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とある魔女と王子のおとぎ話  作者: キサラギハルカ
3/12

特別な時間と運命の魔女

 エルンストは、17歳になろうとしていた。

 背もすっかり伸びて、とうの昔にフランカを追い越している。可愛らしかった顔立ちは、美しいと表現されるものへ変わっていた。

 銀髪は、肩のあたりで切り揃えることにしたらしい。青い瞳はさらに深みを増したようにも見えた。

 一方で、魔法で花を作り出しては身分を問わず贈っていた、エルンストの優しさは成長しても変わらなかった。

 目の前でつまずいたものがいれば助け起こしてやり、病に苦しむものがいれば薬と食事を与える。エルンストはできることを精一杯やっていた。

 皆から愛されているエルンストの周りには、常に誰かがいた。

 ここ数年、隣にいることが多いのは貴族の令嬢で、見るたびに相手が違っていた。

 皆、美しい少女や女性たちばかりで、エルンストと並ぶと一枚の絵画のように見えた。


 雷の夜、震えながらしがみついてきた子どもはもうどこにもいない。


 それに気付いたフランカは、少し寂しくなった。




 エルンストの17歳の誕生日を祝って開催された、舞踏会が始まった。

 9歳のあの日以来、フランカはダンスに引っ張り出されることなく、また壁にぴったりと背中をくっつけて王家の人々を見ていた。

 外では花火が打ち上げられ、夜空を鮮やかに染めている。

 今日も、エルンストは完璧だった。瞳と同じ色の服に身を包み、令嬢たちをエスコートする様は完璧としか言えなかった。

 国王と王妃も、ダンスの合間に優しい眼差しをエルンストに送っている。


 いくつもダンスが続いた後、楽団がダンス用ではない音楽を奏で始めた。

 ダンスの輪が途切れ、あちこちから談笑の声が聞こえてきたということは、休憩に入ったのだろう。

 フランカは、喉が乾いたであろう人々が、こちら側のテーブルに置いてあるワインを求めて押し寄せてこないうちに、紺色のリボンをかけた小さな銀の箱を、プレゼント置き場になっている大きな白いテーブルの上に置いた。

 テーブルの上は、もう何も置けないほどいっぱいになっていたが、フランカの贈り物は手のひらに収まる大きさのものだ。中身をエルンストが気に入ってくれるかどうかはわからない。メッセージもただシンプルに、『誕生日おめでとうございます』とだけ書いて入れた。一生懸命考えたけれど、それしか思い浮かばなかったのだ。


 フランカが箱を置いて、また元の場所に戻ろうとしたとき、エルンストの姿が見えた。

 エルンストもフランカに気づいたようで、にっこりと笑いながら向かってくる。


「フランカ」


 フランカはローブの裾を持ち上げると、深く頭を下げた。


「17になったからといって、そんなにかしこまらないで。君にまでそんな態度を取られるのは、何だか寂しい」


 苦笑とともに、さらに近いところから聞こえてきた声に、フランカは微笑みながら顔を上げる。

 ―――ああ、もうこんなに大きくなったのだ。


「申し訳ありません。あまりにもご立派になられたので。―――飲み物はいかがですか?」

「果実水をもらおうかな。そうだ、フランカ。少し風に当たりたいからバルコニーに出ないか?」



 半円形のバルコニーには、先客はいなかった。

 静かだったかといえば、それも違う。

 月が出ていない空を、色とりどりの花火が次から次に染め上げていたし、特別に一般開放されている下の庭園では、酒がふるまわれていることもあって賑わっている。ついには誰かが調子外れの歌を歌い出し、ばらばらの手拍子も加わった。子守唄だったことに、エルンストはたまりかねたようにふきだした。


「よりにもよって子守唄を歌うなんてね」


 ゆるりと、風が吹いた。バルコニーに設置されている明かりが左右に揺れる。

 子守唄は3番まであるのだが、1番が終わると聞こえなくなった。歌っていたのが子守唄だということに気付いたのだろうか。それとも、相当ろれつが回っていなかったから、歌っている途中に眠ってしまったのだろうか。

 エルンストは静かに空を見上げた。

 フランカは、さっきエルンストから渡された果実水のグラスに口をつけた。

 3口ほど飲んだあたりで、ほう、とエルンストは息をついた。


「花火を上げていたことは知っていたけれど、こんなに綺麗なものだとは知らなかったよ。もっと早くに知っていれば、去年もその前も見たのに。もったいないことをした」


 拗ねた物言いをするエルンストの整った横顔を、赤い光が照らしだす。

 フランカは、くすりと笑った。


「パーティーには主役がいなくては。主役が不在のパーティーは、つまらないものです」

「主役もつまらないものだよ。フランカが踊ってくれれば楽しいかもしれないけど」

「え?」


 フランカは目を瞬かせた。

 エルンストが、はあっ、とどこか悔しげな様子で、息を吐き出すのを瞬きしながら見つめる。


「9歳のパーティーの次の日、父上にひどく怒られた。フランカの仕事の邪魔をするなって」


(・・・そうだったの)


 たった一度のダンスとなった理由は、それだったのだ。

 初めて知った事実に、心が痛む。

 そういえばあの後、謝ろうとしたフランカに、王妃は微笑みながら首を横に振ったのだ。それどころか『ありがとう』と言われた。


「フランカ」

「は、はい」

「そんな顔をしないで。ごめんね。今だったら、父上の言うこともよくわかるんだ。フランカがどんなに大事な役目を負っているのか」

「・・・いいえ」


 フランカは空を見上げた。花火はもう終わったらしく、新たに打ちあがってはこない。煙で白く濁った闇を見る瞳は、夜空ではなく、遠い昔のあの日を見ている。ふんわりと浮かんだ笑顔に、エルンストがはっとした表情を向けたが、半分思い出に浸っているフランカはもちろん気付いていない。


「私はあの日、初めてワルツというものを踊りました。ステップを踏むのに夢中だったけれど、楽しかったんです。・・・確かに、楽しかったんです」


 だから、ありがとうございました。


 フランカは、笑った。今まで見せたどの笑顔よりも、一番綺麗な笑顔だった。

 エルンストは、息を止めていた。それに気付いたのは数秒後のこと。

 フランカはまだ、にこにこと笑っている。

 それは、この場においてはエルンストのものだった。

 エルンストだけの、ものだった。

 心にじんわり広がっていくこれは、幸せというものなのだろうか。

 いや、これは―――――



 特別な時間は、フランカが「飲み物を取ってきます」といったときに終わった。

 空いたグラスを渡して、華奢な後姿がカーテンの中に消えるのを見送る。

 そういえば、ダンスはまだ始まらないなと思っていると、ガラスが割れる音が耳に届いた。

 次に、カーテンをかき分けてフランカが再び姿を現す。


「そこにいてください!」


 声量は抑えつつも、フランカは切羽詰まっていた。


「だめだよ、城の魔女」


 しゃがれた声に、フランカがぎくりと身を強張らせる。


「私は私の役目を果たすためにここに来たんだからね」


 フランカは半分転げながら、バルコニーに飛び出してきた。

 そのまま、エルンストの前に立つ。


「静かな場所で伝えたかったのでね、城の魔女を除いて眠ってもらったよ」


 その言葉に、エルンストは下の庭園を見た。いつの間にか、すっかり静まりかえっている。目をこらせば、彫刻やベンチに寄りかかって眠っている人々の姿が見えた。

 

「さて」


 浮き上がったカーテンの向こう、一体誰が現れるのかと思っていたら、現れたのはつぎはぎだらけの服を着た老女だった。


「・・・運命の、魔女様」


 フランカが低く呟き、エルンストを庇う。


「そうだよ。わかっているだろう、城の魔女。私はただ予言を伝えに来ただけなんだ」


 フランカの警戒と緊張は緩まない。

 しばし、無言の時間が続いたあと、老女はやれやれと肩をすくめた。


「なら、そのままでお聞き。エルンスト王子、あんたはこれより3日後に100年の眠りにつくだろう。そして」

「いいえ!」


 老女の言ったことの意味を理解するよりも先に、フランカが激しく首を振りながら言った。


「いいえ!いいえ!そんなこと」


 必死に否定の言葉を口にしたフランカは、エルンストを振り返ると肩に触れて「すみません」と言った。

 なぜ謝るのだろう、と思ったエルンストは、急激な眠気が襲っていたことで理解した。

 勝手に眠らせることを謝ったのだ、と。




「確かに、守るという役目をあんたは背負っているけれどね。私の役目はどうしてくれるんだい?まだ全部を伝えていないじゃないか」


 偉大なる運命の魔女は、呆れながらも困っていたようだった。

 もしかしたら、予言の邪魔をしたのはフランカが初めてなのかもしれない。

 フランカは、エルンストをバルコニーの床に横たえてから、跪いた。


「申し訳ありません。偉大なる運命の魔女様。・・・しかし、魔女様の予言は人間にとってはむごいものです。100年の眠りのあと、この方はひとりぼっちになってしまう」

「でもね、定められた予言は成就されなければならない。それはわかっているだろう?」

「ええ・・・」


 フランカは、伏せていた顔を上げた。口は笑っているのに、黒い瞳には強い意志、覚悟そんなものが浮かんでいる。


「エルンスト王子様への予言は、」

「あんたっ?!」


 言葉を紡ぎ始めたフランカを見た、運命の魔女の顔色がはっきりと変わった。

 フランカの周囲がゆらゆらと波打っている。魔力を外に放出しているのだ。

 知らしめなければ。この世界に。

 これから何が起こるのか。


(私は、干渉する――――!)


 魔力をのせるのは、声。

 ぴりぴりと粟立つ肌は、正直だ。奪われていく体温も。

 フランカのやることではない、と全身が警告している。

 魂の奥底まで刻み込まれた、干渉してはならないという「決まり」が、フランカを止めようとしている。


(まだ、言い終わっていない!)


 フランカは噛みしめながら、続く言葉を紡いでいく。

 膨大な魔力を消費し、フランカがやろうとしているのは予言の書き換え。

「決まり」を破り、別の運命へとつなげる。


「予言は、王子様の知らない場所・時間で成就するでしょう」

「ちょっと!」


 制止の声にもフランカは止まらない。一番、制止を求めていたのは自身の身体だった。たった数行、言葉を言うだけでひどく消耗して、傍目にもわかるほどガタガタ震えている。

 意思の力だけがフランカを動かしていた。


「そして、それを、成す―――のは」


 四肢には身体を支える力は残されていなかった。石の床に顔を押しつける姿勢になりながら、目を閉じる。引き裂かれそうな痛みに、涙が流れた。もうやめろ、と全身が叫んでいる。

 震える声で、何とか最後の一言を絞り出す。


「わ、たし――――」



 





 


 

 






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