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サブマリナーの帰還

―5月24日(日) PM12:55 呉海軍基地 SSそうりゅう―





「本艦浮上。ドックからの誘導ビーコンを探知。これより入港します」


 ソナー員兼オペレーターである『澤口雄大』少尉が報告した。


 司令室内でのディスプレイでは、呉基地にあるドックのひとつに誘導ラインが向かっていた。

 このドックは数年前に呉に新設されたもので、潜水艦基地をおいている呉でも簡単に補修を受けれるようにする目的があった。

 今回は本艦の長期航海における艦体の定期点検の目的も含めて、バースではなくドックに入港する。


 私はその報告に即座に答えた。


「了解。ビーコンに乗れ。速力前進半速。これより本艦は2番ドックに入港。入港用意」


「2番ドック。入港よーい」


 そこからは手順はいつもの接岸とほとんど同じ。

 誘導電波に乗り、潜水艦2番ドックに向かう。


「……久しぶりの呉ですな。艦長」


 隣にいた『小野憲次』副長が言った。


 ……約1ヶ月に及ぶ長期遠征だったからな。そりゃ懐かしくも感じるか。

 しかもほとんどもぐりっぱなしだったからな。


「確かにな。約一ヶ月ぶりか」


「はい。……今日は天気もいいようですな」


 ディスプレイに出ていた呉の町並みを見ていった。


「ふむ。……どれ、呉の町並みでも見てくるか」


「お供します」


「うむ」


 そして、私は艦橋に出る。







「……今日はいい天気じゃないか。雲もほとんどない」


 涼しい風が顔をなぞる中、私は空を見てそうつぶやいた。


 目の前には久しぶりの呉の町並み。そして、空は青々としていた。

 所々雲はあるが、ほとんどない。


 見事な快晴だった。


「呉の町並みも久しぶりに見ますな。……幸い天気もいい」


「ああ。……たった一ヶ月留守にしただけなのに、結構久しぶりに感じるな」


 呉の町並みはもう見慣れたものだ。

 私がこのそうりゅうの艦長の任を受けて以来、もう何度となく見てきた。

 ……といっても、つい2,3ヶ月前になったばかりなのだがな。


 呉基地の周りもいつもどおりだ。

 各バースにはそれぞれの駆逐艦や潜水艦がいた。

 ……中には、


「? ……DDG-178……? あしがらか?」


 あたご型イージス艦2番艦のあしがらの姿もあった。

 しかし、あしがらは佐世保の所属だったはず。

 一体なぜこんなところに……?


「ああ、甲板上に人がいますな。……一般客でしょうか?」


「一般客? ……ということは体験航海か」


 なるほど。どうりで甲板上に大量に人がいるわけだ。

 呉での体験公開イベントは昔からあったが、今日がその日だったか。

 私も昔自衛隊時代によく親父に連れて行ってもらったな。

 ……尤も、そのたびに自衛隊に対してうるさい輩がいたがな。


「……お、艦長見てください。手振ってる人がいます。子供でしょうか?」


 近くにいた見張りが言った。


 あしがらの前甲板を見ると、そこから結構な人が私たちのほうを見ていた。

 その中で何人か。小さいからおそらく男女の子供だろうが、必死に手を振っていた。

 ……私たちがいるのが見えるのか。いい視力をしているな。


「……どれ、ファンサービスだ。お答えしてやろう」


「ええ」


 そういって私たちもかぶっていた帽子を取ってそのまま手を振った。

 向こうに見えるように、結構大きく。

 すると、どうやらこっちが手を振ったのが見えたらしい。子供たちは喜んでいるようにはしゃぎ始めた。

 ……なんとも懐かしい気持ちになるな。

 私も、護衛艦に乗ったとき動いている艦を見たら即行で手を振っていたものだ。

 潜水艦水上艦問わずな。


「(……我々もすっかり認められたものだ)」


 昔とは断然に違うな。

 それこそ、私が子供のころはまだまだ国防軍、いや、自衛隊は認められている存在とはいえなかった。

 海自に限って言えばそれは顕著で、よくまあ自称市民団体がうるさく抗議していたな。

 ……尤も、結構な人からうざがられたらしいが。

 しかし、それが今はどうだ。

 5年前の朝鮮戦争で日本国民のほとんどが現実に目覚めたということもあるんだろうが、すっかり我々はなくてはならない存在となった。

 それは、自衛隊が国防軍に昇格した事実からも見て取れた。


 我々も期待されたものだ。


 しっかりそれに答えねばならない。


 ……それにしても、


「……昔の私の息子たちのように喜んでいるな。何もかも懐かしい」


「あー、そういえば艦長は3人ほどの……」


「ああ。2人の息子と1人の娘がいる。今では見事に陸海空に分かれて軍人をやっているよ」


「艦長の後を追ったんでしょうな。……今では立派な軍人でしょう」


「……それぞれでがんばってるだろうな」


「特に長男さんは、確か最新鋭艦の……」


「……やまとの乗員だ。軍オタミリオタが高じてだろうが、よくまああそこまでいったものだ」


「好きこそものの上手なれ。……てやつですかね?」


「使い方あってるのかそれ……」


 と、そんな会話をしていると、


『司令塔より艦長、まもなく2番ドックです』


 この声は澤口君だな。

 気がつけば、もう目の前に2番ドックの大きな建屋が見えていた。


「了解。一時速度を減速。艦を反転させろ」


『了解』


 ドックに入るにあたって、いったんその場で艦首を逆にむけなければならない。

 いったん面舵をした後停止。そのままバックしつつ取り舵でドック内に入る。

 少し面倒だが、そうでもしないと後々ドックから出るときバックで出るというめんどくさいことになる。

 車の駐車で先端から入って出るとき後方見つつバックしながら出るとのがめんどくさい上に時間がかかるのと一緒だ。

 緊急で出るときとかそれは面倒だしな。

 最初のうちにやっておくのが吉なのだよ。


『艦停止。これより後進にはいります』


「艦の操舵は航海長に任せる。できるな?」


『了解。お任せを』


『2番ドック。ゲート開きます』


 2番ドックを仕切っていたゲートが開いた。

 そこにゆっくりを艦体を後進させつつ入れる。


「……この後は訓練報告した後どうします?」


「そうだな。……許可が出たらあしがらのほうに行ってみるかな。許可が出たらだが」


「ファンサービス旺盛ですな。……許可でますかね?」


「そうはいっても、向こうだって体験航海まで時間たっぷりあるだろ?」


「後1時間以上ありますな。……なんだって向こうはこんな早い時間からいるのか」


「それだけ楽しみにしていたってことだ。……とにかくそうしとくよ。君は?」


「私は艦の保守点検の監督がありますので」


「ああ、そうか」


 副長も大変だな。

 本当は別に出る必要もないのに「私たちの艦をしっかり診ておきますよ」とか言ってそれに付き合うんだからな……。

 元は水上艦希望で潜水艦のりにそれほど思い入れはないはずなのに、ある意味潜水艦大好きの私より大事にしてるな。うん。


『2番ドック入港します』


 その報告と同時に、艦はドック内にはいった。

 青空の代わりに今度はドック内の大きな数ある照明が私たちと艦を照らした。

 そして、完全にドック内に入港すると、目の前のドックの隔壁がしまった。

 同時に、艦を固定するハンガーアームが接続され、ドック内の排水が行われる。


 その間に、


『アーム接続完了。ドック内排水開始』


「了解。……入港手順全クリア。各員、ご苦労だった。休息にはいってくれ」


 私がそういうと、艦の右側からタラップが接続された。

 そこからドックのほうに足を踏み入れることができる。


「じゃ、私は司令部に訓練報告をしてくる。艦のほうは頼んだぞ」


「了解。おきおつけて」





「新澤博嗣艦長」





「うむ。では、行ってくる」


 私は艦橋を降り、一時艦を後にした。


 ドックに下りる。

 そして振り返って、相棒であるそうりゅうをみた。


「……準新型潜水艦の1番艦……。こいつも結構な年月働いてるんだよな」


 もっとも、今では新たに『ひりゅう型』が登場して最新型ではなくなったがな。

 2009年に就役して以来はや11年か。

 まだまだ現役でいくだろうが、これはまたベテラン中のベテランだろうな。


「……フッ、いかんな。親父の影響か、艦に対する感情移入が激しいな」


 親父が昔よく言っていたな。


「艦に魂が存在する」……ってな。


 まったく、いくら万物に神が宿る日本とはいえ、さすがに軍艦は想定外だろう。

 神だってどうやって軍艦という名の機械に神を宿すんだ。

 生身のものに限るだろう、ああいうのは。


「……まあ、いたらいたでまた面白くなりそうだがな」


 しかし、そんなのいるわけはないな。

 期待するだけ無駄だ。


「……さて、」







「さっさと報告してくるか……」








 私は早足で司令室に向かった…………

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