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アイス  作者: 魔桜
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雛原詩織視点(9)



 ファミリーレストランには家族連れも多かったけれど、部活帰りの学生も沢山いた。ユニフォーム姿の生徒や、家族連れ、カップルなどの客で混雑していた。

 そんな中、入店のタイミングが良かったのか運よく苦労せずに禁煙席に座れた。それからみんな思い思いのメニューを注文し、食べ終わった後は何杯飲んでも定額のドリングバーで長時間粘りながら、談笑に興じていた。

 他の店だったら確実に店員に目を付けられるだろうが、ここは大丈夫なようだ。大胆にもイヤホンで何か音楽を聞きながらパソコンのキーボードを叩いている人間や、受験勉強をしているのか複数人で問題を解いている学生服姿の客もちらほら。それに比べれば、私達はまだ可愛いものだ。

「凄かったな、雛原」

「大丈夫、詩織?」

「うん……大丈夫だよ!」

 橋下くんに皮肉を言われてショックを受けていると、麻美に膝の擦り傷を心配される。悪意はないのだろうけれど、我ながら笑顔がぎこちない。

 昔はボウリングが得意だったはずなのに久しぶりにやってみたら、下手とかいうレベルではなかった。

 三ゲームやったのだが、一ゲーム目からみんなとのレベルの差に気付いてしまい、あの場から逃げだしたい気持ちでいっぱいになった。

「私、ボウリング得意だから」

 みんなに宣言して堂々と投げたら、なぜかボウリング玉はレーンの半分もいかない箇所で、ガーターに入っていた。

「最初だから大丈夫よ。みんなそこまで上手くないわよ」

 麻美に慰められたが、三人とも尋常じゃない腕前だった。

 黒葛くんは力強くボールを投げ、多少真ん中のラインからズレても、腕力だけでストライクを取るような投げ方。麻美は精練されたモーションで、静かにストライクを確実に取るやり方だった。二人は対極的な投げ方だったけれど、かなりの腕前だった。

 特異な投げ方をしたのは橋下くんだった。

 ボウリングの穴に指を入れずに、両手で抱えながら投げるという少々不恰好な投げ方だった。案の定ボールはガーターに一直線で、私は良かった、私にも仲間がいた。……と喜んでいたのもつかの間、ボウリング玉は曲線を描いて、ピンを全て倒した。

 ストライクか、調子が悪くても七本、八本と、調子が良くて五本という、みんなと私との圧倒的な実力差。

みんなに追いつこうと、焦った私はボールを投げる動作の時に転び、膝をボウリングの床で擦ってしまい、軽症を負ってしまった。怪我を言い訳にするわけじゃないが、その状態では足に力が入らなくなり、ボウリング玉がはしることはなかった。

 橋下くんは、グラスに残ったジュースを飲み干し切るとカラン、と氷がグラスで踊る音がする。

 この季節に暖房が利いているとはいえ、氷を四個も五個も景気よく入れるのはどうかと思ったのだが、麻美と一緒にアイスを食べたのを思い出して、人それぞれ個性があっていいじゃないか、と思い直した。

 自分のグラスに視線を戻す。

 ホットのいちごオーレは、アイスのいちごオーレより甘く感じて私好みだ。それにホットは心身ともに温めてくれるから好きだ。

 だけど肝心の私は猫舌なので、一気に飲めず、ちびちび飲むことしかできないのが難点だ。結局はぬるいいちごオーレを飲むことになってしまっている。

「そういえばこの面子で遊ぶのって意外と初めてだよな。それにしては結構楽しかった気がするのは俺だけ? あっ、ちょっくらドリングバー行ってくるわ」

 橋下くんは、私と逆にセルフのドリンクバーを多用していて、さっきからドリンクバーとトイレを往復しているような気がする。

 ムードメーカーである彼が席を立つと、一瞬みんな無言になってしまうのが気にはなるが、すぐに麻美が話してくれるので助かる。

 こんなときに私は何をしゃべっていいのか分からずに右往左往しているし、黒葛くんは普段から寡黙な人間だ。これで麻美がいなかったかと思うと……。

「そうよねぇ。黒葛くんもなんだかんだでボウリングを本気でやっていたってことは、楽しかったということでいいのかしら?」

「……何がいいたい」

「べっつにぃー。ただ、私は黒葛くんのことが知りたかっただけなんだけどなぁ」

 麻美はコーヒーに砂糖とミルクを入れると、黒いコーヒーに段々と白い波紋が広がっていく。そして白かったコーヒーの表面は、やがてコーヒーの闇色に侵されて縞々模様になっていく。

 そして、麻美が小さくて可愛いプラスチックなスプーンで混ぜると、色は混ざり合い、新たな色合いになっていく。

 黒葛くんと麻美が何か他愛もない話をしている。

 なぜだか私じゃ割り込めない雰囲気。橋下くんもいないから私は暇になって、呆然と彼方を見る。

 そして、なぜだか朱に交われば赤くなるという諺を思い出す。

 確かにそれは正しい言葉だとは思うのだが、染まった色は本当に真っ赤なのだろうか。それはきっと、真っ赤ではなく、自分の色と周りの色とか混ざり合った全く新しい色なのではないか。

 きっと……コーヒーでも、私でも同じことだ。

 こうやって黒葛くんや麻美や橋下くんと話していく内に、私はどんどん変わっていく。

 それがいいことなのか悪いことなのか別として、私はここにこうして居て、何が変わったのだろう。変わることができたんだろう。

「よっと、何の話?」

 橋下くんが炭酸飲料を三種類か四種類ぐらい混ぜ、複雑な色をしたグラスを持って帰ってきた。

 ……これぐらい変わってしまうと、自分の個性が塗り潰されていて頭がおかしくなりそうだ。

 他人の前で別人な自分を演じすぎて、自分が何色だったのかを忘れてしまった。そしてその色が、いつの間にか本当の 自分になってしまったような、そんな色をしていた。

「橋下くんをどうやってハブろうかなってみんなで相談してたの」

 麻美の嘘に、飲もうとしていたいちごオーレを噴き出してしまいそうになる。目の前にいたのが黒葛くんだったので、どうにかこうにか抑え込む。

「おいおい、瀬川。そんな強攻策に出ちまっていいのか? そっちがその気ならこっちも本気で相手をしてやるぜ。そっちがハブるなら、こっちからハブてやる! ふん、これが抑止力ってやつだな! そうだろう、みんな!?」

 橋下くんはさも自分が頭のよい発言をしたように自慢げに話す。そういう言い方をするから、橋下くんはあまり賢いとは思えないのだが。

「黒葛くんって魚が好きなの?」

「はぁ、なんで?」

 コーヒーをちびりちびりと飲む麻美は橋下くんから視線を外して焦点を黒葛くんに合わせる。

「ファミレスで刺身定食を注文する人なんて初めて見たから、そんなに好きなのかなって思って」

「そんなの普通だろ。まあ洋食よりは、和食の方が好きだけどな」

 確かに朝食が和食だった時の方が黒葛くんは多少テンションが高いと。それと、一番好きな料理は卵かけご飯だったはずだ。もはや料理ではなく卵をご飯の上に乗せただけのものだが、それが一番らしい。橋下くんも変だが、黒葛くんも変わっているといえば変わっている。

「あれ? ちょっと……もしかして今この瞬間から俺のハブリタイムの開始? あれれ? 嘘だろう、おい! ……あれ? 反応がない。……すいません、俺ごときが調子に乗ってました! 全面的に俺が悪かったです。反省しています。だから許してください」

 橋下くんの声のボリュームが大きくなっていき、迷惑そうにこっちを睨んでくる客もでてきた。

「俺を無視しないであげて! てゆーか最近俺こればっかじゃない? これでも結構俺傷ついちゃってるよ? 意外に俺繊細な方だから!」

 橋下くんが涙ながらの訴えを黒葛くんがなんとか宥める。

「橋下、いいからお前は黙れ」

「良かった。俺って無視されてない。……ってなるか! それはそれで傷つくからっ! この中には俺のことを無償で心配してくれるような親友。いや、心の友と書いてシンユウと読むような人間はいなのか? ぽんようはいないのかよっ?」

 黒葛くんと麻美は、下を向いて誰か橋下くんの相手をしてくれる人間を待っているようだが、私にだってどうしていいのか皆目見当がつかない。

 でも、流石に目線を逸らすのは可哀そうかと思い、顔だけは上げていた。

 実際には五秒程度だったとは思うが、体感時間は五時間ぐらい沈黙が続いた。それを破ったのは橋下くんだった。彼はまるで何事もなかったかのように真顔になって麻美に話しかけた。

「そういえば、俺麻美のメルアドって知らなかったよな。またこの面子で集まってどっか行きたいし、この機会に赤外線しない?」

「そうね。黒葛くんと連絡をとるのに、いちいち学校で話さないといけないのは面倒だもんね。それに、今回みたいにみんなで遊ぶときに誰かが何かの用事が急に入って遊べなくなった時とかに、みんなの連絡先を知らないっていうのは不便だもの。そうしましょう!」

 二人が携帯を取り出したので、私も慌ててバッグを手探る。それを見やった黒葛くんは、渋々といった感じでみんなと連絡を交換し合った。

 みんなで遊ぶというのは、ただの社交辞令かと思ったし、これで断ったら嫌な空気が流れるだろうから、私も交換した。

 連絡を交換するのは、嫌というわけではないが、私はあまりメールというものが得意ではない。以前麻美にそのことを告げるとメールに得意も不得意もないと笑われたのが、麻美には私の気持ちが分からないだけだ。

 絵文字を多用するメールを見ると、眼がチカチカするし、そこまで工夫してくれたメールにそっけなく絵文字なしに返信するのもどうなのだろうか、といつも悩んでしまう。そうやって悩んでいると、メールを送るのに時間がかかってしまい、結局迷惑をかけてしまう。

 そういえば……。

 赤外線通信をしながらはた、と気が付く。

 同居しているのにも関わらず、私は黒葛くんのメルアドを知らなかった。

 ……知ったからといって黒葛くんにメールを送れるのかどうかは全く別の話だけど。

 それから私たちは、メルアドを交換し終わった後、それぞれ別れた。

 黒葛くんは、どこか遠回りしたのか私より遅れて家に帰り着いた。帰ったら黒葛くんは私に今日の出来事について話しかけてくれるかと思ったけれど、いつも通り私たちは全く話さないまま、私はベットに横になった。

 携帯を開くと、麻美と橋下くんから、今日は楽しかったね、また行こうなどといった当たり障りのない内容のメールが送られてきていたので、私もほとんどお内容のメールを返信して眠った。

 ――そして私は、思っていたよりもずっと早い、生まれて初めて二人きりのデートをすることになった。




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