黒葛陸視点(6)
ボウリング場。その場所は狭くて、地域の人々が全員入ったら、それこそ貸しきり状態になるぐらいだった。だが、だからこそ人々は、積極的に触れ合えたのだと思う。広かったら身内だけで話すだけだっただろうが、狭いおかげで、俺は、地域の新しい知り合いが増えた。
地域によるボウリング大会は、つつがなく進行していった。大成功を収めたと言ってもいいだろう。子どもは勿論だが、大人も年甲斐もなく張り切っていて、地域の人々が大いに盛り上がっていた。
だが、一つだけ失敗があった。
成功したことによって、調子に乗ったおっさん達が、来年からは、ちゃんばら大会や、パンくい競争を開催したことだろうか。今の時代にそれをやってもまったく流行らず、子ども達はみんなサボタージュをしていた。
俺は初めてのボウリングを楽しむことができた。その行為自体が楽しかったのと、思いがけないことが起こり、楽しめた。
なんと、今回のボウリング大会の結果は、大人と子ども含めて俺は、二十位という好成績だった。
ビギナーズラックというやつもあったかも知れないが、商品をもらえるギリギリの順位になれてよかった。
ちなみに、あれだけボウリングの実力を自慢していた詩織は、ぶっちぎりのランク外だった。
俺と同じレーンだったのだが、最初に俺が五本倒してやったっ、と喜んでいたら詩織が鼻で笑い、そのあとにボールを投げた。
構える姿は完璧。
流石だと感嘆していたが、いざボールを投げる時になると、ロボットのようにカクカクしながら動くさまは、正に人間離れしていた。
手から離れたボールは、真っ直ぐにピンの真ん中に向かっていき、ピンに当たる五十センチぐらいの地点で、なにかの引力に導かれたかのように、ガーターへと吸い込まれていった。
あまりにも見事に曲がったので、わざとカーブをかけたのではと感服していたのだが、その後もガーターという名のブラックホールへと、詩織はぽんぽん投げ込んでいった。その度にどんどん表情が抜け落ちていく詩織を見て、流石に同情してしまった。
「気にするなよ、たまだまだって。どんな人間にだって調子の悪い時だってあるよ」
「うん」
「大丈夫だって、次ボウリング大会があるなら詩織が確実に優勝するよ」
「うん」
「あなたは馬鹿ですか?」
「うん」
思わず俺は嘆息をする。
これはかなりの重症だ。
帰りの道中の車内。
終始落ち込んでいる詩織を、どうやって元気づけようかと悩む。これは多分言葉じゃだめだ。何か詩織を喜ばせられるものなんて持っていたかな、俺。
すると、手に持っていた入賞商品に目が行く。
「ほら、一個だけやるよ」
「え?」
俺が貰った商品は、よく分からないキャラクターが描かれていたペアのマグカップだった。
どうせ、俺一人で二個も使うことはない。こんなもので詩織の機嫌が直るなら安いものだ。
「本当に? やったぁ!」
想像以上の喜びように、俺は不意をつかれた形になった。そこまで嬉しいものだろうか。女の好みはよく分からない。
まじまじと持っているマグカップを、観察してみる。
俺からしてみれば、明らかに気持ち悪い、というより気味が悪いに近い。とにかく見ていてあまり気分のよくなるようなものではないキャラクターなのだが、どうやらこういうやつが好みらしい。
「そんなにいいのか? これ?」
「ううん、知らないキャラだし、このキャラクターはそこまで可愛いとは思わない」
あっけらかんと言う詩織に、尚更俺の頭は混乱してしまう。
「だったらどうして、そんなにお前は嬉しそうなんだ?」
「だって、りっくんから初めてもらったプレゼントなんだもん!」
それはあまりの無防備の笑顔で、俺の胸はどうしようもなく締め付けられた。
こうやって、恥ずかしげもなく自分の心を素直に開く詩織に、俺は今までどれだけ救われたんだろう。
「ふーん、そんなもんか」
平静を装いながら、密かに、俺は生まれたばかりの小さな幸せを噛みしめていた。
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そろそろ、話が暗くなってくると思います。