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【3】

 嫌な梅雨の時期を抜けて、七月も中旬に突入し、夏休みまでもう一週間を切った。心なしか小学校はそわそわした雰囲気が漂い始めている。六年四組でのぼくの席は窓側で一番後ろのファーストクラス席。クラスでの中で、前の方はエコノミークラスで、真ん中から辺がビジネスクラス、そして一番後ろがファーストクラス。先生の目の届かなさが比例している。窓側だとその価値はぐんと上がる。


 退屈な社会の授業の時はベランダの柵の数を右側と左側両方から数えて過ごす。あと、晴れている日は雲形を観察するのもなかなか面白い。今まで見つけた中で一場興味深いのはステゴサウルスの形をした雲。あの長い首がかなりうまく再現されていて、興奮して、少し身を乗り出したら、筆箱が机から落ちて教室中にその音が響き渡った。まぁ、それはしょうがないけど、隣の席の殿塚さんに訝しげな眼で見られたのはちょっと悔しい。許される物ならばあの雲の魅力を存分に語って納得してもらいたいところなんだけど、なにせ時は戦国時代の授業だったから仕方がない。


 殿塚さんは五年生の時のクラス替えで一緒になった。それまでは一度も話したことが無くて、今年の初め、席が隣に一緒になった時はどうしようかと思った。ぼくのクラスは、他のクラスと違って席替えをしない。最初の席で一年間を過ごすのだ。その方がグループの結束も強くなるからだと君崎先生は言っていた。というわけで、かれこれぼくは四月から約三か月殿塚さんと席を並べている。一部の男子からはぼくの名字「姫森」と彼女の名字「殿塚」のせいで「ヒメトノ夫婦」と呼ばれる。そんな時、せめてぼくが殿だったらなーとぼんやり考えてやり過ごすけど、殿塚さんは「なにおー」って男子に喧嘩を売りに行く。そしてやっぱり、殿は彼女だって思わされる。


 休み時間になってもぼくの席の周りに基本的には誰も来ない。体育がずば抜けて得意でクラスの人気者の隼人君。彼の席のまわりにはも男子も女子もいっぱい集まる。何をするわけでもなく集まって、それぞれがおしゃべりしているだけで、隼人君自体は置いてきぼりのようにぼくには見える。あれじゃまるで陸の孤島。


 ぼくにおいては、寂しいなんて事もなくせっせとあの計画を練っていた。


 下準備はすでにだいぶ整っている。何せあの日から今日まで約三年間もあった。とはいっても、ここ半年ぐらいでやった事でしかないんだけど。まずは、じいちゃんが経営していた町工場時代の知り合いに聞くのが良いはず。きっと、ぼくの知らないじいちゃんが聞けるような気がしたし、もしかしたら写真の場所も分かるんじゃないかと思った。


 我が家の庭にそのままになってるじいちゃんのプレハブ。そこには町工場をやっていた時の物がまとめておいてある。そのことはじいちゃんから昔聞いていたし、何度も片付けを手伝ったことがあった。工場時代の手掛かりがあるとしたらあそこ以外には考えられない。


 二畳ぐらいの狭いプレハブは全ての壁を埋めつくすように棚が合って、より狭くなっている。油と土の匂いが混ざったような少し懐かしいじいちゃんの匂いがした。ここに工場で働いていた人たちの名簿があるはず。最後に片づけをしたのは、じいちゃんが名取に引っ越す少し前で、必要な物を引っ張り出してたら、色んな書類とかが雪崩になって、結局片付ける羽目になったんだった。


 あのときの二の舞を踏まないようにそっと書類を探っていく。なんだか分からない注文書とか、設計図みたいなやつとかばかりで、目当ての名簿はなかなか見つからなかった。ずっと棚の上の方だけを見る為に使っていた段ボール。これが盲点の正体だった。そのダンボールの側面には「事務」と書かれていて、お宝を見つけたハンターの様に鼻息を荒くしながらダンボールを開けると、一番上にそれはあった。


 上から順に、社長・姫森達男じいちゃんだ、工場長・篠山紀州さん、従業員・剣宗次さん、事務・朝賀恵子さん。名簿には名前と一緒に、住所と電話番号が載っていた。これで、調査ができる。そして、欄外には手書きで(従業員・久米氏論介)と丁寧な字で書いてあった。多分この久米氏さんは立ち上げ当初からではなく、途中で従業員になった人なんだろう。電話番号と住所はおんなじ字でしっかり書いてあった。


 名簿の情報は、ぼくの調査専用ノートに全部写した。隣町が住所の人もいたけど、あと一ヵ月と経たずに始まる夏休みになったら行こう。


 朝賀さんはぼくの学区内だった。まずは、帰り道に少し遠回りすれば寄ることができる、五年前に「姫森金属」で事務員をしていた朝賀さんの家に行くことにしよう。そう決めたところで始業のチャイムが鳴り、算数の桶先生が教室に入ってきた。


 机にしまう間際、殿塚さんにノートを見られたような気がしたけど、多分気のせいだと思う。


 帰りの会が終わって、蜘蛛の子を散らすようにみんながクラスからいなくなっていく。もう校庭からは、サッカー部が準備運動をする声が聞こえてくる。ぼくは例の計画を実行に移す。小学校からの帰り道。普通だったら右に行くY字路を左に進み、住宅街にぐいぐい入っていく。朝賀の家はこの白沢ニュータウンに入って四軒目にある。念のため表札を見ながら、一軒ずつ様子をうかがっていく。しかし、問題の四軒目は表札が「土浦」になっていた。「チョールト!」


 住所に間違いはないはず。グーグルマップが間違うはずないし、ぼくも念入りに確認しながら調べたはずだった。間違ってたら、「間違いました」って正直に言って、あわよくば近所であろう朝賀さんの事も聞こうと思って、意を決してインターホンを押した。


 「はい、どちらさまでしょうか」


 お母さんぐらいの女の人の声がした。


 「あ、あの。ぼく朝賀さんちを探しているんですけど、地図ではここが朝賀さんの家になってて、でも表札は土浦さ

んだから、つまり、朝賀さんのお家がどこにあるか知っていますか?」


 「ちょっと待っててね」


 と女の人の声が答えて、インターホンが切れると扉が開く音がした。扉から出てきたのは、見覚えのある顔だった。(ほぼ)毎日お使いで行くベジブルでレジをやっているおばさんだった。


 「私の旧姓、結婚する前の名前が朝賀よ。あなたベジブルの常連さんだよね」


  と、言葉を切った後で朝賀さん(今は土浦さん)は思い出したように、


  「ところで、どちらさまかな?」


  とぼくに聞いた。


 「姫森郁っていいます。姫森金属の社長の孫で――」

 「姫森、姫森……あら、あの社長さんのお孫さん。もうこんなに大きくなったのね。それで、用件は何かな」


 緊張の末に、本題を促されるという失態を犯したぼくは、ここに来た理由を正直に告白した。じいちゃんのこと、写真の事、この首からかけてるカメラの事。そして、手掛かりを探して工場で働いていた人を当たっていること、等々。朝賀さんは頷きながらちゃんと話を聞いてくれた。


 「玄関口でする話じゃないみたいね。パートの時間まででよかったらどうぞ、入って」


 ご厚意に甘えてお邪魔する。よその家の匂いがして、また緊張した。


 玄関には朝賀さんとその旦那さんと、二人の小さい男のが映っている写真があった。


 「可愛いですね」

 「ありがと。上の子は5歳で下が3歳でもう、毎日が戦場よ」


 と、ぼくより先に上がってスリッパを用意しながら朝賀さんが笑って答える。リビングに通してもらって、着席。どうやら目的は果たせそうで、良かった。「麦茶でいい?」という朝賀さんの問いかけに上ずった声で返事をしたところで、


 「緊張してるの? 姫森君」

 「自分から来ていて失礼なんですが、してます。あと、郁で大丈夫です」


 なんか、苗字が嫌ってわけじゃなかったんだけど、学校で馬鹿にされたから名前の方が良かった。


 面白い子、さすが社長さんのお孫さんだわ。と言って笑うと、さて本題は社長さんの事だったよね。とまたしても話をリードしてくれた。


 「はい。まずは、この写真を見てもらっていいですか」


 ぼくは例の写真を取り出す。やっぱり何度見ても良い写真だ。オレンジ色がまぶしい。


 「素敵な写真。これは?」

 「この写真は、じいちゃんのカメラに入ってた最後のフィルムを現像したら出てきた写真です。ぼくはここを探して

るんです。何か知らないですか?」


 どれどれよく見せて、と写真を手に取って、うーんと唸る。しかし、その答えはぼくが望んだような答えではなかった。

 「これ、どこかの公園よね。でも、私は知らないなぁ。力になれなくてごめんね。でも、本当に素敵な写真。オレンジ色に吸い込まれそう」

 「そうですか。ありがとうございます。ぼくも大好きです、この写真」

 「何か社長さんのこと思いだしたら、すぐに教えるわ。ベジブルでも会えるしね」

 「はい。よろしくお願いします」


 といって、頭を下げてお暇することにした。麦茶は緊張で喉がからからだったからちゃんと飲み干した。


 家に着く頃にはもう日が沈みかけていた。


 今日は、お使いは必要ない。お母さんは残業で遅くなるから、冷蔵庫に夕飯が入っている。朝賀さんにはさっき会ったばかりで、会うのは気まずいから、丁度よかった。レンジにかければすぐに食べられるから、先に部屋で今日あったことを整理する。


 部屋はカーテンが引かれてなかったから、あの写真みたいに西日でオレンジ色になっていた。


 勉強机について、調査ノートを開く。朝賀さんのページを出して、調べた住所の下に今日あったことを書きだしていく。まず、名前が土浦さんになってた事。子どもが二人いて、五歳と三歳ってこと。上の子は、会社を辞めた頃、下の子は震災の時に生まれた計算になる。そして、ベジブルでレジをしていたあの人が、まさに朝賀さんだった事。写真については何も知らなかった事。


 実際には写真に関して進展なかったけれど、不思議と妙な達成感があった。本物の探偵になったような気分でもあったし、パズルのピースが埋まっていくような気持ちよさもあった。これで、写真に関する情報を持っていいてくれたら完璧だったのにと悔やまれてならない。


 でも、まだ関係者は篠山さん、剣さん、久米氏さんと三人もいる。きっと誰かは知っているはずだ。さて、ご飯にしよう。レンジにかけたついでにお風呂の給湯スイッチも入れた。


 豚の生姜焼きをおかずに、少し硬いご飯を食べる。テレビからは、七時のニュースが流れてきた。東京の動物園からリスザルが逃げ出したニュース。そのまま好きにさせてあげればいいという、風にインタビューされていた人は答えていた。何も知らないからそんなことが言えるんだ。ぼくは一度動物園で生活した動物はなかなか野生には戻れない事を知っているから、早く保護される事を願った。


 リビングに一人でいる時は、街やクラスで一人で居る時よりはるかに寂しい気持ちになる。それと無意識のうちに、いざという時の逃げ道を考えたりしている。


 食器を水に浸けたところでお母さんが帰ってきた。


 「おかえりなさい」

 「ただいま、遅くなってごめん。急患でバタバタしちゃって」

 「大丈夫。ご飯温める?」

 「ううん、自分でやる。郁はお風呂入っちゃいな。あと洗濯機はお母さんが回すから、そのままでいいよ」


 タイミング良く我が家のお風呂が給湯の終了を告げた。ぼくはお母さんの言葉に従う。

上から下へ順番に体を洗って湯船につかる。天上から水滴が湯船に落ちて、鍾乳洞にいるみたいな音がする。お父さんとお母さんと三人で行った鍾乳洞。真夏なのに中は物凄く寒かった。ただ、洞窟の中は自然の力を感じるには有り余るほどの幻想的な岩がたくさんあった。一滴の水滴が何万年も努力を重ねて岩を削るって説明をガイドさんに受けたけど、ぼくには想像もつかなかった。あの岩一本一本が、次第に柔らかくなって、蔦のように床を張って、ぼくの足に絡みつくとぼくの体中を這っていってついにぼくは動けなくなって……


 「っぷ!」


 お湯を少し飲んで目覚めた。今日もやってしまった。ここのところお風呂で居眠りをしてしまうことが増えている。考え事とか、想像をしているといつの間にかそれが夢に繋がっていて、気が付くといつもこんな感じで目覚める羽目になる。お湯から出ていて冷えた肩を温めたて、お風呂を出た。脱衣所の時計を見るとそろそろ、八時だからお父さんとのテレビ電話の時間だった。


 パソコンはスイッチを入れてから、五分ぐらい経ってやっと起動した。ここのところ、日に日に起動が遅くなっている気がしてしょうがない。震災の時壊れて、新しいのに変え変えたものの、三年も経てばしょうがないのかもしれなかった。


 とーかぶるを起動すると、じいちゃんはログインしてなかったけど、お父さんは珍しくもうログインしていた。そうこうしているうちにお父さんからチャット画面に「よう」と届いた。


 で、ぼくは間髪いれずにビデオ通話で発信した。


 「よう、もうお風呂は入ったな」

 「なんで分かったの?」

 「髪が濡れてるし、パジャマ着てるからなぁ」

 「あっ、そっか」


 お父さんは今日もあのジャージを着ていた。昨日も来ていた事を考えるといつ洗ってるんだろう。もしかしたら、おんなじやつを何着も持っているのかもしれなかった。


 「今日の学校はどうだった」

 「ぼちぼちかな。この前言った算数のテストは八七点だったよ」

 「子どもが『ぼちぼち』とか言うなって。おっさん臭いぞ。でも、八七点はよくやった。で、どこを間違った?」

 「んと、円柱の体積を求めるやつで割る三しちゃった。割る三は円錐だった。あとは計算ミス」


 凡ミスばっかりだった。分かってたって言い訳すれば一〇〇点だった。


 「それが分かってれば十分。間違ってない様なもんだ。じゃあ今日は怖い話なんてどうだ」

 「おうけい。うんと怖いやつね」

 「言ったな。覚悟して聞く様に。これは父さんが郁ぐらいの時に体験した話だ」

 「おぉ、今日は実話だ」


 父さんは聞えなかったふりをして、話を進める。


 「霊感って、子どもの方があるっていうだろ」

 「うん、心が純粋な方が見えるって」

 「そうだ。で、父さんは心がすごく純粋だった」


 なんだか一気に現実感が引いたような気がして、「今日はハズレだな」って密かに確信した。


 「ま、それは冗談だとしても、ばあさんから多少なり霊感を遺伝していたみたいなんだ」

 ばあさんっていうのは、ぼくのおばあちゃんで、カメラのじいちゃんの奥さんで、お父さんのお母さんってことになる。


 「そのせいか、小さい頃からよくあったんだ。幽霊ってやつを人の形で見ることもあれば、部屋にあるはずのない物があったり色々だ」

 「うん、それで終わりじゃないよね?」

 「もちろん。あれはまさに小六の時だな。人生初の金縛りに掛かったんだ。霊感はあったとはいえ、金縛りに掛かった事が無かったから、あの時は物凄く焦った。何せ体が動かないし、息が苦しくてかなわない」

 「ぼくも金縛りはないや。でもあれって、疲れてるとなるって科学的に根拠があるんじゃないの?」


 一応それらしい反応をしてみる。興味がないって悟られると、機嫌が悪くなっちゃうからそれは避けないと。


 「まぁ、そういう話もあるな。ただ、あの時のはそれとは違う気がする。声がしたんだよ。最初は木造の家だったし、木が軋む音かと思った。でも、それは女の人の声で『ううっ…』って呻くみたいな泣いてるみたいな声だった」


 ちょっと、想像してみて怖くなった。一人で寝ていて、体も動かなくて、おまけにそんな音までしてきたら、例え軋む音でもぼくはに厳しい。生唾を飲んだ。


 「次第にその声ははっきりしてきて、しかも近づいてきているのも気配で感じた。顔も動かないから、分からなかったけど、耳に唇が付くぐらいの距離に女がいるのははっきり分かった。息遣いも聞こえる。ただ、呻いたきり女は何にも言わない。ただ、父さんの横にいる」


 そこで、一旦何かを飲んで話を続ける。


 「次の瞬間、物凄い力で肩を掴まれた。あれは絶対に人じゃない。次第に痛いが熱いに代わるぐらいの力だった。そこで、ようやく目を開くことができた。痛みで金縛りが解けたんだ。閉じていた反動で、勢いよく目を開くと真っ赤に目を充血させた同い年ぐらいの女の子が父さんの顔を覗き込んでいた。そして、言ったんだ『お前だ』ってね」

 鳥肌が立っていた。『お前だ』って言ったお父さんがその女に見えるほどだった。馬鹿にしていたのに、ぼくはいつの間にか話に飲み込まれていた。

 「めちゃくちゃに怖かったんだけど、『お前だ』の意味がずっと分からなかったんだよ」

 「で、今は分かったの?」

 「分かったのは、それから二年ぐらい後で、中学の時だったかな。父さんは中学に上がると同時に転校してて、ある日、偶然小学校の時の同級生に会ったんだ。当時の話をしてて父さんが小四の時に飼育小屋で死んだ子ウサギの話の話が出てな」


 まさか、ウサギが目の赤い女の人に化けて出た話かと思って、またテンションが少し下がった。


 「父さんだったんだよ、その原因は。飼育当番だったんだが、鍵を掛け忘れて小屋に入りこんだカラスにやられちゃったんだ」

 「で、やっぱりウサギが化けて出たわけだ」

 「そう言うと思った。まだ続きはあるから、もう少し我慢な。その子ウサギ、人で言うと父さん達と同い年ぐらいだからって大層可愛がっていた同級生の女の子がひどく父さんを責めてなぁ。しかも目を真っ赤に腫らして泣きながらな。そして、そのウサギのお墓を作るって学校近くの山に行って帰ってこなかった。雨の次の日で、岩場が濡れていたんだ」

 「事故だったわけだ」

 「そうだ。父さんは、幽霊が年をとるなんて聞いたことが無かった。でも、あの女の子は間違いなくあの子だった。目の下のほくろを思い出したんだ。『泣き虫ほくろ』って男子に馬鹿にされていたからな」

 「死んだのは四年生の時なのにどうして、六年生になってから出てきたんだろうね」

 「父さんもそれが引っ掛かった。でも、後から彼女が亡くなったあの山に花を持って行ったときにその答えは分かった。彼女は六年になってから二年越しで父さんの所に出たわけじゃなくて、父さんの所にいつもいたってことが」

 「どういうこと?」

 「石が積んであったんだ。彼女が無くなったその現場に。で、その石は二年前ぐらいから、父さんの家に気が付くと落ちている物と同じ平たい石だった。最初に言っただろ、家にあるはずのない物がたまにあったりしたって。彼女はずっといたんだよ父さんの傍に」


 画面のお父さんの後ろに一瞬女の人が見えたような気がした。多分、いやきっと、気のせい。


 「どうだ?」

 「どうだ、じゃないって。今は、ってかその後は大丈夫だったの?」

 「まぁ、暫く石は続いたんだけど、花を持って行き続けていたらそのうちなくなった。彼女も納得してくれたんだと思うよ」


 ふう。とんでもない話を聞かされてしまった。今日は一人で寝られる気がしない。


 「あーあ。その話聞いちゃったか」


 振り向くとお母さんがいた。お母さんにも泣きぼくろがあってぎょっとした。


 「郁が『とびっきり怖いの』っていうからこれしかないと思って」


  というと、父さんが「はっは」と笑った。ぼくは少し苦笑いした。


 「んじゃ、今日はこの辺にしとくか」

 「うん。それじゃ、また明日」


 パソコンをシャットダウンした後も、あの話の余韻は抜けなかった。虚勢を張ったのが命取りだったが。良くない。うん。良くない。ぼくは、怖いの苦手。


 「お母さんの部屋で一緒に寝ても良い?」

 「泣きぼくろでもよければ、どうぞ」

 「サングラスしてくれると助かるよ」


 ふふって笑うと、しわで一瞬ほくろが消えてなんか安心した。

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