空夢舞踏夜会
死んだはずの夢の中で僕はデタラメなステップを踏む。
死んだはずの彼の手で僕はデタラメなワルツを踊る。
気が狂ったみたいに大声で笑う僕を、気が狂ったみたいに大声で喚く彼がリードする。
観客は死んだはずの姉さんで、腰掛ける場所も無いのに座ってる。
互いの足を踏みながらのダンスは僕の意識を霞ませて、有りもしない罪の意識だけを上手に表面化させる。
それは例えようのないほどの恐怖。
なのに姉も僕も彼も馬鹿みたいに笑ってる。
そんな夢を見た日。
僕は部屋から出ることも出来ずに転がった。
出来損ないの頭を出来損ないの僕が殴りつけて、どうにかして単純に繰り返すだけの思考を止めてみた。
でもそれは一時停止のボタンを押しただけで、しばらくすればまた再生する。
手探りで探しても停止のボタンは何処にも無くて、性懲りもなく僕は頭を殴る。
しばらくそうしていれば、形式的にノックをして当たり前のように入ってくる君。
仰向けに弛緩した身体は完全に君を拒否。
存在は確認できるけど僕の視界には映らない。
見えないガラスで遮断された別の空間へ隔離。
そんな僕を見ても君は何もしない何も言わない何も感じない。
息も詰まりそうなほどの沈黙。
いっそ首でも絞めて、本当に沈黙させてみようか。
「お前、何処見てんの。」
そう君が僕を見もしないで言うから僕も君を見ないまま言った。
「何も見えないよ。この目に映るもので確かな物なんてあったっけ?」
どうせこの目に見えるのは姿形だけで本質までは見抜けない。
誰も君の本性を知らないように、双眸で捕らえただけじゃ正否も善悪も掴めない。
なのに何で君は僕をそういう目で見るかな。
臆病者の群れることしか出来ない羊の目をして、そうやって自分を押さえ込んでる。
君にひなたを見る資格なんてないのにどうしてそんな所にいるの。
僕よりよっぽどオカシイ癖に僕よりマトモな芝居をしてるなんて不公平。
いつでも頼まれなくても今すぐにでも君の化けの皮を剥ぐ準備は出来てるのに。
たとえそれで僕の息の根が止まったとしても。
なのに何で君は僕をそういう目で見るかな。
僕がオカシイみたいな目で。
君のほうが僕なんかよりよっぽどオカシイ癖にね。
夢の中の彼は僕に矛盾した罵詈雑言とネジを締めていくような鈍痛をくれる。
僕のただでさえ普通じゃない思考をかなり歪ませて。
「あんたはそうやってまたおれを見下すの?」
「…意味わかんねぇ。」
「ほら、またおれから目を逸らす。」
「そんなにおれが嫌いなら、息の根止めればいいじゃない?」
ベッドからはみ出した頭は重力に従って、そのまま僕は君を見上げた。
間抜けな格好で傷ついた可哀想な表情をしようとしたのに、出来上がったのは人を馬鹿にした嘲笑。
僕を君が殺す。
イコール、君の羊の着ぐるみが剥がれ落ちること。
つまり、君が隠したがる狂気の本性を露見させること。
「梁瀬がおれを殺すことほど愉快なことはないね。」
「おれはいつでもお前を殺せるよ。ただその価値がお前に無いだけ。暇つぶしにもならない。」
「そうやって逃げる。それで贖罪の山羊のつもり?」
「煩い。」
「罪となることで野に放たれ生き延びるなんて、おれは認めない。」
「おれはお前に認めて欲しいわけじゃない。」
そうやって僕と君の輪は廻る。
逃げる君を追う僕に、追う君に逃げる僕。
僕は君の玩具で君は僕の玩具で。
操り意図はどちらともつかず絡まって複雑で。
僕が君を騙したのか君が僕を騙したのか。
でもそれが綺麗にくるくる廻るのだから不思議。
ただ、どちらもが見えないフリで顔を背けたのは確か。
僕は確信犯だけど。
「梁瀬がおれを殺したとして、誰がおれを隠すのかな?やっぱり沙秀ちゃんにでも泣きつくの?」
「……。」
「木の葉を隠すなら森の中、死体を隠すなら戦場の中、あんたがおれを隠すなら何処でしょう?」
「G・K・チェスタトンなんて引用すんなよ。」
「だってゆずやんが黙るから。」
君の中身を見るために、僕はいくらでも道化を演じよう。
おどけて見せてその羊の皮を剥ぐことが出来るならいくらでも。
そして君が僕を無視できなくなるのならいくらでも。
君を手に入れようとは思わないけど見過ごすには大きすぎる。
夢の中の姉さんは首から血をだらりと垂らしながら笑顔で肯く。
その微笑一つで僕を対人恐怖症と自閉探索へとご招待。
たとえば僕が君に殺されようとしているたった今現在。
壊れた玩具みたいに笑い続ける僕の首に手をかけた君の体温。
こんな僕に躍起になってる君が大好き。
廻らない酸素に足りない酸素。
視界はぼやけて意識もぼやけて、さっきまでの抵抗は何処吹く風。
殴り飛ばして蹴り上げて、上から見下して笑ってやりたいのに。
君が僕を無視できなくなるんだと思った瞬間にそんな考えは吹っ飛んだ。
なのに、君は窒息寸前一歩手前でその指を離してしまった。
君の本性を暴き立てれば僕を見てくれると思ったのに。
僕の酸素不足は徒労の結末?
頭を割って脳に刻み込めば、心臓を抉り出して彫り込んでしまえば。
それでやっと僕という存在は君の中で確定するんだろうか。
こんな事を考える僕が酷く滑稽で、独りで馬鹿笑いしてると君の眉間に皺が寄った。
「変な顔。結局おれを殺せなかったくせに。」
相変わらず僕は天井を見上げながら、時々君の顔を視界に入れる。
相変わらず君は見ないフリをしながら、きっと僕のことを考えているんだろう。
君がそのまま壊れても、君が僕を殺しても。
どちらに転んでも僕はきっと幸せ?
本当の事なんて誰も分からない。
狂ったように笑いながら足を踏みつけて、優雅にダンスをしているのは誰?
僕の首をキリキリと、確実に絞めているのは誰の腕?
僕と羊のワルツ。
僕と君のワルツ。