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とある魔女と王子のおとぎ話  作者: キサラギハルカ
2/12

初めてのワルツと雷の夜

 その国には、多くの魔女がいた。


 町や村、森の中どこにでもいた。

 火を操るのが得意な者、雨を降らせるのが得意な者など能力も様々だった。


 フランカも魔女だった。

 フランカは城の魔女として、王家を守る役目を背負っていた。

 魔女の色は古より黒と定められていたため、フランカもそれに従っていつも黒いローブを着ていた。数十年前から、他の色を身にまとう魔女の姿をちらほら見かけるようになっていたが、フランカはそういった流行といったものには興味がなかった。

 着飾るということにも関心がない。

 クローゼットの中には、着飾ろうと思えばいくらでも着飾れる材料があるにも関わらず、だ。

 歴代の国王や王妃に贈られたレースたっぷりのドレスも、重たげな首飾りも、一度も身につけられることなく眠っている。

 それを着ようと思ったことは一度もない。

 城の魔女としての務めに差し障るからだ。


 ・・・でも、今日は着てくるべきだったかしら。


 自分よりうんと年下の少年、けれど身分は恐ろしく高いこの国の第二王子であるエルンストに引っ張り出されたフランカは、戸惑いながらエルンストの両手を握っていた。

 頭上では大きなシャンデリアが明かりを放っている。その光を受けている今日のエルンストは、可愛らしいというよりも凛々しかった。今日のパーティー―――9歳の誕生日をお祝いして開催されたものである―――主役ということもあってそう見えるのかもしれない。輝く白い布地の服がとてもよく似合っていた。

 光を放っているかのような銀髪は、この間と比べるといくらか伸びていた。

 極上のサファイアを思わせる青い瞳が、フランカを見上げている。

 その頬は、今までに何人ものダンスの相手をしてきたせいか、暑さのためなのか、紅潮していた。


「あの、少し休んだほうがいいのでは・・・?」


 楽団の演奏はまだ始まっていない。いや、エルンストが突然ダンスを放り出し、いつものように壁にぴったり背中をくっつけて立っていたフランカを、一番目立つ場所に無理矢理連れ出すという行動に出た直後から止まってしまっているといったほうが正しいかもしれない。

 フランカはダンスなど踊ったことはない。舞踏会に出たとしても、それは王家を見守るため。それだけでしかなかったし、誰も黒ずくめのフランカにダンスを申し込む人などいなかったのだ。


「大丈夫だよ。まだまだ踊れる」


 にっこりと笑って言ったエルンストを除いて。


 シャンデリアは、フランカも平等に照らしていた。

 腰まで伸びた黒髪に黒い瞳の自分は、いま周囲にどう見えているのだろう。

 エルンストの相手には最も相応しくないと思われていることだろう。

 誰もそんな恐れ多いことはしないだろうけれど、エルンストが陰で笑われることがあれば・・・


「フランカ。もう、始まる」


 エルンストが囁いたと同時に、弦が滑らかにメロディーを奏で始めた。

 エルンストが楽団に命じたのは、ゆったりしたワルツ。

 周りもエルンストも完璧なステップで音楽に寄り添っている。

 始まってしまえば流れにのるしかなかったが、踊りかたを知らないフランカのステップは、ひどいものだった。

 エルンストの足を踏まないようにするだけで精一杯。

 この夜、フランカは、魔法を使うよりも神経を集中させなければならないものがあることを、初めて知った。


(エルンスト様が笑われませんように!)


 それだけを祈っていたフランカは気づかなかった。


 エルンストの頬が赤かったのは、ダンスを踊り続けていたせいでも暑さのためでもなかったことに。









 現国王が即位したとき、国中から歓喜の声が聞こえてきた。

 前国王の時代、国は荒れに荒れた。それでもフランカは役目に従って王家を見守り続けた。

 上に立つ者によって、国は良くもなり悪くもなる。フランカはただ一人、それをずっと見てきた。


 国王には、王妃との間に王女が1人と王子が2人生まれた。

 3人は、幼い頃こそよく遊んでいたのだが、成長するにつれてそんな姿はだんだん見かけなくなった。

 上の2人は、それぞれ10歳を越えたころから勉強が始まった。遊びの時間は当然減らされた。

そのとき、エルンストはまだたったの7歳。それが納得できる歳ではなかった。

 エルンストには、上級貴族の子息という新しい遊び相手が用意されたが、相性が良くなかったのか、2・3回遊んだだけで、子息は来なくなった。それから誰も来なかったところをみると、エルンストは一人で遊ぶことを選んだらしい。

小さな後ろ姿は、誰の目から見ても寂しそうではあったのだが、エルンストは頑として1人で遊び続けた。



 そんなある日のこと。

 ひどい嵐の夜だった。暴れまわる風は木々を乱暴に揺らし、窓にぶつかっては恐ろしい音を立てていた。雨もいつ止むともわからないほど降り続け、雷も次から次に落ちていた。

 眠ろうと自室へ向かっていたフランカは、エルンストの部屋の明かりがまだついていることに気付いた。


(どうして誰もいないのかしら?)


 警備にあたっているはずの兵士がいない。そのことに驚きつつも、扉を押すと抵抗なく開いてしまった。

 まさか、と思考が嫌なほうに傾く。


「エルンスト様!」


 部屋の中に踏み込み、眠っているはずのエルンストの姿を探そうとした途端、カーテンが全開になった窓から激しくまぶしい光が2度3度差し込んだ。

 直後、破壊的な雷の音が鳴り響いて部屋の中は暗闇に包み込まれた。

 音の余韻が去ってから、フランカは魔法で明かりを作って部屋の中を照らした。

 ぐるりとその場でゆっくりと一周しながら、部屋の中を見回す。


(あ・・・)


 寝台の上。不自然に膨らんだ白いシーツ。白い塊のようにも見えるそれの中にいるのは?


「エルンスト様?」


 そっと、呼びかけながら近づく。滑らかな石の床は、足音を殺すのを助けてくれる。

 シーツの下にいるのが、エルンストではない可能性もある。誰もいないかもしれない。

 フランカは警戒もしつつ、寝台の上の塊に触れた。

 驚かせないようにしたつもりだったが、伝わってきた震えに手が止まる。

 しばらくそのまま手を置いていると、塊が動いた。

 シーツの下から現れたのは、エルンストだった。

 安堵の息をつきながら、エルンストが眩しく感じない位置まで明かりを手繰り寄せる。

 明かりに照らされた銀の髪はぐしゃぐしゃになっている。泣いていたのだろう。ふっくらした頬にははっきりと涙の跡がついていた。フランカの顔を認めた瞬間に見開かれた青い瞳から、ぽろりと新たに涙が零れて寝台に落ちるより早く、ぎゅっと口を弾き結ぶと、エルンストはシーツの中に隠れてしまった。


「エルン、」


 最後まで呼ぶ前に、さっきよりもさらに激しい光が部屋の中を照らした。

 落雷の音はこれまでで一番大きなものだった。

 ドン、と体中に響く音に、さすがのフランカも身体を硬直させていると、何かがしがみついてきた。

 それが誰なのか、フランカにはすぐわかった。

 この国の王子で、けれどまだたった7歳の小さな子ども。

 フランカは寝台に腰かけた。すると、ますます強い力でエルンストはしがみついてくる。

 フランカは闇色の瞳を細めると、震えているエルンストの頭を何度も何度も撫でた。

 エルンストが安らかな寝息を立て始めるまで。









 それから、フランカはエルンストの遊び相手になった。

 遊びといっても、フランカができたことといえば、本を読んであげたり森に連れて行っていろいろなものを見せてあげたりすることだったが、エルンストは楽しそうだった。

 フランカによっていろいろなものを見たエルンストは、学ぶことについても強い関心を抱いたらしい。

 特に、魔法を学びたがった。

 エルンスト自身、魔力を持っていたのでそのせいもあったのかもしれない。

 せがまれたフランカは、ためらったものの、結局は折れた。

 教えた魔法は、花を出したり、小さな物を浮かしたりなど簡単なものだった。

 手品のようにも見えるそれを、エルンストは大変喜んで毎日のように使った。

 周りの人々に花を贈る姿はとても微笑ましいもので、そんな姿をどこかで見かけるたびにフランカも思わず笑みを浮かべてしまうのだった。 

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