。
あそこはもう何度も言うように物置状態だから一々かぎ締めてません。
……というか、鍵が古くなって鍵の役目をなしてないようなもんなんだけどね。
「入っていった……、何をする気だ?」
気になりますね。
私たちは開きっぱなしのドアの近くにまで来て、陰に隠れながら中の状態をチラッとみる。
……う~ん、
「どうだ?」
「……何か電話してますね。スマホっぽいですけど」
「よくあんな一瞬で見えたなおい……」
「ですから、目は良いんですってこう見えても」
そんな小声での会話をしつつ、中からの声をよく聞く。
やはり電話中らしい。かすかにだけど声が聞こえた。ちなみに男性です。
「……ああ、そうだ。こっちにはそれほどめぼしいものはなかった。……そうか。今からか。わかった。そっちもしっかりやれよ。……。ああ、俺は今から脱出する。ここはもう用済みだ。次にいく。……、そうか。わかった。じゃ、そっちも頼むぞ。すべては我が国の未来のためなのだ。……おう。じゃあな」
そして声が聞こえなくなった。
電話を切ったらしい。
……いやはや、
「……誠に意味深な発言ですなぁ」
さて、これを聞いてこいつを妖しいなんて思わないやつがどれくらいいるかねぇ?
フフフ、なんとなく面白い状況じゃない……。
「……見事に怪しさ大爆発だな。あいつはなんなんだ?」
羽鳥さんも私と同意見のようね。
ふむ……、となると、次に私たちが出る行動は一つね。
「羽鳥さん……」
「ああ……。どれ、尋問開始だ」
おおう、いきなり尋問ですか。アンタも人が悪い。
「ハンドガン持ってるよな?」
「護身用にちゃんと常備してますよ」
「よし、万が一に備えろ。……俺が先頭で行くか?」
「いえ、ここは私が」
「そうか。……じゃあ、頼むぞ」
「了解」
私は尻ポケットに入れていたハンドガンを取り出す。
陸上自衛隊の時代から採用されている9mm拳銃。
これは陸だけでなく海空でも共通の装備として採用されている。
弾薬確認。大丈夫。問題なし。
カシャッと安全装置解除。
……では、
「そこの人、なにをしているの?」
私は陰から出て銃を構えた。
羽鳥さんも私の隣で銃を構える。
その男はいきなり声をかけられてすこぶる驚いたらしい。
肩をビクッとさせた後驚いた表情でこっちを向いた。
中年の中肉中背。白いTシャツに薄くて藍色の半そでパーカーを着ていた。
下はジャージ。
……なんかコーディネートがだっさいわねこいつ。
右手にはさっきまで通話に使っていたらしいスマホを持っていた。
……でも、私の知ってるスマホとはちょっと形が違うわね。新型のタイプかしら?
向こうは固まっていた。こう来るとは予想してなかったみたいね。当たり前だろうけど。
私はさらに問い詰める。
「ここは私たち国防陸軍の敷地内よ。一般人が勝手に入れる場所じゃないわ。あなた、どこから来たの?」
「ッ……!」
「ここの出入り口は限られている。そこから入ったわけではあるまいな? そこは警備員がしっかり配置に着いていたはずだ」
羽鳥さんも追い詰める。
「……」
「明らかに正規の出入り口から入ったわけではないだろう。一体どこから入った? そして、なぜここにいる?」
「……そ、それは……」
「悪いが、俺達はアンタがこの倉庫に入るあたりからずっと見ていたぞ?」
「ッ!?」
実はそのもう少し前から見ていましたが。
「さっき、そのスマホで誰かと話していたな? 誰と話していた?」
「……」
「言っておくが、あんたの通話の発言もしっかり聞いていた。なにやら意味深な発言をしていたな。何を話していたんだ?」
「……」
……一向に話してくれないその男。
いや、もう不審者か。
「……おまえは何者だ? ただの迷い猫じゃないよな?」
「……」
「……はぁ、さっきからだんまりされちゃこっちとしても困るんだがな。どうした? 何かあんなら弁明の一言でもしてみたらどうだ? え?」
向こうがだんまりなのに対して痺れを切らしたらしい。
珍しく羽鳥さんが威圧感を前面に出していった。
「……」
「それ以上黙り込むなら我々としても強行策に出させてもらう。お前を不法侵入者として連行するぞ?」
「……」
それでも、向こうはうつむいてだんまり。
……あー、もう。このままなのも埒明かないわね。
「無視……、か。仕方ない。なら、こっちも次の策に出させてもらう。悪いが、おまえを我が部隊のほうに連行する。真美」
「はい」
私は銃を構えつつその男に近づく。
向こうは動かない。もう観念したんでしょうね。
すぐ目の前にたつ。私は周りを見つつ、怪しいものがないことを確認した。
「悪いけど、少し私たちに同行してもらうわよ」
そういって、いったん銃を下ろしたときだった。
「……く、」
「?」
「くそがぁぁああああッ!!!」
「ッ! ああッ!?」
私はいきなり腕を振られた。
その男の腕は見事に鎖骨のした辺りをヒットし、私はそのまま後ろに飛ばされる。
そして床に背中から落ちた。
手に持っていたハンドガンもその衝撃で手から離して床に転がってしまった。
「ッ……!」
「ッ! ま、真美! 大丈夫か!?」
羽鳥さんが叫んだ。
クッ、しまった。完全に油断してた……。
まだ諦めたわけではないようね。
「うぁぁぁあああああああああ!!!」
男は振り飛ばした私の横を通り過ぎて全力で出口のほうに向かった。
そこには羽鳥さんが待ち構えていたが、
「と、止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
警告するけど男は止まる気配はなし。
発狂しながら全速で出口に向かった。
「クソッ!」
羽鳥さんがついにその持っていたハンドガンの引き金を引こうとした……、
まさに、そのときだった。
「「「「「おらあああああああ!!!!」」」」
「ッ!?」
出口に複数の影が見えた。
男性が数人。
……て、
「こ、この声ってまさか……」
「お前新澤になに傷つけてんだこらぁぁああああ!!!」
「許さない! 俺はお前を許さない!!!」
「新澤を傷つけるとは良い度胸だ! 貴様の行いは万死に値するッ!!!」
「貴様は人としてやってはならないことをした! 悪いがしねぇぇえええいい!!!」
例の変態たちだった。
ハンドガン無しで全員でかかって男に突進する。
男はいきなりの変態たちの説教と突撃にわけがわからないまま倒された。
そのまま“なぜか”変態たちのさらなる説教を受ける。
「貴様! なぜ新澤を殴った! 言え!」
「え、え? え??」
「とぼけるでない! 貴様の行いは万死に値する! 貴様は許されるべきではない!」
「? ……??」
「貴様は俺達を敵に回したいようだな……。新澤を敵に回すないし傷つけたら俺達が来ることをその身をもってみっちり思い知らせてやろうか!? ええッ!?」
「???????」
もう男の顔がいろいろとハテナ状態です。
そりゃそうね。いきなりこんなのに突進されて倒された後説教受けたらね。
……はぁ、
「……い、一体どこから聞き入れたのよこうなってるって……」
こいつらの耳はきっと地獄耳なのね。うん。そうに違いないわ。
と、そのとき、
「お、お前ら勝手にどこに走って……、ッ!? な、なんだこれは!?」
そこにきたのが隊長だった。
この変態たちの後を追ってきたらしい。少し息切れをしていた。
しかし、その息切れも、この現状を見て即行で引いてしまった見たいね。
相手は羽鳥さんがする。
「鈴鹿隊長、こいつです」
「? ……ッ! な、なんだこいつは? 見たところ陸軍関係者じゃないな?」
「はい。どうやら不審者のようです。ここで誰かと電話しているのを聞き入れました。ここにはめぼしいものはなかったとかそっちも今からかとか、いろいろと意味深な発言をしていたのを、新澤と一緒に聞きました」
「なにッ!? 本当か!?」
「ええ。そうだよな新澤」
二人の視線がこっちに向く。
私もそれにうなずいて肯定した。
「羽鳥さんの言ったとおりです。わたしも、しかとこの耳で聞きました。聞き間違いなんてするはずありません」
「この野郎……ッ」
隊長は一気に顔をしかめて怒りをあらわにしてその男に迫った。
そこにたむろっていた変態どもはしっかりどかせる。
で、今度は隊長のマジの説教が入ります。胸倉つかまれながら。
「貴様ッ! 詳しいことはわからんが明らかにここの関係者じゃないな!? 一体なんの目的できた!」
「……」
「そのまま黙っていても無駄だぞ! もう貴様に逃げ場はない! さっさと白状しろ!」
「……」
「さっきこいつらが言っていた電話の内容は何だ!? 何を話していたんだ!? ええッ!?」
「……」
隊長の説教もドスルー安定。
ちなみに、その間、
「だ、大丈夫か新澤!?」
「え、ええ……まあ……」
「怪我はないか? 何なら俺が手当てするぞ?」
「い、いや、単に鎖骨を腕でぶたれただけだから……」
「なにッ!? 鎖骨だと!?」
「え?」
「けしからん! 女の鎖骨をむやみやたらに触るとはなんてやつだ!」
「……は?」
「やつは変態か! 鎖骨を触ろうとかあいつは男としてのプライドってもんをだな!」
「あ ん た ら が 言 う セ リ フ じ ゃ な い わ よ !」
「お前らなぁ……」
私が上半身を起き上がらせた状態でいろいろツッコんで変に漫才が繰り広げられている中、羽鳥さんが呆れてこめかみを右手で軽く押さえる。
しかし、それでもバックでは隊長の説教が続行中。
でも、隊長もそろそろ痺れを切らしたらしい。
最後の手に出た。
「……いいだろう。お前がそう来るんなら……」
「?」
「お前を、どっかの国のスパイだってマスコミに“ばらすぞ”?」
「ッ!」
男が反応した。
……なるほど。隊長はもうこの男の正体すでに見抜いてたわけね。
スパイと来たか。ある意味つじつま合いそうね。
「そ、それだけは……」
「?」
と、彼の言った言葉に少し違和感を覚える。
声のトーンが高い。それに、いくらかカタコト。
日本語が流暢じゃなさそう? となるとこいつ……、外国人?
でも、見るからにアジア系ね。でも、韓国はないわね。なんとなくわかるわ。
……なんでわかるのかはわからないけど、なんとなくわかるのよね。わかるでしょ?
あ~自分で言っててややこしい。
となると、残りでスパイやりそうなのって……、
「……中国人?」
私の言葉に男が反応した。
すぐに、見ないふりをしたが、しかしもう隠せないわよ。
それは、隊長もしっかり見ていた。
「中国人か? お前、今の反応したろ!」
「い、いや、ちが……」
「とぼけても無駄だ! 中国からのスパイか!? そうなのか!?」
「……ッ!」
「……バラされたくなければ教えろ。一体電話で何を話していた?」
「……」
そこで、ついに男も観念したらしい。
カタコトな日本語で言い出した。
「……情報を集めていた。この国の国防状況に関する情報を」
「情報だと? 何のためだ」
「我が国のためだ……。だが、ここにはめぼしいものはなかった。だから、仲間にそれを伝えて、向こうでの活動の開始を伝えたんだ」
「仲間?」
どうやら隊長の予想通り、複数人でのスパイ活動だったようね。
しかし、その仲間が一体誰なのかはわからないわね。
でも、そこまで聞いちゃうのが隊長なわけでして。
「仲間はどこにいるんだ?」
「そ、それは……ッ!」
「つべこべ言うな! さっさと言え!」
「ヒィッ! わ、わかった! 言う! 言うから勘弁してくれ!」
完全に隊長のターンね。
もう押せ押せの状況だわ。
そのスパイは一つため息をつくと、おもむろに口を開いて言い出した。
「な、仲間は今体験航海に出ている艦に乗っている。そこで情報を集める予定だ。あっちはここより多くの情報が眠っている可能性が高い」
「体験航海? ……今日の体験航海は確か……」
そこででたのが羽鳥さんだ。
「昨日見たテレビのニュースでは、どうやら佐世保で体験航海があるようです。最新鋭艦を集めての、地方でのマリンフェスタとしては大規模なものだということでした」
「それか……ッ! どれだ! どれに乗ってるんだ!」
「そ、その中の最新鋭艦だ……」
「なに?」
「最新鋭艦だよ……、お前らだって知ってるはずだ」
最新鋭艦。
その言葉に、私はピンッときた。
でも……、うそでしょ?
「……やまと?」
私は思わず声に出した。
日本国防海軍が、世界に誇る最新鋭艦。
それの名前が、やまとだ。
「ああ、そうだ……。そこに、俺の仲間が乗っている」
「ッ!? そ、そんな……ッ!」
私は耳を疑った。
最新鋭艦のやまと。
その艦のクルーの中には……、
「お、おい、やまとって確か……」
「あ、新澤の一番上の兄さんがいたはずじゃ……」
周りにいた隊員が口々に言う。
そう。一番上の、長男坊で海軍軍人の大樹兄さんが乗っているのが、誰もが知ってる最新鋭艦のやまとだった。
そ、それにスパイが紛れ込んでるって……。
「まて……。今この時間帯じゃ、もう佐世保を出港してるはずだろ!? どうやって連絡取ってんだ!? 洋上は携帯あんまり通じないはずじゃ!?」
そこまでいったとき、それをさえぎるように右手で右のポケットからあるものを取り出して隊長の顔の前に持って行った。
それは、さっき私たちがみたスマホ型の端末だった。
「衛星通信の専用の連絡端末だ。俺達に配布されている。それで、連絡を取っていた……」
「ッ!? 専用の……!?」
「……ッ!」
なるほど、スパイに配布されているのもだったのね。だからスマホとは少し違うわけか。
で、でもそうなるとまずい……、このままじゃ、下手すれば兄さん達のほうにも危害が……ッ!
「お、おいおいまずいぞ! 洋上じゃこっちから手が出せないし、第一誰かもわからない!」
「おい! そいつの特徴は何だ!?」
「そ、それは知らない! 機密の関係で、外見や服装はそのときによって変わるから、互いに誰が誰かまでは知らされていんだ!」
「うそをつくな!」
「うそじゃない! 本当だ! いくら聞いたって俺は本当にしらないぞ!」
「ッ! ……クソッ! どうすりゃいいんだ……ッ!」
隊長は思わず怒りに任せて床に彼を投げつけた。
力が強すぎたんだろう。彼はその場で背中を痛めてうずくまった。
しかし、周りはそれどころではなかった。
艦にスパイが紛れ込んでいる。
でも、それを伝える手段がない。
いや、正確にはあるにはあるけど、今すぐとなると絶対時間がかかる……。
手軽で迅速な情報伝達の手段がない。
この男が使ってる無線機を使えれば良いけど、絶対その仲間にしか繋がらないし、下手に向こうにこっちの事情を知られても困る。
まずい。完全に手詰まりだわ。
それに、その仲間の行動如何によっては、兄さん達を含む乗員の人たちにも危害が及ぶ。
ましてや今あの艦はほかの僚艦とともに、一般客を乗せての体験航海中。
最悪、その一般客にまで知られてパニックになるどころか、最悪危害が及んだら……。
私は、そう思うと背筋が凍った。
最悪の事態を想定すればするほど、とんでもない事態だと実感した。
しかも、そいつが狙っているのは私たち軍に関する情報。
きっと機密関係に違いない。
それを奪われたら、この国、日本の国防が危うくなってしまう。
でも、それを向こうに知らせることは出来なかった。
私個人にとって、今一番頼りになるのは大樹兄さんだけ。
でも、連絡できない以上、向こうが気づくはずがないでしょうね。
大樹兄さんに頼っても、たぶん無理だろうと思った。
「……大樹兄さん……」
私は何も出来ない中、絶望的な心境になった…………




