黒葛陸視点(1)
†
俺と詩織は家族ぐるみの付き合いだった。
お互いの親同士が大学時代の同級生だったらしく、久しぶりに会って意気投合したらしい。
結婚生活においての愚痴や子育ての大変さだけでなく、大学時代の思い出を語れる。そして、住んでいる場所が目と鼻の先だから気兼ねなくいつでも話せる。となれば親しくならない方がおかしい。
そんなぐあいで両親が仲良ければ自然と子ども同士も仲良くなっていくのも必然で、俺達は物心ついた時からいつも一緒にいた。
小さい頃はそんな何気なくも幸せな日常がずっと続くと信じていた。誰だって子どもの頃はそうだ。成長すればするほど言葉にすれば恥ずかしい、『永遠』という儚く脆いものを真摯に受け止めて疑うことを知らない。
だけど、俺達の別れの日は突然きてしまった。
詩織の父親の仕事の関係上、詩織はこの地に居続けることはできなくなってしまった。単身赴任するには父親の家事能力は壊滅的であったらしく、どう足掻いても家族全員で引っ越さなければならなかったらしい。それだけ家族仲良いといってもいいだろう。
だけど俺の家の両親、特に母親は詩織の家族が遠くへ行ってしまうことに涙ぐむぐらい悲しがっていた。
それでも俺はそれ以上に辛かったと思う。
人前で泣きはしなかったが、枕に顔を押し付けて泣き叫んでいた。今考えるとあれだけ声が大きかったのだから部屋の外に声が漏れていたのかも知れない。それでも両親は俺に何も言ってこなかった。
それは素直に感謝しなければいけないことだが、今さらになって感謝を示したとしてもそんな昔のこと両親は覚えていないだろう。それに片方の親にはもう会うこともできない。だったらこの気持ちは俺の胸にそっとしまっておくことにする。
あの時の俺はこのまま何もせずに別れるのだけは嫌だった。
もしも、このまま何もせずに離れ離れになってしまったら、それこそ俺達の関係は最後であるということを子どもながらに敏感に感じ取っていたのかも知れない。
だから俺達二人は約束をした。
俺の記憶が確かなら言い出したのは詩織の方だった。
「ねぇ、りっくん。私のこと好き?」
今は詩織から他人行儀でよそよそしく黒葛くんと呼ばれているが、当時は名前の陸からとったのか、あだ名でりっくんと呼ばれていた。
それに今頃になってりっくんと呼ばれたとしても恥ずかしくて返事もまともにできないだろうから黒葛くんと呼ばれることには異存はない。
「うん、好きだよ」
好きだという言葉をおくびにも出さないで言える年齢だった。好意がある人間に率直に真意を告げるのは今の俺にとっては困難なことになってしまった。
「じゃあさ、結婚式やろうよ」
「結婚式?」
結婚式という単語が幼かった詩織の口から出てくることは完全に俺の思考の外にあった。
流石に俺はその時狼狽していた。
将来俺が誰かと結婚をするにしても遥か遠い未来のことだと高を括っていた。それをまさかこんな小さい時に経験するなんて思ってもいなかった。
「そう! 私とりっくん二人の結婚式」
反対の意思はなかった。
今思い出せば恥ずかしくて、身体中がこそばゆくなるような子どものくだらないごっこ遊びだが、あの時の俺達は真剣そのものだった。
擬似的な結婚式を挙げることができれば、俺達の心はいつまでも繋がっていられると微塵も疑っていなかった。二人が物理的にどんなに離れていても、上空を仰げば、青い空が世界中どこにだって繋がっているように、きっと。
だけどそれは子どもの特権であり、くだらないもの。だけど、だからこそこうして思い出してみると輝かしいものだ。