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アイス  作者: 魔桜
3.5
33/39

××××視点(3)



3.5


 闇夜を切り裂く煌々とした光の数々。

それらはまるで星のようだ。

車のヘッドライトは、さながら流れ星のように目の前を通り過ぎていく。それらの美しい光に身をまかせようと、私は歩道橋に手をかける。

 私が死んでしまっても誰も悲しまない。

私のようなちっぽけな存在が死んでも、この世界は何一つ変わらない。

 だったら、世界観が変わるぐらい、最悪なトラウマを誰かに植え付けることで、誰かの世界に、私がいた存在の証を刻みこもう。

そのぐらいのことでしか私は、私の存在というものを主張できない。

 夜風が私の髪を浮かせる。

 吐いた息は白い。

 両手が寒さでかじかむ。

 私は確かに、いまを生きている。

 きっとこの高さから地面に叩き付けられても、人間の身体は頑丈だから、そう簡単には壊れやしない。

精々血反吐を吐きながら、私は折れた足を引きずることになるだろう。

それで一生車いす生活なんて真っ平ご免だ。

どうせなら楽に死にたい。

 もしも落下した衝撃で肋骨が折れて、不運にも心臓を突き破ったり、頭から落ちてしまったら、即死できるだろうが、それが楽に死ねる可能性は低いだろう。

 だったら私は、私に止めを刺してくれるのを他の人間に頼むとしよう。

 落下の衝撃と、車に轢かれた衝撃なら、確実に私はあの世に逝ける。

 車に轢かれる際に、私は吹っ飛ぶことができるだろうか。不運にも、車と地面の間に、ちょうど身体が挟まるようはまってしまったら……。

 そうなったら、無残な死に方が待っているだろう。

 そのまま何十メートルもずるずる引きずられながら、顔面の表面を削られていくかもしれない。私のそぎ落ちた皮膚が、地面を点々と落ちていったら、処理するのに苦労するだろうな。

 私は引いてしまった人間は、慰謝料を払うことになるだろうか。

歩行者と、運転する人間が交通事故を起こした場合、いかなる時も運転手側の過失となり、慰謝料を払わなければならないはずだ。

だけど、上から人間が降ってきた場合はどうなるのだろう。例外がないのなら、そのまま慰謝料を払わされるだろう。

それで私が脳死状態にでもなってしまえば、私の延命の為にかかる費用を、その人が一生払い続けなければいけなくなる。

 そうすれば、私のことを一生恨むだろうか。

少しでも私のことを思い出してくれるだろうか。

 自分が死ぬということより、自分という存在が誰からも覚えていられていない。……ということの方が、私は何倍にも辛い。

「……誰か、誰か私を――」

 かさかさの唇に手を当てる。

 無意識に言葉が、私の中からでていこうとしていた。

 その言葉の続き、私が何を言おうとしていたのか、私の記憶には残滓が残っている気がする。確証はないが、もしかしたらこれだったのかもしれない。

 助けて。

「あははははははは」

 それだったらほんとうに笑える。

私はもう死んでしまおうと覚悟したはずなのだ。

そんな言葉を口走れるのは、この世に未練がある人間だけの特権だ。

 私は死にたくないのかな。

 いや、よく思い出しなさい。

 私の人生に、なにか一つでも有意義なことはあっただろうか。価値はあっただろうか。楽しかったことがあっただろうか。

 両親は、私に興味がないのか何も話そうとしない。

夜中に帰ってくると、ご飯はラップをかけて冷蔵庫に無造作に入っている。

それを電子レンジで温めることで、食事が済む。

風呂も沸かしてくれていて、洗濯物も洗濯機の中に突っ込んでおいているだけで、洗濯してくれている。

だから最近は、両親の顔を見ていない。

どんな顔だったのかと思い出そうとすると、ぼやけてしまうぐらいだ。

 そして私は友達も失くしてしまった。

学校に行っても孤独なだけだ。

夜の街で遊んでいるあいつらも、よくよく考えたらどんな奴らだったのか思い出せない。

……あまり興味がなかったといえばそれまでだが。

それで友達だっていえるのだろうか。

いや、最初から私に友達なんていなかったんだ。

 ……なんだ。

こうやって考えれば考えるほどに、私は死んでしまってもいいんだって思える。死んだほうがマシだって思える。

 カン、カンと、歩道橋を上ってくる足音が聞こえる。

 私は飛び降りるタイミングを失い、ずるずると背中を、歩道橋に預けながら座り込む。

 姿勢は体育座りで、顔は完全に下を向いていた。そのままの態勢でいると、首の骨が折れてしまいそうなぐらい、がっくりと下を向いていた。

 誰にも顔を見られたくなかったわけじゃない。

あの男に殴られた顔を晒してしまったら、今の時間帯も考慮に入れると、のちのち面倒くさい事態になりかねないからだ。

そうなったら、死ぬこともままならない。

 やがて足音は、私の前で一瞬止まった。そしてもう一度、その人間が足を進めようとするが、どうしようかと逡巡しているのが、足の運びで分かる。

 三十秒くらい、それを繰り返すと、その人間は完全に立ち止まった。

「どうした?」

 顔を少しだけ上げると、色褪せたジーパンに目が行く。声と服装から察すると相手は男だ。

 またか。

 どうして私には、こういう人間しか寄ってこないだろう。どうせ下心を持った男だ。まあ、どうせこんな時間に、徒歩でうろついている人間にろくな奴はいないだろうが、もう私は騙されない。誰にも縋り付いたりしない。


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