黒葛陸視点(12)
麻美と一緒に、詩織をなんとか保健室まで運んだが、目を覚まさなかった。
養護教諭であるおばちゃんによると過労と寝不足、風邪による貧血らしい。
詩織と同じぐらい顔を真っ青にしていた麻美は、今にも倒れそうだったので教室に帰させた。
意識があるのかないのか判断しづらい譫言を呟いきだしたので、俺は詩織と一緒に家に帰った。道中もずっと譫言を言っていて、一人で歩くのも辛そうにしていた。
家に戻って詩織を部屋に寝かせつけようとするが、拒絶するように詩織は頭を強く振る。
どうしたのかと途方にくれていると、詩織が熱っぽい口調でりっくんの部屋がいいと言ってきかなかった。
風邪のせいで放心状態なのか、無意識に俺の名前を呼んでいた。その呼び方はくすぐたかったけれど、自然と笑みがこぼれる。
俺のベットに詩織を寝かせると、俺は重かった鞄をおろし、詩織の為にまたお粥でも作ってやろうと立ち上がる。
だけど、裾を引っ張られる。
「行かないで、りっくん」
弱り切った声に振り向くと詩織は虚ろな目をして俺の裾を掴んでいる。
俺は苦笑する。
「ちょっと、出てくるだけだから。だから待っててくれ」
「嫌だ、嫌だよ。もう……りっくんと離れたくないよ」
くらりとする。
こいつは、いつだって俺の心を揺さぶる。だけどそれはいつだって無意識にやっていることだ。
俺だって、お前とずっと一緒にいたい。
お前と会えなかったあの時期に、俺は何度もお前の家のチャイムを鳴らそうと思った。
だけど、できなかった。
そのもどかしい気持ち。お前には分からない。お前にとって言わせれば、俺とお前は血の繋がらない兄と妹なんだから。
詩織の指を、一本一本ゆっくり引きはがそうとする。
「りっくん、昔約束したこと憶えている?」
心臓の鼓動が止まりそうになった。
「憶えていない」
震える声を隠すのに、かろうじてたった一言漏らすことにやっと成功した。
「そっか……そうだよね。私、家出した時に、りっくんと将来を誓い合ったあの公園でずっと待ってたんだ。そして、りっくんは来てくれた。だから憶えてくれているって期待してたんだけど、偶然だったんだね」
「……偶然じゃない。偶然なんかじゃないんだよ」
言葉が意思に反して先走った。
嘘を貫き通そうと思っていた。
そうしたほうがお互いの為だと信じていたから。
だけど、苦しそうな詩織の姿を見て、そんなこと俺にできずはずがなかった。
「ごめんな。俺がもっと早くお前を探すことができたら、お前がこんなになることはなかったんだ。俺、あの丘に行ってたんだ。お前が昔家出した時にいた、あの場所に。だから、ほんと遅れてごめん」
言い訳がましい俺を詩織はどう思うだろうが。今まで以上に距離が開くかもしれない。
「……そっか、そんなことまで憶えてくれてたんだ。ありがとう、りっくん」
詩織の言葉で、俺は祈るように下げていた頭を上げる。
「だったら、公園で誓ったこと憶えてくれている?」
「……ああ、もちろんだ」
俺はあの時二つのことを誓った。
一つは、自分が勝手に誓いを立てた。
――詩織を泣かせないこと。
一つは、詩織と一緒に誓いを立てた。
――詩織のことを永遠に愛すということ。
俺はその誓いを――