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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(11)


 電車に揺られ、到着したのは有名な大型水族館。

 親戚に貰ったという二枚のチケットを、橋下くんはにこやかに笑う従業員の人に渡した。営業スマイルかもしれないが、笑顔のよく似合う従業員の人だった。

 私もその人につられ、自然と顔がほころぶ。今日は、日ごろの憂いを忘れて、楽しもう。

 どこに連れて行かれるのか事前に聞かされていなかった為、どこか落ち着く場所で相談されるかと思ったから、水族館は想定外だった。

 この水族館には何度か来たことがある。

 だけどそれは、私が小さな頃だ。記憶が曖昧でどんな場所だったのか失念してしまっていた。だからこそ大いに楽しめたといってもいい。

 家族なのか大小二匹、仲良く並んで昼寝をするラッコ。大きな口をがばっと開け、水槽すらも壊してしまいそうな、立派な白い歯と顎が迫力満点のサメ。直径一センチぐらいで、ふわふわ浮かんでは沈む。そんなことを何度も繰り返す小さくて可愛いクラゲ。伊勢海老の仲間なのかは分からないが、茹で上がったように真っ赤な色をしたエビ。

 そのどれもが個性豊かで、見ているだけでなんだか癒された。

 海の生き物は、私たち人間のように重力やしがらみの重圧などとは無関係で、優雅に泳いでいる。

 羨ましいなあ。

 私も、彼らのように水槽の中を漂っているだけで生きられるなら、それは幸せだといえる気がする。

 ただ、自分が幸せか、不幸せかどうかを思考する回路を魚たちは持ってはいない。彼らは彼らで不幸だといえるだろう。

 なんて、リアリズムな考えを水族館で、黙考するのは私ぐらいなものか……。周りの人は、大きく口を開けて魚たちに圧倒されていたり、白い歯を見せて大笑いしている。

 今日は楽しもうと思っていたけれど、この悩み癖だけは霧散しそうにない。

 幸せなんてものは不確かなものなんだ。

 形ないものに、結論なんてものは、正しき答えなんてものは、存在しない。だから人間の幸せというものも、受け手によって千変万化するものだ。

 たとえば、不倫相手の人間に恋してしまったとする。それは世間一般から見れば不幸だと言うだろう。少なくとも幸福だと考える人間は少数派なはずだ。

 だけど、それが幸せだと主張する人間だってこの世にはいるはずだ。それはそれで一つの幸せの形だと、私は思うのだ。

 だから自分が幸せか、不幸せかなんてものは結局のところ自分自身が決めるもの。

 毎日悩んで、苦しくて、嫌になって。

 決して成就しない恋をひたすら渇望して、手に入れられない悲嘆を、誰かに相談することもできない。

 人を愛することは、いいことばかりじゃない。きれいごとばかりじゃやっていけない。そんなことは百も承知だ。それはしかたのないことだって、自分に言い聞かせてきた。

 ――今の私は幸せなのかな。



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