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とある魔女と王子のおとぎ話  作者: キサラギハルカ
8/12

虹羽鳥の羽根

 そうはいっても、やはりイザベルは教師ではない。

 まあ、部屋に入るなり、やる気全くなしの目で見上げてきた末の王子相手に、にっこり笑えたところはよかったとは思う。

 ここらへんは、店を開いていたときからの癖で、どんな心理状態であろうと一応、笑顔が作れるようになっている。

 実際は、今のように心臓がバクバクいっていたりすることもあるのだが。

 そういうときに始めたたいていのことの結果は、よろしくない。


「そ、そういうわけで、太古よりのええと、ま、魔法が」


 言葉がつっかえる度に、心のどこかがえぐれていくのが手に取るようにわかる。

 本を読むだけで緊張して、このありさまだ。

 深呼吸の回数が足りなかったのでは、緊張にきくおまじないをやってみるべきだったか、それともそれとも―――?

 緊張のせいで、そんなことばかりが頭の中をずっと回り続けている。

 なんとか読み終えたときには、手元の本は、左右から加えられた力ですっかり歪んでいた。

  

「ええと、何か質問とかありますか?」


 丸まった本を後ろ手に隠しながら、営業スマイルを浮かべる。すると、読んでいる最中は一度も言葉を発しなかったエルンストが、明らかに大げさとわかるため息をついた。他人に目の前でつかれるため息は、いいものではない。それが大きければ大きいほど。


(ううっ・・・)


 イザベルは笑顔を作ったまま、固まった。心にはもう、何本ものナイフが刺さっている。原因がわかるだけに耐えるしかない。

 こちらが何も言ってないにも関わらず、エルンストは用はないと言わんばかりに本を閉じた。


「何を言いたかったのかわからなかったのに、何を聞けばいいと?」

「・・・そうですよねぇ」


 自信を持って言える。顔はひきつっている。絶対に。

 さっき、心に刺さったナイフは、まだ切っ先部分だけしか刺さっていなかったらしい。ぐさり、と根元部分まで刺さった音が聞こえたような気がした。

 やっぱり、無理だわ。とイザベルは、改めて自身の能力の限界を認めると置いてあった椅子に座った。

 白くてふかふかの椅子は、座り心地がよくてずっと座っていたくなる。

 王族が使うものは、やっぱり庶民とは違うのね。と感心していると、エルンストがドキリとすることを言ってきた。


「お前は、本当に城の魔女なのか?」

「な―――に言ってるんですか!私は、れっきとした城の魔女ですよ?選ばれたんですから」

「へえ、お前みたいな者でもなれるんだな」


 どういう意味よ、と思わず叫びたくなったが、イザベルはぐっと堪えた。

 本来のエルンストの性格は、イザベルも知っている。たまたま、孤児院への視察の様子を見たこともあるし、フランカから聞かされたこともある。この変化が、フランカの干渉が引き起こしたものであるなら、責められることではない。エルンスト本人にも自覚はないだろう。

 ぼーっと、退屈そうに頬杖をついているエルンストの声には、何の感情も色もこめられていない。ただ、聞いてきただけだ。たぶん。


(まったく、心臓に悪いわ・・・)


 再び落ち着かなくなった心臓を落ち着かせるべく、イザベルはテーブルの上の白いティーポットを持ち上げた。講義の前に、侍女がティーカップと一緒に置いていったのだ。


「少し、休憩にしましょう」


 了承の返事はなかったが、イザベルはお茶を入れた。





 2つのティーカップから、湯気が静かに上がっている。

 イザベルとエルンストも静かだった。淡々と、機械的にカップを口元に持っていっていた。

 いや、イザベルだけは内心、感動していた。


(このお茶、すごくおいしい・・・!お菓子も!どこの店のかしら?)


 ころんと丸い形をした焼き菓子は、口に入れればほろりと崩れて消える。焼き菓子の皿は、イザベルのところにしかない。エルンストにも渡そうとしたが、いらないと言われたのだ。本当にいらなそうだったので、無理にはすすめなかった。


(あー、幸せ!)


 甘いものを食べれば、心も満たされる。幸せな気持ちに浸っているイザベルとは対照的に、エルンストは、空虚なまなざしで窓の外を見ていた。

 青い瞳は、ガラス玉のようにしか見えない。


 ――――それで、エルンスト様のことだけど。いろいろなところから縁談の話があると思うの。だって、もう17歳になったのよ?王族は、政略結婚が多いけれど・・・でも、大丈夫。エルンスト様なら幸せになるわ。


 フランカは気づいていただろうか。エルンストのことを話すとき、とても幸せそうな顔をしていたのを。もしかしたら、フランカは――――

 イザベルの右手は、胸にかけた指輪に触れていた。


「城の魔女」


 窓からこちらを見たエルンストの声に、現実に引き戻される。


「休憩は終わりだ。何でもいいから、魔法を使って見せろ」

「何でも、と言われましても・・・」

「そうだな――――」


 少し考えてから、エルンストは懐から潰れた銀色の箱を取り出した。ボロボロになっている箱を開けると、中身をこちらに差し出してくる。


「これは?」

「さあ。わからない」


 白い包み紙を開ける。現れたのは、虹色の羽根が一枚閉じ込められた、手のひらにのるサイズの丸く磨かれた水晶。

 イザベルは琥珀色の瞳を大きく開けると、水晶に見入った。


「虹羽鳥の羽根ですね。珍しいわ」

「どんな鳥だ?」

「名前の通りなんですけど、虹色の羽根の鳥です。遠くの島にしか生息していないということもあって、幻の鳥とも言われていますね。一体どうしたんですか?」

「倉庫の中に落ちていた。おそらく、誰かからのプレゼントだろう」

「え?!騎士の方々に渡さなかったんですか!」

「いま、お前に渡しただろう」

「――――それは、そうですけど」

「危険物ではなさそうだな」

「・・・ええ。魔法がかけられている気配もありません」

「虹羽鳥とやらの姿を見たい。できるか?」

「羽根がありますから、それをもとに映像を作り出すのはできると思います」


 イザベルは、エルンストのテーブルに水晶を置いた。

 集中するために、目を閉じる。水晶の上に手をかざし、虹色の羽根に残されている情報をたどっていく。

 水晶の上に映像が浮かび始めた。

 始めはぼんやりしていたが、だんだん色もはっきりしていく。

 青空の下、湖のほとりで水飲みに下りてきた虹羽鳥が見えた。図鑑でしか見たことがなかった羽根は、当たり前だがその通りの見事な七色のグラデーションになっていた。

 周囲には木しかない。音を立てるものは一切なく、静かな場所だった。虹羽鳥は、凛としたオーラをまとわせ、たたずんでいる。

 虹色の羽根は、柔らかそうで触ってみたくなる。

 イザベルの願望を叶えるかのように、ふいに白い手がのびた。


(えっ?)


 いきなりのことに、イザベルが対処する間もなく、


『今日は、来てくれてありがとう。呼びかけに応えてくれるなんて思っていなかったから、嬉しかったわ』


(フランカ?!)

「この声・・・」


 イザベルは心で、エルンストは声に出して、反応していた。

 聞き間違えようもない。虹羽鳥をなでる手だけしか映っていないけれど、この声はフランカだ。


『羽根を一枚だけちょうだいね。贈り物に使わせてもらいたいの』


 エルンストは、食い入るように映像を見つめている。

 どうして、と考える前に、イザベルは魔法を止めた。

 ぐにゃりと派手に歪んで、映像が消え去る。


「消えたのか、消したのか。どちらだ」


 怒りをたたえた瞳に射抜かれるが、


「消えたんです」


 イザベルも譲るつもりはなかった。


「なら、もう一度」

「いいえ。できません」


 睨みつけられた。


「なぜだ?」


 こんな状況下で、イザベルは嘘をつく。


「もう一度やれば、これは粉々になります。それでもいいのですか?」


 それでも、と言われたらやらなければならない。

 これは、賭けだった。

 この水晶には、フランカが関わっている。フランカが贈ったものかもしれない。

 エルンストは、フランカの声に反応した。

 粉々になると言えば、命令を取り下げるのではないかと思ったのだ。

 思った通り、エルンストの瞳からは怒りが消えた。しばし、水晶を見つめた後。


「・・・わかった。いい」


 ふう、とイザベルは、こっそり安堵の息をついた。

 今のところ、フランカと2人で一生懸命にかけた魔法が綻んだ気配はない。

 エルンストがフランカの声に反応した原因を知りたいとは思ったけれど、話題にしてはいけないことだ。


(水晶も、本当は、取り上げるべきだけど・・・)


 手のひらにのせて眺めているエルンストを見ていると、そんなことはできそうになかった。  

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