××××視点(3)
3.5
闇夜を切り裂く煌々とした光の数々。
それらはまるで星のようだ。
車のヘッドライトは、さながら流れ星のように目の前を通り過ぎていく。それらの美しい光に身をまかせようと、私は歩道橋に手をかける。
私が死んでしまっても誰も悲しまない。
私のようなちっぽけな存在が死んでも、この世界は何一つ変わらない。
だったら、世界観が変わるぐらい、最悪なトラウマを誰かに植え付けることで、誰かの世界に、私がいた存在の証を刻みこもう。
そのぐらいのことでしか私は、私の存在というものを主張できない。
夜風が私の髪を浮かせる。
吐いた息は白い。
両手が寒さでかじかむ。
私は確かに、いまを生きている。
きっとこの高さから地面に叩き付けられても、人間の身体は頑丈だから、そう簡単には壊れやしない。
精々血反吐を吐きながら、私は折れた足を引きずることになるだろう。
それで一生車いす生活なんて真っ平ご免だ。
どうせなら楽に死にたい。
もしも落下した衝撃で肋骨が折れて、不運にも心臓を突き破ったり、頭から落ちてしまったら、即死できるだろうが、それが楽に死ねる可能性は低いだろう。
だったら私は、私に止めを刺してくれるのを他の人間に頼むとしよう。
落下の衝撃と、車に轢かれた衝撃なら、確実に私はあの世に逝ける。
車に轢かれる際に、私は吹っ飛ぶことができるだろうか。不運にも、車と地面の間に、ちょうど身体が挟まるようはまってしまったら……。
そうなったら、無残な死に方が待っているだろう。
そのまま何十メートルもずるずる引きずられながら、顔面の表面を削られていくかもしれない。私のそぎ落ちた皮膚が、地面を点々と落ちていったら、処理するのに苦労するだろうな。
私は引いてしまった人間は、慰謝料を払うことになるだろうか。
歩行者と、運転する人間が交通事故を起こした場合、いかなる時も運転手側の過失となり、慰謝料を払わなければならないはずだ。
だけど、上から人間が降ってきた場合はどうなるのだろう。例外がないのなら、そのまま慰謝料を払わされるだろう。
それで私が脳死状態にでもなってしまえば、私の延命の為にかかる費用を、その人が一生払い続けなければいけなくなる。
そうすれば、私のことを一生恨むだろうか。
少しでも私のことを思い出してくれるだろうか。
自分が死ぬということより、自分という存在が誰からも覚えていられていない。……ということの方が、私は何倍にも辛い。
「……誰か、誰か私を――」
かさかさの唇に手を当てる。
無意識に言葉が、私の中からでていこうとしていた。
その言葉の続き、私が何を言おうとしていたのか、私の記憶には残滓が残っている気がする。確証はないが、もしかしたらこれだったのかもしれない。
助けて。
「あははははははは」
それだったらほんとうに笑える。
私はもう死んでしまおうと覚悟したはずなのだ。
そんな言葉を口走れるのは、この世に未練がある人間だけの特権だ。
私は死にたくないのかな。
いや、よく思い出しなさい。
私の人生に、なにか一つでも有意義なことはあっただろうか。価値はあっただろうか。楽しかったことがあっただろうか。
両親は、私に興味がないのか何も話そうとしない。
夜中に帰ってくると、ご飯はラップをかけて冷蔵庫に無造作に入っている。
それを電子レンジで温めることで、食事が済む。
風呂も沸かしてくれていて、洗濯物も洗濯機の中に突っ込んでおいているだけで、洗濯してくれている。
だから最近は、両親の顔を見ていない。
どんな顔だったのかと思い出そうとすると、ぼやけてしまうぐらいだ。
そして私は友達も失くしてしまった。
学校に行っても孤独なだけだ。
夜の街で遊んでいるあいつらも、よくよく考えたらどんな奴らだったのか思い出せない。
……あまり興味がなかったといえばそれまでだが。
それで友達だっていえるのだろうか。
いや、最初から私に友達なんていなかったんだ。
……なんだ。
こうやって考えれば考えるほどに、私は死んでしまってもいいんだって思える。死んだほうがマシだって思える。
カン、カンと、歩道橋を上ってくる足音が聞こえる。
私は飛び降りるタイミングを失い、ずるずると背中を、歩道橋に預けながら座り込む。
姿勢は体育座りで、顔は完全に下を向いていた。そのままの態勢でいると、首の骨が折れてしまいそうなぐらい、がっくりと下を向いていた。
誰にも顔を見られたくなかったわけじゃない。
あの男に殴られた顔を晒してしまったら、今の時間帯も考慮に入れると、のちのち面倒くさい事態になりかねないからだ。
そうなったら、死ぬこともままならない。
やがて足音は、私の前で一瞬止まった。そしてもう一度、その人間が足を進めようとするが、どうしようかと逡巡しているのが、足の運びで分かる。
三十秒くらい、それを繰り返すと、その人間は完全に立ち止まった。
「どうした?」
顔を少しだけ上げると、色褪せたジーパンに目が行く。声と服装から察すると相手は男だ。
またか。
どうして私には、こういう人間しか寄ってこないだろう。どうせ下心を持った男だ。まあ、どうせこんな時間に、徒歩でうろついている人間にろくな奴はいないだろうが、もう私は騙されない。誰にも縋り付いたりしない。