出会いは突然に
―5月8日(金) AM11:45 新島東25海里地点 DCGやまと艦橋―
「……今日も晴れてんな~」
艦橋から入ってくる青い空を見て俺は言った。
現在訓練等を終えて横須賀に帰頭中。
今回も今回とて疲れただす。
そして、それまでの途中俺は舵を握っています。
この航路もよく通ってるからもはやなれたもの。
いや、舵を握ること自体もうだいぶ慣れたわ。
……まだ数ヶ月しか握ってないけど。
「……今日もいい天気だ。何かいいことがありそうだな」
とたんに航海長がいった。
いいことねぇ……。それ言っていいことあったためしがないんだがな。
「また天気占いか?」
海原副長が言ってきた。
これまた唐突やな。
「まあそんなもんです。……雲も少ないですし、何かありますよ今日は」
「……私の経験が確かならそれを言って何かあったためしがないんだが」
同意させていただきますぜ。
「まあまあ、そう言わずに。……そう思ってたら気分的にも楽になりますぜ? ポジティブにポジティブに」
ポジティブとは言うが別に今日は何もやなこと一回もないんだけどな……。
……何かあってもいいようにってか?
「新澤少尉、交代入ります」
すると、後ろから声をかけられた。
……と、もうこんな時間でっか。
「お疲れ様です。じゃ、後はお願いします」
「了解」
俺は交代の人に舵を任せ、その場を譲る。
……さて、ここから少しの間休憩になるわけだが、どうしようかな。
時間的に見ても昼食にはまだ若干早い……、というか、そもそも今現在別段腹が減っていない。
……となると、あそこで一服か、
「……? どこにいくんだ?」
「見張り台です」
「……ああ、いつもどおりか」
「うす。では失礼して」
「おう。あ、寒いから隔壁閉めといてくれ」
「了解」
俺は右舷の艦橋隔壁扉を通って、右舷見張り台に出た。
ついでに、隔壁も閉めておく。
……でも言ってたほど寒くないな。
俺は暇さえあればここに出て休息をとるのが日課。
ここは風もよく通るし、俺的には休憩場所には最適なんですわ。
現在17ノットで横須賀に向けて航行中。
……うん。今日もいい風が来ている。
「……やっぱここだな」
俺は手すりに背を向けて寄りかかりつつ言った。
今までの仕事での汗を華麗に流してくれる風。
それが俺の額を静かになぞった。
……結構気持ちいものである。
……さらに、
「……今日も空は青いね~」
最近天気はよかったが、今日も今日とて青空である。
こういう日は確かにいい気分にはなるな。
海を青と空の青が見事にマッチしててな。
ここからの景色は結構最高だ。
艦首のほうを見ても、その海の青を白いしぶきで綺麗にかき分けてる辺り波も穏やかだしな。
……ふぅ~、
「……今日も気分よく過ごせそうだ」
そう言いつつ、ふと、艦橋上のふち……って言えばいいのか、艦橋の窓の上のほうを見たときだった。
艦橋の上は普段は特に使用されることはないけど、電子機器が一部艦橋上に居座っている。
で、一応はそこにも階段でいけるようにはなっている。……いけるってだけだけど。
ついでに柵もある。簡単なやつだけど。
「……?」
そこに、なにやら一人の人影を確認した。
柵の外側に出て、足を外側に出して艦橋上部のふちに座っている。
大雑把に見たところ、大体見た目的な年齢は17~18くらいだと思う。
女性で、白い長袖の国防海軍服第1種夏服を着ている。
ただし、下は少し短めのスカート。これまた白い。
短髪の黒髪。
どうでもいいと思うが、お世辞抜きでかわいいと思ってしまった。よく見えないが。
そして、その目線は空を見ていた。
……というか、ここまで説明しといてなんだが……、
「……誰だあいつ?」
うちの艦には女性軍人はほとんどいない。
いるとしても医務室の衛生科の人や食堂の人くらいで、ほかは全員男。
ましてや、その数少ない女性軍人には申し訳ないがここまで若くないしかわいくない。
……一体どちらさんですかね?
というか、なぜにそんなところにいるのか。しかも外に足を出してブラブラしてやがる。
下手すりゃ艦橋から見えるだろ。大丈夫かこれ。
「……いつの間にあんなところに……」
でも、ほんとにここにいたやつなら、あそこに行く段階で誰かに見つかってもおかしくない……。
どこにいたんだ? というか、そもそもなぜそんな目立つところにいるんだ?
……怪しいな。まさか……、
「(……密航者か、それとも不審者……?)」
……いや、前者はないな。
そもそも日本からでて日本に帰ってくるのに一体密航する意味があるのかと。
港ですら同じ横須賀なのに。
それに、洋上で乗り込むにしても無理があるな。夜間ですら常に航行している上見張りが目を光らせてるってのにそれにバレずに乗り込むのは無理がありすぎる。
必ず何らかの形でバレるだろう。
後者の不審者にしても何の不審者なのか……。
……つか、いずれにしてもこんな若い女の子にできるわけがない……。
「……」
俺はふともものポケットに入れていた護身用のハンドガンに手をかけつつ、彼女に近づいた。
向こうは相変わらず空を見ていた。
……よし、決意はついたぜ。
俺は彼女に声をかけた。
「……おい」
一発目。
ただし、無視される。
……おいおい、こんな結構近くでいってんのに聞こえないはないだろう。無視パターンですかこれ?
今度は少し声を張り上げて、
「……おい! そこの女の子!」
「……、?」
そこで、やっと俺の声に反応したんだろう。
あたりを見回し始めた。
「ここだよ。右舷見張り台見てみ」
「? ……あ」
そこまで言ってやっとこっちを向いてくれた。
こっち向かせるのに少しばかり時間がかかったわ。
……まあいい、とりあえず質問だ。聞きたいことがいくらかあるのでな。
もちろん、ポケットに入れているハンドガンを向こうから見えないようにせねばな。
「お前なんでそんなとこいるんだ? この艦のクルーではないな?」
「……え?」
すると、向こうはポカーンとこっちを見下ろしていた。
……いやいや、えっとか言われても困るんですがそれは。
……あ、というかよく見たら向かって右側の頭に白い数字をあしらった髪飾りもあるな。
えっと……、190?
あれ? これやまとの艦番号と同じじゃん。これなんて偶然?
……って、今それはどうでもいいんだよ。とりあえず……、
「お前何者だ? 答えの内容によっては相応の処置を取らせてもらうが……」
「あ、あの……」
「ん?」
「そ、その……。その前に、ひとついいですか?」
「え?」
今度は向こうが質問の番か。
……ふむ。まあいいだろう。
まだ急ぐときではないしな。聞いてやるか。
「いいぞ。言ってみ?」
そう答えて向こうが言ったのは……、
「あの、えっと……。あなた、私が見えるんですか?」
こんな意味不明な質問であった。
なのでもちろん、
「……………………は?」
俺は逆にポカーンとしつつそういった。
……いきなり何を言ってるんだこいつは?
見えるんですかって、見えるから声かけたんじゃないか……。
「ま、まあ、見えるっちゃあ見えるけど……、それがなにか?」
「……え? 見えるんですか?」
「ああ、見えるぞ? というか、見えるかお前に質問してるしお前の問いに答えてんじゃん」
「……ッ!」
「……うん? どうした?」
すると今度は驚きの表情に変わった。
……え? 今の答えのどこにそんな反応の要素が……、
「……え」
「え?」
「ええええええーーーーー見えるんですかあああああーーーーー!!!!!?????」
「うわぁい!? な、なんだよいきなり!?」
と思ったら今度は叫びやがった。
俺も近くで叫ばれたのでびっくりした。
……だから、俺の今の答えのどこにそうの反応の要素があったんだと……。
というか、隔壁扉閉めといてよかったわ。これあけてったら即行中にまで俺の叫び声聞こえて面倒なことに……。
「……わ、私が見えるんですか!?」
「み、見えるって……、しっかり俺の視界に捉えてるって、それがどうかしたのかよ……」
「……ッ!?」
と、またそのまま固まった。
……もうさっきから何なんだよ……、いろんな意味で怪しくなってきたよ。いろんな意味で。
もうこっちとしてもどう相手すればいいのか……。
「……何度も聞いて申し訳ないですけど、本当に私の〝姿〟が見えるんですか?」
「しっかり国防軍服着た女の子が俺の視界にいますが?」
「……特徴は?」
「黒い短髪で容姿的には結構かわいかったりしますがこれで十分ですか?」
「……あ、ハイ。大丈夫です」
……おい、顔赤くしてるんじゃないよ。
褒められたのがそんなにうれしかったのかね。
まあ、事実だからしゃあないか。
「……そうか……、私が見えるんだ……」
で、今度は自分でブツブツと……。
……ふむ、ここまでの向こうとの会話内容を換算すると、どうやら……。
「……何か重要な秘密的なのがあると見た」
「え!?」
図星らしい。即座に反応した。
……わかりやすいやつめ。
「……図星だな?」
「……」
また赤面する彼女である。
……感情表に出しやすいんかね?
まあ、感情表現豊かでなおよろしいですがね。そういうタイプの女性は嫌いではありませんがね。むしろ好きなタイプですがね。
「……差し支えなければ支障が出ない程度に説明を求めるが、どうだ?」
向こうもあごに手を当てて考え始めた。
……やっぱり、何か持ってるのかこいつ。
少しして、決心したらしく、こっちを向いていった。
「……わかりました。私自身の存在について、全部説明します」
どうやら了承してくれたらしい。
……存在、といったのがちょっと気になるが、まあいいだろう。
「……そうか」
とりあえずそう返した。
よし、ここから彼女の秘密暴露大会が始まるのか。楽しみであるな。
「待っててください。すぐにそちらに向かいますので」
「? ……あ、ここか?」
艦橋上部から露天艦橋に来るにしてもほんの少し時間かかるしな。
まあいいか。少し待ちますかね。
「焦んなくていいよ。ちゃんと待ってるから」
「いえ、お気になさらず。すぐに行きますので」
「え?」
そういったと思ったら、俺の反応をほとんど待つまでもなく彼女が右手を艦に、左手を胸に当てた。
すると、彼女の周りが青白く光り、そして……、
彼女自身が、その場から〝消えた〟。
「………………え?」
……ええ、消えたんです。跡形もなく。
青白く光ったと思ったらいきなりその場から消えてですね……。
……って、
「はああぁぁぁああああうそおおぉぉおおおお!!!!????」
あ、ありのまま今起こったことを話させてもらう!
青白く光ったと思ったら彼女が一瞬で消えやがったんだ!
な、何言ってるかわからねえと思うが、俺だって今現在理解できずに絶賛パニック中だ!
ただのパニックじゃない! 大パニックだよ!
「お、おい、新澤一体どうしたんだよ? いきなり叫びやびやがって」
すると、隔壁扉を開けて航海長が顔を出してきた。
さすがに艦橋内部にも聞こえていたらしい。
「あ、え、えっと、その、そのですね」
「落ち着け。一体何見たんだよ? 幽霊かなんかか?」
こんな太平洋の真っ只中で幽霊なんか見るか!
「あ、え、えっと、今なんかいきなりここにいた女の人が消えてですね、えっと……」
「すまん、さっきから何言ってるかわからねえわ」
「あ、ええっと、つまりですね……」
こっちが説明のために言葉をあたふたと探していると、向こうがため息をついた。
「……はぁ、とりあえず落ち着け。海でも見て心を落ち着けるんだな」
「あ、いや、だから……」
そういって航海長はこっちの返答も待たずにまた艦橋内に入って隔壁扉を閉めてしまった。
……クソッ、一体どうなっていやがる!?
「……い、一体どこに……ッ!?」
俺はその彼女がもともといたところに近づいた。
といってもそうなると露天艦橋の一番前になるが、そこにはやっぱり彼女はいなかった。
どこを見回してもいない。下の甲板にも視線を移したが……、
「……い、いない……」
どこにもいなかった。
……まあ、普通に考えて飛び降りたりしない限りいるわけないが。
俺は甲板を見るために乗り出していた顔を引っ込めつつ、考えにふけった。
あれは科学的な代物じゃない。素人が見てもわかる。
……だとしたらなんだ? 魔法的なものか?
いや、ありえない。どっかのパンツアニメじゃあるまいし、そんなのこんな科学まみれの現代世界であるわけない。
「……あいつ、一体どこに消えやがったんだ……ッ!?」
そうつぶやいたときだった。
「ここですよ。あなたの後ろにいます」
これほど俺の後ろの存在に恐怖を覚えたことはなかった。
その声は後ろから、まるで俺の考えや行動などを読み取っていたかのように届いた。
……いや、この声がけのタイミングといい、たぶん読み取ってやがる。
俺は恐怖心に駆られながら、ゆっくりと顔から後ろを向いた。
……すると、
彼女はいた。……俺の、少し離れた後方に。物音を立てるまでもなく。
「…………ッ!!??」
俺は体を完全に後ろに振り向かせ、そのまま固まった。
信じられなかった。物音を立てず、あの短時間でここまできたという事実を、俺は受け入れることができなかった。
直線距離じゃ近いが、構造上そうすぐにここにくるわけにも行かないはずだ。
そもそも、そんだけ短時間できたのに物音ひとつ立てないで、しかも俺に気づかれづにくるとか……。
……いや、最初の青白い光りからの消失の時点ですでにおかしいのだが。
なんだ? じゃああれは空間転移かなんかするときのエフェクトだとでも言うのか?
んなはずあるか。そもそも空間転移技術なんてどこのSFの話だっていう……。
「……」
ここでとどまっても仕方がない。
俺はゆっくりと彼女の前に近づいた。
彼女は顔色一つ変えず、俺の顔を直視していた。
……まるで、「まあそうくるだろうな」といわんばかりに俺の反応や状態をすでに予見していたかのように。
そして、俺は彼女の前に立って、そこで彼女の顔を直視した。
相変わらず表情を変えないが、俺はこの時点でこいつがただの人間じゃないことを悟っていた。
彼女に見えないように右手でかざしていたポケットのハンドガンを、さらにポケット内に深く手を突っ込んで持ち手のところを軽くつかんだ。
……只者じゃないことはすでにわかってる。後は、ここからどうやって話を持っていくかだ。
たぶん、やろうと思えばこっちに攻撃することもできるはず。いつでも反撃できるように……。
……そして、
「……お前、一体何者だ?」
俺は声のトーンを低くして、威圧感満載で言った。
彼女は軽く微笑むと、俺の質問には答えず、逆に質問で返してきた。
「……時にあなたは、」
「艦魂って、ご存知ですか?」
「……艦魂?」
俺は一瞬頭の中にハテナが浮かんだがそれは一瞬の話。
その次の瞬間、一気に記憶がよみがえる。
……知らないはずがなかった。それに、あのとき、一週間前の会話でも……、
〝お前、艦魂って知ってるか?〝
〝艦の魂って書いて艦魂ってやつ。〟
こんなことを、一緒に飯を食っていたあいつも言っていた。
……まさか、いや、そんなはずは……、
「……ま、まさか……」
「……その様子だと、どうやらご存知のようですね」
俺の今言った一言のつぶやきだけで俺の言いたいことを悟ったらしい。
そういったと思ったら、今度はその答えを待ってましたといわんばかりに満面の笑みを浮かべていった。
「では、改めて自己紹介させていただきます」
俺が驚愕の表情で固まっているのを放置しつつ、彼女は口の前に軽く握った右手を持ってきてコホンッと咳払いしつつ言った。
「はじめまして。私は……」
「この艦、DCG-190やまとの艦魂の『やまと』です。以後、どうぞよろしくお願いいたします!」
そういって、見事なまでに45度に礼をした。
礼を直すと、その顔は満面の笑みを浮かべていた。
艦魂。
俺は、その言葉を聞き逃さなかった。
いや、するはずがなかった。
彼女が言ったこの言葉が示す意味を理解するのに、俺はほんの少し時間を要することとなった。
認めれなかった。いや、認めることができなかった。
アニメとか漫画とかの主人公みたいに過去にいやな事件があったわけでもなく、何か生まれつき特殊能力があるわけでもない。
先人が旧日本軍の軍人だったり、親や兄弟が全員軍人だったりする以外は、ただ単なる平凡な人間で、ただただごく普通などこにでもいるような男性の一般人であると思っていた俺が、このような状況をいきなり突きつけられてもそうすぐに受け入れられるはずがなかった。
でも、認めるしかなかった。
どれだけ認めることを拒んでも、目の前におきていたことはすべて『現実』だった。
アニメのような二次元の世界でも、漫画やゲームのような架空の世界でもない。
『現実』という世界で起きた、紛れもない『事実』だった。
俺は、にわかに信じることができない現実を、認めざるを得なかった。
「……ま、」
「マジかよ…………」
これが、俺が初めて彼女と出会った瞬間の、一連の出来事だった…………




