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とある魔女と王子のおとぎ話  作者: キサラギハルカ
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彼女の願い

 ぱあ、と幼いエルンストの手元が輝き、一輪の赤いバラが現れる。

 それを、エルンストは目の前の侍女に差し出した。


「わたくしにですか?」

「うん。メイから今日がお誕生日だって聞いたんだ」

「まあ、ありがとうございます!」


 エルンストの前に跪いた侍女は、頬を赤らめながらバラの花を受け取った。

 その様子に、エルンストは本当に嬉しそうに、嬉しそうに笑う。


『なんてお可愛らしいのかしら』

『お可愛らしいだけじゃないわ。お優しいのよ』


 背後からひそひそと聞こえてくる声に、フランカの口元も綻ぶ。

 花を作り出す魔法は、この前教えたばかり。とても簡単な魔法なのだが、エルンストは目を輝かせ、こうやって毎日のように誰かにプレゼントしている。


「フランカ」


 得意そうな顔で戻ってきたエルンストに、フランカは微笑みかけた。


「よかったですね」

「うん!ねえ、フランカ」


 いつも、ここで終わってまた駆けていってしまうのだが、エルンストは大きな青い瞳でまだフランカを見上げている。


「エルンスト様?」


 エルンストは、首を傾げた。たったそれだけの仕草が、妙に可愛らしい。そう思ったのはフランカだけではなかったらしく、背後にいた侍女たちからは盛大なため息が聞こえてきた。


「フランカの誕生日はいつなの?」

「え?」


 自分の誕生日?そんなこと今まで一度も考えたことはない。

 魔女がいつ生まれるのか、誰も知らないし見たこともないのだから。

 期待を込めた眼差しでエルンストが見つめてくるのがわかった。

 答えを返せない問いかけに、闇色の瞳が揺れる。


「・・・わかりません」


 エルンストの青い瞳が丸くなった。





 ぶるり、とフランカは身を震わせた。

 首を撫でていった風の冷たさに、意識が急浮上する。

 夢を見ていた。誕生日のことをエルンストに聞かれる夢。懐かしくて痛い、昔の出来事。

 痛いけれど、あの頃のことを思い出すとどうしても微笑んでしまう。


「いい夢でも見たかい?あんたも無茶をするね。人の領域に干渉してくるなんて」

「運命の魔女様っ」


 フランカは飛び起きると、改めて跪いた。

 動いたことで、あれほど全身を苛んでいた痛みが消えているのに気付く。


「痛みは取っておいたよ。自業自得でも、目の前で苦しんでいるのを放っておくほど冷酷な魔女じゃないからね」


 心を読んだように、運命の魔女が言った。

 冷静を取り戻した今となっては、自分がどんなことをしたのかわかる。

 運命の魔女は、魔女の中でも特別な存在であり、雲の上の人だ。そんな人が司る領域に干渉したのだから、罰を受けるのは当然だった。


「お許しくださるとは思っていません。それだけのことをしたのですから」

「そうだね。あんたは私の邪魔をした。私だけじゃない。その王子の邪魔もしたんだ」

「え・・・?」


 フランカは、思わずエルンストを振り返った。

 運命の魔女は、厳しい顔でフランカを見ている。


「予言は最後まで聞くものだよ。王子は、眠りの後に真の幸せというものを手に入れるはずだったんだ。それが、あんたのおせっかいで狂ってしまった。修正はできない。私の手を完全に離れてしまったからね」

「そ・・・んな」


 フランカは震えながら、首を横に振った。

 よかれと思ってしたことが、逆効果になってしまった。あのときは無我夢中で、人間であるエルンストが百年も眠るなんて絶対に受け入れられなかったのだ。


「一体、何が起きるのですか・・・?」

「さあね。書き換えられた運命は、仮のものでしかないよ。必ずどこかに歪みは出てくるだろうね。百年眠らずとも。残念ながら、あんたは見守ることはできないけど」


 じゃあね。

 運命の魔女は冷たく言い放つと、フランカの前から立ち去った。


 しばらく呆然としていたフランカだったが、肌にしみいってくる風の冷たさに我を取り戻すと、立ちあがった。

 気絶していたのは少しの間だけだったらしい。

 夜はまだ明けそうにない。

 そのことに、ほんの少しだけフランカは安心した。





 朝の爽やかな空気の中、白いドレスを着た魔女が、きょろきょろしながら城の中を歩いていた。

 長年、遠くから眺めているだけだった城の中に今日初めて入ったのである。しかも、今日からはここで暮らさなければならないのだ。どこに何があるのか、それぞれの場所を把握するための行動だった。

 長いふわふわした金髪は一つにまとめられている。普段はおろしているのだが、仕事中はまとめるくせがついていた。

 首にはチェーンに通した銀の指輪が下がっている。指輪には小さなダイヤがついていて、時々キラっと輝きを放った。

 あちこちに視線を動かしながら歩いていく魔女の視界に、供の騎士たちを従えた末の王子の姿が入ってきた。デザインこそ違うが、王子はこの3日の間、毎日のように黒い服を着ている。


「おはようございます。エルンスト様」


 エルンストは、ちらりと一瞬だけ、全開のスマイルを浮かべた魔女の顔を瞳に映しただけで、何も言わずに歩いて行ってしまった。王子にかわって軽い会釈をしてくれたのは、騎士たちだった。

 何となく、文句のひとつも言いたくなったが、相手は王子様である。城の魔女である彼女には、何かを言う権利はない。


(しょうがない、といえばしょうがないのよね。・・・これが、きっとフランカが言っていた『歪み』)


 魔女――イザベルは、まとめている髪を手繰り寄せるとぎゅっと握りしめた。

 

(フランカ、あんたの代わりが私に務まるかしら?)


 答える親友は、もうここにはいない。どうしようもないことをして、どうしようもないところへ行ってしまった。

 そう、あれは3日前の夜のことだ―――――




 イザベルは、町の一角で薬屋を営んでいた。

 特に看板を上げていなかったので、買いにくる客といえばご近所が多かったのだが、よく効くということで評判はよかった。

 薬の調合や精製には、多大な集中力と魔力がいる。イザベルが選んでいた時間帯は、人が寝静まっている夜だった。

 薬を作り終えて時計を見ると、真夜中に差し掛かろうとしていた。集中が途切れると、眠くなる。思考を支配し始めた睡魔に、全てからめとられる前に寝る支度を済ませてしまい、さあ寝ようと硬いベッドの上に片足を乗せたときだった。


(誰よ、こんな時間に)


 ノック音という騒音が、ほとんど眠りかけていたイザベルを引き戻す。せっかく肌触りのいい寝巻を買ってきたというのに、それに浸って眠ることができないとは。

 反応しなかったからか、ドンドン叩く音は続いていた。


(明日、苦情くるかもね)


 人は、眠りに敏感な生き物である。

 それを知ってからは、気を使うようになった。

 だというのに、ドアの外にいる誰かといえば。


「わかったわよ!もう行くから叩かないで!」


 声が届いたのか、静かになった。


(こんな非常識な時間に訪問とは、何かの勧誘かしらね)


 えらく必死そうなノック音ではあった。


「どなたかしら?」


 魔法で明かりを作り出し、不機嫌なオーラをまとわせながら、指が数本入る程度ドアを開ける。訪問の種類によっては、すぐ閉められるように。


「・・・ごめんなさい。こんな時間に」

「フランカ?!」


 消えいってしまいそうなほどの細い声は、間違えようもない。太陽よりも月明かりが似合い、儚げな印象を与える親友。

 ドアノブをひっつかむ。

 何もなければ、こんな非常識な時間に訪ねてくる性格ではない―――――何かあったのだ。

 自分よりも遥かに才能も力も持つ彼女に何かが―――――

 ドアノブを目いっぱい回し、開け放つ。立っていたのは、やはり親友だった。数十年前に別れたときも黒いローブ姿だったが、今も同じ。

 ろうそくよりは確かな光に、白い顔が照らし出されている。

 フランカは、笑みを作ってみせた。


「久しぶりね、イザベル」

「フランカ!」


 叫んだイザベルとは対照的に、フランカは表情と同じく、挨拶も力ない。――――魔力が極端に減っている。

 同じ魔女であるイザベルにはわかった。

 フランカが一体何をしたのか。いや、してしまったのか。


「・・・とにかく、入りなさいよ」


 落ち着いて言えたのは、長年の近所付き合い―――ひとのことを、若づくりババアだの家が臭いだの言ってくる悪ガキへ対処するうちに身に付いた忍耐力とも言うが―――で得た経験だった。


「ごめんね」


 イザベルは、無言でフランカの腕を引っ張ると、家の中に入った。










 フランカを椅子に座らせ、お湯を沸かす。

 さっき消したばかりの暖炉にも、再度火を入れる。薪を包みながらうねる炎は、まだ小さい。手をかざして大きくする。

 ありがとう、と言ってカップを持ち上げたフランカの瞳が、きらりと輝いた。


「これ、まだ取っていたのね」


 ひよこ色をしたティーカップは、円には程遠い歪な形をしている。

 店で買ったものではなく、遠い昔にフランカと一緒にここで作ったものだった。

 あの頃は、どうやって生計を立てていくか、いろいろと試していたのだ。


「懐かしいわ。あの頃が本当に。ねえ、覚えている?あの戸棚の」

「フランカ」


 思い出に浸り始めた親友を遮るために出した自身の声は、思いのほか硬かった。

 フランカの表情が曇ったのを見て、少しだけ心が痛んだものの、話を進めなければならない。ぎゅっと腕を強く組みながら、ため息まじりの声で問いかける。


「・・・何が起こったのかは大体わかったけど、ちゃんと話して。私に用があって来たんでしょ?」

「そうよ・・・でもね、私」


 フランカは探している。視線をさまよわせながら、別の答えを探そうとしていた。

 イザベルを巻き込まない方法を。

 イザベルには、それが手に取るようにわかった。親友だからかもしれない。


「巻き込んでちょうだい。これは私が望んでやることよ。私には、まだ『使命』がないから大丈夫よ」


 肩を軽く叩くような、そんなわざと軽い口調で言う。


「イザベル、ありがとう」


 フランカは、ようやく笑顔―――というよりも泣き笑いに近かったが―――になった。

 それを見て、安堵の息をついたイザベルの両肩が下がっていく。知らず知らずのうちに肩に力を入れていたらしい。


「じゃあ、何から始める?」


 当然といえば当然の聞き方だったと思う。物事の進め方には順序があるのだから。

 手近にあった、くたびれたクッションを抱えながらベッドに座ったイザベルは、フランカの言葉を待った。

 この後、とんでもない案を出してくるとも知らず。

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