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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(18)



 私の地元には、ほとんどお隣同士に違う種類のスーパーが二か所仲良く並んでいる。私としてはどっちも好きなので、いつもどっちに行こうかどうか迷ってしまう。

 だからおつかいに行くときは、母親から借りたポイントカードがどちらのスーパーのものかで、どちらに行くかを決める。

 その近くには、この前麻美と行った大型デパートもあり、そこに行くという選択肢もあるのだが、あそこは野菜や肉などが、スーパーなどの食材に比べて腐りやすい。

 照明が深夜まで点いており、足を運びやすいのだが、その分野菜などにも影響があるのだろうか。それとも、店長の経営方法がいい加減なのか。どちらにしても、あそこで食材を買うのは稀だ。

 特に家族のおつかいとなると、大量に買わないといけないので、食材の新鮮さに目がいくのは当たり前だ。

 それに、あそこには今あんまり行きたくない。

 あそこはきっと分岐点だったんだ。

 私は後悔している。

 黒葛くんと、私の関係を麻美に言っていなかったことに。だけど、あの時私が行動していたなら、もしかしたらこんな 未来になっていなかったのかもしれない。

 あの時、ただ現状を甘んじて享受するのではなく、麻美に黒葛くんと、私の関係のことを洗いざらい話していれば、何もかもが上手くいっていたのかもしれない。そう考えると、私のとろさが、人の神経を逆なでにする理由もわかる。

「あと必要なものは?」

 黒葛くんが、私の押しているカートの籠の中に醤油を入れる。

 私はここのスーパーのチラシをポケットから取り出し、ボールペンで赤い丸を書かれた食材を指差す。

「えーと、あとブリの切り身ですね」

 分かった、と言って黒葛くんは小走りで魚コーナーへ行き、主婦の間を器用に縫いながらブリを探し始めた。

 私との接触を避けていた黒葛くんが、素直に私と買い物をしているには訳がある。

 詩織ちゃんはまだ熱があるっぽいから、黒葛くんもおつかい行ってくれない?

 あの母親も余計なことをしてくれたものだ。

 唐突なアシスト。私にとってはありがた迷惑であっても、チャンスでもなんでもない。

 それに、先週から引いている風邪は、自業自得なのだが、まだ身体が正直きつい。おつかいもほんとは行きたくなかっ たけど、黒葛くんが、手伝うと勢いよく言ったおかげで、断るタイミングを逃した。

 今年は無遅刻無欠席の私としては、こんどこそ皆勤賞を狙いたい。毎年、毎年なにかしらの事情で学校を休んでしまうので、今年こそは小さな達成感に浸りたいのだ。

 私が魚コーナーに着くと、黒葛くんは、まだ一生懸命魚とにらめっこしていた。そして、数あるブリの中で一つを選び出すと、

「これでいいか? 賞味期限が一番近くないやつだし」

 と言ってきたので、いいよ、と私が言うと黒葛くんは他に買うものはあるかと訊いてきた。

「ううん、これで終わり。ありがとうね、黒葛くん」

 私は今日、ほとんど何もしてあげられなかった。

話すことも、おつかいを満足にすることすらできなかった。やったことといえば、カートを押しながら黒葛くんの後をついていっただけだ。

 黒葛くんも黒葛くんだ。私を一人ぼっちにして、自分はあんなに走り回って、私と話すのを拒むことないのにな。

 いつもだったらここでかなりのショックを受けるのだろうが、だんだん慣れてきてしまった。

 ――ほんの少しでいいから陸くんがどうしてそんなことをしているのか考えてあげな。

 母親の言った言葉が、頭の中でフラッシュバックする。考えるっていっても私は風邪を引いていて、ただでさえ人より劣っている思考能力が低下している。

 今だって黒葛くんは、私の前をただ歩いているだけだ。さっきと違いがあるとすれば、歩く速度が遅くなったぐらい。

 それがどうしたというんだろう。

 女と男では歩く歩幅が違うし、風邪を引いているせいで更に歩くスピードが遅くなっている……。

 ……そうだ、それなのに、どうして私と黒葛くんはほとんど同じ速さで歩いているんだろう。

 それはもしかして、私のことを思って?

 私がまだ風邪気味なのをお母さんから聞いたから、歩く速度を合わせてくれているのかな。それなら何度も私に買うものを聞いてきて、全部走ってとってきたのも私のためなんだろうか。

 もしかして……私に少しでも無理をさせないようするための配慮。

 それならそうだって言ってくれればいいのに。

 また私は、黒葛くんを胸中で悪者扱いしそうになってしまっていた。まったく黒葛くんは……。

「あっ?」

 私は足を止め、それに気が付いた黒葛くんも、足を止めて振り返る。

「どうした?」

「いや、別になんでもないんだけど」

 黒葛くんに、訊いてしまっていいのかどうなのか葛藤する。もしも言ってしまってそれで、俺の記憶にないって言われたらどうしよう。

 私は黒葛くんを見て、はっとする。

 黒葛くんが私の目を見て、止まってくれている。彼の真っ直ぐな視線を浴びたのは久しぶりだ。私の体を心配してくれているのだろうか。

 私はごくり、と喉を鳴らす。

「黒葛くん。あれ、憶えていますか?」

 私は駄菓子コーナーに置かれていた、一つの駄菓子を指さす。それは――。

「なつかしいな、あの駄菓子。まだ残ってたのか……。知らなかったな」

 それは、噛めばサクサクと聞きざわりのよい音がでるスナック菓子。色々な味の種類があって、駄菓子だけあってリーズナブルな値段のもの。

 黒葛くんはふっ、と笑う。その笑いには、過去を懐かしがっている感情が滲み出ていた。

「あれを二人でよく食べあったよな」

 もう潰れてしまっただろうか。

 最近赴いていから分からないが、あの駄菓子は昔よく近所の駄菓子屋で購入した。その駄菓子屋さんは失礼な言い方だと、掘っ建て小屋のような、控えめな表現になると趣のあるお店だった。

 小さな子どもたちで、その場所は溢れかえっていた。駄菓子屋の手前には、ガチャポンが設置してあって、男の子たちはこぞって、各々の欲しいものがでるまで回していた。

 今ではそうでもないが、スーパーには駄菓子が少なかった。だからこそ、駄菓子屋にしかない駄菓子に、子どもたちは目を光らせて買っていた。

 大人たちから見たら、駄菓子やガチャポンに入っていたものは、お金の無駄使いだとか思われていたのかも知れない。ガラクタ同然なものだったかも知れない。けれど、子どもたちにとって、きっと宝物のようなものだった。

 この駄菓子だって、私にとっては宝物だ。黒葛くんと私の思い出という宝物。

 あの思い出の公園にある、ブランコに二人で仲良く乗りながら、私たちはこの駄菓子を食べた。お互いが違う種類の駄菓子を一本ずつ買って、半分こにして交換し合った。

 私達はあの頃にはもう――。

「買って帰るか」

 黒葛くんは、その駄菓子を手に持って言った。

「え、でも、それはおつかいに頼まれていませんよ」

 声音に期待が滲まないように、努力したけど駄目だった。

「いいんだよ。まだお金残ってるんだろ?」

「……うん!」

 あの頃には決して戻れない。だけど、だけど……。

もしかしたら私には、あの頃よりもっといいことが起こるかもしれない。そう思えた。

 そして私達は、昔のように駄菓子を食べ合いっこしながら帰路に着いた。

 それは、黒葛くんの気まぐれだったのかも知れない。私の体調を考慮しての、同情だったのかも知れない。もしくは、 私のお母さんが秘密でお願いしていたのかもしれない。

 だけど、久しぶりに私は心の底から笑ったのかもしれない。

 小さかった頃のように私達は自然に話せたから。

 それに、初めて二人一緒に私達の家に入って、ただいまって言えたから。



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