雛原詩織視点(10)
待ち合わせ場所はこの前と同じ噴水前。違うのは集合する人数が四人から、二人に変わったというところだけ。それだけなのにも関わらず、この前とは違った緊張感に包まれる。
周りを見渡すと、みんな楽しそうに騒いでいる。まるで私だけこの世界から切り離されてしまったかのようだ。どうしてだろう、私は今あの人達と同じなはずなのに、なぜか私はここにいちゃいけないような気がする。
いや、ただの考えすぎだ。
私は辺りを歩き回る。そして、待ち合わせ相手が退屈そうにしているのを見つける。今度は私が一番乗りじゃないらしい。
石の椅子に座って、携帯をいじっていた橋下くんに声をかける。
「ごめん、待たせちゃった?」
橋下くんは携帯を閉じてこっちを見上げ、明るく話しかけてきてくれた。
「いいや全然」
「そう?」
「でもよかった。雛原が来てくれて」
橋下くんはゆっくりとベンチから立ち上がり、ポケットに手を入れる。
こうして並ぶと橋下くんの長身に気が付く。肩幅が広く、服の上からでも腕の太さが分かる。
いつも橋下くんは飄々としていて、異性としてあまり意識していなかった。だからこそ、彼が男であることを意識してしまうと戸惑ってしまった。
テンションが高く、喋っていないと死んでしまいそうな橋下くんは、今日に限って落ち着いている様子だった。こうやって、改めて見てみると私と同年代とは思えないくらい大人びて見える。
「……それは、橋下くんから相談事があるっていうからだよ。橋下くんが困っているなら私は聞くよ。……でも、やっぱり私なんかでいいのかとは思うけど」
「いいや、これは雛原、お前にしか相談できないことだから」
最近よく他人に相談される気がする。それはきっと他人に頼られるってことだから、やっぱり嬉しい。これだけ短期間で二人の人間に相談されるっていうことは、私も少しは頼りがいのある人間になれたのだろうか。
噴水から水が噴き出す。
耳に水飛沫がかかる。いつの間にか噴水に近づき過ぎた為、私はこの肌寒い時期に、頭から水をかぶってしまいそうになる。
やばい、と気が付いた時には頭がパニック状態になっていて避けられない。こういう風に突発的な出来事があると、私はつい硬直してしまう。
なんとか顔を手で覆い濡れないように庇うが、ぐぃとその腕を引かれる。あっと思った時には彼の胸の中にいた。
噴水の勢いが収束する音がする。
子ども達がはしゃいで、走り回っている声がする。
一瞬時間が止まったような気がした。
「ご、ごめん」
「いや、こちらこそ。それよりもう大丈夫だろ」
自分がどういう態勢でいるかに気づき、ぱっと離れる。彼のゴツゴツした胸板が見た目よりよっぽど逞しくて驚いた。
私としては女の子と遊ぶのに慣れているイメージがあった橋下くんだったが、彼は頬を染めたことを悟られないようにそっぽを向いていた。
そんな彼がちょっぴりかわいいと思った。
やっぱり、あの黒葛くんの友達なのだからそんなはずはなかったんだ。
彼も硬派というか、かなり不器用らしい。二人の性格は正反対だと思っていたけれど、実はなんだかんだ似た者同士なのかもしれない。
二人とも変なところで口下手。それに、たまに優しいところがある。
「なに笑ってんだよ」
「笑ってないよ」
「笑ってんだろ、っておい、逃げんなよ」
私はちょっぴり早歩きで駅の改札口へ駆け込む。
呼びだされる前は正直、あまり乗り気じゃなかった。教室で二人きりで話したためしがないから、私と橋下くんで場が持つかどうか分からなかった。どんな話をしたらいいのか不安だった。
……だけどこの分なら大丈夫のようだ。二人きりになって初めて分かったことだけど、私達は意外と気があうらしい。