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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(15)

 



 自分の咳の音で目が覚めた。

 目蓋は閉じたままで毛布に包まる。まるで何時間も運動した後のような脱力感と、強烈な眠気に襲われ、二度寝したいが、これ以上睡眠をとるのも億劫だ。疲労回復どころか、疲労が増大しそうだ。

 私は胸中で自分にエールを送り、なんとか重力に逆らって重い目蓋を開くことに成功した。そして真っ先に目に入ったのは、見慣れている天井。

 吐息を漏らし、ベッドからそっと上半身だけなんとか起き上がるとそこは、私の部屋だった。

 私はうずくまる。

 起き上がった瞬間、頭がズキズキと痛んだ。まるで音楽を頭の中に直接、大音量でガンガン流されているかのようだった。

 私は頭を押さえながら、ぐるりと周りを見渡す。

 時計とファンシーなぬいぐるみ達が、時の積み重ねのせいであちこちボロがでている。開きぱっなしのクローゼットにはしっかりハンガーに掛けられている服もあるが、その傍のカーペットには脱ぎ散らかした服が山のようになっている。

 ぼぅとその服の山を眺めていると、何があったのかを思い出す。

 そうだ。私はどんな服を着ていいのかずっと悩んでいたんだ。着ては脱いでを繰り返して、結局片付けずにそのまま出かけたんだ。

 そして、私は見てしまったんだ。

 黒葛くんと麻美が一緒にいるところを。

 頭の締めつけ強くなる。

 私は、小さな窓についているカーテンを開ける。外には曇天が広がっていて、太陽の光は地上に降り注いでこなかった。それでも仄暗い闇の中からでもぼんやりとした明るさがあるから、夜は明けているだろう。

 早朝? それとも、曇っているだけで正午?

 今は何時だろう。

 あれからどれだけ時間が経ったんだろう。

 どうやって自分の家に帰ってきたのか記憶にない。

 私は、公園で黒葛くんが迎えに来てくれることを願っていた。だけど、どれだけ待っていても彼は来なかった。そして私は体育座りをしながら、いつのまにか眠りこけてしまった。

 もしも悲しいことを全部忘れることができるなら、どれだけ生きていくことが楽になるだろう。

 こんな心と身体がボロボロの状態で、彼に会うことはできない。会いたくない。会ったとしてもどんな顔をして、会えばいいんだろう。泣いてしまいそうな自分を誤魔化す為に、笑えばいいのだろうか。

「……黒葛くん」

「どうした」

 真横から聞こえた声に、文字通り飛び上がるぐらい驚いた。心臓が通常時の三倍くらいバクバク鼓動し、今にも口からはみ出しそうだ。

「寝ておけ。まだ熱は下がっていないはずだ」

 平然と私の部屋のベッドの横に足を組んで座っている黒葛くんに驚愕しながらも、自分の額に手を当てると確かに熱い。

 さっきまで眠っていたせいか、熱があると自覚したせいか、霧がかかったように頭が働かない。どうして黒葛くんがここにいるのか、どんなに考えを巡らせても答えは出ない。

「大丈夫。もう充分眠れたみたいだから。……それより黒葛くん、どうして私の部屋にいるの?」

「……ああ、悪い。お粥持ってきただけだからすぐに出て行くから安心しろ。もう今日は学校に行かなくていいから、ちゃんと安静にしとけ。お前にまた倒れられたら、こっちが迷惑するだけだからな」

 迷惑……そうか、私の一大決心した家出が、黒葛くんにとっては迷惑以外の何物でもないんだ。家出した動機なんて興味なくて、ただ否定するだけ。黒葛くんはあの水族館で私の姿も見ていないわけだし、それが多分、他人に対しての普通の反応か。

 身構えていた私が馬鹿みたいだ……。

 黒葛くんは、お盆に乗っていた湯気の立ちのぼるお粥と、コップに入った水を私に差し出してきた。

「あ、ありがとう」

 ひとまずベッドにお盆を置いて、机の上の置時計で時間を視認すると、既に小さい針は三時を指していた。

 熱のせいか時計の針のようにぐるぐる世界が回転してきたので、また頭を押さえる。やばい、これはかなり厄介な風邪を拗らせたようだ。

 それにしても学校か。私が寝ている間に月曜日になってしまっていたんだ。これだけずっと寝ていると、なんだか人生そのものを無為に過ごした気がして、落ち着かない。

「黒葛くん、学校は?」

「ああ、サボった」

 黒葛くんはすっくと立ち上がると、そんなのは取るに足らないとばかりに気だるげに言い放つ。

「えっ、どうして?」

「宿題をやるのを忘れたから、サボったまでだ。先生に怒られるのも面倒くさいからな」

 黒葛くんはばつが悪そうに言うが、面倒くさいっていうだけで学校をサボるなんて……。いつも真面目で、先生から褒められている黒葛くんらしくない。もしかして昨夜に、私を捜索してくれたのだろうか。私のせいなのだろうか。だから黒葛くんは迷惑だって言ったのか。

「そんな……。何言ってるの? ほんとうに、そんなくだらない理由でサボったの?」

 私のせいでそうなってしまった。そのことを否定して欲しかった。

「……ああ、悪いか」

「……悪いもなにも。私には黒葛くんのこと関係ないから、何も言う権利なんてないけど」

 否定してくれなかったこともだが、彼のぞんざいな言い方にむっとする。そのせいで言葉尻が自然と彼を責めるような口調になってしまった。

 いや、それよりも黒葛くんは私を捜索してくれたのかどうかも定かじゃない。もしかしたら彼はずっと家にいたのかもしれない。

 それから彼は、権利? そんなもの……と小さく呟いたので私は余計に腹がたった。

「黒葛くん、言いたいことがあったら言って!」

 黒葛くんは面倒そうに嘆息する。

「いいからお粥食っとけ。とにかく腹の中に何か入れないと良くならないぞ」

 黒葛くんは私が何か言おうとする前に、さっさと出て行った。茫然となっていると、時計の針がカチカチ動く音が気になる。

 それが妙に苛立って時計の電池を抜こうとしようと思っていたら、腹の虫が豪快に鳴り出す。

「お腹減ったな」

 そういえば昨日夕飯を食べずに出て行った。……っていうことは今日の朝食と昼食も抜いているから、計三食も抜いていることになる。

 どおりでお腹がすくわけだ。だったらお腹が鳴るのもしょうがないと誰かに言い訳する。

 それにしても昨日、私は動転していて財布を持っていなかった。私があのまま公園にいたら、ご飯はどうするつもりだったのだろう。

 黒葛くんが持ってきてくれたお粥に目が行く。

 あまり気が進まなかったが、背に腹は代えられない。プライドを犠牲にして空腹を満たす。

 私はお粥を金属のスプーンで掬い、口の中にひょいっと何も考えずに入れる。お粥が舌に触れた途端にスプーンを取り落す。

「あひゅ。あひゅい」

 いくらなんでも熱過ぎる。上を向いて冷たい吐息をかけて冷まそうとするが、焼け石に水だ。私は慌てて、コップの水を飲み干す。嚥下すると楽になったが、冷静になると自分の失態に気が付く。

「……あっ」

 まだ水は残しておくべきだったのに。

 いま階段を降りてしまうと、黒葛くんと鉢合わせしてしまいそうで恐い。会っても、お決まりの気まずい空気が流れるだけだ。

 それにしても彼は、私が猫舌だってことを忘れてしまっていたのだろうか。小さい頃は、家族みんなで楽しく食べていたから知っているはずなのに。

 私はまだ舌が熱くてヒリヒリになっているせいで涙目になりながら、お粥に息を吹きかけ冷ましながらちびちび食べた。

 んっと、舌に違和感があると思ったらさっきの一回の掬ったお粥の熱さだけで、舌の皮が剥がれてしまっていた。



 ダメな個所、気になる点。違和感のある文章などがあったら、気兼ねなくおっしゃってください。厳しいことを言われても、家でこっそり泣くだけですw。

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