黒葛陸視点(11)
どこかオシャレで敷居の高そうなレストランで、俺達を引き合わせようと父親は計画していたらしいが、そんな畏まらなくてもいいだろう、と俺が一蹴した。
気まずい雰囲気が漂う。
俺の家のダイニングルームには、俺と詩織の二人きりだった。父親は気を利かせて俺達を残したつもりらしいが、完全に裏目だ。しかも自分は、ちゃっかり詩織のおばさんとデートしている。恨むぜ、親父。
二人ともなまじ昔仲良かっただけに、どうやって距離を詰めていいのか、俺は決めかねていた。久しぶりに会ってみると、どういう風に接していたのかを忘我の淵に置いてきてしまったらしい。
なにより、詩織が俺の思い出の詩織より、格段に可愛くなっているのが一番の問題だった。
まだあどけなさが残っていて、子どもっぽかったが、くりっとした大きな瞳と紅潮した白い頬。高校生らしい所は、着ている制服ぐらいなものだ。
制服は可愛らしく、俺と同じ高校なものだった。この辺で一番近い高校だったので無難といえば無難だったが、俺は同じ高校に通えることになって嬉しかった。
だけど――。
「なんで制服を着ているんだ?」
中学の卒業式を終えたばかりで、俺たちは少しばかりの暇を持て余している。
少しばかりというのは、高校合格が決まった途端に、まだ高校生にもなっていないのに宿題が山のように出されたからだ。
連休が続くと怠ける生徒が出てきて勉強の意欲を失くしてしまうのを防ぐ配慮なのかも知れないが、いい迷惑だ。これさえなければ俺はご飯を食べて寝るという、惰眠性格を送れたというのに。
詩織は突然先生に指名された生徒のように硬直したが、なんとか答える。
「そのっ、これは、りっ――黒葛くんと同じ高校に行けることが決まって嬉しかったから、つい着てしまったんです」
なんで、俺のことを黒葛くんって呼ぶのか、なんでずっと敬語で話しかけてくるのか、気に食わないことばかりだ。
長い間会っていないだけじゃなくて、あんなことがあったから、お互いに距離を保っていないといけないっていうのは理屈としては分かる。分かるが、詩織は忘れてしまったのだろうか、あの時のことを。
詩織は興奮しているのか、俺の顔色には気が付いていないようだ。
「あのっ、これからはお兄ちゃんって呼んでいいですか?」
「…………」
「やっぱり私達って兄と妹じゃないですか。私、一人っ子だったから、昔からお兄ちゃんって憧れてたんですよね」
「…………」
「昔のことはすっぱり忘れて、これからは二人で仲良くしましょう。だって――」
「黙れ」
詩織はびくっと身を強張らせる。
そうか、もうほんとうに昔とは違うんだな、詩織。
俺は、どんなに月日が経っても変わらない想いがあるって思っていた。どんな運命が絆を引き裂いても、また紡ぎなおすことができる、って確信すら抱いていた。
だけどそれは、子どもの空想でしかないんだな。
俺はお前とは違う。お前を妹としては見られない。
だから俺は、お前を退け拒絶しないといけない。でないとお前の傍にいるのが辛いんだ。お前が優しく微笑みかけてくれる度に俺は期待してしまう。
だから、お前にはもう近づかない。昔のように名前を呼ばない。
ああ、そっか、そうなんだ。
好きだからこそ、心の底から愛しているからこそ、傍にいるだけで傷つくことがあるんだ。