雛原詩織視点(22)
私が目を覚ますと、黒葛くんは私の手を握ったまま眠っていた。
夢かと思い、目を擦るが消えてなくならない。どうなったら、こういう状況になってしまうのだろうか。
部屋を見渡すと、自分のいる場所が私の部屋じゃないことに気が付く。整理整頓され、効率的に置かれている物は、部屋の主が几帳面であることが分かる。
机の上には、左から右にかけて綺麗に背丈が低い順で並んでいる教科書と鉛筆削り。
……そして……小さく年期が入ってそうな箱。
私は黒葛くんを起こさないようにそっと手を放し、手を震わせながらその箱を開ける。
見覚えある、その箱を――
中に入っていたのは、私が小さな頃に黒葛くんがボウリング大会で取ったペアのマグカップの一つだった。
……ずっと、残してくれていたんだ。もうとっくに捨ててしまっていたのかと諦めていたのに、こんなことがあっていいのだろうか。
熱はすっかり下がっている。
頭痛もなくて、まだすりむけた膝が痛い。だけど、今の私なら大丈夫な気がする。もう一度立ち上がれるような、そんな気概が生まれてくる。
どうして、ここに私がいるのか何も憶えていない。記憶にあるのはマラソン大会の予行練習で、私が前のめりに倒れてしまう前に、誰かが私を受け止めてくれたこと。
そして、夢の中で誰かが私に言ってくれたとても温かな想い。
――愛している。
不器用でぶっきら棒で、そっぽを向いて言ったような言葉。だけど、その言葉は私の心の内で響き、熱くなった。