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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(2)

 ダイニングルームのテーブルに、ハムエッグに味噌汁、納豆と漬物といった一般家庭な朝の献立を並べる。素朴な料理の方が男の子はぐっとくるわよと、母に言われて私も作ったのだが、今さらながら母に一言物申したい。あの、全部あんたのことは分かっているわよっていう態度が気に入らないし、あの人の言い方はいちいち古臭いのもどうかなって思ってしまう。

 まだ寝ぼけ眼な黒葛くんは椅子に座ると、そのまま薄型テレビの電源を入れる。家の中に朝のニュース番組の音が流れるが、正直ありがたかった。

 もしも黒葛くんがテレビを観てくれなかったら、確実にこの場に沈黙がずっと続いていた。そんなたいたたまれない空間に居続けなければならないことを考慮すれば、今の状況が最善だといってもいい。

 それは頭では理解できている。それでも私は考えなくてもいい余計なことを考えてしまう。

 黒葛くんは私とそんなに話したくないのかな、って。

「ご飯はどのくらいつぎましょうか?」

「普通」

 私ははい、と答えて、炊飯器から玄米と白米が一対一で混ざったご飯を私と黒葛くんの二人分よそぐ。

 男が食べるご飯の普通量と女の普通量ではかなり相違があり、慣れるのに時間が掛かった。だけど今では黒葛くんや、黒葛くんのおじさんがどのぐらいの量をつげばいいのかようやく丁度いい量を定めることができるようになった。

 こうして彼と暮らすようになってそれほど時間は経っていないが、こうして少しずつ距離を詰めていければいいと思う。

「どうぞ」

「……ん」

 黒葛くんは頬杖をつきながら片手でお椀を受け取る。視線はテレビに釘付けで、私を見ようとする気が全くないように感じられる。

 ここまで露骨に避けられると返って清々しい。私は彼と向かいの席に座わる。

 そして手を合わせる。

「いただきます」

「……いただきます」

 挨拶や最低限のことはこうやって喋ってくれるが、それ以外のことは一切不要で、私と話すこと自体が損だと考えているかのように黒葛くんは私と関わることに積極的ではない。それは今までの彼のアクションを思い返していけば分かりきったことだ。

 黒葛くんが味噌汁に手をつけると眉を顰めた。

 良かったと、私は内心安堵し、心の中でガッツポーズをとる。

 あれは唯一私一人だけで作ったなめこ汁だ。母親に手解きを受けながら料理したのだが、これだけは私の自信作だった。だからこそ黒葛くんが気に入ってくれるか懸念していた。それがこうも露骨に反応してくれると作り甲斐があったというものだ。

 黒葛くんが眉を顰めるのは、頬が緩む衝動を必死で抑えている証だということをこの前黒葛のおじさんに教えてもらった。それを聞くまで私は黒葛くんが眉を顰める度にビクビクしていた。だけど、この様子だと気に入って貰えたようだ。

 その後、黒葛はこっちに全く視線を合わせないまま、ご飯とみそ汁を一杯ずつおかわりした。

 私は喜んでよそぎながら普段は意識しない『早起きは三文の徳』という言葉を思い出だすと、思わず顔がにやけてしまう。

「親父と、雛原のおばさんはどうしたんだ?」

 黒葛くんはハムエッグを咀嚼しながらちらりとこちらを一瞥する。

「お母さんと黒葛のおじさんは朝早くから仕事に出かけました。もしかして何か用事でもあったんですか?」

「別になにもない」

 それだけ言うとまた黒葛くんはまた無言を徹底して貫いた。

 私はそれから必死で学校の話題や、テレビの星座占いのなど、黒葛くんと私が話せそうな話題を振ったのだが黒葛くんは全く食いつくことはなかった。

「ご馳走様」

 黒葛くんは食べ終わった自分の皿を流し台に持っていき、水につけ始めた。

 私は目を丸くした。

 彼が珍しく皿洗いをすることに驚いたのではなく、自分は朝食の半分も手を付けていない時間で、彼が食べ終わっていることに驚いた。ほとんど私しか話していないとはいえ、いくなんでも早すぎる。

 急いで私が他のおかずに箸をつけていると黒葛くんは自分の分の皿をさっさと洗い終え、鞄を肩にかけていた。

「先に行く」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 私はまだ手づかずのおかずは放っておき、箸を置くと椅子から立ち上がる。

 そして、台所に置いてあった包みを取り出す。

 赤い包みの方が私の分で、青い包みの方が黒葛くんの分だ。夏なら保冷剤などが必要となってくるだろうけれど、今の季節ならこのぐらいの包みで十分だ。

「あの、これお弁当です。迷惑かなっ……とも思ったんですけど、クラスで黒葛くんを見てるとお昼はいつも購買のパンばかりだったので、つい。やっぱりいつもパンばかりだと味気ないかなって思ったんですけど。あの、ちゃんと栄養も考えています。それで、あとですね、これ――」

「いい」

「はい?」

 確かに彼の声で私の鼓膜は震えたはずだが、直ぐに頭に入ってこなかった。

 朝食を作るだけならあそこまで早起きに固執しなくてもよかったはずだ。だけど私が携帯を使ってまで早起きした理由。それはただ、彼のためを想って弁当を作ろうとしただけ。たったのそれだけのことだったけれども、私にとっては大切なことだったんだ。

 それなのにいくらなんでもそんな素っ気ない言葉、一言で私の行為を無下に断るのは私に対してあまりに酷であるとはいえないのだろうか。

 だけどもこの感情はお門違いだ。勝手にお弁当を作ってはしゃいでいたのは他ならぬ私なのだ。

「いらない」

「そ、そうですよね。すいません」

 一分の隙もない、突き放したような黒葛くんの言い方に意気消沈する。やっぱり、いきなりお弁当とか気味が悪かったのかな。重かったのかな。

 でも、私ってあんまり人に誇れるところがない。

 そんな私が頑張れるのは料理だけだ。私が黒葛くんにできることはそれぐらいしか思いつかない。それが否定されたら私はこれから何をしていけばいいのか分からない。もう、私は何もするなってことなのかな。

 そんなの、嫌だ。

 黒葛くんはご飯をおかわりするぐらい、私の料理を食べてくれたから口に合わないわけじゃない。だったら受け取ってくれてもいいと思う。それができないってこと、つまりそれは――

「あの……や、やっぱり、」

「いらない」

 私のことが嫌いだってことだ。

 一度も振り向かないまま黒葛くんは家を出ていく。

これで、家には私一人きりだ。テレビを消してしまうとどうしようもなく空しくなるような沈黙がこの場を支配する。

 分かっているつもりではいた。けれど私と黒葛くんと間を隔てている溝がこんなにも深いとは思わなかった。

どうやったって昔のように仲良しこよしというわけにはいかないみたいだ。どうしてこんなことになってしまったのか過去を振り返るってみると、それはそれで仕方のないことだと納得するしかない。

「はー、やっぱり駄目だったかあ」

 独り言を聞く人間はいない。私は存分に独りごちる。

 この家に来てからは少しでも距離を詰めようと自分なりに努力しているつもりだったのだが、中々実は結ばない。

「私達、幼馴染なのにな……」

 子どもの頃は辛いこともたくさんあった。だけど、こうやって瞼を閉じて思い出すのは黒葛くんとの思い出だけだ。

 だけど、久しぶりに会った君は、私の思い出の中の君と全然違っていた。


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