スクランブル
―同日 PM13:32 日本国防空軍下地島空軍基地 スクランブル待機所―
「……緊張するか?」
いきなり隊長に言われてビクッとなった。
今日から僕はスクランブル待機だ。
パイロットスーツに身を纏いつつ、こうして昼食後の午後から待機している。
僕がいるのは俗に言う5分待機組というやつで、これは発進命令が下ったらたった5分で空に上がることができることからそう呼ばれている。
その後ろには30分待機組という僕達5分待機組が飛び立った後30分以内に飛び立つことが出来るものがいたり、さらに後ろには場合によっては1時間待機組、2時間待機組と続いていることがある。
これらは5分待機組などの前の組が飛んでいくと順に前にづれる。
たとえば、5分待機組が飛んだら30分待機組は5分待機組に移動。
その後ろもしかり。
で、僕達はその5分待機組。
常時スクランブルは2機体制でいるため、今回は隊長に同伴。
ほか、この場には整備士の人たちもいる。
……どう考えても最前線のさらに最前線。
新人のしょっぱなのスクランブル待機はまだ良いとして(いやよくないけど)、まさかそのさらに最前線の5分待機組に入れられるとは思わなかった。
「ま、まあ……してないって言ったらうそになりますね」
僕はそういった。
そんな僕達は今基地内のスクランブル待機所にて適当に暇をしています。
そりゃ向こうから来ないとこっちも何もすることはありません。
……まあ、そのほうがありがたいんですけどね。
「ハハハッ、まあ、そりゃそうか。なに、心配するな。俺だって新人のころでこれやらされたときは緊張して心臓が常にバクバクの状態だったからな!」
「はぁ……」
隊長の新人のころといってもとんでもないエリートのイメージしかないんですがそれは。
「まあそんな時は本でも読んで落ち着け。何なら小説が一番だな……。ほれ、例の広報室のやつ」
そういって近くの本棚から取り出したのはいつぞやの空自時代が舞台で、主人公が広報関係に行っていろいろ奮戦するあれ。
結構今でも空軍内では人気だったりします。僕も暇なときたまに読む。
「どうも。……でも隊長」
「ん? どうした?」
僕は小説を開きながら隊長に聞いた。
「いくらベテランとはいえ、よくそんな余裕かましてられますね。下手すればいきなり最前線だというのに」
「? ああ、そりゃぁな! 何度もスクランブルについてるしもう慣れたもんよ。それに、7年前の朝鮮戦争の実戦と比べたらまだまだ余裕なもんだ」
「はぁ……、そうですか」
「なに、最初は誰だってそんなもんだ。小説でも読んで方の力を抜くんだな。何事もリラックスだ」
「はーい……」
隊長は7年前の朝鮮戦争では日米韓通じても1,2を争うトップエースに上り詰めるまでに活躍して、それはその後短期間ではあったものの新人教育にも大いに役立てられた。
その後にこの新設された部隊の隊長になったのももはや必然だったともいえるけど……。
「(……ベテラン基準にされてもなぁ……)」
そうはいっても僕は新人です。
ベテランの新人時代と比べられても少し……、
「そういえば、来週からもうオリンピックか」
「え?」
テレビを見ていた隊長がそういった。
テレビのほうを見ると、なにやら来週から始まるオリンピック関連のことについてさっきからずっと特集組んでいた。
……そうか。そういえばもう来週か。
「来週の今日からでしたっけ?」
「ああ。……注目はやっぱりレスリングと新体操あたりか。まあ、数年前から優秀な若手が台頭してたしな」
「7年前とかにいた新体操の天才高校生いましたよね。ベルギーの新体操国際大会で高校生なのに金メダル取った人。それが今では……」
「ああ……。今じゃ、日本新体操の主力メンバーだ」
まったく、時がたつものは早いというもので。
高校時代主力だったメンバーはほとんどがその身を退いて新人教育とかに役立ててる一方、当時高校生とかで将来有望とか言われていた人たちは今ではもう立派な主力メンバーとして先輩達の役目を引き継いでいるわけで。
まあ、かく言う僕も似たようなもんだけどさ。
でも、隊長は今でも現役です。というか、まだまだ若い方ではないかと。
「とりあえず、レスリングと新体操と柔道は金いってほしいわな。せめてメダル獲得」
「メダルはいけると思いますよ。前回のリオでもメダルは取ってましたし、中には金だって」
「いつもそういけるとは限らんだろ。……良い意味でも悪い意味でも」
「まあ……、それはそうですけど」
あるときは金取りまくったり、そうでないときはメダルすらあんま取れないときもあるしな。
しかし、それがある意味スポーツというか、オリンピックの面白さだったりする。
「後は……、水泳とか位か」
「でも水泳最近目覚しい新人いないからいまいち伸びがですね……」
「水泳選手って大抵30近くなったら能力衰えるからな……。どうしたもんか」
まあなかには30近くなっても水泳種目出てた某やばい人もいましたが。
「俺水泳大好きだからな。ぜひともがんばってもらいたいが……。まったく、俺もこのスクランブルなかったら応援行けたんだがなぁ……」
「いやいや……、いつ来るかわからないというのに」
まあ、僕だってスクランブルなければ……。
週末あたりは基本的に1,2日くらい休暇もらえるから遠征許可をもらえれば即行で……。
……でもあんまり遠出は出来ないしなぁ……。夏季の長期休暇もらえれば良いんだけど……。
……というかそもそも、
「常にここにいないといつくるかわからないじゃないですか。遠出は無理ですよ?」
緊急に招集が掛かる場合もある。
ここは沖縄。そのさらに南の宮古島、のもう少し南西の下地島。
対するオリンピックが開催される東京は本州。
……うん。遠すぎる。
「なあに、最近来るっつっても朝鮮半島よりばっかだろ? ここいらに緊急なんてめったにくるわけ……」
しかし、
そのときだった。
「……ッ!」
いきなり甲高くけたましいサイレンが鳴った。
今までよく聞いていた。しかし、自分自身が身をもって聞くのは初めて音。
それは……、
「(スクランブル!?)」
壁に設置されているランプも待機状態の『STBY』から、緊急発進を示す『HOT S/C』と書かれている赤色に変わった。
体はとっさに動いた。
気が付けば僕は持っていた小説を座っていたソファに適当に投げ捨て、隣接しているアラートハンガーにある愛機に向けて全力疾走。
僕だけじゃない。隣でさっきまでのんきにテレビを見ていた隊長も表情を変えて全力疾走した。
さっきまでの明るい隊長じゃない。
仕事している、スイッチが入った隊長だった。
そして、同じ部屋にいた整備士も即行僕と隊長の機体に張り付き、すばやく機体点検。
その間にも僕は梯子を駆け上がってコックピットに飛び乗る。
コックピットの脇に立てかけられていたHMD内臓のヘルメットをかぶり、コックピットと接続する。
無線機内臓の酸素マスクも取り付け、顔の鼻より下がそのマスクで覆われた。
「エンジンスタート」
そしてエンジンを始動。
まずJFSと呼ばれる補助エンジンの始動をテストし、正常を示す赤いランプがついた。
次に左手でスロットルを操作、エンジン回転数を上げ、すぐさまエンジンモードをアイドルに設定。
さらに回転数を上げる。
JFSの補助エンジンの音とともに、今度はこのF-15MJの心臓であるF100-IHI-220Eの特徴的な甲高い音がコックピットにも後ろから振動とともに響いた。
すぐに回転数は上がりきり、JFSはこれで役目を終了。エンジンとしての役目をメインのF100-IHI-220Eに任せ、エンジンと連動した発動機は目の前のグラスコックピットかされたコックピットのディスプレイ群に電気を通し表示させた。
エンジンは起動させた。
今度は、HMDディスプレイを一回顔の前に下ろし、起動確認。
一回起動させ、すぐにHMDのディスプレイに必要な情報が出る。
よし、これでHMDの起動は大丈夫。
一回HMDディスプレイをヘルメットの上に上げ、外の整備士からエンジン始動確認の合図を受け取る。
そして整備士の合図とともに機体の尾翼などの機外装置の動作チェック。
エルロン、ラダー、エレベーター、スピードブレーキと、すべての動作の正常この眼でも確認し、機付長と呼ばれる機体整備の責任者の整備しからも両手を挙げての合図が来た。
最後に、もう一度電子機器の動作をチェックし、無線周波数もチェックし、左手の親指を立てて問題なしの合図。
その瞬間、整備士は兵装の安全ピンを抜き、ミサイルの接続具合をすばやく確認すると機体周りから即行で離れ、コックピットと地上をつないでいた梯子も外された。
風防も降りてきて、少しの隙間なくコックピット上と周りを覆い、地上とは完全に隔絶された。
手馴れた様子ですばやい操作だった。
僕はそんな中、一瞬だけその右主翼下にあるミサイルを見た。
白色。短距離空対空ミサイルのAAM-5Cが2発。
今回はこれが両主翼に1発ずつ。計4発装備されている。
紛れもない実弾だった。
青い模擬弾ではない。実弾だ。
僕は一瞬つばを飲み込んだ。
《無線チェック。IJYA01よりIJYA02、聞こえるか?》
隊長の声だった。
いつになく真剣だ。まあ、そりゃスクランブルだしな。
「IJYA02よりIJYA01、無線チェック、完了。大丈夫です。よく聞こえます」
《了解。指示があるまで無線周波数はそのままで固定》
「了解。指示あるまで周波数を固定」
すばやく無線でのやり取りを済ませる。
ちなみに、今言ったこの『IJYA』というのは沖縄の方言が元ネタで、一般の言葉で『勇気』って意味を持つらしい。
これは隊長が新設された部隊の隊長となったときにコールサインを決めようとしたらこれを即行で薦めたらしい。
……なんとも勇ましい名前ですね。ハイ。
僕もその名に恥ないようにしなければ。
その間にもアラートハンガーのシャッターが開放され、今日も光り輝く青い空が僕の視界に入った。
無線がまた隊長の声を発する。
《Shimojijima tower,this is IJYA01.Recest scranble order.(IJYA01より下地島タワー、スクランブル発進許可を求む)》
《IJYA01,scranble order roger.Runway 35.(IJYA01へ、スクランブル要請承認。使用滑走路は35番)》
《IJYA01,roger.scranble(IJYA01、スクランブル発進承認確認。スクランブル発進する)》
無線でタワーからの承認が来た。
それに合わせて隣にいた隊長機がタキシングを開始。
すぐ目の前にある35番滑走路に向かう。
少し遅れて、というより距離を置いて僕も左手のスロットルを少し前に倒し、機体を前進させた。
ほんの少しのガクンッというゆれとともに、機体は滑走路に向かう。
格納庫を出るとき、機体そばにいた整備士に感謝の意味もこめて左手を軽くあげていってきますの合図。向こうも返してくれた。
このスクランブルのサイレンが鳴ってからの今までの時間、ざっと見積もっても大体2分弱。
この後滑走路に出て離陸するまでを考えても、アラートハンガー自体が元から滑走路に近いところに設置されていることもあって、5分と掛からない。
まあ、滑走路近くになかったがアラートハンガーの意味がないんですがね。
それくらい早く発進ができる。スクランブルとはそれくらい急を要するんです。
太陽の光が風防を通して、その明るい日差しを送ってきた。
とたんに目がまばゆくなる。
しかし、すぐになれて今度は一回あげていたHMDディスプレイを顔の前にもう一度持ってくる。
すぐに必要なデータを表示。
目の前にはデジタル表示されADI(水平指示器)や、その脇には高度計や速度計といった見慣れたデータが表示されていた。
滑走路に向かう中、さらに無線が声を発した。
《IJYA01,order vector 3-4-0,climb ALT 33,contact channel 1,read back.(IJYA01、スクランブル指令伝達、方位3-4-0、高度33,000ftまで上昇後、チャンネル1に切り替えDCレーダーサイトとコンタクトせよ。復唱どうぞ)》
《IJYA01,vector 3-4-0,climb ALT 33,contact channel 1.(IJYA01、スクランブル指令、方位3-4-0、高度33,000ftまで上昇後、チャンネル1に切り替えDCレーダーサイトとコンタクト)》
《IJYA01,read back is correct.Wind calm,runway 35,cleared for take-off.(IJYA01、復唱に間違いなし。風は微風、35番滑走路からの離陸を許可する)》
《IJYA01 roger.Runway 35,cleared for take-off.》
離陸許可が出た。
そのまま機体は滑走路に進入。
長い灰色のランウェイがまっすぐ視界に納まる。
《IJYA01,take-off.》
僕が滑走路上に出て離陸体制を整える前に、先に隊長は離陸。
それに少し遅れて僕も離陸する。
「IJYA02,take-off.」
左手のスロットルを前に倒し、同時に機体が一気に加速を始める。
後ろからエンジンの回転数が高くなったときの甲高い音が聞こえてくる。振動とともに。
機体が雷鳴のような音をとどろかせるのを聞きながら、僕は右手の操縦桿を引く。
機体はすぐに反応した。ふわりという感覚とともに地上を滑走している振動は消え、今度は機体に下から持ち上げられている浮遊感に襲われる。
離陸完了。
機体の上昇角を安定させ、隊長機のそばについた。
《IJYA01,airbone.(IJYA01、離陸完了した)》
《Shimojijima tower roger.Change channel1 and contact SOUTH EYE.Good-Luck.(下地島タワー了解。所定事項どおり周波数をチャンネル1に切り替え、那覇防空指揮所と通信を行なえ。健闘を祈る)》
《IJYA01 roger.Change channel1 and contact SOUTH EYE.Thank-you.(IJYA01了解。所定事項どおりチャンネル1に切り替えた後那覇防空指揮所と通信を開始する。ありがとう)》
SOUTH EYEとは那覇防空指揮所のことで、無線ではこう呼んでいるだけ。
日本には4つの指揮所があり、三沢・春日・入間ときて、そして那覇とある。
那覇は南にあるので、南の防空の目ということでこう呼んでいる。
《IJYA01よりIJYA02、周波数切り替え。チャンネル1》
タワーからの指示通りだ。
空軍ではいちいち無線周波数切り替えるのが面倒なので、こうやってチャンネルをいくつか設定してその中で無線周波数の切り替えをしている。
このうちチャンネル1はそのうちの一つ。
「IJYA02 roger.チャンネル1に切り替え」
すぐに周波数をチャンネル1に設定。
すると、また無線が声を発する。
《IJYA01 to SOUTH EYE,recest target position.(IJYA01よりサウスアイ、目標の位置を教えてくれ)》
目標への誘導要請だ。
ここからは那覇防空指揮所との交信となる。
無線がすぐに答えた。
さっきまでの男の人の声ではない。女の人。
女性軍人。WACの人だろう。
《This is SOUTH EYE to IJYA01,loud and clear,redar contat,vector 3-4-0,climb ALT 33.(こちらサウスアイよりIJYA01、無線感度良好、レーダーで捉えました。方位3-4-0、高度33,000ftまで上昇してください)》
《IJYA01 roger.vector 3-4-0,climb ALT 33.(IJYA01了解。方位3-4-0に向け、高度33,000ftまで上昇する)》
方位3-4-0。もう少し左にずれるね。
隊長機についていき、少し左に進路をずらしつつ目標機に向かった。
《……大丈夫かルーキー? 緊張してるか?》
「え? ……あ、はい。大丈夫です」
《リラックスしていけ。心配するな。何かあったら俺を頼れ》
「了解」
こういうときの隊長はほんと頼りになる存在だ。
朝鮮戦争での実戦経験があるってのが大きい。
訓練ばっかりな人とそれに加えて実戦経験もある人とは大きな違いだ。
僕こそ、隊長の足を引っ張らないようにしないと。
「……あと隊長、」
だが、
《? どうした?》
「えっとですね……、初のスクランブル待機だってのに……」
「フラグを立てるのはやめていただきたかったのですが」
朝鮮半島よりだからこないとかいった結果これである。
その瞬間見事にフラグ回収ですよ。
どっかのシューティングゲームで、帰ったら花束かって届けようて結婚しようとしたリア充キャラが即行でフラグ回収して撃墜されて戦死したときのあの回収までの時間と良い勝負ですよこれ?
《……気にするな》
「逃げないでくださいよ」
こっちのフラグ回収時の被害()。
《……ま、まあとにかく、あんまり時間をかけたくない。少し急ぐぞ》
「……了解」
妙に納得がいかないが、まあ今はそれどころではないしね。
隊長機が少し増速したのに合わせて僕もスロットルを前に少し倒して増速した。
その先にいるはずの目標機までは二十数分掛かる見込みだった。
……だが、
この後、まさかあんな事態になろうとはこのとき予想できるはずもなかった…………




