黒葛陸視点(8)
もう、探す場所といったらここぐらいしか思いつかない。
「……あっ」
良かった。
急な坂道を上がっていくと、新しく造られた住宅街が広がっている。そして住宅街から少し外れた、丘のような場所に詩織はいた。
この辺りの全景を見渡せる円形状の囲いに、詩織は座っていた。詩織は肩がちぢこまっていて、いつもよりも小さく見える。
そして少しでも脅かすと落下しそうなぐらい、存在が儚く危うかった。声を掛けられずに俺が立ちつくしていると、こっちの視線に気がついたのか詩織が振り向く。
「……りっくん」
俺が来るまで泣いていたのか、目を腫らしながら鼻を啜っている。俺は詩織に少しずつ近づいていく。
そうしないと、このまま詩織がどこか俺の手の届かない場所に行ってしまいそうで恐かった。
隣に座って、という詩織のジェスチャーがでると、少しほっとした。そしてそれに従い、木に見立てて作られた囲いに座ると、街の光が星のように輝いて見える。それは、全て人工的に造れたものだということは知識で知っていても、こうして実際に目の当たりにするとやっぱ閉口するぐらい綺麗だ。
詩織の横顔をみやる。
「詩織、どう――」
ここで俺は直接訊いてしまっていいのだろうか。もっと間接的に、遠回しに、訊いた方が詩織は傷つかなくて済むかもしれない。
すると、詩織が口を開く。
「私、私ね……」
湿り気のある声に戸惑う。彼女の瞳には透明な膜が張り、今にもその膜は決壊しそうだった。だが、それ以上の言葉を紡ぐことを、彼女はしなかった。
いや、おそらくできなかったという表現の方が正しいのかも知れない。
詩織は寒さに震えているかのように、身体を震わせていた。今喉につっかえているものを吐き出してしまっていいのか分からずに苦しんでいる。
だけど、そんな辛そうな顔をするぐらいなら、言ったほうがいいに決まっている。
「たとえ詩織がいま抱えていることがどんなに重いことであっても大丈夫。……絶対に俺が全部受け止めるから」
俺は詩織の手を握る。
夜風に詩織の髪がなびいて、詩織の瞳から一滴の粒が闇夜に溶けていった。
そして詩織は、必死に笑おうとしたが失敗して、口を一文字に結んだ。
「私、私さ、見ちゃったの。見ちゃいけないものを見ちゃったの」
彼女の頬に流れ星のような涙が、つつっーと流れていった。
†