ラーメンアルティメイタム
「な……なんであいつがここに居るのよ!」
夜半も回り終電もなくなった聖ヶ丘駅前アーケードの一角で、深夜営業のラーメン屋の行列に並んでいたエナは愕然とした。
赤提灯の暖簾をくぐってこっちに向かって歩いてくるのは、学園の生活指導主事、轟龍寺電磁郎だったのだ。
まずい……!必死で教師の目線から顔を伏せるエナ。
名門、聖痕十文字学園の生徒が深夜に食べ歩きというのもまずいし、何より清楚なクラス委員としてのポジションを堅持した彼女のもう一つの顔が、爆食系ラーメンブロガーだとみんなにバレたら……!
多摩地区豚骨醤油の名店『とん三郎』の深夜限定ブランド『サドンデス』をレポートするためとはいえ、やはり地元店に並んだのはデンジャーすぎたか?
いや、大丈夫だ。エナは我が身を検める。黄色いジャージにマスクとグラサン。変装は完璧なはずだ。エナのトレードマーク、ツインテールの髪も下ろして、今はサラサラロングなのだ。
バレるはずない。このまま教師が通り過ぎるのをやりすごせばいい。ところが……
「ふー飲みすぎたわい。ラーメンか……どうせ電車もなくなったし。〆に一杯きめてくか!」
あろうことか。電磁郎は『サドンデス』の前で立ち止まるとエナの背後、行列の後尾についたのだ。
絶体絶命!エナの頸筋を冷たい汗が伝う。いかに変装していても、ラーメンを前にしてはマスクを取らざるをえない。それを奴に見られたら……!
ならば、取るべき策はただ一つ。
「あのーお願いがあるんですが……」
エナはくぐもった声で背後の電磁郎に話しかけた。
「人を待っているので……よろしかったら前の方に……」
教師に列を譲るマスクの少女。
「お、かたじけない。では遠慮なく」
酩酊した電磁郎は何の疑いも無くエナと列を替わる。
勝った! エナは勝利を確信した。ラーメン弱者の電磁郎は、この店が深夜、どんなラーメンを供するのか、まるでわかっていないのだ。
二十分後
「ぐぎゃ~~~!」
およそ十万スコヴィルに達する激辛殺人ラーメンを一口食した電磁郎は泣きながら店を飛び出し、後列に居たエナはなにくわぬ顔で着席。
程なくして到着した真紅のスープのラーメンを一瞥するや、『サドンデス』の看板メニュー『マックスマグマ』を涼しい顔でたいらげた。