懐かしい「何か」
久しぶりの投稿となります。短めで申し訳ない。
(舞踏会って、退屈なのね)
イザベルは、踊る人々をぼんやり眺めていた。
城の魔女は、最初から最後まで壁の花だ。誰からもダンスに申し込まれない。存在さえ、忘れられているのかもしれない。
「イザベルさま」
はい、と返して振り返ったイザベルは、見慣れた顔に固まった。
「ア、メリアさま」
なんとか、名を呼んだだけなのにアメリアはとても嬉しそうに笑いかけてくる。
「踊らなくてもよろしいのですか?」
そんな顔しないで、と心の中で八つ当たりしながら、なんとか取り繕った。
こちらの心の内など知らないアメリアは、うつむいて恥ずかしそうに微笑む。
「お恥ずかしながら、実はダンスは苦手なんです。相手の方の足を踏まないように気を使うのが大変で」
「意外ですわね。お上手そうに見えますわ」
「いいえ、そんなこと!だから、大体お二人ぐらいが限度なのです」
楽団の演奏が止まった。最初の休憩らしい。
「主の元へ行かなければなりませんので、失礼いたします。お話できて、よかったです」
「こちらこそ」
精一杯の笑顔を貼り付けて、イザベルはアメリアを見送った。
この緊張も、あと数日だけなのだからと。
(どこに行かれてしまったのかしら)
すぐに見つけ出せると思っていたのだが、エリーテ姫の姿はどこにもなかった。
あの姫君は、とてつもなく好奇心が強い。幼い頃は個性の一つと周囲も受け止めていたようだが、成長してもそれがおさまるどころか対象となるものが増える有様で、アメリアは時に暴走しがちになるそれを抑えるのも仕事の一つだった。
まだ、物に向かうのはよい。それが人に向かってしまうのは時に厄介だった。
一通り見回してみるがエリーテ姫の姿はない。風にでも当たっているのかもしれないと、アメリアはバルコニーに出た。
首筋に触れてきた風の温度に、踵を返しかけたところでたった一人バルコニーに立つ誰かの存在に気づく。
「・・・エルンスト殿下?」
声が出てしまったのは、舞踏会の主役であるはずのエルンスト王子がここにいる場面に違和感を覚えたからだった。
アメリアの声に、エルンスト王子が振り返る。
「あなたとはまだ踊っていなかったか?」
アメリアはぎこちなく首を振りかけて、はっと思い出す。自分が何のためにこの国に来ているのかを。すぐさま、顔を伏せて膝を折った。
「いいえ!私は、のエリーテ殿下の侍女でございます。・・・僭越ながら、お願いがございます!」
「願い、とは?」
「エリーテ殿下と」
続けながら顔を上げたアメリアは、エルンストとの距離がいつの間にかものすごく縮まっていることに気づき、言うつもりだった言葉を飲み込んでしまった。
エルンストは、ひどく驚いているようだった。さっきまで纏っていた、どこかぼんやりした空気はない。
エルンストの青い瞳が揺れている。
やがて、苦しげに呟かれたのは。
「あなたは誰だ?」
エルンストは、知らない。
目の前にいるこの女性のことを。
黒髪の女など、どこにでもいるではないか。
知らない、はずだ。
けれど聞かずにはいられなかった。
何かがちらついている。それは、聞けばわかるのかもしれなかった。
誰なのか、と。
どこからか、悲鳴が聞こえた。
ダメよ、と。
それは、その言葉しか知らないように、繰り返しながらこちらに迫ってきた。
「魔女」
肩で息をしながら立っている魔女は、言葉の代わりに首を横に振った。
「・・・エルンスト殿下、お戻りください」
「断る」
「でしたら、アメリア様」
「下がれ、魔女」
魔女は、明らかに緊張していた。
そのせいで顔面から血の気が引くほど。
「下がりません!私は城の魔女です。あなた方を守るのが務め」
「ここにいる誰が、危害を加えると?」
「目に見えるものだけから身を守ればよいわけではないのです!」
だから、と魔女はエルンストの前にひれ伏すと、今にも泣き出しそうな顔で言った。
「お戻りください」
そのとき、しゃがれた声が響いた。