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アイス  作者: 魔桜
2.5
24/39

××××視点(2)



2.5


 近くに公園が見当たらない。

 仕方なく、蛇口を探すのを諦めて自動販売機で水を購入する。

 そして、口の中のこびり付いた汚いものを洗い流そうとするが、より汚いものを吐き出してしまう。胃が痙攣しながら、雑巾を絞っているかのように捻じられているような痛み。これ以上は吐きたくないのに、胃が勝手に暴れ、今日食べたものを全てもどす。そして、今度は胃液を吐き出す。

 酸で溶けているんじゃないかと不安になるぐらい、咽喉が熱い。舌には気持ち悪い味がこびり付いて取れない。

 そして、嗚咽と共に吐瀉物がアスファルトに広がっていく。靴に付きそうになったが、危機一髪のタイミングで避ける。

 周りに人間がいなかったことだけが救いだった。これなら朝日が昇って、他人に見られてもサラリーマンの悪酔いだと思われるだろう。

 私は何度も口を漱ぎ、ようやく落ち着く。

「……なんで? どうして私がこんな目に合わないといけないんだろう?」

 いつものように私が街を歩いていると、不良っぽい頭の悪そうな男がナンパしてきた。

 私はそれに承諾して彼の後について行った。こんな深夜にナンパしてくるような奴なら、今夜遊んで終わると思ったからだ。私はもう、夜遊びというものに慣れてしまっていた。

 逆に真面目そうな人間だったら、声をかけてこないだろうし、そんな人間とずっと一緒にいることになったら息苦しくなるだろう。

 そういう人間に限ってずっと一緒にいよう、だとかくだらない妄言を吐いて、自己満足しているから面倒くさいことこの上ない。

 君は見たところ未成年だろ? 早く家に帰りなさいだとか偉そうに説教してくるオヤジも同様だ。どいつもこいつもいざとなったら、私を裏切る。裏切らなかったとしても見捨てる。

 だからナンパしてくるような軽い男は安心だ。最初から何も期待してないから、どんな仕打ちを受けたとしても落胆なんてしない。

 頭の悪そうな相手だから、何かされそうになっても口であしらえばいい。そう――楽観視していた。

「ふざけるな! お前がっ、お前がっ!」

 男は私の身体に跨りながり、思い継ぐ限りの罵声を何度も浴びせた。しかも、私の顔面に本気の拳を打ちつけながらだ。

 彼は廃墟同前の、今は使われていない古びたカラオケボックスに私を誘った。

 友達がこのカラオケボックスを経営していた父親の息子で、立て壊すのにも資金が必要だからそのままにしている。だから俺らは普段自由にここを使わせてもらっている。今日は誰も来ないし、気軽に遊んでいいよ、という説明だった。

 内心怪しいとは思いつつも、先ほど半ば無理やり飲まされた酒のアルコールが、私の思考力を大幅に低下させていた。 その影響もあって、私は男にほいほいついていった。

 それからの散々な出来事は、思い出したくもない話だ。

 なあ、やろうぜと言い出した男に私は首を傾げた。

 カラオケの機械は素人目から見ても壊れているし、それ以外に遊べそうなものは私が見る限り何もない。何をするつもりなのか、私はその時まったく思い浮かばなかった。

 おい、焦らすなよ。

 男は鼻息を荒くしながら、いきなり強引に手を掴んできた。私は訳も分からないまま、ところどころ穴が開いているL字型のソファーに押し倒される。

 そして男はおもむろにチャックを下げ始めた。男の自重でカラオケボックスのソファーが軋む。私はその音で我に返る。その時になってようやく私は、これから男に何をされるのかが分かった。分かってしまった。

 冗談じゃない、私はこんなことをされる為に変わろうと決意したわけじゃない。

 服を脱がそうとしている男の胸に、思いっきり拳を入れようとするがあっさりと受け止められてしまう。こんな時自分の非力さが恨めしい。

 相手は私の抵抗が逆に加虐心を燃え上がらせたのか、眼がぎらぎら光る。

 悔し涙をうっすら瞳に浮かべながら、私はどうやったらこの状況を打開できるか見渡すが、武器になりそうなものは何もない。

 助けを呼ぼうにも、腐ってもカラオケボックスだから防音効果ぐらいは健在だろう。どうしよう。どうししよう。誰か助けて。

 男は厭らしい笑みを浮かべながら、私の腕を抑え込みながら前かがみになる。

 そして私に唇を重ねてきた。

 その気持ち悪さに、相手が本当に人間なのかを疑うぐらい嫌悪感を抱いた。

 ……でも、そんな中どうして自分がこんなに嫌悪感を抱くのかが不可解でたまらなかった。

 ドラマなどで俳優達は、あんなにキスをする女の人は気持ちよさそうに見えているのに。あれはやっぱりフィクションだったということなんだろうか。

 そして私は愕然とした。

 ……どうしたんだ、私は。

 なんでこんな時に、ドラマと現実とのギャップに苦しんでいるだろう。私はずっと前からドラマなんか、って鼻で笑っていたはずじゃなかったのか。それなのに、なんだかんだで私は、ドラマの世界に憧れていたのだろうか。

 冗談じゃない。

 でも……。

 男の体重で圧し掛かられてしまっては、私の力では跳ね除けられなかった。それをいいことに、さらに眼前の男の行為はエスカレートしていった。

 男の舌が蛇のように、私の口内を這い回ってきた。

 そのまま私は、男に首を絞められたのかと思った。だけどそれは、怒りのあまり酸素が身体に行き渡らなかったせいだった。鼻でなんとか息を整えようとするが、上手くいかない。

 最悪だ。今まで私はどんなに執拗に言い寄られても、男に肩を触らせることすらさせなかったのに。

 私という存在をここまで蹂躙されるのは初めての経験だった。

 いつか私は、こういうことも普通だと割り切るようにならないといけないのだろうか。行きずりの男と最後までいってしまうのだろうか。今日のことを皮切りに、私はいろいろな男にとっかえひっかえ腰を振るのだろうか。

 そんなの、絶対嫌だ。

 足で男の腹を思いっきり蹴ると、なんとか男の拘束から逃れることができた。そしてようやく自由になったと思っていたら、その後はさらなる地獄が待っていた。

 男に顔面をボコボコにされながらも、私は必死で何度も悲鳴を上げた。そして、この痛みが永遠にも感じられた時、外からパトカーの音が聴こえてきた。

 後から知ったのだが、私が居たカラオケボックスの部屋の窓が、たまたま割れていてそこから外に私の声が漏れたらしい。

 それを知ることができたのは、この事件から一か月も経った頃だった。外から眺めて知ったことだった。私はこの一件でトラウマができてしまい、カラオケボックスに入ることは二度とできなくなっていたからだ。

 パトカーの音を聞くと、舌打ちしながら男は慌ててズボンのチャックを閉める。

「絶対にサツに何も言うなよ! 言ったら俺は、お前をどうするかわからねぇぞ!」

 と、男は捨て台詞を吐きながら逃げて行った。

 私は、いままでのことが現実だと、すぐに受け取りきれなかった。あんな人間の屑のようなやつに、私の唇は奪われてしまった。

 夢見る少女。頭の中がお花畑。そうやって馬鹿にされてしまいそうで誰にも言えなかったのだが、私の初めては、全部運命の相手としたかった。

 初めてのデート。頭の中にいる未だ会ったことのない架空の相手は、恥ずかしそうに笑いながら私の手を握ってくれて、デートをエスコートしてくれる。そして私のことを全部わかってくれて、どんなに私が無茶な注文をしても、最後はなんだかんだ苦笑しながら引き受けてくれる。

 それからどんどん二人は仲良くなっていって、手も繋ぐようになって、そして、夜の帰り道。分岐した道で、別れが辛くなって、お互いがお互いを繋ぎ止めたくて、彼と初めてのキスをする。

「それなのに――」

 パトカーの音がどんどん大きくなっていく。

 私ははっとなる。私もこの場で、茫然としているわけにはいかなかった。

 あの男は死んでも赦せなかったが、事の次第を警察官に全て話すことなんて考えられなかった。男のくだらない脅し文句を信じたのではない。

 もしも話してしまえば、私は世間から揶揄され続けるだろう。学校で味わった苦痛が、家にまで持ち込まれる。

 そんなの耐えられるわけがない。

 私は逃げた。惨めに、まるで私が悪いことをしたような心苦しさで。

 歩道橋の真ん中で膝をついた。

 その拍子にまだ水の入ったペットボトルは転がったが、拾う気にもならなかった。

 とにかく生きることに疲れた。

 もう、何もかも投げ出したかった。

 耳に自動車の走る音が響いた。上から眺めると、ヘッドライトや街の街頭が眩しい。

 それらの光はまるで、ここから私が飛び降りるのを待っているかのように……そう見えた。



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