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とある魔女と王子のおとぎ話  作者: キサラギハルカ
7/12

銀色の小箱

 位置としては、入口から最も遠い場所にあるその部屋は、エルンスト専用の倉庫として使われている。そこは滅多に開けられることなく、主も足を踏み入れることはない。

 誕生日を祝して行われる、舞踏会の後を除いては。


 王家によからぬ思いを抱く者がないとも限らない、と万が一のことを考え、騎士と城の魔女が中心となって行われる開封作業に、エルンストは立ち会うことを禁じられている。

 その代わりというわけではないが、安全が十分に確認された、開封後の贈り物を並べた倉庫への立ち入りは、望めばエルンストひとりでもできるようになっていた。


「合計で150点ありました」


 いつもついてくる騎士の一人が、そう言いながら鍵を開ける。流れ出てきた空気は冷たい。美術品も置かれているため、室内の温度は少し低めに設定されているのだ。


「ごゆっくりご覧ください」


 無人だった部屋の中、ドアが閉まる音が響いた。真っ先に見えたものに、エルンストはため息をつく。


「また、チワワか・・・去年とは、確かにポーズが違うが」


 実物の三倍はある真っ白な石のチワワが、お座りのポーズをとっている。頭は上向きに固定され、永久に動くことはない。

 プレゼントには、送り主の名前は書かれないことになっているが、誰から贈られてきたのかはすぐにわかった。エルンストが生まれる前に遠国に嫁いだ、犬好きの叔母からだろう。

 幼いころのことはよく覚えていないが、こうも毎年贈られてくるということは、そんなにチワワを欲しがっていたのだろうか。


 ずらりと並んでいる他のものも、似たようなものばかり。中には、エルンストの彫像をわざわざ作って贈ってくる者もいる。そういったものは、この中から永遠に外に出されることはない。エルンストが一言命じれば、外の空気に触れることもあるだろうが、決してそんなことをするつもりはないので、ずっとこのままということになる。


 いらない、と言えればいいのだろうが、父と母は許さないだろうから毎年ため息をつくことになる。

 左右の壁には棚が備えつけてあり、去年までの贈り物はそこに置かれている。去年贈られてきたポーズ違いのチワワも、そのどこかで愛嬌をふりまき続けているのだ。


 一通り眺めて回っていると、似顔絵と思われる絵が2枚、小さなテーブルの上に置かれていた。右下に『えるんすとおにいさまへ』とちくはぐな大きさの字が書かれている。これは、あの双子たちからだろう。ここに置きっぱなしにしていると、後が面倒なことになる。


 とりあえず、今日のところは引きあげることにし、絵だけを持つとドアに向かう。ドアまであと数歩というところで、ぐしゃりと何かが潰れた音が足元から聞こえた。何か、硬いものを踏んだ感触も伝わってくる。


 拾い上げたものは、銀色の小箱だった。

 小箱だったものと言い換えたほうがいいのかもしれない。加減されることなく踏みつぶされたそれは、箱とは言い難い形に歪んでいたのだから。

 かろうじて角に青いリボンがひっかかっている箱は、手のひらにのるほど小さいサイズだった。

 中身は、白い紙のようなものに包まれていて見えない。その上に『誕生日おめでとうございます』とありきたりのメッセージが書かれた紙がのっている。

 開封作業の際に身落としたのだろうか。

 通常はどんなものでも、一旦、騎士に預けることになるが――――――

 エルンストは、渡さなかった。







 イザベルは、大きく息を吸い込むとゆっくりと吐き出した。それを3回ほど繰り返す。要するに、深呼吸というやつだ。

 これから行かなければならない場所を考えると、こめかみがズキズキと痛む。

 鏡の中の自分に笑いかけて、頬が上がりきらないのに何だか悲しくなる。クマだけは必死に隠したものの、目が疲れているのは一目瞭然。

 こうなった原因は、たったひとつ。寝不足だった。


(どうして、私が講義なんかしないといけないのよ?!)


 昨日、王妃に突然言われたのだ。エルンスト王子に、魔法について講義してほしいと。

 イザベルは、先生ではない。誰かに教えたこともない。秀才だったフランカとは違い、勉強は苦手で成績もかなり悪かった。薬作りだけは得意だったので、それを活かした仕事ができたのだが。

 無理です。絶対無理です。だって私、勉強苦手だったもの。

 でも、できませんとは言えなかった。イザベルは、『城の魔女』としてここにいるのだ。たとえ、フランカの代わりであろうとも。


 着ている白いドレスも、この部屋も、フランカが残していったものだ。フランカと同じ、黒いローブを着るべきかと迷ったが、綻びやすい種類の魔法にわざわざ刺激を与えることはないと思ったので、派手すぎない身体にぴったりした、黒とは正反対の色のドレスを選んだのだ。

 クローゼットの中には他にもドレスがあったが、水色の柔らかくて薄い生地を幾重にも重ねたドレスを除いては、箱の中にしまわれたままだった。

 水色のドレスは、控え目だが繊細なデザインで、初めて見たときには、フランカにぴったりのドレスだと思ったものだ。

 最近の流行のように、袖が大きく膨らんでいたり、胸が見えるほど前の部分が開いているわけでもない。


(なんか、まるでフランカのために作ったみたいよね。こういうのなら、着てくれそうだし)


 魔女たるもの、と常に古い決まりを守ろうとしていたフランカは、着るものさえそういうものに従っていた。破って何かがあるわけではないというのに。


「・・・ダメだわ。もう、行こう」


 イザベルはクローゼットを閉じた。

 あまり深くフランカのことを考えては、魔法に綻びが生じてしまう。

 城の魔女として王族を守る。その約束は守らなければならないのだ。


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